葛飾柴又・寅さんワールド
2021年4月
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柴又駅前の寅さん像 |
今日は東京都の東の端に位置する、葛飾区柴又を散歩するためにやって来ました。と言う訳で、京成電鉄金町線柴又駅の改札を抜けて駅前に出て来たんだけど、ご覧の様に駅前は工事中。なんでも京成電鉄による駅前再開発の最中で、老朽化していた駅前店舗を新たな建物にテナントとして移設する計画なんだとか。
そんな中、オープン迄まだ2カ月先の(取材時)仮囲いの設置された工事現場で、振り返って何かを眺めている人物のブロンズ像を発見。だけど誰だかすぐに分かっちゃいました。そう、葛飾柴又と言えばあの人、寅さんです。ところでこの寅さん、いったい何を眺めているんだろう。 |
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妹のさくら像 |
工事現場の仮囲いの隙間から覗いてみたら、寅さんの視線の先に居たのは、妹のさくらでした。映画「男はつらいよ」の、ラスト近くのあのいつものシーン。恋に破れたハートブレイクの寅さんが生まれ故郷の柴又を去って行くのを、さくらが寂しそうに見つめていたのでありました。 |
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柴又駅前(2003年5月撮影) |
今日は工事中のため、柴又駅前の風景がどんな感じか分かり難いので、かなり以前の撮影ではありますが、駅前広場の画像を取り敢えず貼り付けてみました。まぁ、工事完了後には駅前の風景はまた少し変わっちゃうんだけどネ。ともあれ、ここ柴又は何処へ行っても寅さん、寅さん・・・ 寅さんワールドなんです。
それじゃぁ早速、葛飾柴又寅さん散歩をスタートする事にしましょう。 |
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いざ参道へ |
柴又と言えば寅さんと共に思い浮かぶのが、映画でお馴染みのあの御前様のお寺、帝釈天。その参道はもう駅前から始まります。 |
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高木屋老舗 |
参道を挟んだ両脇に店舗を構える、この高木屋老舗。寅さんの実家「とらや・くるまや」を思わせる、草だんごや焼きだんご、あんみつなどを商う老舗の甘味処です。そして映画「男はつらいよ」の柴又ロケ時にはいつも、キャストやスタッフの休憩や控えの場として利用されていた店舗としても知られています。 |
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二天門 |
駅前から参道を200m余り歩いて行くと、正面に見えて来たのは明治29年建立になる帝釈天の二天門。まるで門前に、飄々とした御前様が立っているようです。 |
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大鐘楼 |
そして二天門の左方向に目を向けると、見覚えのある大鐘楼を発見。帝釈天で奉公するあの寺男の源ちゃん(源公)がよく撞いていた、あの鐘でした。今ちょうど時刻は正午でありまして、この大鐘楼の鐘の音が辺りに響き渡ってはいるのですが、しかしながら鐘撞き台には源ちゃんは愚か、誰の姿も見受けられません。どうも現在では、オートマチックで鐘撞きされているらしい。 |
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帝釈天境内 |
二天門を抜けて、帝釈天の境内へ。画像右側が本堂で、左側は帝釈堂です。因みにこの記事中でこのお寺の事は、皆に親しみのある帝釈天と記しているのですが、正式な名称は経栄山題経寺と言って、1629年創建の日蓮宗の寺院なんです。そして、題経寺の本尊であるところの帝釈天は戦いの神・軍神で、日本では七福神でお馴染みのあの大黒天や毘沙門天などと共に、仏教の守護神の一つとされています。 |
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帝釈堂と瑞龍の松 |
帝釈堂に目を向けると、お堂の前方左側に立派な松の木が生えています。水平・垂直の三方向に伸びる、がっしりとした幹と枝。瑞龍(ずいりゅう)の松と呼ばれ、1629年の寺創建の頃には、既にその存在が確認されていたと伝えられる巨木です。
ところで帝釈天と言えば特筆すべきものがあるんです。それはこの帝釈堂に施された彫刻。 |
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彫刻ギャラリー |
昭和4年に造立された総欅造りのこの帝釈堂外壁には、数多くの木彫が辺り一面に施されているんです。 |
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回廊上段の木彫 |
案内板によるとこれ等の木彫は、大正時代末期から昭和9年迄の、10年余りの歳月を費やして作成されたものなのだとか。 |
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回廊下段の木彫 |
お堂の周囲には上下二層の回廊が設置されて、更にガラスが張り巡らされた明るいギャラリーとなっています。拝観料は一般400円、これは必見。 |
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法師修行の図 |
これ等の彫刻の主な題材は、法華経の説話が基になっているんだって。 |
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大客殿 |
彫刻ギャラリーの拝観料金にはこの他、信徒の接待所として昭和4年に建立された大客殿の内部と、それに隣接して造られた日本庭園の見学料金も含まれています。 |
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邃渓園 |
邃渓園(すいけいえん)と名付けられたこの日本庭園、面積はおよそ2,000平米で昭和40年に完成されました。 |
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邃渓園越しに大客殿を望む |
そして、大客殿に設けられた回廊を歩いて邃渓園をひと回り、雨の日でも濡れずに回遊する事が出来ちゃうんです。と言う訳で、寅さん映画のイメージばかりが強くなりがちなこの帝釈天ですが、実は他にも色々と隠れた魅力があったんですね。 |
