ギザの第一ピラミッド 特集 

このページは【ギザの第一ピラミッド】、通称”クフ王のピラミッド”の特集です。
・・・・でもその前に・・・・他の有名なピラミッド群をお勉強しましょう。

                                   さ、おべんきょーおべんきょー。

通常は”ギザの3大ピラミッド”と言われるが、3大ピラミッドに寄り添うように立っている王妃・王女のピラミッドを合わせるとギザには全部で11基のピラミッドがある。
(クフの横に4基、カフラーの横に1基、メンカウラーの横に3基)
左の写真ではクフのピラミッドの左下に1基。メンカウラーのピラミッドの左に1基見えている。
ちなみにクフは第4王朝第2代ファラオ、カフラーは第4王朝第4代、メンカウラーは第4王朝第5代ファラオ。
途中第4王朝第3代ファラオのジェドフラーはなぜかここから少し北のアブ・ロアシュにピラミッドを立てている。
   

ちなみに、ギザのピラミッドは遺跡保存と修復のため1年毎に交代で閉鎖する。
観光客一人あたり20g(だったかな?)の水分を呼吸や発汗でピラミッド内にばらまくらしく、それによる損傷はかなりの被害になるらしい。
 
 最近では、
 第一ピラミッド(クフ)が2003年度閉鎖。
 第二ピラミッド(カフラー)が2004年度閉鎖。(確かに昨年は入場できなかった。)
 第三ピラミッド(メンカウラー)が2005年度閉鎖。(確かに今年は入場できなかった。)
 だから来年2006年度は、また第一ピラミッド(クフ)が閉鎖かな???

だからクフの第一ピラミッドに入りたい人は今年中に行った方がいいよー。来年は危ないよー。入れないかもしれないよ。
ちなみに閉鎖と同時に”修復工事”の名目で大々的な内部調査も行われるので、2006年は
”隠れた未発見の部屋”が見つかるかもしれないね。 (^^)/
各国でピラミッド内部の研究・調査の申請をたくさん出してるしね。

メンカウラーのピラミッド(第三ピラミッド)の化粧石
写真で見えるように北側下部に4〜6段の硬い花崗岩の化粧石が残っている。
明らかに内部の岩の石灰岩と組成が違う。
画面左側に階段を上がって入る入り口が見える。内部の作りは質素で単純。
ちなみにカフラーのピラミッドの化粧石は頂上部に残る。
クフのピラミッドに至っては北側にわずかに一段残るのみである。

アブ・ロアシュにある未完成のピラミッド
第4王朝3代ファラオのジェドフラー王の未完成ピラミッド。
ピラミッドはギザのピラミッドのように全てが完成しているわけではない。
わずか一段しか残っていないピラミッドもある。
そのようなピラミッドも含め現在エジプト国内に80基ほど見つかっている。
しかしまだ、いまだに未発見のピラミッドも20基以上あるらしい。

未完成ピラミッドの内部
上のジェドフラーのピラミッド内部。
未完成のため内部構造がよくわかる。
さらにのことからピラミッドの作成方法もわかってくる。

アブ・シールのピラミッド複合体をサッカラ側から撮影。
この映像にはかなりの数のピラミッドが写っている。向こうにかすんで見える3つのピラミッド群がアブ・シール複合体。
ギザからサッカラに向かうサッカラ街道から確実に見えるため、ギザの3大ピラミッドと間違える人が多い。ここは現地ガイドもあまり案内しないので、混乱に一層拍車がかかる。「おっ、あれはギザの3大ピラミッドだ!」と言う具合。(おいおいっ、ぜんぜん違うよ?)

そのアブシール複合体の空撮映像。
3基のピラミッドが広大なネクロポリスの中に見える。
この映像にはギリギリで写っていないが、画面左にも第5王朝5代のネフェルエフラーの未完のピラミッドなど複数のピラミッドが存在している。
映像すぐ右手に緑の農村地帯やサッカラ街道もあって車で走りながらはっきり見える。

右が第5王朝2代サフラーのピラミッド。
中央が第5王朝3代ネフェルイルカラーのピラミッド。
左が第5王朝6代ニセウルラーのピラミッド。

サッカラの階段ピラミッド
超有名なエジプト最古のピラミッド。今から4600年前の石造建造物。
第3王朝2代ファラオのジョセル王のピラミッドコンプレックスの中にある階段ピラミッド。

その階段ピラミッドを北西側から撮影
すぐそこは緑の農村地帯。

ちなみにサッカラとは”ソカラ王の墓”。つまりこの辺一帯に君臨する神様の巨大なネクロポリス。
死者の町だ。
(エジプトではあちこちの地域(ノモス)ごとに一人一人の神様がいる複数多神教。)
で、ここからすぐ東に生者の町、古代エジプト王朝の首都メンフィスがある。

