隣 界 接 世

 密接な繋がりがありながら、滅多に交わることのない世界。それは大なり小なり必ずあるもので、大抵は交わらぬまま過ぎ行く。
 それは、彼の二人にとっても同じこと。
 決して交わることなどない――はずだった。



「霜天に坐せ! 『氷輪丸』!!」
 桁外れの霊圧と共に聞こえた、幼さを強く残しながらも威厳に満ちた声。
 一拍遅れて大量の水と氷とが、目の前にいた巨大虚(ヒュージ・ホロウ)に襲い掛かった。
 たった一撃であっさり昇華され消えていく巨大虚を、は目を細めて眺める。完全に消え去ったソレに溜息をこぼしかけた、その時。
「オイ! こんな所で何やってんだ、おまえ!!」
「それは私の台詞なんだがな。護廷十三隊十番隊隊長、日番谷冬獅郎殿?」
 思い切り腕を引っ張ってくれた、自分より幾分か幼い白銀髪の少年に、さらりと反論を返してやる。
 案の定、少年――日番谷は目を瞠ったまま、怪訝な顔で見上げてきた。
「おまえ、何でオレのこと……」
「有名であろう? 真央霊術院始まって以来の天才児だと」
「いや、有名なのは認めるが、死神でもないおまえが何故知っているんだ?」
「確かに私は死神ではない。だがな、これでも瀞霊廷の住人なんだ。噂は嫌でも耳に入ってくるさ」
「死神以外の奴が何故瀞霊廷に……」
「ところで、いい加減に手を放してくれないか? ちびっこ隊長殿?」
 尽きることのなさそうな問いを封じて、からかいを含めて言ってやれば、思い切り不機嫌な顔をしていささか乱暴に解放された。
 なんとかアザにはならずに済んだ手を数度さすり、息をつく。
「さて、最初の質問だが……ここには仕事で来たのだよ」
「……ここで、『仕事』?」
 胡散臭そうな眼差しを向けてくる日番谷。まあ、彼の反応は当然といえば、そうだろう。
 今、がいる場所は、瀞霊廷に程近い位置にある流魂街の一角。背の高い樹木が鬱蒼と茂る森の中。
 動物たちも多く棲み、果実をつける木もあるここは、流魂街に住む霊力を持つ者たちがよく食料調達のために訪れる場所でもある。
 それだけならば、日番谷の怪訝な表情は出てくることはないし、そもそも死神がいるはずもない。
 問題は、その霊力を持った魂を――果ては、死神までも狙って、虚(ホロウ)が出現する場所でもあるということ。
 虚出現率が尸魂界(ソウル・ソサエティ)中で最も高いことから、死神たちの演習場所にすらなる危険な場所だった。
「手ぶらでか?」
「そうだが? 正確には、仕事で必要な材料の採取だからな」
 かさばるものでもないし、一回の採取でひとつ見つけられれば良いほうだというぐらい希少なものだから、特に荷物は必要としない。
 そう続ければ、日番谷の眉間の皺が深くなった。
「ここが、虚の出る危険な場所だということは知っているんだろう?」
「知っているさ。むしろ、それに用があるんだ」
「何だと……」
 敵でも見るかのように霊圧を上げた日番谷は、けれど突如聞こえた楽しげな笑い声にピタリと動きを止めた。
 もまた、その笑い声を聞いて、あからさまに盛大な溜息をつく。
「おまえは知っているだろう。私に気付いていたなら、何故このボーヤを止めなかったんだ?」
 この場には、と日番谷しかいない。なのにの言葉は、明らかに第三者――笑い声の主に向けられたものだった。
 それが不思議で、且つ信じられないのは日番谷ただ一人。
《俺の主にして相棒である冬獅郎が、貴女を助けたいと望んだからな》
「自分の身ぐらい守れる」
《知っている。さっきのヤツが貴女の望むものを持っていたなら、流石に止めていた》
「あ、そう。まあ、片付ける手間は省けたな」
「ちょ、ちょっと待て!」
 自分を措いて交わされる会話に、日番谷が割って入ってきた。
「どうして死神でもないおまえが、具象化していない氷輪丸の声が聞けるんだ!?」
 笑い声をもってその存在を示し、と会話をしていたモノ――それは日番谷の持つ斬魄刀『氷輪丸』だった。
 通常、名を持つ斬魄刀と会話をする方法は、斬魄刀側の世界――即ち精神世界へと行くか、若しくはこちらに具象化させるかの二通り。いずれも死神であることが絶対条件。
 一般的には、そうされている。
 けれど、その枠にはまらぬ存在がある。それを知るのは極僅か。
「聞こえて当然だ。氷輪丸という名は私がつけたのだからな」
「――は?」
 その唯一の存在こそが、

