松戸・昭和の杜と明治のお屋敷

2019年5月






 
 東松戸駅前ロータリー
 東松戸駅前ロータリー

 千葉県の北西部に位置する東松戸駅は、京成電鉄成田空港線と北総鉄道の北総線、JR武蔵野線の三つの路線が乗り入れる駅。そして今日はと言うと、ここ東松戸駅から、JRと新京成電鉄が乗り入れる松戸駅までのおよそ6Km余りを歩いて、途中二つの施設に立ち寄るというプランなのであります。





 駅前の通りを左方向へ
 駅前の通りを左方向へ

 駅の改札を抜けて、先ずは駅前のロータリーに出たら、目の前の通りを左方向へ、西の方角に向かって歩いて行きましょう。





広くて歩き易い歩道 
 広くて歩き易い歩道

 片側1車線ながら、両端に広い歩道が設けられた歩き易い道を進んで行きます。





 左方向へ分かれる道に入る
 左方向へ分かれる道に入る

 東松戸駅前からおよそ1.2Km、20分ほど歩きて来たところで、左斜め前方へと別れる道に入りましょう。





昭和の杜へ 
 昭和の杜へ

 目印はこの昭和の杜と記された表示板。と言う事で、ここが今日ひとつ目の立ち寄り施設なのでした。





 昭和の杜 正面入口
 昭和の杜 正面入口

 この展示館は名前の通り、クラシックな乗り物や道具、グッズ、家電製品、アートなど、多数の展示品を通して昭和の時代を懐古してもらおうというもの。入園料は大人300円、高校生以下はなんと無料。だけど開園は金・土・日曜と祝日のみ。ちょっと残念。





 昭和の名車がズラリ
 昭和の名車がズラリ

 入園すると先ず目に飛び込んで来るのが、今ではクラシックカーとなってしまった昭和の名車の数々。昭和30年代生まれのワタクシなどにとっては、涙が出るほど懐かしい。これらの車を始め、展示物については施設オーナーが個人で収集したコレクションばかりらしい。





 ダイハツオート三輪 1969年
 ダイハツオート三輪 1969年

 この車、「おじさん顔」なんだよね。子供の頃、近くの八百屋さんが商売に使っていたのを思い出します。オート三輪はこのダイハツの他に、マツダにもありましたね。1969年製と言うと、比較的後期のものと思われます。





 ベレットGT typeR 1970年
 ベレットGT typeR 1970年

 いすゞベレットGTR。自分が車を運転できる年齢になった時には既に生産を終了していた車ではありましたが、これは憧れの車でした。このベレGの他にも、ジウジアーロのデザインになる117クーペやピアッツァなどは、とても素敵な車でした。いすゞが乗用車の生産から撤退してしまったことは、とっても残念。





 ホンダN360
 ホンダN360 年式不明

 エヌサンとかエヌッコロとか呼ばれた、ホンダのベストセラーカー。実は私が運転免許を取得してすぐに、アルバイトで貯めた資金で初めて手に入れた車が、マスタードイエローの中古のエヌサンでした。こんなイカした軽自動車は、もう永久に現れないだろうな。





 古民具館
 古民具館

 この小さな建物の中には、古民具や古い家電製品が、ところ狭しとランダムに展示されています。こういったランダムな見せ方は他の展示ブースでも同様で、この脈絡のないごちゃごちゃ感に、古い物置の中の様なノスタルジーを感じます。





 電気洗濯機
 電気洗濯機

 電気洗濯機の出現は、当時のお母さんたちにとっては大変な驚きと喜びだったことでしょう。なにせそれ迄は、たらいと洗濯板で1枚1枚ゴシゴシとやっていたんですから。子供の頃は、上部にくっついているこの洗濯物絞り機が大好きで、よくこの取っ手をグルグルと回してました。





8ミリフィルム編集機 
 8ミリフィルム編集機

 家庭用ビデオ機器なんて無かった昔、ムービー映像を撮るのに8ミリカメラを使いました。そして撮影したフィルムを切ったり貼ったりして編集するのが、画像右側に2台並んだ編集機。因みに画像左側はスライド映写機でしょうか。スマホで簡単にムービーを撮影するなんて、当時誰が想像できたでしょう。





鳥かご 
 鳥かご

 カナリヤ、文鳥、ジュウシマツから、オウム、ニワトリ、伝書バト。昭和40年代頃までは、東京でもペットの鳥を飼っている家庭がけっこう多かった。孔雀なんかをを飼っている、動物園顔負けのツワモノの家も近所にあったっけ。