サッカラのウナス王のピラミッド
ウナス王は第5王朝9代ファラオ。内部のピラミッドテキストは有名。
ジョセル王の階段ピラミッドのすぐ南西に寄り添うように存在する。

普通ピラミッドが崩れるとこのように崩れて風化する。決してメイドゥムのピラミッドみたいには崩れないのだ。

サッカラのテティ王のピラミッド
テティはウナスの次の王で第6王朝初代ファラオである。

メイドゥムの崩れピラミッド。
別名偽りのピラミッドとも言われる。
建設者は第4王朝第初代ファラオのスネフェル王。
私には、どうしても崩れたピラミッドに見えない。
つまり(従来の説の)真正ピラミッドが崩れたという説は
どうも納得が行かない。

崩れピラミッド下部の拡大図。
真正ピラミッドの土台の石垣がはっきり残っている。さらに瓦礫の中からキャップストーン(頂上部に置かれる四角推の岩)も見つかっており「もともと真正ピラミッドだった」と言う説が多い。
しかし、私には内部のピラミッドと、外部のピラミッドは別時代に作られたように見える。決して崩れたようには見えない。崩れたのなら、中央部分(上の写真参照)があのようにきれいには残らない・・・はずだ・・・。

通常、ピラミッドが崩れると、上のウナス王のピラミッドや、アブ・シール複合体のピラミッドのように
いかにも長い年月の風化で崩れるように、頂上部分から崩れるはず。(上の写真参照)
もし、メイドゥムに観光に行く人は、よ〜く、じ〜っくり、しっ〜かり見てきてください。

エジプトに観光に行く人は、未完成や崩壊したピラミッドを含めて20〜30個くらい見ると思います。
その崩れ具合を記憶しておいて、メイドゥムのピラミッドを目の前で見ると、絶対に崩れたピラミッドに見えないはずです。
たぶん、中央部分と外側部分で建設時代が違う2つの重なったピラミッドに見えるか、
あるいは段数が3〜4段の完成度の高い1つの階段ピラミッドに見えるはずです。

メイドゥムの崩れピラミッドの構造図

やはり、どうも納得できないなぁ。
真正ピラミッドが崩れたとすると、完璧なほどきれいに残っている上部の石の作りが変なのだ、、、。何度見てもそう思うのだが、、、。

ダハシュールの屈折ピラミッド。別名”南のピラミッド”
建設者は同じくスネフェル王。

屈折ピラミッドの入り口は2ケ所ある

このピラミッドについても従来から言われている説は納得が行かない。
入り口が違う場所で2ケ所あるのが物語っている。

屈折ピラミッドの真横から見た断面図。

この解説図は入り口が1ケ所しかない。
この断面図を作成した人は入り口が2ケ所あることの重要性を理解していない。

ダハシュールの赤ピラミッド。別名”北のピラミッド”

これも第4王朝スネフェル王の建設。
    

 上記のスネフェル王は、この3基のピラミッドの他にアブ・ロアシュ(ギザのちょと北)に1基、サイラ(メイドゥムのすぐ近く)に1基の計5基のピラミッドを建造している。そのため最近では、ピラミッドは王の墓だと考える学者はほとんどいない。
(しかし未だに”ピラミッドは王墓”と断言している出版物も多い。)

ダハシュールの赤ピラミッドの断面図。

断面図を見ると、このピラミッドは単純な作りに見える(実際ギザのピラミッドから見ると単純な作り)が、登り下りは非常にきつい。観光客が入場できるピラミッドの中で一番ハードなピラミッドと言われている。
入り口から一気に最下部まで下りて、ファラオの玄室を見るには、そこからさらに奥の部屋に一気に上がって行かなければいけない。帰りはそこを一気に下って一気に上って来るのがきつい。
アンモニア臭で目が焼けそうに痛い。マスクは必需品。ピラミッド内部でマスクは非常に効果あります。

赤のピラミッドの内部の作りは非常に特異である。
玄室の手前にある前室がなぜか2つある。それもきれいな”せり出し形式(クフのピラミッドの大回廊の作りと似ている)”のみごとな前室が2つ。最深部の部屋はさらに上部に少し登らなければいけない。玄室はさらに高い位置にありそこまではたどりつけない。第一感「なんだかずいぶん不思議な構造だな・・・。」という感想。
(ちなみにこのピラミッドの調査は遅れており、玄室を軽く調査したあとはここ100年近く誰も玄室に入っていないらしい。ここからすぐ南にある屈折ピラミッドにはかなりの調査を費やしているが。)

ダハシュールの黒ピラミッド。
このピラミッドは比較的新しい。一般的にピラミッド全盛期は第3王朝からせいぜい第5王朝、しかしこのピラミッドは第12王朝6代ファラオのアメンエムハト3世のもの。
比較的新しい(と言っても今から3800年も前)ピラミッドであるが。
ダハシュール一帯で一番標高の低い位置にあり、たまにしか降らない雨がこの場所に集中し侵食が激しい(らしい。)

ファイユームにあるエル・ラフーンのピラミッド。
エル・ラフーンにある第12王朝第4代センウレスト2世のピラミッド。
底辺107メートル。高さ57メートル。
写真では巨大に見えるが、クフのピラミッドは底辺230メートル高さ146メートルとスケールがちょと違う。