「私は尸魂界で唯一の斬魄刀鍛冶師だ」



 斬魄刀を造る者と使う者。密接な関わりがありながら、滅多に顔を合わせることのない存在同士。
 そのふたつの世界が触れ合う瞬間。
 これを邂逅と言わずして何とするだろうか。



「名は……とでも覚えてくれれば良い」
 巨大虚に襲われていると思い助けた自分より僅かに年上そうな少女は、随分と尊大な口調で名乗った。
 そのことよりも、少女――が言った彼女の肩書きのほうに、日番谷の思考は占められていて。
「斬魄刀の、鍛冶師……って、いたのか?」
「当然だ。神でもない者が、無から有を生み出せるわけがなかろう」
 確かに。斬魄刀という物が存在する以上、それを造り出した者もいるのは摂理。
 彼女の正体を脳が正しく理解した途端に、一気に力が抜けて肩を落とした。
「本当に……知ってたんなら、早く教えてくれればよかっただろ、氷輪丸……」
 思わず愚痴をこぼした日番谷に、氷輪丸はまた可笑しそうに笑う。
様のことを話していいとは、許可されていなかったからな》
「禁止した覚えもなければ、隠していたこともないはずだが?」
《おや? そうだったか?》
 くつくつと。一人状況を楽しんでいる氷輪丸の声を聞き、日番谷はと顔を見合わせて、同時に深く溜息をついた。
「まあ、いい。私はもう行くぞ」
 今日の収穫はまだないからな。
 そういって踵を返したの手を、日番谷は反射的に掴んだ。
「オレも、ついていって構わないか?」
「おまえ、仕事はどうした? 仮にも隊長だろう?」
「虚に用があるといったのはおまえだろ。虚を昇華するのはオレたち死神の仕事だ」
 身を守る術はある、と。本人も言っていたし、何より彼女を良く知る己の斬魄刀が保証したのだから、それは本当なのだろう。
 だが、彼女は死神ではないとも言った。
 虚を昇華できるのは死神だけ。斬魄刀で斬らなければ、例え倒せたとしても虚になった魂は転生の資格を得ることなく消滅するのみ。
 世界の均衡を崩しかねない事態を見過ごすわけにはいかない――とは、建て前。
 本心は、興味があったから。
 仕事に格好つけた好奇心に気づいたのか、はどこか不機嫌そうに見下ろしてきた。
 しばし後、彼女はくるりと日番谷に背を向けて。
「好きにするがいい。ただし、邪魔はするなよ」
 得られた、許可。
 日番谷は好奇心のまま、先を歩くの後を追った。