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鐘楼を右に見て、正面の通りを右折。 |
ではではこの辺で帝釈天を後にして、先へと進んで行く事にしましょうか。境内から二天門を抜けたら右へ。あの源ちゃんの鐘楼を右手に置いて、正面に見える通りを更に右折します。 |
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帝釈天を右手に置いて進む |
そのまま、帝釈天に隣接して走るこの通りを進みましょう。 |
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山本亭へ |
200m程進むと右手に分かれる道がありました。傍らに設置された、次の目的地である「山本亭まで100m」との指導標に従ってこれを右折。
ところで正面やや右手に見える4階建てのビルは、江戸時代後期の寛政年間に創業し220年余り営業を続けた川魚料理の老舗、川甚の店舗ビル。寅さんの妹のさくらと博夫婦が結婚披露宴を開いた料理屋でもあり、そんな訳でこの建物は映画にも登場するのですが、残念ながら去年(令和2年)の暮れに閉店してしまったんです。この建物も行く行くは無くなってしまうのかナ。 |
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山本亭入口 |
帝釈天からおよそ300m余り歩いた辺りで、山本亭に到着です。 |
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玄関 |
案内板によると山本亭は、大正末期から昭和初期にかけて建築された、カメラ部品メーカー創業者の邸宅。木造2階建てで1階部分が120坪、2階部分が15坪になる和洋折衷の建物です。入館料は一般100円だけど、すぐ近くの寅さん記念館との共通入館券なら、合計600円のところ550円。今日はこれをゲット。 |
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洋間・鳳凰の間 |
これは応接室として使用されていた洋間、鳳凰の間。立派な大理石造りのマントルピース(暖炉)と、画像では分かり難いのですが、ガラス窓にはステンドグラスが施されているところ等、山本家が如何にも当時の資産家だった事を窺わせます。 |
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庭園を眺めながらひと休み |
邸内では約890平米の日本庭園を眺めながら、コーヒーや抹茶、和菓子などをオーダーして喫茶・喫食する事も出来るんです。 |
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指導標に従って |
既述の様に、今日は寅さん記念館との共通入館券を購入しているので、そろそろ次なる目的地へと移動する事にしましょう。指導標に従って、山本亭の敷地内を進みます。 |
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防空壕跡 |
突然、古井戸発見。
・・・と思いきや、案内板には「防空壕跡」とありました。山本亭の防空壕は母屋と繋がっていて、家屋内から直接地下へ避難する事が出来る様になっていたんです。そして、地上に露出しているこの部分は脱出口。防空壕の広さは六畳二間分もあって、なんとシャワー付きだそう。この事からも、当時の山本家の裕福さが分かります。 |
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敷地内を進む |
山本亭の建物を今度は外から眺めながら、敷地内を進んで行きます。 |
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長屋門 |
長屋門がありました。ここ迄が山本家の敷地内。ところで長屋門とは、江戸時代の主に武家屋敷などに建てられていた門で、門の両脇に袖部屋を備えているのが特徴。 |
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袖部屋内 |
という事で、長屋門は基本的には和風の門なのですが、山本亭の門は洋風デザインでありまして、窓はステンドグラスになっているんです。そしてこの袖部屋で門番や、客人の付き人、人力車の車夫などが控えていたらしい。ここなら居心地は上々だったかも。 |
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高台へ上る |
長屋門を抜けると、目の前は高台になっていました。小さな通りを渡って石段を上り、高台の上へ。
傍らに設置されている「寅さん記念館」への案内看板は、高台には上らず右方向への回り道を案内しているのですが、今日の所は辺りの景色を眺めながら、高台へ直進です。 |
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高台から山本亭を望む |
高台に登って振り返ると、山本亭の長屋門や、その先に続く甍の波が望めます。 |
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寅さん記念館入口 |
高台の上は芝生の広場が広がる柴又公園。そして目の前の東屋風の建物が寅さん記念館の入り口になります。因みにこの場所は高台とは言っても、厳密には隣接して流れる江戸川の堤防の上。そして柴又公園とは、今見て来た山本亭やこれから訪れる寅さん記念館、そして江戸川河川敷の広場までも含んだ大きなレクリエーション施設なんです。 |
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エレベーターか階段で下層階へ |
では早速、寅さん記念館へ。ところでここは入り口とは言え、建物の構造上は施設の屋上。実際の施設はこの足元、堤防の真下にあるので、エレベーターか階段で下層階へと下りて行きます。 |
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寅さん記念館 中庭 |
下層階に下りると、施設の中庭が目の前に現れました。寅さん記念館はその名の通り、映画男はつらいよの世界を多くの資料や展示物、設備などで体感できる施設なんです。入館料は一般500円だけど、もう既に山本亭との共通入館チケットをゲットしているので、そのまま館内へ。 |
