宇宙から見るエジプト
先日、エジプト大好き少女の”山羊さん”に「Googleのサイトで衛星画像ですがピラミッドが見えます。」と教えていただいて、
実際見てみると、これが実に面白い。
延々とエジプト国内の衛星画像を全体的に見たり、局部をズームアップして眺めていると、面白い面白い。
それで、一人で楽しんでいるのもなんなので、ここに少しだけ公開しますね。
(でも・・・本当は、個人的に鑑賞するだけなら良いが、こうして公開するのはまずい。)
でさらに、もひとつ。
2年前、エジプトに行く時に”疑問に思っていたこと”や、現地に行ってから”疑問に思ったこと”がいくつかあるんですが
(これらは、帰国してからいろいろ調べて解決してはいますが)この衛星映像でさらに本当にはっきり解決して改めて
感心したことがある。(なんだか最近日本語がへんだなぁ。)
そのなかで代表的なの疑問が以下の6つ。
疑問その1 ルクソール(正確には王家の谷)で「ナイル川の位置から予想した南の方角が、実際の南の方角と
なんと!80度以上も違う。なぜだろう???」という疑問。
80度はほとんど直角に近い角度だ。もはや誤差ではない。
疑問その2 アブシンベル神殿はなぜ飛行機の左側の窓から見えるのか?北から南に向かう飛行機から
「東を向いている神殿は、飛行機の右側の窓から見えるのではないのか??」という疑問。
疑問その3 「カイロから向かうギザ台地は思ったより遠い。メンフィスやサッカラの方が近い」という疑問。
疑問その4 「ナイルの川幅は細いと聞いていたが、写真で見るとかなり太いではないか?」という疑問。
疑問その5 「シナイ半島って有名なの?シナイ山ってどこ?」という基本的な疑問。
疑問その6 「エジプトでピラミッドと言えばギザの大ピラミッドでしょう。それ以外は見てもあまり感動しない
のではないか?」という疑問。
で、これらの話は後半でね。
注意) 以下に掲載する画像は、メモリの関係でかなり画質を落としています。Googleの本物サイトの映像は、はっきりくっきり
の画像で、細部まではっきりくっきり見えます。
【画像 A 】エジプト上空から
→ アレキサンドリア (エジプト第二の大都市。地中海に面している。)
→ ギザ地区。すぐ右にカイロ地区。 ここを拡大したのが下の【画像 B 】
→ 巨大なオアシスであるファイユーム。
→ ルクソール。 拡大したのが【画像 I 】と【画像 J 】
→ アスワン。 拡大したのが【画像 K 】
→ 巨大なナセル湖。(アスワン・ハイ・ダムによってできた人造湖)
→ アブ・シンベル地区。 拡大したのが【画像 L 】
エジプトの国土面積は日本の約2.6倍あるが、人間が住める生活圏となると
非常に限られた地域に限定される。さらに日本では何千何万とある”川”も、ここエジプト
では、メインになる川は南北に走る大河ナイルの1本のみ。
ナイル川は大河の割には川幅が狭く、大きく拡大しないと見えない。
その川に沿って東西に緑の層が大きく広がる。その緑の層のおかげで
人工衛星からでも明らかに生命が存在する地域だとわかる。
私が初めてエジプトに行った時、知識不足のため、疑問がいくつもあった。
これら衛星画像でその疑問はあっさり解決する。
【画像 B 】上の画像のメンフィス上空を拡大
→ ギザ市内
→ カイロ市内。 拡大画像は【画像 C 】
→ ギザ台地のピラミッド群。 拡大画像は【画像 D 】
→ ザヴィエト・エル・アリアンのピラミッド
→ アブ・グラーブの太陽神殿
→ アブシール複合体のピラミッド群。 拡大画像は【画像 E 】
→ サッカラのピラミッド群。 拡大画像は【画像 F 】
→ 古都メンフィス。(現在はミト・ラヒーナ村。)
→ ダハシュールのピラミッド群。拡大画像は【画像 G 】
→ ダハシュールの軍事基地。拡大画像は【画像 H 】
古都メンフィスは古代エジプト王朝の首都である。今でこそエジプトの首都と言えばカイロだが、エジプト王朝の当時の文献には、
カイロの”カ”の字も出ていない。それもそのはず、カイロはごく最近になってできた町だ。その古都メンフィスを中心に南北にズラーっと
ピラミッド地帯が広がっているのがわかる
さて、そこで驚くのは、カイロからの距離だ。
エジプトに行く前の印象では、ピラミッドのあるギザ台地は、カイロから近いのかと思ったら、思っていたほど近くもない。
事実カイロ市内から、バスやタクシーを利用してピラミッドを見に行くと、途中のカイロ市内やギザ市内の中心部の繁華街の
渋滞をかきわけて進むので、けっこう時間がかかる。(ギザの町はカイロのすぐ隣だが、ピラミッドまでが遠いという印象。)
一方、メンフィスはカイロから意外に近ーーーい! サッカラも意外に近ーーーい! ダハシュールも意外に近ーーーい!