 の動きは、不思議な点が多かった。
 採取と言っていたわりには、周囲に目を配り探すようなことはなく、むしろ真っ直ぐに奥へと進んでいく。かと思えば、急に立ち止まって90度方向転換をしてみたり。
 とにかく、日番谷には理解が出来なかった。
 黙々と歩くの後をついていって半時程が経過した頃、仕事はいいのかと訊いた彼女の意図がようやくわかった。
 未だ収穫はなし。
 詰所に戻る予定はないから別にいいのだが、このままだと本当に今日中に収穫があるのか怪しく思えてくる。
 そもそも虚に用があるのではなかったのか――
「どうした? 疲れたのか?」
 色々と思考にふけっていた日番谷は、前方からの問いかけに顔を上げた。立ち止まりこちらを見ているの顔が、完全に子供を見るようなもので癪に障る。
「んなわけあるか。隊長だぞ」
「隊長でも姿(ナリ)は子供だろう?」
「おまえだって大差ないだろ」
「そうさな……かれこれ200年近くこの姿のままというのが、悩みといえば悩みだな」
「200年!?」
 の口からさらりと出てきた単語には、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
 霊体といえども年はとる。現世よりは遅いとはいえ、成長期は割りと早くに流れていく。同じ姿でいれるのは精々10~50年程。
 成長期を終えた後は、完全に個人差。霊力によって如何様にも若さを保つことが可能だった。
 それが、成長途中の12~13歳で、自分の意志とは関係なく時を留めている。
 ――それの意味するものは……
「それにしても……今日は虚が出ないな。このままでは、新しい斬魄刀が造れんではないか」
 日番谷の驚きなどまるで無視しての呟き。
 それまでの思考を中断し、かなり前からあった疑問を投げ掛ける。
「材料って、斬魄刀のだよな? 虚が持っているのか?」
「ああ。全ての虚というわけではないのが難だがな。大虚(メノスグランデ)なら確実に持っているだろうが……流石にアレが相手では、私も無傷というわけにはいかんから、巨大虚で手を打っているのさ」
 恐れなど微塵もない物言いは、という人物をより一層謎で包み込む。
 大虚とまともに戦(や)り合えるのは隊長格ぐらいなもので、その隊長格でさえ無傷で済むかは五分と言っていい。
 年齢のことといい、彼女自身がそうなのか、斬魄刀鍛冶師がそうなのか。
 よくわからない想いを、日番谷は溜息に変えて吐き出した。
 ――と。
様》
 ざわりと、周囲の空気が波立つ感覚。
 氷輪丸の呼び掛けに頷くことで答えたは、瞬時に鋭い眼差しになって周囲を見渡す。
 一体、二体、三体……日番谷が探っただけで十五体分の霊圧が、自分たちの周りをぐるりと囲んでいた。
「やれやれ。出ないと思ったら、団体で登場か……ま、手間が省けていいがな」
 咆哮のような耳障りな笑い声を発して、木々の間から大量の虚が姿を現す。
 数は、日番谷が探知した通り十五体。内三体が巨大虚だ。
 じりじりと近づく虚を見るの瞳は獲物を見るように鋭く、その表情には余裕の笑みが刻まれていて。スッと片手を真横に伸ばした。
「『其は糸。天より下(くだ)りて地に潜り、地より昇りて天を刺す。幾多の恵みは我が意のままに縛鎖となりて囚わしむ』」
 伸ばした手を開き、地へと落ちる何か。それは、縛道とも破道とも違う詠唱に呼応して光を孕んだまま地面へと消え、僅かな後、全ての虚の足元から幾筋の光となって空へと高く伸びた。
 進行を止めた虚。その体躯には、無数の細い光の糸が突き抜けている。
 その光景は、例えるなら光の牢獄――……
「『響け、暁。意志持つ者よ、深層より目覚めよ』」
 驚愕に言葉を失くしている日番谷の前で、はまた新たな言霊を紡ぐ。
 すると、光は一瞬だけ震えて……虚の苦しげな呻き声が森を震わせた。
 どれだけの時が流れたのか。苦しさから逃れるため暴れようとしても、光の糸によって完全に動きを封じられている虚が、疲労によって動きを止める頃。一本の光糸が、赤く色付いた。
「当たりだな。日番谷、あの赤い糸の刺さっているヤツ以外は倒していいぞ」
「あ、ああ……」
 ただただ、の起こしたことに目を奪われていた日番谷は、不覚にもすぐに反応することは出来なかった。
 それでも、何とか意識を己に戻すと、氷輪丸を抜いて虚に向かう。
 数は多いが労はない。によって完全に動きを封じられている上に、既に抵抗する力すら残ってはいないのだから。
 確かに……護衛も武器も、彼女にとっては不要なようだ。
 言われた通り、十四体の虚を昇華して、改めてへと目を向けた。
 彼女はゆっくりと赤い光糸に貫かれている巨大虚へと歩み寄る。
「おめでとう、数奇な魂よ。おまえは今、選択を得た」
 彼女の口から出た、意味不明な言葉。