ファイユームにあるハワーラのピラミッド
ハワーラにある第12王朝第6代アメンエムハト3世のピラミッド。

 ちなみにエジプトのピラミッドに関しては、記録(文献や石碑)に残っているものの、未だに発見されていないピラミッドも多数ある。
   代表的なものは、第5王朝7代メンカウホル王のサッカラにあるはずのピラミッド。
   さらに第7〜10王朝のネフェルカラー王のピラミッドとイティ王のピラミッドもサッカラにあるはずだがみつかっていない。

 逆にピラミッドは発見されてはいるものの、発掘まで手が回らず野ざらしのピラミッドもある。
   サッカラで発見されたあるピラミッドは第3王朝まで判明しているが建造者も不明で未発掘。
   さらにサッカラで発見されたもうひとつのピラミッドは第7〜10王朝のメリカラー王まで判明しているが
   いまだに未発掘。

毎日、新しい遺跡がゴッチャゴッチャ発見されて、とてもあれもこれも全部調査できないの現状がある。
いやはやエジプトはすさまじいねーーー。

なお、ピラミッドについて地理的背景などの詳細は【エジプト旅行記2004】を参照してね。

あ、さてーっ・・・・・・おまたせしましたーっ。
ここから再びギザに戻ります。
さあ、おべんきょおべんきょ。

ナイルに浮かぶ複数の島。

ナイル川をはさんでカイロの対岸がギザになる。
ギザをさらに中に入ると緑が消えて小高い丘ギザ台地に上がる。

メリディアン・ピラミッズ(ホテル)から見る第一ピラミッド。

とにかく部屋の窓を開けてずーっと見てました。
何時間見ても飽きない景色です。
強烈な西日がピラミッドを照らしています。

ここには写っていませんが右に第2ピラミッド・第3ピラミッドと並んでいます。

方向的には、第一ピラミッドの手前にメナ・ハウス・オベロイ(ホテル)が写るはずだが、このホテルの入り口が視界をじゃましているか・・・。

パノラマポイントからピラミッドを見ると・・・こんな感じ。

3大ピラミッドが1枚の写真に納まる。
逆に言うと、ここまで離れないと1枚に入らなない。

ピラミッド側からパノラマポイントを見ると・・・こんな感じ。

パノラマ・ビュー・ポイントはけっこう広い。
観光バスや車が多く止まり、当然観光客も多い。

  ギザ台地の衛星写真。(NASA提供・・・っていうか・・・勝手に拝借)

→ ギザ市内。
 カイロ市内。
 ローダ島。 カイロとギザ地区を結ぶ重要な島。
→ 
エジプトの象徴ナイル川。
     実に、日本の国土の2倍以上の長さを延々とここまで下って来た。
左の
部分を拡大したのが下の画像。

上方向が北。中央やや下に並ぶ3大ピラミッドは、上から第一ピラミッド(クフ)・第二ピラミッド(カフラー)・第三ピラミッド(メンカウラー)。
 日本人観光客は必ず立ち寄るパノラマポイントの広場。
    この場所から3大ピラミッドを1枚の写真に収められる。
 第二ピラミッドに向かう参道。オシリスの墓の入り口は見えるかな?
 有名なギザのスフィンクス。(ちょーっと見えないか・・・。)
    その右下の四角い白い場所は音と光のショーの観客席。
 通称ピラミッド通り(正式名称はアフラーム通り)。東のカイロ方向から来て
    まっすぐ西に進んでギザ台地に到達する。
    途中左に曲がればサッカラ街道。右に曲がればアレキサンドリアロード。
 アレキサンドリアロード(その名の通りアレキサンドリアに向かう道)
    ちなみに左下に続く道路はバハレイヤ・オアシスやファイユームに向かう道。
 メリディアン・ピラミッズ。すぐ近くにはムーベンピック・ホテルや
    ソフィテル・スフィンクス・ホテルがある。
 独特の形のメナ・ハウス・オベロイ。歴史的にも超有名なホテル。
    たぶんピラミッドに一番近いホテル。
 この辺一帯はゴルフ場。禁断のピラミッド登頂者は深夜にこのゴルフ場を
    横切って、傾斜の急なギザ台地をよじ登ることから始まる。
 道路に見えますが運河です。左がマンスーリヤ運河、右がマリオテーヤ運河

 上の写真では、ギザ台地の”白”と旧農村地帯の”緑”の境界線がはっきり見える。
ナイルが氾濫した際は、水際がここまで迫ってきた。
スフィンクス(神殿)の隣に河岸神殿があるが、河岸神殿が河岸神殿と言われる理由がわかる。まさに、”河岸”にある。

ナイルの氾濫。ギザ台地のぎりぎりまで水が押し寄せる。

第二ピラミッドに向かう参道や河岸神殿が見えるだろうか?
(ちょっと見にくいか?)

