はじまりは何かと訊かれたら、全てと答えるしかなかった。
「やあ。――で、よかったんだったかな?」
聞き覚えのある声に呼ばれ、は視線を向けた。
にこやかな笑みをはいた、見事な白髪の男が立っている。まとうのは、瀞霊廷内では当然の死覇装。そして、隊長のみが着ることを許された白い羽織。
「浮竹、か」
男の名を呟き、は団子を一口食べた。
直接話したことはないし、には特に用はない。先日、隊長格の集まる場に姿を晒したことで興味を持たれてしまったのだろう。
「おっ、俺のこと知ってるのか?」
案の定、何故か喜色を浮かべた十四郎は、勝手に隣に座ってやってきた店員に注文までしている。
こちらには相席する気は微塵もないというのに。
斬魄刀を携帯していないだけ幾分かマシか、と。は嘆息した。
「自分の造った斬魄刀の持ち主と、現隊長格及びその斬魄刀ぐらいは記憶している」
「へぇ……俺はどっちなんだい?」
「後者だ」
「ということは、俺の斬魄刀は君が造ったんじゃないのか」
「私が生まれる前から死神をやっているおまえの斬魄刀を、どうやって私が造れるというんだ……」
見てわかるだろう。
「『双魚理』と『花天狂骨』は、『流刃若火』と同じく蒼厳――初代が造ったものだ。……そんなことを聞くために来たのか?」
隊長は剣八を除いて全て卍解を修得している。その状態の斬魄刀は、求めれば必要な情報を使い手に惜しみなく与えるものだ。わざわざ鍛冶師に訊くことではない。
まあ、死神の多くは、あまり己の斬魄刀と交流することはないようだが。
「いや。君に興味があっただけさ」
実に潔く本心を口にした男に、大きく溜息をついてはお茶に手を伸ばす。
「仕事はどうした。仮にも隊長だろう」
「君こそ」
「鍛冶師は自由業だ。おまえたちのように組織に属してはいない」
「だが、毎年新人が百人単位で入隊してきているが?」
「……おまえは蔵に入ったことはないのか?」
一番隊の管轄区内に、ひとつの巨大な蔵がある。
幾重にも結界を張り巡らし厳重に管理されたそこは、斬魄刀の安置場所。蔵の内部には何千本という数の斬魄刀が、自らの使い手が現れるのを待ち続けている。
死神と斬魄刀との組み合わせは、完全に相性の問題だけ。それがわかるのは本人たちのみ。
故に、名を持つ斬魄刀を与えられる者は、必ずこの蔵へと入るはずなのだ。
「ああ、確かに……まだ充分余裕はあるかな? それでも無限ではないだろう?」
「毎年、入隊しているのとほぼ同じだけ殉職者が出ているだろう。その分の斬魄刀は、捨てられるわけではないのだぞ」
無傷なものはその悲しみを癒し、傷を負ったものは新たな形に生まれ変わらせて。そうして、再び蔵へと納められる。
事実、の仕事内容は、一から造り出す『新生』よりも、この『再生』のほうが圧倒的に多い。
どちらにしろ、『核』があってはじめてできることではあるが。
「なるほど……それで『暇潰し』というわけか」
『核』は虚が持っているが、全ての虚が持っているわけではない。虚の出現率は尸魂界よりも現世のほうが多いが、死神ではないは地獄蝶を扱えないため行くには断界を通らねばならない。その上、行ったとしても『核』を持つ虚に出逢える確率は、決して高くはないのだ。
それならば、断界を通ってこれるだけの力を持った虚を尸魂界で待つほうが、余程効率はいい。
材料もなく、急を要する仕事でもないため、時間は有り余っているのが実状。だから、こうして気ままに茶屋にいたりするのだが……
はスッと立ち上がり、そして――
――ビンッ。
「ぐっ!?」
これ以上十四郎と話す気もなかったので瞬歩で早々に立ち去ろうとしたのだが、予想外に思い切り首を絞められ、その場に転げてひどく咳き込む結果となってしまった。
「げほっ、がはっ!?」
「あ、悪い」
あまり心がこもっているとは言えない謝罪に目を向ければ、が首に巻いている布の端を握っている浮竹がいて。
「何だ!? 代金なら先に払ってあるぞ!!」
「いや~、単にこう、目の前をひらひらしてたから、つい……」
「猫か、貴様は!?」
あっけらかんとした返答に怒鳴りつつ、彼の手から布を引き抜く。
「いや、猫よりも性質が悪いな。ウチにいる猫共は、一度もこれにじゃれついてきたことなどない」
「へえ。猫、飼ってるのか」
笑って呟かれた言葉。は思い切り眉根を寄せた。
その笑いが、こちらの様子を観察しているような――そんな風に見えたからだ。
「――貴様には関係ない」
言い捨てて、今度こそはその場から立ち去った。
はじまりは何かと訊かれたら、全てと答えるしかなかった。
飄々とした風体も、馴れ馴れしい態度も、その癖こちらの言動ひとつひとつを観察するような鋭い眼差しも。
彼の存在そのものが――
あるとさえ思わなかった職業も、外見に似合わない言動も、その隙間に見え隠れしている悲しみのような覚悟のような色を宿す瞳も。
彼女の存在そのものが――
「気に食わん」
「面白いなあ……」
別々の場所で呟かれた言葉は、誰の耳に届くこともなく、青空へと溶けて消えた。
END