 眉根を寄せる日番谷の前方で、巨大虚は胡乱(うろん)な眼差しでを睨んでいる。
「小娘……なに、を……」
「選択肢はふたつ、生か死か。ただそれだけだ」
「――ッ、!?」
《落ち着け、冬獅郎》
 の言葉は、まるで巨大虚を見逃すと言っているようで。咎めるように名を呼んだ日番谷を、氷輪丸が制した。
《心配は無用だ。見ていればわかる》
 己の残魄刀に言われては、信じるより他はない。
 ひとつ溜息をついて、大人しく見守る態勢をとる。
 こちらに背は向けているものの、日番谷が落ち着くのを見計らったようには言葉を続けた。
「そのままでは、おまえは転生も出来ずに消滅するのみ。だが、私はおまえに新たな生を与えることが出来る。さあ、どうする?」
 悠然とした。見守る日番谷と氷輪丸。そして、困惑がありありと伝わってくる巨大虚。
 の言葉には、わからないことが多すぎる。真偽が、図れない。
 答えなど、誰からも発せられないまま、風が一陣吹きすぎて――
「グッ!? ガあアァァ――――ッ!!」
 突然の悲鳴。
 巨大虚が苦しみ悶えだした。動けぬはずの体を暴れさせ、力ずくで光糸を引きちぎろうとして、血が辺りに飛び散る。
「そうだ、掴め。おまえの未来だ」
 静かに佇む。その口調は、酷く優しい。
 見上げるのは……赤い光糸。真っ直ぐに天へと伸びていたはずのそれは今、奇妙に歪んでいる。
 まるで悶える巨大虚の動きに合わせるように――否。赤い光糸の動きによって、巨大虚が悶えているのだろう。左右に大きく揺らいでいた光糸は、突然切れたように途中から弾けてしまった。
 そして、急速に巨大虚に向かって丸まっていき……
「ギ、アアアアァァァァ!!」
 弾丸のように巨大虚の額を貫いた。
 虚の弱点は頭部。斬るなり割るなり貫くなりすれば、虚としての殻の部分は崩れ去り、そして核となっていた人間の魂は尸魂界(ここ)へと送られてくる。
 その理に基づいて、目前の巨大虚も崩壊していく。
 ただし、昇華はされない。斬魄刀で斬られてはいないから。ただ、消滅するだけ――の、はずだった。
「……なんだ?」
 殻が消えた後、そこにあるはずの人間の魂魄はどこにもなかった。
 あったのは、先程の赤い光糸が丸まって出来たと思われる、手の平サイズの球体。
「完了、だな。なかなかに上質だ」
 それを拾い上げ、満足げな
 彼女の言葉の意味するモノ――それは。
「まさか、それが斬魄刀の材料――なのか?」
「そうだ。虚に喰われても尚、死にきれていない、強い意志を持った魂。その魂が、自らを喰った虚を逆に吸収したもの……それが斬魄刀の原料――核だ」
 ぐらり、と。日番谷は世界が歪んだように感じた。実際は何の変化もない。本人の眩暈による錯覚だが。
 の言葉を信じるならば、つまり、氷輪丸も含めて全ての斬魄刀は、自分たちと同じ霊力の高い魂によって作られているということだ。
 確かに普通の霊子体ではないとは思っていたが……だからか。
 名を持ち、意志を持ち、姿を変え、高い霊力を有し、破損しても自己修復するのは。
「気持ち悪いと思うか?」
「いや、納得した」
「そうか」
 くつくつと、実に愉快そうに笑う
 その姿に何故か小さな違和感を覚えて、日番谷は問いかけてみた。
「なあ……死神とおまえ――斬魄刀鍛冶師との間に交流がないのって、その核の所為なのか?」
 先程は、斬魄刀の核を知った日番谷に「気持ち悪いと思うか?」と訊いてきた。それはつまり、以前に気味悪がって斬魄刀を拒絶した者がいるということではないのか。
 氷輪丸との遣り取りを見る限り、と斬魄刀の間には信頼関係がきちんと成立している。となれば、折角得た持ち主と別れることのないようにという、斬魄刀に対する想いがの内にあって当然だろう。
 それはさながら、子に対する親心のように――……
 けれど。
「いや? ただ単に、私にとって人付き合いは面倒な部類に入るというだけの話だ」
「そうかよ……」
 あっさり否定されて、日番谷は項垂れる。全くもって、いらぬ気遣いだったらしい。
 未だ止まぬ笑い声。
 なんとなく、の性格面については少しわかった気がする。
 癖なのか趣味なのかはわからないが、他人をからかう傾向が強い。人付き合いを本人が苦手としているというよりは、彼女にからかわれて不快な思いをしたくないから誰も近付かない――というのが、正しい気がしてならない。
 日番谷は、本日何度目となるかわからない溜息を洩らした。
「さて……私はもう帰るが、おまえはどうする?」
「あ?」
「興味があるんだろう?」
 不敵に笑うの手には、先程の赤い球体。言外に含まれるのは、許可。
 日番谷は、自然と口端が持ち上がる自分を自覚した。
「造るのか?」
「造る。そのための核だ」
「是非とも見たいな、それは」
「なら、しっかりついて来い。見失った場合、私は関知せんぞ」