現在では、このような風景は見られない。
アスワン・ダムの建造後は、もう氾濫は起こらない。

 ※上の写真のギザ地区一帯は、こじんまりとして狭い地域に見えるが、
  この写真は航空写真ではなく衛星写真である。つまり見た目以上に面積が広い。
  3大ピラミッドやマスタバ墳を徒歩で観光するのはけっこうしんどい。それなりの覚悟が必要。
  一つのピラミッドから隣のピラミッドに歩いて移動するだけでけっこう時間がかかる。
  クフ⇒カフラー⇒メンカウラー⇒パノラマポイント⇒河岸神殿⇒スフィンクス⇒マスタバ墳
  ⇒太陽の船⇒ケンタッキーフライドチキン・・・とか回っているうちに徒歩だとたぶん一日で回りきれない。
  

【昨年、初めて実物の第一ピラミッドを見たときの感想】

  でかい!・・・すごい!・・・やばい!・・・(感動・興奮・血管ブッチン状態)
  いったい、こんなものをどうやって、なんのために作ったんだろう???
  そもそも、こんなものがこの世に存在していいのだろうか???
  今の時代に、こんなものがあること自体が不思議・・・。

 
  そしてさらに「うーむむ、確かに正規の入り口は中央より大きく東にズレているな・・・。」と、
  興奮しながらも冷静に見ていた。

下の動画は、私が初めてピラミッドを見た時の感動を代弁してくれているような動画です。(テレビより無断拝借ですが m(__)m ペコリ)
  ⇒
 hamaji02.wmv (523KB 約17秒)

第一ピラミッドの北東側から撮影。

第一ピラミッドの入場券売り場の方向から撮影しています。
画面右下に正規の入り口がかろうじて見えてますね。
(石積みが崩れている部分。)

第一ピラミッドの北西側から撮影。

ちょっとした光の加減で見え方がガラッと変わりますね。
どれもビデオ映像の画像ですが上の映像は、若干の逆光で露出が
自動で勝手に抑えられています。

だから左の映像の方が実際の色に近いか?
いや、下の映像の方かな?

日本と違い、エジプトの景色はあらゆるものが
まぶしく白く見える。
(特に夏は、目を守るためにもサングラスは必需品。)

第一ピラミッドの南西側から撮影。

午後なので南西側から南側斜面と西側斜面を太陽が照らしている。
そのためかなり明るく写っている。

ギザの台地に来てから時間が経つごとに天候が回復しているのがわかる。
上の映像はまだ雲があるが、この映像では大きく青空が見えている。

この南西側の稜線は、知る人ぞ知る禁断のピラミッドの正当な登頂ルートである。
なぜ、ここが正当なルートかと言うと一番登りやすいから。(笑)

ま、それは冗談として、確かに稜線に沿って登れば傾斜も緩いし、ムキ出しのゴツゴツの岩は登りやすい感じがする。
が、それだけの理由ではない。

深夜、近くのゴルフ場からこのギザ台地に登ってきて、警備員の目を盗みながら身を隠し、途中のマスタバ墳に落ちないようにピラミッドに近づくには、この稜線を狙うのが一番都合が良い。(もちろん途中の深さ3m以上のマスタバ墳に落ちたらアウトだ。)

意外かも知れないが、実はこの南西側はギザの街から一番離れている。
近さで選ぶなら、北東側か南東側だが、身を隠す場所がなく監視も厳しいため、まず目標を達成できない。

もっとも目標を達成できたとしても、その後は無事ではすまないが・・・。

南西側の稜線の下部分。(上の映像の下部分。)

ここでちょっと、忘れかけた三角比を使って計算してみよう。
斜面の角度は有名な51°52′で、高さも底辺もわかっているので
稜線部分の角度を計算してみると・・・・・なんと!約42°くらい。
斜面に沿って登るより10°近くも傾斜が緩い。
さらに稜線に沿って登ると270°以上の視界が確保できるので
精神的に楽だ。(普通に斜面を登ると視界が180°しかない。)




 ← 暑さでバテそうな昼間の警備員。

南西側の稜線下部を東から撮影。

確かに侵食・破損が進んでおり、ピラミッドの登頂を目指すなら
一番登りやすい。

最初の2〜3段を登ってしまえば、さすがの警備員も追いかけて来ない。
登りながら追いかけるのは警備員にとっても自殺行為だ。

ちなみに深夜・夜間でも警備員がピラミッドの4辺上を往復しながら警備している。
ピラミッドに近づく者には少なくとも3つの角から3名の警備員が追いかけてくる。

そのため最初の1段が登れずに(1m50cmの高さは意外に高い)目標を貫徹
できない者も多い。

 ← 暇そうで、やる気のなさそな昼間の警備員。

南側斜面の真下から頂上部分を撮影。
見上げると頂上は全く見えない。
さらに全然とがって見えない。ほとんどまっすぐなライン。
感覚的には、映像で見るよりかなり遠くに頂上部分がある感じがする。

ここでちょっと計算してみよう。
第一ピラミッドの高さは本来の146.7mのうち頂上部が欠けているため
現在は137.3メートルと言われている。
また斜面の角度は51°52′。
以上のことから斜面に沿った頂上までの距離を計算すると約173mとなる。