あまーーーい!(ん?あまり知らないか?あと1年もすると忘れられそうな話題。)
カイロから、サッカラ街道なり、田舎道なりを利用して進むので、メンフィス方向は”あっ”という間についちゃう(感じがする)。
【画像 C 】上のカイロ上空の拡大図
中央を走るナイル川。
画像の中央に存在する島はカイロを代表する島、ローダ島。
右がカイロ市内、左がギザ市内と思えば良い。
通常はこの一帯全部合わせて”大カイロ”という。
右に見える白い土地は、突然高地になっているムカッタムの丘。
その丘と陸のちょうど境目あたりにムハンマド・アリモスクやスルタン
ハサン・モスク、さらにはイブン・トゥールーン・モスクが建っている。
下の白い部分は、現在は廃墟になっているフスタートである。
崩落の危険があり、とても危険で一般人は立ち入りできない。
【画像 D 】ギザ台地上空
エジプトを代表するピラミッド群である。
画像上から”クフ王”の”カフラー王”の”メンカフラー王”の
ピラミッドと並んでいる。
この地域がまわりのギザ地区より高い場所にある台地だとわかる。
【画像 E 】アブ・シール複合体上空
ギザから少し南下して、サッカラに行く少し手前にアブ・シールがある。
ちょっと見にくいが上から、サフラー王、ネフェルイルカラー王、
ネフェルエフラー王、、ニウセルラー王のピラミッドがズラーと並んでいる。
すべて第5王朝のファラオである。
ちなみにギザの3大ピラミッドは全て第4王朝時代。
つまりギザに集中して作った後は、この場所に集中してピラミッドを作っている。
ここで、ちょっと?疑問。私は地名には割と無頓着だが、ナイルに沿って、北から「アブ・ミーナ」・「アブ・ロアシュ」・「アブ・グラーブ」
「アブ・シール」・「アブ・シンベル」とすべて”アブ”のつく地名が並んでいる。
アブとはアラビア語でどいういう意味なんだろう? (単に、私が知らないだけなんだけど・・・。)
ちなみに「アブ・ミーナ」はアブ・ミーナ遺跡で有名。「アブ・ロアシュ」の丘にはジェドフラーのピラミッドがある。
「アブ・グラーブ」にはニウセルラー王の太陽神殿がある。
「アブ・シール」は上の画像で紹介。
「アブ・シンベル」にはもちろん有名なアブ・シンベルの大神殿がある。
【画像 F 】サッカラ上空
メンフィスからすぐ西に入った砂漠地帯にある。
もともとここ(サッカラ)は古都メンフィスの王族墓地である。
ここサッカラだけで38基のピラミッドが見つかっている。
その他墳墓群を含めると実に多数の墓が存在している。
画像中央に、有名なジョセル王の階段ピラミッド。
右上にはっきり見えるのはウセルカフ王のピラミッド。
左下に見えるのはピラミッドテキストで有名なウナス王のピラミッド。
ちなみに階段ピラミッドは単にピラミッドだけではなく複合建築物があり、
合わせてジョセル王のピラミッド・コンプレックス(複合体)と呼ばれている。
【画像 G 】ダハシュール上空
サッカラから少し南下した場所にある。
画像では上に「赤のピラミッド」(別名:北のピラミッド)、
下に「屈折ピラミッド」(別名:南のピラミッド)、その右に「黒のピラミッド」
がはっきり見えている。
実はこの画像の中にあと2つピラミッドが存在している。
ちょうど中央あたりにアメンエムハト2世のピラミッド、
右上にエンウセルト3世のピラミッドが写っているのだが、ここにあると
言われなければわからないか・・・。
だからこの画像には5つのピラミッドが写っているのだが・・・。