 しっかりと瞬歩を使って案内された場所には、本当にただ単に交流がないだけなのだと思い知らされた。
 大通りから外れてはいるが、そこは十番隊詰所の目と鼻の先と言って差し支えのないほどに近かったのだ。
「ここだ」
 開け放たれたのは、かなり頑丈そうな扉。
 日番谷が中へと身を滑り込ませた途端、の手から解放された扉は、物凄い勢いでかなりの音と共に閉まった。
 異様なほどの質量を感じさせるそれに、眉間に皺を刻んで家主を見れば、彼女はニヤリと口元だけで笑って。
「後悔しても遅いぞ? ついてきたのはおまえなんだからな」
 暗に、二度と出られないと言っているような
 おいおいおい。斬魄刀制作方法は門外不出、完全極秘事項。見た者は死をもって――とか言うんじゃないだろうな。
 そんな考えが浮かび、より一層皺が深くなる。
「……冗談だろ?」
「まぁな」
 恐る恐る訊いてみれば、あっさり肯定されて。がっくりと肩を落とした。
「ほら、置いていくぞ」
 疲労感を覚えつつも、促されるまま足を進めていく。
 入口から真っ直ぐに続く廊下の突き当たり、極普通の引き戸を開けたその先の光景に、日番谷は言葉を失くした。
「――これ、全部斬魄刀なのか?」
 ようやく声を絞り出せたのは、ややあってのこと。目は周囲をせわしなく動いている。
 小刀、脇差から長尺刀に至るまで、ありとあらゆる形の刀が、細長い室内の壁一面にびっしりと飾られていたのだ。
 まだ奥へと進みながら、が答える。
「そうだ。ここにあるものは全て、主を喪(な)くした斬魄刀たちだよ」
「主を、なくした?」
「ああ……虚との戦いに敗れた者、反逆者に殺された者、同僚に裏切られた者……理由は様々だが、ここは傷を負った斬魄刀の療養所だ。おまえが死ねば、氷輪丸もここに並ぶのさ」
「勝手に殺すな」
《そうだな。当分は先の話だ》
「……オイ」
 己の斬魄刀にまでからかわれるのは死神としてどうなのか。
 真剣に悩み出した日番谷に構うことなく、は足を止めると二本の斬魄刀を手に取って。
「待たせたな。次はおまえたちの番だ」
 優しく、やわらかく、語りかけた。
 そして、壁に手を付く。――と、その部分が奥へと押し込まれ、次いで突き当たりの斬魄刀のかかっていなかった壁の一部が左右に割れて地下への階段が現れた。
、その二本の斬魄刀は何なんだ?」
「自己修復が不可能なまでに破損した斬魄刀だ」
 狭い階段を下りる背に、後ろ手に斬魄刀が一本差し出される。――抜け、ということなのだろう。素直に柄を握って引き抜くと、確かに鍔(つば)から一寸下が不自然に砕けてなくなっていた。
 の動きに合わせて微かにカラカラと音がするところを見ると、鞘(さや)の中に砕けた刀身が入っているということか。
 日番谷は、壊れた斬魄刀を鞘に戻した。
「……
「見ればわかることに答える気はない」
 一刀両断。
 質問を口にすらさせてもらえなかった日番谷は、消化不良気味の気持ちを溜息にして処理した。
 そして、見えた明かり――
「ここが、鍛錬場――か?」
 通常の刀鍛冶の工房がどのようなものであるのか、その知識は日番谷にはない。だが、ここがその枠にはまらないことだけはわかった。
 上よりも広い空間に、恐らく一通りの道具類。そこまではいい。
 他と違うと知らしめるモノ――それは、床と天井に円形に描かれている術式だ。
「日番谷、見るなら壁際にいろ。間違っても陣の中には入ってくるなよ」
 指示を出し、は真っ直ぐに陣の中心へと歩いていく。
 日番谷は言われた通り壁際に佇み、彼女の動作ひとつひとつを目で追った。
「『灯れ、灯火。不滅の炎。胎を熱し猛け狂え』」
 初めて聞く言霊。術式の一部が淡く光り、かまどのようなものに火が宿る。見る見るうちに火は大きくなり、内で暴れるように燃え盛った。
 熱気が、日番谷のいるところまで伝わってくる頃。かまどの上に設置されている赤く熱せられた鍋に、は先程の二本の斬魄刀を鞘ごと入れる。
 ――と。瞬時にドロリとした液体になった斬魄刀から、断末魔とも言えるような悲鳴が轟き、日番谷は思わず両耳を覆った。
 具象化していない斬魄刀の声は、耳ではなく意識に直接響くモノ。
 無駄なことだとわかっていても、そうせずにはいられなかった。
「『滅びを怖れるな。其は再生の代償。長き苦痛の回廊を抜けし者、汝、再生の資格を有す』」
 徐々に治まっていく悲鳴。完全に消えはしないが、それでも大分楽になり息をつく。
《大丈夫か、冬獅郎》
「何とか、な。毎回こうなのか?」
《ああ、俺たちはアレで一度死ぬからな。その苦痛は、凄まじいぞ。――と、もう一波来るな》
 氷輪丸の言葉でへと視線を戻せば、例の核を鍋へと投じているところで。
 再び轟く悲鳴。けれど、今度は耳を塞ぐようなことはしなかった。
 頭痛はするが、耐えられないほどではない。……慣れとは恐ろしいものだ。
「『導け、柱よ。欠け崩れし同胞を原初の海へ。既に道は開かれた。古きを捨て去り、新しき器へ』」
 鍋の一角についていた板が外れ、液化した斬魄刀が流れ出す。その流れを導くように床の陣が光の道を作り、その上の半筒をも光で包んだ。
 半筒の中をゆっくりと流れていく斬魄刀の素。半筒の終わりにある鋳型に似た窪みのある台の中へ、自然と流れ、満ちていく。
 細長い溝……恐らく刀身の型なのだろうそこに、全ての素がおさまった。
「『其は墓。冷たき黄泉路。熱き炎の息吹を受け、再び目覚めよ』」
 あとは自然に冷えるのを待つのかと思いきや、予想に反しては鎚(つち)を手に取った。
 言霊により型は崩れ、その形に固まった斬魄刀の素が平らな石台の上にあるのみとなる。その台の前に立つ
「『滅びの猛火! 全ての古きものを焼き尽くせ!!』」
 かまどから噴出す炎。焙られて赤く色付く斬魄刀の塊。そして、振り下ろされる鎚と、鳴り響く金属音。