左の映像で約173m遠方(?)に頂上があるはずである。
これはけっこう遠い。

とにかくここから見上げるとピラミッドは”さすがにでかい”の一言。

北側斜面にわずかに一段だけ残る化粧石
(昨年のビデオテープから)


石段の大きさを実感するため人間と一緒に写してみる。
1段目(正確には2段目)の石の高さは1m50cm程度あるため、
人間が登るにはちょっと高すぎる。
上に行くほど低くなり中段くらいから50〜60cm程度になる。

一段だけ残る化粧石を西側から撮影。
(昨年のビデオテープから)

見事なほど美しい化粧石である。
これが頂上部まで敷き詰められていた状況を想像しただけで感動する。

この写真ではギザ台地を基盤に第一ピラミッドの第一段目の石積み
はっきり見える。
これから230万個積み上げる工事の最初の段階はどんな状況だったのだろう?

画面ではピラミッドの東に立っているレストハウスも写っている。

北側斜面から少し離れて。
(昨年のビデオテープから)

唯一残っている白い化粧石が見える。
8段ほど上に中央にアル・マムーンの盗掘孔。
さらに10段ほど上に正規の入り口が見える。

いつも思うのだが、正規の入り口の屋根部分の”まぐさ”構造の岩は
最低でも1個50トン以上あり、どうやって乗せたのかも不思議だが、
その見事な接合部分は見れば見るほど感動する。
寸分の狂いもなく90度の角度で接しているのは見事だ。

正規の入り口のまぐさ構造の屋根。

非常に見事な作りだ。ぜんぜん隙間がなくきれいに90度の角度で接合している。
ピラミッドは単純な石の積み重ねではなく、精巧に計算され尽くされた上で作られ
た建造物だとわかる。

はたして現代人に、機械もコンピュータもない状態でこの建造物が作れるだろうか?
膨大な計算をするにしても満足な筆記具もなく、貴重なパピルスしかない状態で、
さらに当時は微分積分や、三角関数、対数関数、代数方程式その他の数学的な武器が
全くない状態で”設計図”すらできるのだろうか?
幾何学にしても「ユークリッドの原論」ですらピラミッド建造から2000年以上も後のことである。

私には、当時の知識・技術でどうしてこのようなものが建造できたのか全く理解できない。
或いは、人類の知恵の方が逆行しているのだろうか?

アル・マムーンの盗掘孔から真下を撮影。
(昨年のビデオテープから)

わずか8段目ほどの高さからの撮影だが、
地面はけっこう下に見える。
それもそのはず、この段階でビルの3階〜4階の高さがある。

ギザ台地の足元は崩れた石?でゴロゴロしている。
気を抜いて歩くと危ない。捻挫する。

上の映像から少し上を撮影。
(昨年のビデオテープから)

ここは、廻りより高い丘の上にあるギザ台地だと
はっきりわかる。
向こう側に観光のバスや他の車も見える。
この台地の下にギザの街並みが見える。

ここから下が緑の地帯でゴルフ場がある。
有名なメナ・ハウス・オベロイが画面左に見えている。

では、実際に第一ピラミッドに入ってみましょう!!
    ※以下はテレビからのキャプチャー映像です。
    現在は一般の観光客はピラミッド内部を撮影できません。(悲しい〜・・・)

テレビよりキャプチャー映像。

「○○○のエジプトミステリーVol.1」より。
左が日本から来た吉村教授。
右が女優の○○夕貴ちゃん。

これから第一ピラミッドの探索に入ります。

まずは入り口のエジプシャンとニッコリ握手。

テレビの取材なので問題ないが、騙されやすい日本人観光客などはエジプシャンのニコニコ顔に騙されて握手してターバンを巻いてもらったり写真を撮った瞬間に”バクシーシ”だから注意が必要だよん。

画面中央やや下にアルマムーンの盗掘孔
そのやや左上に今は使われていない正規の入り口がある。

写真でわかるように、正規の入り口からつながっている下降通路は、アル・マムーンの盗掘孔から東に8メートルもずれているため、まっすぐ掘り進んでも通路は発見できないはずだが、、、。

正規の入り口。
巨大な”まぐさ”構造の屋根。
一枚50トンはある巨大な岩。
どうやってこのようにきれいに積んだんだ??

アル・マムーンが空けた入り口
ちなみに西暦820年のこと。(ダイナマイトはまだない。)
火を着けて岩を熱し、急激に水で冷やして、すこしづつ崩壊。これを気長に延々と繰り返し進んでいった。(らしい。)

知らないうちに左へ左へ曲がる。
これが奇跡を生む。

まさに奇跡!!

