「エトランゼ 〜FRANCE美大生10人の展覧会」

8/17(火) - 8/22(日) 12:00 - 19:00(最終日17:00まで) 
展示風景
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参加作家

Christophe FOURNIER クリストフ・フォルニエ:デッサン
Claire CORDEL クレア・コルデル:イラストレーション
Claire HANNICQ  クレア・アニク:版画
Fabien HULOT ファビアン・ユロー:デッサン
Lucie FELIX ルーシー・フェリックス:装飾本
Maeianne MISPELAÈRE マリアン・ミスペラエル:装飾本
Mariève PELLETIER マリィエヴ・ペルティエ:絵画
Mizuho FUJISAWA みずほ・ふじさわ:コラージュ(またはアニメーション)
Saliha ZIANI サリハ・ズィアニ:絵画
Victor SCHALLHAUSSER ヴィクトル・シャロウセ
フランスのボザールやアール・デコの学生十名の展覧会が東京・千駄木に。
それぞれが自らの原点を探り、そこからの変遷や、見知らぬ世界との出会いを描いた作品が集まります。

日本とは異なる歴史や宗教、哲学的バックグラウンドを持った彼らの描く物語は、海を越えた東洋の人々の目にはどのように映るのでしょう。

それぞれの表現方法を模索するフランスの若い作家たちのゆらめく作品群とぜひインスピレーションを交わしに来てください。絵本,BD(ボン・デッシネ=フランスのコミック)、装丁、写真、絵画、版画、などの様々な媒体の作品です。

いつの日か国境を越えたコラボレーションも夢見て・・・
Christophe FOURNIER クリストフ・フォルニエ

僕のイメージする日本は、空想の世界でしかない。
西洋人である僕を成している言語、芸術、哲学、フランス文化、またはより広くヨーロッパ文化は、日本の文明を理解するにはほとんど役に立たない。僕の抱く日本のイメージは、一人の日本人の友人と、偶然目に入ったドキュメンタリーに基づいた情報からでしか成り立っていない。わかっているのは、厳密には何も知らないということだけだ。
僕の作品は日本という国をうまく把握できないという不安定な感覚から着想を得ている。自身の精神の中に起こる、未知との衝撃に対する戦いなのだ。
今では、僕にとってワーグナーは意味をなさず、アリストテレスの言葉は死に絶え、デカルトは偽りに過ぎない。
Claire CORDEL クレア・コルデル

私は“フランス国民”として存在するのではなく、偶然この国に生まれたに過ぎない・・・。
政府の“国民的アイデンティティ=フランス人とは”という議論の台頭は、他の排除を意図し、私にはフランスというコミュニティを一つの宗教団体のように仕立て上げようとする荒々しい国境の鍵掛け行為であるように感じられるのです。コミュニティに属するのではない、コミュニティそのものたれ、と。

未知の世界や人々に対する拒絶は時に人々を萎縮させ、不信感を煽り、相手への敵意を生み出します。あるいは人間性の喪失を招くほどに。私は作品の中で、他者への関心というのが人間にとってどれだけ本質的なことであるかというのを伝えようとしています。
地平線の向こうにはまた新たな地平線があるのです。
Claire HANNICQ  クレア・アニク

描かれているのは私の祖父にあたるエドワール・ウェイブレヒトです。
第二次世界大戦中、エドワールは強制的にドイツ軍名簿に登録され、ロシア国境へと派兵された後にモルダヴィアのどこかで戦死しました。まだ二十歳を少し過ぎたばかりの頃でした。
兵服に身を包んだ祖父のポートレイトを版に彫り上げてゆくことで、私自身の内にある傷のようなものを形象化しようと試みたのです。版画とは傷を重ねて行く作業であり、その傷跡からなっています。祖父はその傷口そのものなのです。生きた証と、消滅の痕跡の中に存在しているのです。祖父の写真をもとに黒い男性のシルエットを彫りだした後、少しずつその黒い影の中に祖父の顔や体、四肢を照らす光の凹凸が浮かび上がるように手を加えていきました。こうして祖父は少しずつ光を取り戻し、再びその姿を浮かび上がらせたのです。
目には見えない。けれど、存在する“境界”。
横たわる青年が旅するこの幻想の世界では、境界はいくぶん明確に表れています。眠りこんだ青年が取り戻そうとする命は境界の向こう側にあるのです。
Fabien HULOT ファビアン・ユロー

ライン川は遍くヨーロッパ全土の歴史を運ぶ。
(ヴィクトル・ユゴー「ライン河幻想紀」)