 ――カァン! カァン! カァン!

 規則正しく響く鎚の音。叩かれる度に、斬魄刀へとなろうとしている金属から黒い塵のようなものが宙へ舞い散り――そして消えていく。
《ああして何度も焼かれ、幾度となく打ち付けられることで、不純物が取り除かれ、より完成度の高いものへと変えられていく》
「……不純物って、さっきの鞘か?」
 だとしたら、はじめから入れなければ済む話ではないのだろうか。
 その疑問への解は、否。
《核の生前の記憶、想い。虚の欲望、邪心。今回のような『再生』の場合は、以前の斬魄刀としての人格、記憶、想い……そういったものだ》
「古きを捨て去り、新しき器へ――か……なるほどな」
 それは、どこか自分たちに似ているかもしれないと思った。
 流魂街出身の死神は皆、現世で生きた者たちだ。長くこちらにいれば、それだけ現世の記憶も薄れるが、心の深いトコロには何かしら残るものだ。それが良くない思い出であれば、尚のこと。
 そして、流魂街での思い出も然り。
 死神を目指す者は、大抵、過去を捨ててより良い現在(いま)を手にしたいという願いがその動機だ。
 もちろん、日番谷のように違う理由でなる者もいる。だがそれも、どこか似通った部分があったりするのだ。
 ――弱く守られる自分から、守るための力を……
 日番谷は過去を捨てたわけではない。ただ、前を向いて歩いているだけ。
 それでも、共感を覚える何かが、あった。
「『浄化の炎! 全てを清め、新たなる器を整えよ!!』」
 次の言霊によりかまどから出た炎は、青白い色をしていた。
 焼かれ、打ち付けられる刀身からは、もう黒い塵は出ていない。
 ただ、刀身についた炭を焼くかのように、炎はそれを包んでいた。
 ――と。不意に止んだ鎚の音。
 は見極めるように刀身を見据え……鎚を刀身と平行になるように持ち上げた。
「『息吹の灯火! 熱き鼓動を以って今一度目覚めよ!!』」
 赤々と燃える炎が鎚を包む。
 平行にあったそれを高く掲げて……そして、刀身の中心を目掛けて一気に振り下ろされる。