 屋外展示スペース
 屋外展示スペース

 屋外展示スペースには、沢山の乗り物が無造作に置かれています。





 
 なの花号

 その中の一つ、平成25年の運転を最後に引退した流鉄流山線のなの花号は、展示車両の車中にも入れます。





車内にも入れます 
 車内にも入れます

 流山線は馬橋駅から流山駅までの6駅、僅か5.7Kmを走る単線・ワンマン運転の鉄道で、その意味ではとても昭和っぽいのではありますが、この地域の生活の足として、昔から多くの人達に愛され続けているんです。





 室内にもクラシックカー
 室内にもクラシックカー

 メインの屋内展示室にも、昭和のクラシックカーが並びます。一番手前は、今でも熱烈なファンがいるミニバイクのホンダモンキー。奥に並んだ黒い車は昭和30年代のダットサン3台。なかでも右2台は、「ALWAYS 続・三丁目の夕日」に映画出演したものなんだって。





 石原裕次郎コーナー
 石原裕次郎コーナー

 昭和の名優、石原裕次郎。今じゃあんまり聞かなくなった「スター」と言う肩書が、とっても似合う人でした。





 年代別ミニカー
 年代別ミニカー

 子供の頃はミニカーにハマりました。特にマッチ箱のようなパッケージに入った「マッチボックスカー」がお気に入りで、小遣いが貯まると速攻で仕入れに行ったもんです。





 空母ホーネット
 空母ホーネット

 こちらはプラモデルのコーナー。中でもフロアの中心に展示されているこの巨大プラモデルは必見です。米海軍の航空母艦ホーネットの模型なんですが、地元松戸の同好会のメンバーが、昭和54年から平成5年まで、足掛け15年も費やして作成した力作なんだそう。





小松崎茂 作品展示コーナー 
 小松崎茂 作品展示コーナー

 プラモデルと言えば、そのパッケージに描かれた独特の箱絵はとても印象的です。そしてこのコーナーには、プラモデルの箱絵作家の一人者、画家小松崎茂の作品が数多く展示されています。





 フィギュアコーナー
 フィギュアコーナー

 今でもコアなファンが多いフィギュア。怪獣もの、戦隊もの、美少女もの、アニメキャラクターもの。世の中にはプレミアムがついて、かなりの高額で売買されるフィギュアも少なくないらしい。





 警官の制服もありました
 警官の制服もありました

 部屋を移ったこちらのコーナーには、種々雑多なものがこれでもかと、ゴチャ混ぜに並んでいます。掛軸、剥製、刀剣、軍服、警官の制服、弁当箱、鉛筆削り、蓄音機・・・

 目が回ってきた。





 ジュークボックス
 ジュークボックス

 いにしえのジュークボックスです。飲食店や娯楽施設、宿泊施設など、昔は至る所に置かれてました。中のレコード盤なんか傷だらけ、すり切れてて音なんか最悪のものばかりだったけど、今想うとそんなところに味があって、なんか良かった。





昭和の居間 
 昭和の居間

 昔の家庭の居間を再現。しかしちゃぶ台って便利でしたね。結構たくさん色んな物が置けて、使わない時は脚をたたんで部屋が広く使える。合理的な家具でした。それはそうと、なんで亀のはく製が畳を這ってるんだろう。





懐かしい看板がありました 
 懐かしい看板がありました

 女優松山容子の、ボンカレーの看板がありました。カップヌードルの時もそうだったけど、このレトルトカレーが初めて売り出された時は、子供心に大きな衝撃でした。だって、カレーライスと言えば子供には大変なご馳走だったあの頃、お湯で温めるだけで、3分間でカレーが食べられちゃうんだから。





 陶磁器の展示ケース
 陶磁器の展示ケース

 九谷や伊万里などの焼物が並んだ展示ケース。今までがごちゃごちゃ・ハチャメチャな展示だったので、こんな風にフツーに並んでるのを見ると、かえって違和感を覚えたりします。それにつけても、この施設内のこれだけ多くの展示品を、ここの館長さん個人で集めたなんて、いろんな意味で驚きであります。





 正面入り口を抜けて
 正面入り口を抜けて

 昭和の時代にどっぷりと浸ることが出来てとっても楽しかったけど、これでもかと攻めてくる展示物を眺めていたら、とっても疲れました。この辺で昭和の杜をあとにして、先へと進みましょう。次の目的地、戸定が丘歴史公園まではおよそ4kmの、ちょっと長い道程ですが、このサイトは散歩が主役のサイト。楽しんで歩いて行く事にしましょう。