左に曲がった盗掘孔が偶然下降通路にぶつかる。
上下左右に少しでもずれていたら絶対に通路は見つけられなかった。

第一ピラミッド(クフ王)断面図

まずそのまま下降して”地下の間”に向かいます。

アルマムーンが見つけた下降通路を通って地下の間に向かう。

ここから下に一気に100メートル下る。

吉村先生の見ている方向が地下の間の方向。
夕貴ちゃんの見ている方向が正規の入り口の方向。

100メートル単調な坂を下りる。
通路の中は異常に狭い。
左右に手すり、床部分には滑り止めの板を打ち込んだ板がある。
たまに照明があるが途中は暗い。

ちなみに、上の断面図を見ればわかるが、地下の間へ向かう下降通路はギザ台地の岩盤そのものを
直接くり抜いて掘っている。だから岩を重ねたピラミッド独特の継ぎ目は一切ない。
そういう意味では、ルクソールの王家の谷の王墓と同じ掘り進み方。

最下部まで下りると向こうに入り口が見える。
ここから、向こうに見える入り口まで水平通路になっている。

地下の間への入り口
名前の通りピラミッドの石で作られている部屋ではなく、純粋にギザ台地の中に掘りこまれて作られている。

照明は”エジプト”らしい下から照らす形式。

地下の間の内部の様子(デッサン)

画面右下に入り口がある。
さらに左下にも奥に続く通路があるが途中で止まっている。
明らかに何かの目的で作られたようにも見えるが、その目的はさっぱりわからない。

地下の間の内部

深さ11メートルほどの穴があるため危険防止で鉄柵が張られている。

地下の間の深部

最深部には照明がある。
内部の様子は上のデッサンから推測してほしい。

反対方向から撮影。

入り口方向は右側
最深部が左側

上のデッサンと比較してほしいが、画面左のへこんだ場所に”でこぼこの石段”が隠れている。

地下の間の穴
財宝があると思われたためかなり深く掘られている。

来た道を戻って再び上昇。
クフのピラミッドに入った人はわかると思うが、腰をかがめたままの姿勢で26度の角度を100メートル上昇するのは相当きつい。

再びアル・マムーンの盗掘孔と上昇通路の交点へ。

下降通路と上昇通路を3つの大きな花崗岩で栓をした状態になっている。
内部構造を表した上の図面を参考にしてほしいが、正規の入り口から入ってくると、この栓のおかげで上昇通路に上がれない。つまり王の間にたどりつけない。アル・マムーンがこの上昇通路と下降通路の交点ポイントに偶然ぶつかったのは正に奇跡だと思わざるを得ない。

上のズームアップ映像。
上昇通路の最下部で栓をしている3つの花崗岩。1個5トンで3個で15トンらしい。
その大きな栓を解説している吉村教授。

一説では、アル・マムーンが盗掘孔を掘ってる最中、「この3つの岩が滑り落ちるようなドーンという大きな音が聞こえた」という記録もある。その音の方向に掘り進んで行った結果ここにたどりついたと言う話だが・・・。

 ↑ 第一ピラミッドに入場する人は、この3つの岩を絶対見逃してはいけませんよー。
 下からライトアップされているのでかなり目立ちます。

今度は上昇通路を通って上部に向かう。

26度の角度を登って行く。
腰をかがめた姿勢は体力を使う。
しかし”手すり”や”滑り止めの足場”がない時代、昔の人はどうやってここを登ったのだろう?

・素人目で、昔から不思議だったのは、なぜ?上昇通路や下降通路は「階段状にしなかったのか?」ということ。
 直方体に切り出した岩を積み重ねて積み重ねて作るピラミッド(そう伝えられている。)は、単純に考えると、
 そのまま積み重ねて階段状の通路を作った方がわざわざ斜面を作るより簡単だと思うのだが・・・。
 「階段状なら、昇り降りもそんなに苦労しないだろうなぁ・・・。」と思う素人の考え。
 直方体で済むものを、正確に26度の斜面の通路を完成させるところに妙に感動する。
 当然そうする必要があったのだろうけど・・・。

 

女王の間に向かう”水平通路”
非常に美しい作りだ。
歩くには低すぎる。座った姿勢のまま前に進む。
ハイハイした方が楽だがその場合はひざパットが必要。

フランス調査隊が空けた有名な穴。(当時大きな問題になった。)
調査の結果この壁の向こうに隠された部屋がみつかって、1986年に3箇所の穴をあけた。

ちなみに奥に見える部屋が女王の間。

現在は3箇所とも六角形のボルトで塞がれている。
なお、調査時には大量の”砂”が出てきている。
ピラミッドの中に砂が大量にあることで大騒ぎになっている。
古代人の知恵か?部屋を隠すための隠蔽方法か?と素人ながら思ってしまう。
(ちなみに現在通れる通路はすべてピラミッド中央から8メートル東にずれている状況がある。左右対称の美を重んじるエジプトで、中央部に必ずまだ発見されていない隠された部屋があると言われるのもわかる。)

ちなみに1986年のフランス隊 ← ドリルで穴を開けるジャン・ピエール・バロン氏

 ・ドリルで穴を開ける際、ピラミッド全体に大音響が響き渡り、ピラミッドが崩壊するのではないかと驚いたらしい。
 バロンちゃ〜ん、ありゃ〜、だめだってぇ〜。ピラミッドぶっこわしちゃ〜。
 それにもめげずバロンちゃん、3つも穴を開けた。おいおいっ。