 ――カアァンッ!!

 最後の一打。
 鎚を包んでいた炎は触れ合った瞬間に刀身へと移り、ややあって、炎は全て刀身へと吸い込まれた。――刹那。
 トクン、と。微かな……本当に微かな鼓動にも似た霊圧を、日番谷は確かに感じ取った。
「『清冽の泉。それは母なる腕(かいな)。真の覚醒を受け入れよ』」
 床が割れ、現れたのは、澄み切った水の入った箱。その大きさは、刀身がすっぽりと入ってまだ余りがある。
 赤々と熱せられた刀身を鋏(やっとこ)で掴み、は慎重に水の上へと運ぶ。
 水面と水平に持ち上げられた刀身。そのまま静止する
 ピリッと、場が緊張に包まれる。
 ――それは、の霊圧。
 初めて、感じる。全神経を集中しているのがはっきりとわかるそれ。
 言葉を発するどころか、身動きすら憚られて、日番谷自身、固唾を呑む。
 緊張が、頂点に達した時。素早く、けれど静かに刀身は水中へと沈んだ。
 静かに、静かに冷やされていく刀身。それに比例して、先程感じた鼓動のような霊圧が徐々に大きくなっていく。
 やがて、一定の大きさで安定した霊圧に、は刀身を水から引き上げる。
「『新たな名、新たな力を以って、ここに再生を宣言す』」
 言霊に応え、術式全体が光り、室内を眩しいほどに照らし出す。
 手で影を作り、目を眇めて何とか全てを見届けようと試みる日番谷の努力など無駄だと言わんばかりに、光はその強さを弱めることはなく。
 そして、最後の言霊が紡がれた。

