築地・月島・佃島

2020年10月






 
 東京メトロ築地駅1番出入口
 東京メトロ築地駅1番出入口

 地下鉄の日比谷線に乗って、中央区の築地までやって来ました。この築地駅1番出入口はご覧の様に開口部が2か所あって、画像右側に出ると都道50号線の新大橋通り、そして左側の連絡口は、築地本願寺の境内へと繋がっています。今日の散歩はこの築地本願寺からスタート。





 築地本願寺
 築地本願寺

 浄土真宗の寺院築地本願寺は、京都西本願寺の別院で、1617年の創建。本堂は火災や震災で再建を繰り返し、現在のこのエキゾチックな建物は、昭和9年に建築されたものです。





 築地本願寺本堂(重文・国)
 築地本願寺本堂(重文・国)

 鉄筋コンクリート造りのこの本堂、古代インドの仏教寺院を手本にしたもので、国の重要文化財に指定されているんです。設計者は、湯島聖堂大成殿東京都慰霊堂などの他、数多くの建築物の設計を手掛けた伊東忠太(1867-1954)。





 本堂のステンドグラス
 本堂のステンドグラス

 本堂前の石段を上って行くとまず目に飛び込んでくるのが、入口の壁面に設けられたこの蓮の花のステンドグラス。そして立ち入り自由の本堂内に入ると、ドイツ製の巨大なパイプオルガンが二台も。これはもう、まるでキリスト教の教会みたいなんです。堂内のパイプオルガンで演奏会も催されるんだって。





 獅子や馬もいます
 獅子や馬もいます

 本堂内には更に、大理石の階段手摺や動物の装飾があったりする他、境内にはレストランやカフェ、書籍ストア、グッズ&お土産ショップ、宿泊施設、等々・・・

 仏教寺院としては、とってもユニークであります。





 石積塀を左に見て進む
 石積塀を左に見て進む

 築地本願寺をあとにして、散歩を続けましょう。本堂と共に重要文化財に指定されている本願寺の石積塀を左手に置いて、新大橋通り沿いを進みます。





 築地四丁目交差点
 築地四丁目交差点

 間もなく新大橋通りと晴海通りが交差する大きな交差点、築地四丁目交差点があるので、これを直進して晴海通りを横断。





 築地場外市場
 築地場外市場

 交差点を越えると目の前に、新大橋通り沿いに続く飲食店を中心とした商店街が現れました。これは築地場外市場。平成30年10月に豊洲へ移転した、東京都中央卸売市場に隣接していたことからこの名称が付き、市場の移転後もこの場所で、この名前で、変わらず営業しているんです。





 市場橋交差点
 市場橋交差点

 場外市場はこの新大橋通り沿いだけでなく、この一角、東京ドーム1個分ほどのスペースに食を扱う店舗が集積した、大きな商店街なんです。

 新大橋通り沿いに商店街を進むと、間もなく市場橋交差点が見えてくるのでこれを左折しましょう。





 波除通り
 波除通り

 波除通り(なみよけどおり)と呼ばれるこの通りにも、美味しそうな店舗がぎっしりと並んでいます。だけど昼時にはまだまだ早すぎる時間帯なので、今日は何処にも寄らずに直進。





 波除稲荷神社が見えて来た
 波除稲荷神社が見えて来た

 場外市場を貫く波除通りを歩いて行くと、正面突き当りに神社の鳥居が見えて来ます。ここは波除稲荷神社





 波除神社社殿
 波除神社社殿

 17世紀中頃の創建になるこの神社、その名の通り航海安全の他にも、災難除け厄除けにご利益があるらしい。





 玉子塚
 玉子塚

 境内にあって一際目立つこの玉子塚。その建立はまだ新しく、平成5年。食を扱う店で使用されたり販売されたりする、その玉子を供養するための塚なんだって。





 神社を出たら右へ
 神社を出たら右へ

 波除神社を出たら、右方向へ進んで行きましょう。





 築地六丁目交差点
 築地六丁目交差点

 およそ130m程進むと、広い晴海通りと交差します。この築地六丁目交差点を横断歩道で越えて、晴海通りを右へ。





 勝鬨橋(かちどきばし)
 勝鬨橋(かちどきばし)

 そしてその先200m足らずの場所に、隅田川の河口に架かる勝鬨橋(かちどきばし)があります。





 操作室
 この操作室で橋を跳ね上げてました

 昭和15年の竣工になるこの勝鬨橋は、橋の中央部が跳ね上がる仕組みの可動橋で、国の重要文化財です。





 ここが跳ね上がります
 ここが跳ね上がります

 昭和45年までは実際に橋が跳ね上がって、大きな船舶が橋の下を航行していたのですが、隅田川を航行する大型船舶が無くなったため、現在は稼動していません。画像は橋の中央部の、跳ね上がって分かれる場所。





