石都々古和気神社神徒会は、昭和五十三年に結成され、石都々古和気神社本殿左手にお祀りされている祖霊社もその時に、建てられた。
 神徒会の主な活動として、神徒会会報の発行(不定期)、祖霊社での祖霊祭、花見を兼ねた神徒会総会、会員同士の親睦を深めるための研修旅行、会員個々の祖先のお祀り、などの活動を行っている。
神葬祭(神道葬祭)
お葬式というと仏教による形式の葬儀を思いうかべがちですが、神道においても葬式を行い、これを神葬祭といいます。
 仏教渡来以前、古代の葬式は、古事記や日本書紀等の古典に記載されているところや古墳などからみてもわが国固有の慣習による葬儀があったことが知られます。
 今日の葬儀が仏式本流になった主な理由は、江戸時代にキリスト教を禁ずるために幕府が行った宗門改めによって、檀家制度が確立し、一部の例外をのぞくほかは、葬儀が僧侶の手に委ねられてきたためです。とはいえ今日の仏式の葬儀の中にも多分にわが国の習俗に根づいた形式がみうけられるのです。
 明治初年、神仏分離以後、公に神職が葬儀に関与することが許され、現在におよんでいます。
 ところで、われわれ日本人は古くから、生と死について、考えてきたのでしょうか。

日の本に生れ出でにし益人は神より出でて神に入るなり
神 道 百 首
この歌は、現世に生まれた日本人すべてが、神様のもとより「みたま」をいただき、死に際しても神のところへ帰るという生死観を明確に表現しています。
 神葬祭の式次第をみても、すべてこの信仰(心)が基礎となって執り行われています。
 神葬祭は、神職(神主)を通じて氏神さまに亡くなられたことを報告することから始まります。
 一般的に通夜といわれているものが、神葬祭の遷霊祭にあたります。遷霊祭では、亡くなられた方の御霊を霊璽(仏式の位牌にあたる)といわれる白木の「みしるし」に還します。
 霊璽には、霊号(仏式では戒名)が記され、しばらくの間は仮御霊舎に安置されます。
 翌日、告別式にあたる葬場祭が行われ、次の日には翌日祭が、以後十日ごとに十日祭、二十日祭、三十日祭、四十日祭、五十日祭百日祭が行われます。百日祭までを霊祭といい、一般的には五十日祭をもって忌明け(喪に服する期間を終えること)とされます。
 神職に清祓いをしてもらい、それまで遠慮してきた神棚のおまつりもこの時から始めます。
 五十日祭が終わると、霊璽を御霊舎におまつり
します。 霊祭のあとは年祭を行います。亡くなられてから満一年目に一年祭を以後二年祭、三年祭、五年祭、十年祭と行い、その後は十年ごとに行います。
 命日には、故人の好物をお供えして、神職に祝詞を奏上してもらいます。遺族や親類縁者が、互いに睦まじく元気で努めている姿を奉告するとともに、いつも守っていただいていることに、感謝します。
 こうして、子孫の手厚いおまつりが続けられ、五十年がたつと「祭り上げ」といって、亡くなられた方の霊は清められて、神と祖先のもとに帰ると言われています。


石都々古和気神社神徒会会員募集

旧宗教・宗派等は問いません。
詳しくは神徒会事務局迄お問い合わせ下さい。


石都々古和気神社神徒会事務局
〒963-7858
福島県石川郡石川町字下泉150
(石都々古和気神社内)
TEL0247-26-7534