「『汝が名は     』」

 ――バンッ、と。弾けるような霊圧を最後に、室内は入ってきた時の状態へと戻る。
 光も何もない、薄暗い室内。
 今までのことが、全て夢幻ではないかとさえ思えてくる中で、の手にある真新しい斬魄刀だけが、事実であると物語っていた。
「完成、か?」
「ああ。結構力の強いものになったな」
 いつの間にか鍔も柄も装着された斬魄刀を、同じくいつからか手にしていた鞘におさめて満足げなが答えた。
 仕事をこうして目の当たりにした今も、結局謎は増えるばかり。逐一訊くのも馬鹿らしく思えてきて日番谷は嘆息する。
「さっき、最後に何て言ったんだ?」
《聞くだけ無駄だぞ》
「あ?」
「斬魄刀の名は、得た主がその名を呼ぶまで――つまり始解に至るまでは、他人には決して聞こえないのさ」
 そのための術式でもある。
 シメの言葉――と、受け取っていいだろう。これ以上、何を聞いても無駄な気がしてならない。多分……気のせいではないだろうから。
「以上が斬魄刀『再生』術式だ。『新生』は『再生』の手順をいくつか省く分、楽だな。それについて興味があるなら、氷輪丸に聞けばいい」
 言いながら、斬魄刀を手にしたは、入ってきた時とは別のほうにある階段へ向かっていって。
 少々放心していた日番谷に向けられた一瞥。
 彼女の言いたいことに気付き、慌てて後を追った。
 階段を上った先には、行きとは違って斬魄刀のかけられていない廊下があった。いくつかの角を曲がって……出たのは縁側のある民家の庭先。
「……流魂街、か?」
「いや、瀞霊廷内だ。私の家さ」
 さらりと返された答え。
 貴族の屋敷ほどではないが、それなりの広さを持つ庭と家屋。死神が住人の多くを占める瀞霊廷内の、しかも十番隊管轄区域にこんな家あっただろうか。
 日番谷とて、管轄区域内の全てを把握しているわけではないのだが、何故か疑問は尽きることがない。
 だが――
 数匹の猫がのんびりと気持ち良さそうに縁側に転がっている様を見ていると、何だか気が抜けてくる。
 小さく息をつき、家屋の隣にある戸口で待っているの側へと歩を進めた。
 住居の戸口とは違うそれの先、短い廊下の出口には何故か暖簾(のれん)がかけられていて。訝しげに潜り抜けたその場所に、そして掛けられた声に。日番谷は眉間に皺を刻んだ。
「あれ? 隊長? こんなトコで何してるんです?」
「それはオレの台詞だ。仕事はどうした、松本」
「隊長こそ、全っ然帰ってこないじゃないですか」
「オレは仕事だ。おまえと一緒にするな。つーか、何のための副官だ」
 現れた己の副官との遣り取りがそんなに面白かったのか、は隠すこともなく笑い声を上げていて。
「おまえも笑ってんじゃねえ」
「大変だな、ちびっこ隊長殿も」
「その呼び方やめろ。その前にここはおまえの店なのか?」
 暖簾の向こう側は、金物類が多数陳列された店内のようで。確認を込めて訊けば、案の定肯定が返る。
「そうだ。私は鍛冶師だからな、金物関係は何でも作るぞ」
 ……もう、何を聞いても驚かない自信はついた気がする。事実、店舗のことを聞いても順当に納得したくらいだ。
 ただ、未だに笑い続けているのが腹立たしいだけで。
「オイ……いつまで笑ってる気だ、
「いや、すまん。噂は聞いていたが、実際に目の当たりにすると、かなり可笑しくてな」
 どんな噂なのか。
 何となくだが察しがつき、とりあえず戻ったら松本には大量の書類業務を押し付けることを決めた日番谷だった。
「店主、お出かけですか?」
「ああ。コレを届けてくるだけだから、すぐ戻る」
「お気をつけて」
 日番谷との会話が一段落ついたからか、それともが外へ向かって歩いていたからか。店員が投げ掛けてきた問いに、は手にしていた斬魄刀を軽くあげて答え、そのまま店の外へ――行くかと思いきや、出る直前、顔だけで振り返って。
「それじゃあな、日番谷。氷輪丸のこと、頼むぞ」
 言うだけ言って、彼女の姿は掻き消えた。
 残されたのは、店員と日番谷と松本だけ。
「ひょっとして隊長、ふられました?」
「寝言は寝て言え。外で巨大虚に襲われていたのを助けただけだ」
 的外れなことをのたまってくれた副官を睨みつけて、簡単に説明する。
 背後で微かな笑い声が聞こえるのは……真実を察した店員のものだろう。
 何とも言えない居心地の悪さに日番谷は嘆息して。
「で、松本。おまえは何しにここへ来たんだ?」
「詰所で使ってる急須(きゅうす)が割れちゃったんで、新しいのは金物系にでもしようかな~って」
「それでしたら、こちらがオススメですよ。店主の力作ですから」
 そういって、店員が差し出したモノに、日番谷は更に眉間の皺を深くしたのだった。



 死神と斬魄刀鍛冶師の邂逅。
 死神側の鍛冶師に対する印象は、『謎』の一言だった。

END