 欄干が途切れてます
 途切れた欄干

 橋の中央部の欄干に目を移すと、ちょうど跳ね上がる部分が途切れているのが分かります。





 
 月島第二幼小前交差点

 勝鬨橋で隅田川を越えると、そこは月島。およそ150mほど歩いた先の最初の交差点、月島第二幼小前交差点を左に折れて、西仲通りへと入って行きましょう。





 月島西仲通り商店街
 月島西仲通り商店街

 更に300mほど歩いて行くと、商店街がありました。ここは月島西仲通り商店街。だけど、商店街とは言っても飲食店ばかり。しかも、もんじゃ焼きの店ばかりなんだけど・・・





 月島もんじゃストリート
 月島もんじゃストリート

 という事で、この商店街こそがメディア等でもよく取り上げられるあの人気スポット、月島もんじゃストリートなのでありました。500m近く続く商店街の中で、ざっと見、もんじゃ焼き店が50~60店舗くらいは並んでいるでしょうか。因みに、月島はもんじゃ焼き発祥の地と言う訳ではなく、しかも、こんな風にもんじゃ焼き店の集積が始まったのは、平成に入ってかららしい。





 交差点を左折して高架沿いに進む
 交差点を左折して高架沿いに進む

 もんじゃストリートを抜けると、正面に大きな交差点が現れました。これを左折。





 高架をくぐる
 高架をくぐる

 東京都道473号佃大橋通りの高架を右に見ながら100m余り進んで行くと、小さな交差点があるので、これを右折して高架をくぐり、そしてすぐに左折します。





 高架を左手に置いて進む
 右手に小さな公園が

 佃大橋通りの高架を今度は左に見ながら進むと、右手に小さな公園がありました。中央区立佃公園です。そして、ここは佃島

 佃公園はこの場所の他、近くの隅田川沿いにもう一箇所あって、そちらとの区別で飛び地のこの場所は、特に通称でジャリ公園とも呼ばれています。





 ジャリ公園
 ジャリ公園からの眺め

 ジャリ公園からの眺めはバツグンです。目の前には佃堀が迫り、そして真正面にそびえ立つタワーマンション、大川端リバーシティ21の超高層ビル群と、その手前に架かる佃小橋の朱色の欄干との、新旧のコントラスト。これは必見であります。





 正面突き当りを右折
 正面突き当りを右折

 ジャリ公園を過ぎてそのまま通りを進んで行くと、間もなく隅田川の堤防に突き当たります。そして左手に見えていた高架は、そのまま墨田川に架かる佃大橋へと続きます。この突き当りを右へ。





 佃煮発祥の地
 佃煮発祥の地

 俄かに甘ぁーい、美味しそうな匂いが辺り一面に漂い始めました。ナニかなぁと周囲を見廻したら、見つけたみつけた。佃煮の製造工場と、その販売店が2軒並んでました。佃煮はその名前からも分かるようにここ佃島がルーツ、ソウルフードでありまして、おいしい佃煮の老舗店舗はこの2軒の他にも、佃島には何軒かあるようです。





 佃島渡船の碑
 佃島渡船の碑

 おなかをグーグー鳴らしながら、甘い香りが流れる昼下がりの街を歩いていると、何やら古めかしい石碑を見つけました。これは昭和2年、佃島の渡船場に建てられた佃島渡船の碑





 佃大橋
 佃大橋

 渡船場跡に建っている案内板によると、江戸時代から始まった佃の渡し舟は、昭和30年には1日の運航が平均60往復にもなっていたんだとか。それほどこの周辺地域の重要な足となっていた訳です。しかしその後佃の渡し舟は、昭和39年の佃大橋の完成によって廃止となったのでした。





 突き当りを左へ
 突き当りを左へ

 佃島渡船の碑を過ぎて間もなく、前方左手に朱色の鳥居が見えて来ました。これは住吉神社の鳥居。鳥居の右方向に住吉神社はあるのですが、あとで寄る事にして、鳥居を抜けて左手の石段を上り、墨田川の堤防へと上がりましょう。





 石川島灯台
 石川島灯台

 隅田川を左手に見て、堤防を右方向へと歩いて行くと前方に、何やら古めかしい灯台と思しき建築物を発見。これは江戸時代の末期に建てられた石川島灯台のレプリカ。だけど実はこのモニュメント、1階部分は公衆トイレなんです。





