蘆花恒春園


2018年11月




芦花公園駅南口  京王線に乗って新宿から20分。やって来たここは芦花公園駅の南口です。明治・大正の文豪、徳富蘆花の旧居宅を公園に整備した蘆花恒春園が駅名の由来。駅を出たら、先ずは目の前を走る千歳通りを右方向へと進みましょう。
芦花公園駅南口


 千歳通りは閑静な住宅地を走る、片側一車線の静かな通りです。 千歳通り
千歳通り


ガラス張りの館  駅前から400mほど歩いて来ると、左手にガラス張り2階建ての、モダンな建物が現れました。
ガラス張りの館がありました


 これは世田谷文学館。平成7年の開館になる、文学の小さな博物館です。入館料は一般200円。 世田谷文学館
世田谷文学館


中庭もあります  建物は小さいながらも、明るく綺麗な館内には軽食の取れるコーヒーショップや、グッズショップがあったりします。
中庭もあります


 大きなガラス窓越しに庭を見ながら、椅子に座ってゆっくりくつろげるスペースも設けられていて、博物館っぽくないところもGood。 くつろぎスペース
くつろぎスペース


庭の池  小さな庭だけど、澄んだ水の溢れる池には大きな鯉も泳いでたりして、なかなか癒されます。
庭の池


 常設展示のひとつ、からくり人形作家のムットーニこと、武藤政彦氏の作品は秀逸です。音楽や詩の朗読と共に小さなからくり人形がゆっくり動くファンタジー。不思議な世界に引き込まれます。館内展示物の撮影はNGのため、パンフレットでご想像を・・・ ムットーニコレクション
撮影NG パンフで我慢


蔵がありました  世田谷文学館の建物の隣には、立派な蔵が建っています。そしてその先、塀伝いに続く和風の門。
蔵がありました


 世田谷科学館の敷地は、この近くに本社を持つウテナ化粧品から世田谷区が借り受けている土地。もともと同社創業者の旧居宅があった場所で、これらの蔵や門はその名残らしい。 蔵の先に和風の門が
蔵の先に和風の門が


千歳通りを更に進む  千歳通りに戻って、静かな住宅街を更に先へと進んで行きましょう。
千歳通りを更に進む


 芦花公園駅前から歩く事およそ900mほど、信号機のある芦花公園西交差点が見えたらこれを左折。 芦花公園西交差点
芦花公園西交差点


蘆花恒春園  更に400mほどで、蘆花恒春園の正門前に到着です。
蘆花恒春園正門


 既記の通りこの公園は、徳富蘆花(1868〜1927)が夫人と共に過ごした住まいのあった場所です。 園内はとても静かです
静かな園内


蘆花記念館  先ずは園内の蘆花記念館に入って、文豪徳富蘆花について予習をして行きましょう。ここでは彼の遺品なども展示されていますが、残念ながら館内撮影は出来ませんでした。入館無料。
蘆花記念館


 林の中の径を歩いて行くと、古民家が見えて来ました。これが蘆花の旧邸宅です。 旧居宅が見えて来た
古民家が見えて来た


旧居宅  この地では、明治40年から亡くなる昭和2年までの約20年間を過ごし、自著の執筆に励みました。
旧居宅


 邸宅の中は見学が自由ですが、蘆花記念館同様内部の撮影は出来ません。残念。 母屋
母屋


梅花書屋  執筆の作業は主にこの梅花書屋秋水書院の二つの建物で行われ、ここで数々の名著が生まれました。
梅花書屋


 とは言え彼の代表作不如帰(ほととぎす)は、この地に移る以前に既に執筆・連載されていたので、この書斎から生まれたのではないらしい。 秋水書院
秋水書院


身代わり地蔵と秋水書院  秋水書院の手前に建立されているこの地蔵尊は、関東大震災の余震で頭部が落ちてしまったので、蘆花は自分達の身代わりになってくれたものと考え、身代わり地蔵と呼んでいたのだとか。
身代わり地蔵と秋水書院


 因みに恒春園と言うこの邸宅の名前も、お地蔵さんの名前同様に蘆花が名付けたもので、永久に若いという意味。

 そうか・・・ アンチエイジングなんだ。
身代わり地蔵
身代わり地蔵


愛子夫人居宅  徳富蘆花没後10年経った昭和12年に、夫人の愛子さんはこの土地や建物を当時の東京市に寄付しました。
愛子夫人居宅玄関口


 そして東京市はこの敷地内に愛子夫人の邸宅を改めて新築して、愛子さんは少しの間この家に住んでいました。 愛子夫人居宅
愛子夫人居宅


古民家をあとにして雑木林の径を進む  しかし実際に住んだのは2年足らずと短く、付近に出来たごみ集積場の悪臭に耐えられず、亡夫との思い出の詰まったこの地を離れたのでした。
古民家をあとにして林の径を進む


 旧居宅をあとにして雑木林の中を少し歩いて行くと、夫妻の眠る墓所があります。 共同墓地
共同墓地


徳富蘆花夫妻の墓所  案内板によると蘆花は生前、旧居宅の東側に隣接するこの地の共同墓地の永代所有権を買っていて、没後ここに埋葬されました。蘆花はその死の直前、病気療養のために自宅を離れて群馬の伊香保に移ります。
徳富蘆花夫妻の墓所


 その地で、絶縁状態にあったジャーナリストの兄、徳富蘇峰と再会した直後に亡くなります。若い頃同じ志を抱いて共に活動した兄弟。しかし兄の思想の変節から兄への決別の書を著して、その後20年以上絶縁状態が続いていたのでした。 夫妻の眠る墓
夫妻の眠る墓


徳富蘇峰による墓誌の写し  考えの違いで反目していても血の通った兄弟です。兄の記した墓誌の文章からは、弟に対する愛情がひしひしと伝わって来ます。
徳富蘇峰による墓誌の写し


 公園の北側に隣接するこの神社は、粕谷八幡神社。蘆花は、彼を訪ねて来た客が帰る時はいつも、この神社のところまで来て見送ったのだとか。 粕谷八幡神社
粕谷八幡神社


わかれの杉  彼は神社入口にあった杉の木の下に佇んで別れを惜しんだので、その杉はわかれの杉と名付けられました。現在ではもう枯れてしまったわかれの杉。鳥居の傍らに幹だけが残っています。
わかれの杉


 敷地およそ8万平米、東京ドームにしてほぼ2個分の公園内には、徳富蘆花の旧居宅の他、アスレチック設備や児童公園もあったりします。 児童公園
児童公園


来た道を戻る  蘆花恒春園をあとにして、来た道を引き返し芦花公園駅へと戻りましょう。
来た道を戻る


 蘆花恒春園正門前の道を、芦花公園西交差点まで戻って来ました。 再び芦花公園西交差点
再び芦花公園西交差点


お堂を発見  来た時には気が付かなかったんだけど、3本の道の五差路交差点が造りだした三角地帯に、小さなお堂を見つけました。
お堂を発見


 お堂にはお地蔵さまが。この辺りの昔の地名、千歳村字粕谷から粕谷延命地蔵尊と呼ばれていて、傍らの由緒書きによると、元禄時代から祀られているらしい。 粕谷村地蔵尊
粕谷延命地蔵尊


住宅地の通りを戻る  芦花公園西交差点を右折して、閑静な住宅地を走る千歳通りを進み、芦花公園駅へ。
芦花公園駅へ









★交通 京王線 芦花公園駅下車
★歩行距離 約 3.5 km


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