僕の生まれ育ったアルザス地方に寄り添うこの大きな河は、永遠に隣国であり宿敵同士であるフランスとドイツの境を流れている。歴史や地理、道路図、統計、その他より個人的な要素を収集して国境の河を描いた。画上の河へ漕ぎ出れば今もそこに漂う喜びや憎しみが感じられるだろう。
Lucie FELIX ルーシー・フェリックス

見知らぬ文字を扱うのは、なんという解放感だろう。言葉の持つ、意味の重さが薄れ、その形だけに専念できる。詩への敬意を軽んじることなく、けれどもそれに束縛されることなく、文字の形の中にだけ遊ぶことができる。
ルールはただ一つ、インクを使わないこと!
Maeianne MISPELAÈRE マリアン・ミスペラエル

わたし、ポーランド語もドイツ語も話せない。フランス語だってあやしいものね。韓国の本、読んだことがない。イランの歴史や思想も知らない。ノルウェイの政治も、アイルランドのムーブメントもわからない。
日本料理を作ったこともないし、アメリカ式の洋服を縫ったこともない。オーストラリア硬貨も見たことがないし、イタリア人みたいに上手に男の人と寝られない。飛行機にも乗ったことがない。ブラジルには友達さえいない。
けれど、物語を書くことが好き。空想ができるし、本の作り方なら知っている。
Mariève PELLETIER マリィエヴ・ペルティエ

上と下、空と満、狭と広。
どれもわたしたちのもとにある。
どこにいてもついて来る。

今、指先から幾千もの色彩の粒が生まれます。
衛生から映された地上の風景写真から今回の作品の構想を得ました。
Mizuho FUJISAWA みずほ・ふじさわ

フランスについてすぐ、まだ言葉の解らないころ。把握できる物事が翻訳できる数少ない言葉の範囲に限定されて、それ以上の深みを捉えられませんでした。世界は水の足りないプールのように、浅く限られて横たわっていました。けれど、時間を経て多くの言葉を身につけてゆくと、やがてゆるやかに風景が色づきはじめます。それはとても素晴らしい感覚です。
展示作品は、一つの言語を身につけてゆく過程を描いたシリーズの第一部です。第二部からは言葉についてより能動的でフィジカルな側面を描いて行きます。具体的には、相手のある言葉の交換や、母国語とは別に起こる新しい言語体系の樹立などなど。相手と深く関わろうとするときの言葉の交換は、時にごとりと重い音が響き渡るほど心に物理的な組み替えを起こし、また新らしい言語でもう一度世界を捉え直して表現することで、日本語で受動的に捉えていた世界が別の形や新しい側面を持って自分の中に確立されて行きます。
Saliha ZIANI サリハ・ズィアニ

小学校6年生の一年間、フランス政府の教育プログラムによって、パリ国立オペラ劇場でクラシックバレエとコンテンポラリーバレエの上演を観ることができました。同時期に両親の見るアルジェリア系のテレビ番組でボリウッドにも出会います。それらの映画に登場する踊りはインドの伝統舞踊とMTVのミュージック・クリップに影響を受けていました。
現在制作にあたって、映画やインターネットの映像などを通して舞踊を鑑賞しています。
踊る事はできなくとも、絵を通してその世界に触れていたいのです。
Victor SCHALLHAUSSER ヴィクトル・シャロウセ

僕はフランスの市民であり、僕の両親もおおかたそう言うことができる。しかし僕の祖父母はアルザス人である。(あるいはそうであった。)あるときにはフランス人となり、またあるときにはドイツ人とならざるを得なかったアルザスの人々。彼らの生涯は、国境に位置するこの土地の不安定な歴史に大きく左右されたのだ。第二次世界大戦について僕は、フィクションや教科書、いくつかの些細なエピソードを通してしか知る事がなかった。けれどもその歴史、特に第二次世界大戦のそれが僕自身の個人の記憶として強く響いたのは、祖父母に関する資料に目を通したときだった。フランス発行のアルザス退去許可証やパスポート、ドイツ発行の東ドイツ強制労働への参入命令、氏名変更の要請書、ドイツ軍人証明書etc. etc… 二つの人格を持つかのように二つの国の身分証明書類が並び、ただ写真の中の人物だけが同じ顔をして一連の書類上に留まっている。そして、それぞれの写真の中の顔面に政府の証明印が叩き付けられている。戦争から70年たった今、僕はその小さな証明写真に残された彼らの痕跡と歴史を再確認する。彼らの表情は過ぎ去った時の名残を帯び、その歴史を僕たちの心にそっと訴えかける。