自由民権運動とは
明治維新から十年代、日本国には憲法も、国会もない、というのが日本国の状況であった。
しかし国民には、租税負担や徴兵の義務は課せられており、報国という観念もしばしば強調され、人びとが愛国心をもつことも奨励された時代であった。
 自由民権運動とは、義務が強制され、国民の権利が制限されていた時代に、憲法を作り、国会を開き、国民の権利を保証し、後進国日本の危機を打開しようとする、全国的な政治運動・思想運動であった。また参政権を行使するには、それにふさわしい政治的見識をはぐくむことが大切で、集会・結社・思想、言論・出版の自由が必要であったが、そこに国家が権力(警察力)をもって介入することに反対し、抵抗したのも自由民権運動であった。
 「自由」・「民権」という言葉が、多くの人々を新しい社会と日本国の創造に駆り立てた運動であった。



石川町の自由民権運動
東北最初の政治結社「石陽社」が石川町に設立されたのは明治八年八月十六日のことである。当時石川区長をしていた河野広中が吉田光一ら、町の有志に呼びかけて結成した。石川郡外からも参加した者がかなりあり、間もなく県内には石陽社に刺激されて、三師社・愛身社・北辰社・興風社が相次いで誕生することになった。
 石陽社社長に推された河野広中は、当時二十七歳。石陽社はのちに「石陽館」という学塾を設けて、青年に自由民権の思想・学科を教授していたらしい。その学習内容は、歴史・法律・経済・文明史である。ここは、十六・十七歳の青年が集まり政談演説会の弁士として、活躍するようになった。
 石陽社の最終加盟者は二〇九名にも達したのである。河野が石川町を去った後は、神官の吉田光一が中心になった。
 石川町を一望に見下ろすことのできる「石尊山」(せきそんやま)には、明治百年を記念して、下記のような銘文を刻んだ記念碑が建立されている。

わが郷土石川のこの山この川は悠久の昔から永遠の未来につながる祖先の遺産である。
明治八年この地に近代日本の夜明けを告げる「石陽社」が誕生した。
この山間に西の立志社と相呼応して自由民権の理想を高く掲げた先人の明断をたたえ、今改めて往時を回想してその事績を偲びここに銘を刻んでさらに郷土発展の覚悟を新たにする機縁としよう。



河野広中
自由民権運動の代表的指導者で、戊辰戦争で新政府軍に協力し板垣退助を知る。明治七年九月から十一年一月まで石川に住み、当時石川区長をしていた河野は町の有志に呼びかけ「石陽社」を設立した。石陽社々長に推された河野は当時二十七歳で、石陽社は後に「石陽館」という学塾を設け、石川区長から県六等属にとなる。福島県会議長となった翌年の明治十五年、県令三島通庸と衝突し「福島事件」をおこし、軽禁獄七年の刑を受けた。第一回衆議員選挙に当選してから連続十四回当選。創立以来自由党幹部として活躍し、第十九議会には衆議院議長、大正三年大隈内閣の農商務大臣となり、後に憲政会の幹部として活躍、衆議院議員在職中に死去した。



吉田光一
(石都々古和気神社第三十一代宮司)
吉田光一は弘化二年(1849)、石川町の神官吉田光長の長男として生まれた。
明治八年、当時石川区長だった河野広中を中心として「石陽社」が結成されるや、光一はその有力メンバーとなり、石川町は自由民権運動の拠点となっていく。明治十四年、三十六歳で県会議員となり、その交友範囲は広がり同年九月「福島自由新聞」が発刊される時はその発起人となった。同十五年五月の県会では、議会に全く姿を見せない県令(県知事)三島通庸を厳しく弾劾し、全議案が否決されるに至った。これに対し三島は警察力を動員し、自由党の撲滅をはかった。会津三方道路をきっかとした喜多方事件直後の十二月、河野は福島で捕らえられ、光一も「内乱陰謀」で石川警察署に勾引され、東京の高等法院で取り調べを受けるが無罪放免となる。
 もともと不当逮捕であり、でっちあげの罪名で取り調べたのであるから、無罪は当然であるのに、三島県令は腹の虫がおさまらず、今度は「官吏侮辱罪」の名のもとに再逮捕しようと、県境の白河口に巡査をさし向け、幾人かを捕らえた。光一は約二年の逃亡の後、自宅に戻ったところを捕らえられ福島監獄署に収容される。(光一の日記「会津嶺吹雪」には、そのころの苦しい日々の様子が詳しく書かれている。)
 以後光一は、十九年県会議員に当選、二十年には石川郡蚕糸業組合組合長になり、二十二年には石川村村長となった。二十五年には三たび県会議員になると共に、石川義塾(現在の学法石川高等学校)の設立に、森嘉種を助けて奔走し、光一が塾主、森が塾長になった。二十七年石川に町制がしかれるや、石川町初代町長に迎えられ、二十八年(1895)病を得て死去すると、町葬をもって遇された。
 自由民権運動家吉田光一の手記として、歴史春秋社出版より「会津嶺吹雪」(あいづねふぶき)が発行されている。



参考資料
歴史春秋社出版
福島民権史
歴史春秋社出版
会津嶺吹雪


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