水平通路を抜けると女王の間。

詳細は【エジプト旅行記2004】を参照してね。

見えにくいが左の壁に碧眼構造のくぼみが見える。
意味がわかるだろうか?大回廊の”せり出し式”の構造とまったく同じなのだ。

不思議なことに、この部屋にはなにもない、、、。

有名な大回廊を登る。
「観光客はここを通るとき一番感動するだろうな。」と思ったら、みんなヒイヒイ言いながら登るのに集中してあまり意識していない。私は少し登っては立ち止まってじっくり観察、立ち止まって観察、、、を何回も繰り返してゆっくり登る。
第一ピラミッドは単に登るのが目的ではないのだ。ピラミッド内部を体感し、自分の目・耳・鼻・手で実感するため来たのだ。

見事なせり出し式の”大回廊”
大回廊は腰をかがめて歩く必要はない。

非常に美しい、感動の作りである。しかし?なぜここにこんな構造の作りがあるのだろうか?
画面右下に見えるのはアルマムーン一行が女王の間への分岐地点から大回廊に根性で登っている様子。

控えの間方向から大回廊下部を撮影。
滑り止めの足場がなければここから60メートル下まで26度の急角度で落ちて行きそうだ。
昔の人は、滑り落ちて行った人もいたのではないかな?

26度という角度は思った以上に非常に急な角度です。スキーをする人はわかると思いますが、滑降(ダウンヒル)を滑る雰囲気の角度。

控えの間に入る。
ここは腰をかがめないと入れない。

ところで夕貴ちゃんは途中から暑くて暑くて上着を脱いでいる。外は真冬で寒くても中は異常なほど暑い。

腰をかがめたまま奥に向かう。ついに王の間だ。
控えの間の構造は下の絵を参照。
今は王の間を塞いでいた4枚の遮断石は存在しない。

控えの間の構造図

現在は4つの遮断石や内部構造物は残っていないが、痕跡が残っている。

※ちなみにピラミッドに入る時にはペンライトが絶対必要です。
LEDなどの強力な明るいものが良い。控えの間の横や上部など見所がいっぱーい。

王の間の天井。9枚の巨大花崗岩がきれいにはめ込まれている。
ここに来た人は、必ず美しい天井を見てねー。感動するよ。

ありゃぁ。暗くてなにも見えない??
王の間はとにかく暑い。
太いホースで空気の循環はされているが、冷房は一切効いていない。
室温はたぶん26〜27℃程度だが湿度が90%程度あり、蒸し暑い蒸し暑い。
この湿度はすべて観光客によるものだ。この高い湿度が遺跡を損傷させる。

なにも入っていない空の棺。

この部屋はこの棺と数個の岩以外なにもない。
ヨーロッパ人などはみんな感動して見ているが、日本人観光客は「なんだ、なにもないじゃないか。お金の無駄だった。」と言いながらパッと見て帰る人が多い。
(なんか悲しいな、、、。ピラミッドの中に何があるかどうかは問題じゃなくて、4500年前に建造された建造物に現代の我々が入れること自体に大きな感動があると思うんだけど、、、。)

  ちなみに、エジプトならなんでも感動する私は”王の間”で会った外国人と仲良しになったんだわぁ。ペンライトであっちを照らして感動したり。こっちを照らして感動してると、ライトを持参していないヨーロッパ人(外国人は何も持参しない人が多い。本当は持ち込み禁止なのかな?)に「ライトを貸してほしい。」とか言われる。喜んで貸してあげていっしょにあちこちあちこち見ながら30分以上(かな?)王の間をじっくり観察してから出てきた。もう脱水症状でフラフラ〜。
  換気口の奥や髪の毛も入らないほどの石の継ぎ目をじっくりみているだけでも飽きない飽きない。(せめて写真だけでも撮れたらなぁ〜。)

ふたたび大回廊に戻って
デビソンの実験を試みる。声を発すると確かに大回廊上部に進んだ音が左奥にボワーと抜けて行く。

大回廊最上部の左側に人間が入れる入り口がある。

ほとんどの観光客は、そこに重力拡散の間への入り口があることには気がつかない。
ただ漠然と登っていると、絶対に気がつかない。

王の間と重力軽減の間の東側から見た断面図。

王の間の上部には5層の部屋がある。
最下部の”デビソンの間”へは大回廊の上部から進入できる。
そこから上の4つの部屋へは、なんと!ハワード・バイスがダイナマイトで破壊した通路を登って行く。(この人勇気あるねぇ。ピラミッドの中でダイナマイトとは、、、。
     

王の間と重力軽減の間の南側から見た断面図。

各部屋の天井の岩の作りに注目。
もともと人が入るようには設計されていないが各層の天井はきれいにフラット状態。
しかし反面床はガタガタの状態。どうして両方フラットにしないのかな?