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くるまやのセット |
館内には実際に映画で使用された寅さんの実家の団子屋、くるまや(シリーズ途中までの屋号はとらや)のセットが設置されています。 |
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店内では寅さんが居眠り |
そもそも映画男はつらいよは、神奈川県にあった松竹の大船撮影所で製作されていて、くるまやのセットもそこにあったのですが、当該撮影所は平成12年に閉鎖されてしまったので、このセットは大船からここ柴又へ移設されたのでした。 |
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お馴染み 店舗入り口 |
これは店内側から店舗入り口を通して、店外の方向を望んだ画像。意中のマドンナの事を思いながら、旅先から帰って来た寅さんが、フラッと店に入って来るいつものあのシーンが目に浮かびます。 |
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昭和の帝釈天参道 |
昭和30年代の、帝釈天参道の街並みが再現されていました。
「チキショウこのタコ、おもてぇ出やがれ!」
この参道を眺めているとそんなシーンを連想しちゃうんだけど、自分的にはシリーズ前半頃の暴れん坊で単細胞な、こういう寅さんが寅さんらしくて好きなんだよネ。 |
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山田洋次ミュージアム |
施設の敷地内には、「男はつらいよ」を生んだ映画監督の名を冠した山田洋次ミュージアムも併設されています。この展示物は東京浅草で、昭和6年から80年余りに亘って営業を続けた映画館にあった、フィルム映写機の実機。 |
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再びエレベーターで屋上階へ |
単純だけど純粋でシャイで邪心のない寅さんって、日本人の琴線に触れるんだよね。
・・・ってな事を思いながら施設を出て来ました。再びエレベーターに乗って、施設屋上の柴又公園の芝生広場へ。 |
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指導標に従って進む |
屋上階に着くと、「矢切の渡し」への指導標が。次なるプランはこの矢切の渡しに乗船する事。
・・・って訳で、指導標に従って、江戸川河川敷の方向へと進みます。 |
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お馴染み江戸川河川敷 |
♪ おーれぇが居たんじゃ およぉーめにゃ行けぬ ♪
堤防の上から江戸川の河川敷を眺めると、頭の中には「男はつらいよ」のテーマソングが流れます。映画のオープニングでいつも出て来るのが、お馴染みのこの風景。 |
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河川敷へ |
目の前の階段で、堤防上から河川敷へと下りて行きましょう。 |
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渡船場に到着 |
そのまま江戸川の川岸沿いを左方向、川上の方向へと進んで行くと、矢切の渡しの渡船場が見えて来ました。寅さん記念館を後にして、およそ450m程歩いて到着です。 |
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矢切の渡し |
矢切の渡しの歴史は古く、その始まりは江戸時代の初め頃で、当初はこの地域周辺に住む農民の移動手段として、徳川幕府が設けた渡し場でした。そして昭和の後期に同名タイトルの歌謡曲が大ヒットした時には、一躍その名は全国区に。もちろん映画男はつらいよにも、この矢切の渡しのシーンが使われています。
取材時は対岸の千葉県側で護岸工事中だったため、川を渡って往復する通常運行便は休止中。だけどイレギュラーで観光客向けに、この柴又を出港して辺りを遊覧し柴又へ戻って来るコースが、乗船料400円也で運行されていたのでこれに乗船。のどかな風景を眺めながらの遊覧、けっこう楽しめちゃいました。 |
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堤防上のサイクリングロード |
寅さんワールドも十分堪能出来ました。そろそろ柴又駅へと戻りましょう。堤防の上を走るサイクリングロードを渡って、目の前の下り階段を下りて行きます。 |
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横断歩道を渡って右へ |
堤防を越えたら左手の川下方向へ100m程進むと、閉店してしまったあの川甚の旧店舗ビルがまた見えて来ました。右手に小さな横断歩道があるので、これを渡って右方向へと分かれる通りに入りましょう。 |
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大鐘楼の角を左折 |
その先更に250mほど進んで行くと、左手に帝釈天の大鐘楼が再び現れました。信号機が建つこの角を左折すると、帝釈天の門前です。 |
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参道を経て柴又駅へ |
そして門前から延びる200m程の参道を戻り、柴又駅へ。 |
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柴又駅ホーム |
柴又駅に到着です。このホームや駅舎は、主にラスト近くのシーンではしばしば映画に登場しますが、その後改装されてはいるものの、当時の面影はまだ十分感じられます。 |
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まるで場外博物館 |
そしてこのプラットホームも寅さんワールド。映画の解説ボードが多数設置されていて、まるで寅さんの場外博物館です。 |
★交通 |
京成電鉄金町線 柴又駅下車 |
★歩行距離 |
約 2.5 km |
周辺地図
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