 道なりにしばらく進む
 道なりにしばらく進む

 昭和の杜正面入り口を抜けたら左方向へ。暫くは道なりに、緑多い郊外ののどかな景色を眺めながら歩きます。





妙見神社の鳥居が見えたら左へ 
 道なり左へ

 昭和の杜をあとにして600mほど歩いて行くと、右手に妙見神社の鳥居が見えて来ます。道は左に折れているので、道なりに左方向へ進みましょう。





 突き当りを右へ
 突き当りを右へ

 その先すぐに突き当り。道は左右に分かれています。このT字路を右折。





 すぐにまた右折
 すぐにまた右折

 そして、更ににまたT字路。ここも右へ折れて、国道に入ります。





 車に注意しながら歩道を歩く
 国道464号線

 この通りは国道464号線。道幅が広くなり、行き交う車両の数も増加するので、車に注意しながら歩いて行きましょう。





 水戸街道を左方向へ
 水戸街道を左方向へ

 国道464号線を歩く事およそ30分、距離にして2km余り。同じく国道の4号線、水戸街道に合流します。横断歩道を渡り、水戸街道を左方向へ。幹線道路のこの道に入ると、交通量は格段に激しくなります。





 右側の道へ入る
 右側の道へ入る

 50m程進むと、道が斜め右方向へと分かれています。大量の車両が行き交う水戸街道から逃げる様に、右側の道へ。





 右手は千葉大学
 右手は千葉大学

 幹線道路の喧騒を避けて、今度は緑に囲まれた静かな道に入って来ました。右手に見える林の向こう側にあるのは、千葉大学の松戸キャンパス。





 突き当りは常磐線
 突き当りは常磐線

 静かな道を道なりにおよそ500mほど歩いて行くと、正面突き当りに鉄道の線路が見えて来ました。これはJR常磐線。





 常磐線沿いに進む
 常磐線沿いに進む

 ここを右折して、常磐線の線路沿いに進みましょう。





 戸定邸茅葺門
 戸定邸茅葺門

 そのまま道なりに歩いて行くと、300m余りで今日二つ目の目的地、戸定が丘 (とじょうがおか) 歴史公園に到着です。公園入り口となる茅葺門を抜けて園内へ。





 松戸市戸定歴史館
 松戸市戸定歴史館

 入園料は無料。広い日本庭園のあるこの公園の面積は約2.3万平米。東京ドームだとおよそ半分ほどの敷地です。





戸定邸玄関口 
 戸定邸玄関口

 公園の広さはそれほど大きくはないながらも、敷地内には徳川昭武が住まいとして建設した戸定邸や、その歴史を資料や調度品の展示で学ぶ博物館戸定歴史館など、興味深い施設があります。こちらの見学料金は2施設共通で、一般320円。





 戸定邸中庭
 戸定邸中庭

 徳川昭武(1853~1910)とは、水戸黄門でお馴染み水戸藩の最後の藩主。実父は徳川斉昭(18男)で、15代将軍徳川慶喜の異母弟にあたります。





 内蔵
 内蔵

 現在は国の重要文化財となっているこの戸定邸は、二年の建設期間を経て明治17年に完成した、木造平屋建て(一部二階建て)の屋敷です。





 客間
 客間

 このお屋敷の通称となった戸定邸という名の由来は、戸定台と呼ばれる高台に建てられている事から。





男性便所 
 男性便所

 既述の様にこの歴史公園の広さはおよそ2.3万平米ですが、徳川昭武邸の時代は現在の3倍以上の敷地を誇ったのだそう。





浴室 
 浴室

 建物は9棟が廊下で繋がっていて、23室もの部屋が造られています。





 離座敷棟
 離座敷棟

 画像は、昭武の母の住まいとして増築された離座敷棟。昭武の生母は、公家の出で徳川斉昭の側室となった万里小路睦子です。





東屋庭園 
 東屋庭園

 高台に建つ、このお屋敷の庭園は散策自由。下界の景色を眺めながら東屋でひと休み。今日は長距離の散歩だったので少しばかり疲れたけど、ここまで楽しく歩いて来ることが出来ました。





茅葺門の先は下り坂 
 茅葺門の先は下り坂

 ゴールのJR松戸駅まではもうあと少し。公園出入口の茅葺門を抜けると、正面は下り坂です。坂の名前は戸定みその坂。平成21年に、天皇皇后 (現・上皇上皇后) 両陛下が行幸啓された事から、「御苑」に因んで名付けられたのだとか。





 正面の通りを右へ
 正面の通りを右へ

 戸定が丘歴史公園をあとにして、戸定みその坂を真っ直ぐに下りて行きましょう。そして、正面突き当りの道をいったん右折。





 すぐに左折
 すぐに左折

 更にすぐその先の、信号のある交差点を今度は左折します。





 歩道橋がありました
 歩道橋がありました

 道なりに500mほど歩いて行くと、松戸駅へと接続する歩道橋が見えて来ました。





 松戸駅東口
 松戸駅東口

 この歩道橋に上がりペデストリアンデッキを進んで行けば、JRや新京成電鉄が乗り入れる、松戸駅の東口に到着です。









★交通 京成電鉄成田空港線・北総鉄道北総線・JR武蔵野線
東松戸駅下車
★歩行距離 約 6.5 km



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