 佃公園
 佃公園

 隅田川沿いに遊歩道が延びています。この一帯のエリアは既述の様に、さっき見て来たジャリ公園と共に中央区立の佃公園となっています。





 遊歩道は続く
 石川島公園

 川沿いの遊歩道をおよそ500m程歩いて来ました。この佃島、元は隅田川の河口に自然に出来た寄洲でした。そして今居るこの辺りは、現在は接続されて地続きですが、その昔は佃島とは別の寄洲で、石川島と呼ばれていたんです。だから佃公園を隅田川沿いに歩いて行くと、やがてその先は石川島公園となります。





 朱色の鳥居まで戻って来ました
 朱色の鳥居まで戻って来ました

 石川島公園に入った辺りで引き返して、そして住吉神社の朱色の鳥居の所までまた戻って来ました。鳥居を抜けた真正面100m足らずの場所には、石鳥居とその先の拝殿が見えています。





 石鳥居と拝殿
 石鳥居と拝殿

 色々な資料の受け売りながら、ここで少し佃島とこの住吉神社の成り立ちをお話しすると・・・

 1582年本能寺の変で主君織田信長を自刃に追い込んだ明智光秀は、今度は清州同盟で信長と形の上で同盟関係にあった徳川家康を追います。 その時、少数で堺を見物していた家康一行は、明智の軍に退路を断たれた事を知り狼狽しますが、家臣の進言により伊勢を経由して海路で領地三河へ帰るルートを選んで堺からの脱出を図り、無事成功します。途上、摂津国を流れる大河に差し掛かった時、近くの佃村(現 大阪府大阪市)の漁民たちが船を集めて、一行の渡河を手助けしました。この事を後々まで恩義に感じていた家康は1590年関東へ国替えになった時、佃村の漁民33名と住吉神社(現 田蓑神社)の神職者1名を江戸に呼び寄せました。その後の1644年に隅田川河口の三角洲を埋め立てて島が造られ、漁民たちはそこへ移り住み、1646年には神社も創建されて、これが江戸の佃島と住吉神社の起こりと伝えられています。そんな訳で江戸幕府は佃島の漁民たちに、江戸近海で優先的に漁が出来る様な特権をも与えて保護し、そして漁獲されたものは、将軍や御三家などにも献上されたと言われます。




 陶製の扁額
 陶製の扁額

 石鳥居に掲げられた扁額は明治15年に製作された陶製で、額字は有栖川宮幟仁(ありすがわのみやたかひと)親王の筆によるもの。





 突き当りを左折
 住吉神社を抜けて突き当りを左折

 住吉神社の境内を通り抜け、拝殿の右脇にある裏側の門を出てそのまま通りを進んで行くと、間もなく突き当りになるのでこれを左折します。





 
 見出し

 正面に現れた朱色の欄干の橋は、さっき寄って来たジャリ公園でも眺めていた、佃小橋です。





 佃堀の船溜り
 佃堀の船溜り

 佃堀の船溜りを眺めながら佃小橋を渡ったら、その先の十字路を右へ。





 地蔵尊の看板が
 地蔵尊の看板が

 佃堀を右手に見て50m程進んで行くと、左手に「地蔵尊入口」の看板が。しかし住宅が並んでいるだけで、お地蔵様の気配なんか感じられないんだけど・・・





 佃天台地蔵尊入口
 地蔵尊入口

 取り敢えず住宅と住宅の間の、とっても幅の狭い路地へと入ってみる事に。





 佃天台地蔵尊
 佃天台地蔵尊

 路地裏の中ほど右側に、佃天台地蔵尊を発見。これじゃぁ、看板がなけりゃ誰も見つけられないよね。





 きれいな地蔵堂
 きれいな地蔵堂

 この小さな地蔵堂そのものはきれいで新しく、和風だけど現代的な感じ。照明も行き届いていて、結構明るいんです。





 イチョウの大木が
 イチョウの大木が

 地蔵堂内を見廻すと、なんと大木の幹を発見。視線を上に向けると天井が上手に丸くくり抜かれていて、木の先端は屋根の上に突き出ています。どうやらイチョウらしい。元々あった大木をそのまま残す様にして、上手く地蔵堂を造立したという感じ





 路地を抜けて反対側に
 路地を抜けて反対側に

 路地を抜けて反対側の通りに出てみると、こんな状況。いやぁ、やっぱりかなりの大木だったんだ。

 地蔵堂をあとにして、このまま通りを右方向へと進みましょう。





 通りを左折
 通りを左折

 間もなく道は左右に分かれるので、これを左折。





 月島駅に到着
 月島駅に到着

 およそ100mほど進んだ先の右手に、地下鉄の出入り口が見えて来ました。東京メトロ有楽町線・都営地下鉄大江戸線の月島駅に到着です。









★交通 東京メトロ日比谷線 築地駅下車
★歩行距離 約 4.5 km



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