で、実は最近までこのダハシュール一帯は観光が許可されていなかった。
すぐ近くに軍事基地があるため。
【画像 H 】ダハシュールの軍事基地
右上に見えるのが「屈折ピラミッド」(南のピラミッド)。
その南西方向に点々と航空機の格納庫が見える。
それぞれの格納庫には戦闘機?攻撃機?が格納されている。
軍事基地の建物自体は画像のさらに左に隠れている。
(下の画像参照)
で、実際湾岸戦争(ちょっと古いか・・・。)時にはここからイラクへ向けて
戦闘攻撃機が飛び立っている。
(私、ちょっと戦争は詳しくないけど。)
いまだにこの地区から戦争に行くなんて、エジプトのナポレオンと呼ばれた
第18王朝のトトメス3世もビックリ!”だね。
【ちなみに格納庫内部】
こんな感じで一機一機がカモフラージュされている。
【画像 I 】ルクソール上空
「ナイル川はいつも南北に走っている」という先入観があると、
実際にルクソールに降りた時にちょっとしたパニックになる。
(そんなのは私だけか・・・?)
このあたりは川が大きく蛇行し、南北どころかほとんど東西に流れる。
そのルクソールをさらに拡大したのが下の画像。
【画像 J 】上のルクソール上空をさらに拡大
このくらい拡大するとナイルが見えてくる。
→ 王家の谷
→ ワセダ・ハウス (たまぁに早大の吉村教授がいる。)
→ ハトシェプスト女王葬祭殿
→ メムノンの巨像
→ カルナック大神殿
→ 有名な聖なる池。空からはっきり見えるほど巨大だ。
古代エジプト王朝の首都であるルクソールは、西岸と東岸で意味合いが
全く違う。
ギリシャの詩人ホメロスが「百門の都テーベ」と絶賛する東岸。西岸は死者の町ネクロポリス。
ツタン・カーメン(トゥト・アンク・アメン)が今もそこに眠る王家の谷や貴族の墓が多数存在する。
【画像 K 】アスワン上空
→ アスワンの象徴である有名なエレファンティナ島
→ アスワン・ダム
→ フィラエ神殿へ行くためのボート乗り場
→ フィラエ神殿のあるフィラエ島(正確にはアルギニア島)
→ アスワン空港
→ アスワン・ハイ・ダム
アスワン・ハイ・ダムの建設でナイルの氾濫はもう起こらない。
巨大なナセル湖が不気味に大きく広がる。
アスワン市内は色とりどりの美しい町だが、少し離れると砂漠と
硬い花崗岩の岩だらけの土地だ。巨大なダムができる前、アスワンの
この辺りは確かに第1カタラクト(急流)だったことがわかる。
【画像 L 】 アブ・シンベル上空
→ アブ・シンベル空港
→ 正確に真東を向いているアブ・シンベル神殿
(さすがに、神殿はちょ〜っと見えないか。)
黒く見えるのは巨大なナセル湖。
北方向から飛んできた飛行機は、一度大きく回りこんで南側から
滑走路に進入する。(エジプトは常時北から風が吹いているため。)
左側の窓側席に座っていれば、ほとんど着陸寸前に巨大な神殿が見える。
(下の画像参照)
ここアブ・シンベルの地域は、神殿以外には小さな町があるだけ。
この神殿だけのために空港が存在する。
ここからすぐ南はスーダンだ。
【飛行機から見るアブシンベル】
空港着陸寸前にこ〜んな感じで見える。
中央上に大神殿、やや右に小神殿。
(この場所には左側からでも右側からでも回り込んで来れる。)
ちなみに、下はナセル湖。
画像では観光する場所が狭くて湖に落ちそうに見えるが、全然そんなことはない。
野球やテニスやサッカーを同時にできるくらい(どんなたとえだ?)ものすご〜く広い。
それほど神殿が巨大なのだ。
で、最初に書いた疑問についてですが・・・ (わー、まだ途中〜っ。)