木で足場を作り大回廊上部から重力拡散の間に向かう。

重力拡散の間への通路は非常に狭い。
狭い通路を進む夕貴ちゃんのお尻と両足が見える。

うわぁ狭い。
第一層デビソンの間に到着。
体格の良い人は絶対入ることはできない。

デビソンの間。
床には砂がびーっしり埋まっている。
この砂はどこから来たんだ??

ハワード・バイスが空けた穴から上に進む。

第二層ウェリントンの間

さらに上に上がる。

第三層ネルソンの間

各層に部屋の名称が書かれている。がいたずら書き?も非常に多い。

第四層アーバスノット夫人の間

第四層の天井部分。

と言ってもそれぞれの部屋は天井までの高さが非常に低い。

第五層キャンベルの間に到着。
ついに重力拡散の間の最上部。天井は完全に屋根の形をしたまぐさ構造。

途中の大きな岩を通り越して奥に進む。

最上層のこのキャンベルの間で探すのはただひとつ、、、。

それは”屋根”と”壁”の接点にある。

クフのカルトゥーシュである。

一時、後世の捏造ではないか?と騒がれたが、カルトゥーシュの切れている部分が石の奥深くまで入り込んでいることがわかり、建設当時にすでに描かれていたことが判明している。
この赤色も4500年前の当時の色である。

ちなみに”この”クフのカルトゥーシュは上下がひっくり返った状態になっている。
つまりカルトゥーシュの台座部分が上になっている。
夕貴ちゃんの右手は、それを解説している。
だから”この”カルトゥーシュは下から上に向かって読む。

顔を右に90傾けて、右から読むとクフと読める。
ちなみにその上部に「治世17年」の文字。

だからクフがファラオになってから17年でこの地点までピラミッドが積まれたと考古学者は推論しているが、、、。(当時はファラオになったと同時にピラミッド建造が始まったらしい。そのため2年とか3年の在位期間ではとても完成できない。わずか数段しか積まれていない未完成ピラミッドも多い。)

ちなみに一般には ↓ こんな感じで解読されている。

 胎盤⇒kh(h)   うずらの雛⇒w(u)   ツノのあるコブラ⇒f   うずら雛⇒w(u)

 上の4文字はすべて1子音文字(1文字で1音発音)なので、そのままつなげて”khufu” つまり”クフ”となる
 

 ※ カルトゥーシュの中のヒエログリフは書く順番の自由度が高い。
   状況によって右から書いたり、左から書いたり、上から書いたりしてもOK。
   で、ヒエログリフを彫る人の力量が問われるらしい。
   見た目に最もバランスの良い配置に構成するらしい。

なんと! 違う説がある!

 クフのカルトゥーシュについては「読み方が違う。クフとは読めない。」という説もある。
 なんと下のようにヒエログリフそのものが違うという説。 (ビデオテープを何回見ても微妙で判別できないなぁ。)

  太陽⇒ra  はげわし⇒a  小枝⇒(h)t   はげわし⇒a

 上の読み方でいくと”ra・a・(h)t・a”。つまりラータと読めるという。

 で、”ラータ”と読めるとすると、なんと!世紀の預言者エドガー・ケーシーの説が急浮上してくる。

ケーシーのリーディング預言によれば、「ピラミッドが建てられた時代の王の名はアラー・ラート。(またはアララト。アララト山と関係あるのかな?)
実際のピラミッド建設については、大神官ラータの命令のもとでヘルメスが建設設計者、ラータの妻イシスがそれを補佐した。ピラミッドは一つだけではなく、他にも複数建造した。」と預言している。
さらに「ピラミッドは紀元前10390年には完成していた」と。

おーっ??イシスと言えば?・・・・・。なにかと問題になるインベントリ・ステラ(目録碑板)はギザのピラミッドの東にある”イシスの小神殿”で発見されたんだなぁ。それによるとイシスの小神殿は「クフ王がイシスのために小神殿を建てた」と書かれていたんだなぁ・・・・。

しかもその時代にはまだないはずのスフィンクスについても「破損していた大スフィンクスをクフ王が大きく修理した。」と恐ろしいことを書いているし・・・。

やっぱりクフ王の生まれた時代には、既に巨大なピラミッドや大スフィンクスも存在していたんじゃないか??
ちなみにクフがファラオだったのは紀元前2551〜2528年だからケーシーによるとクフがファラオになる約8000年前には、既にピラミッドが完成していたことになる。

なんだか恐ろしいぞ・・・・・・じょ・じょー・・・。

(インベントリ・ステラの内容についてはエジプト考古庁は一切認めていませんが、インベントリ・ステラ自体はエジプト考古学博物館1階に無造作に展示されています。入り口入ってそのまま右に廻り古王国時代のコーナーのサッカラ王名表の近くにあります。通常は左廻りで館内を観光するため、ちょっと逆方向かな?ちなみに博物館内の案内で聞いても「なに?それ?」という返事でわかってくれませんでした。ここの案内はけっこうひどかった。頭が真っ二つに割れたカーセケムイの像を聞いても「さあ??聞いたことないなぁ。」という返事。おいおいっ、これは有名だよ。)

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