『緊急警報!! 緊急警報!! 瀞霊廷内に虚(ホロウ)が侵入!!』
朝からけたたましく鳴り響いた警鐘。
眠気も一気に覚めるそれに、けれど耳を疑ったのは誰も皆同じだろう。
『数は数十体! 巨大虚(ヒュージ・ホロウ)多数! 大虚(メノスグランデ)も確認! 場所は第三旧市街跡!!』
虚は通常、現世と尸魂界(ソウル・ソサエティ)の狭間にある虚圏(ウェコムンド)にいて、獲物を狩る時だけ出現するものだ。その出現先は現世のみに留まらず、尸魂界にも現れる。
霊的濃度の高い魂を狙う虚にとって、死神というのはかなりの御馳走らしい。非常に不愉快な話だが。
しかし、狭間には断界もある。外敵の侵入を防ぐための、いわば結界の役目を果たす場所。
尸魂界へ来る虚は、それを越えるだけの力を持っているということを意味している。
――だが、未だかつて集団で侵入してきたことなどなかった。それも遮魂膜によって守られている瀞霊廷内に。
そうまでして侵入してきたわりに、いるのは人気の全くない場所。
――何故。何のために。
それを考えている余裕はなかった。
「行くぞ、松本」
相手が相手だけに平死神では役に立たない。席官でも、五席以上の者でなければ足手纏いは必至。それでも、いつ居住区に来るかも知れぬ状況で、守護配置の警備を手薄にするわけにはいかず、必然的に討伐には隊長格が向かうことになる。
「はい」
十番隊隊長・日番谷冬獅郎もまた、三席に指揮を任せて副隊長・松本乱菊と共に現場へと向かった。
近付くにつれ、はっきりとわかる多数の霊圧。
独特の濁った霊圧は虚のもの。そして、澄んだ霊圧は死神のもの。
現場である第三旧市街跡は十番隊詰所からかなり距離がある。なので、冬獅郎と乱菊が着いた時には、感知した霊圧の示すまま、既に他隊の隊長たちの姿があった。
「暇潰しにしたって、もう少し楽しませろよ!!」
……というか、ついて早々に目にするのが、嬉しいのか不満気なのかよくわからない様子で虚を次々と屠っている十一番隊隊長・更木剣八というのもどうなのか。
「やあ、日番谷。遅かったな」
「浮竹……」
冬獅郎に気付いて戦線を抜けてきたのか、片手には血のついた斬魄刀。もう片方の手を軽く上げて声を掛けてきたのは長い白髪の優男、十三番隊隊長・浮竹十四郎。
現場にいなさそうな彼が自分より先に来ていたことが意外で、軽く眉を寄せる。
「珍しいな。体調はいいのか?」
「おかげさまで、最近は割と良いのさ」
幼少の頃から肺を患っている十四郎は、滅多なことでは討伐には出ないと聞く。だが、確かに本人の言う通り顔色は良いことから、病に影響はなく、足手纏いにもならないと判断して来たのだろう。でなければ、彼の副官が黙っていないはずだ。
当の副官が見あたらず、冬獅郎はざっと辺りを見渡した。
「……いないのは、十二番隊だけだな」
全てが目視できる範囲にいるわけではない。だが、知った霊圧を感知することは容易いこと。
今、この場にいる三人の他に、死神の霊圧は21。
救護担当の四番隊ですら来ているというのに、十二番隊は隊長、副隊長共に姿はない。向かってきている様子すらない。
まあ、いつものことと言えばその通りではあるし、冬獅郎自身、あの隊長は好きになれないので、いないほうがいいのだが。
「隊長!」
呼ばれるのが早いか、冬獅郎と十四郎は正反対の方向へ飛び退いた。直後、二人のいた場所が大きくえぐられ、ふたつ首の巨大虚が二人を見る。
「し、し、シにがミ……じゃ、ジャま……」
「邪魔するな。邪魔するなら、キサマらから喰ってやる!!」
それぞれに、ほぼ同時に喋る巨大虚。その耳障りな声と、言われた内容に眉間に皺を刻む。
「邪魔だと?」
「ワた、わ、わたサなイ……ワたさナイ……」
「渡さねえ!! アレは俺が喰うんだ!!」
会話にならない。
大きいのは身体と霊力だけで、知能は然程高くないようだ。とはいえ、その拙い言葉から何かを欲しての行動であることはわかった。
『何か』――死神すら眼中にないほどのモノ。喰うという表現から見て、霊的濃度の高い魂……加えて侵入……『何か』を追って、ここへ来た――?
「ち、チ、チカら……ちかラ……」
「力だ! 最高の力!! アレを喰えば力が手に入る!!」
叫んだかと思うと、巨大虚は真っ直ぐ突進した。――正面にいた、乱菊に向かって。
「邪魔するなあぁ――!!」
「邪魔はアンタたちのほうよ」
冷酷な眼差しを向けて跳躍した乱菊が、刀を振るい巨大虚の背を斬り裂く。
悲鳴を上げる巨大虚。しかし昇華はされない。まだ、致命傷ではないから。
もう一度、今度は確実に仕留めるために踏み込む乱菊。――が、彼女の斬魄刀は役目を果たせず、空を切っただけ。
「なっ……分裂!?」
真ん中から真っ二つに分かれることで乱菊の攻撃を避けた巨大虚は、彼女には目もくれず、それぞれ冬獅郎と十四郎へと向かっていく。
「ちカらあァ――!!」
「……首ふたつってのは、伊達じゃなかったってワケか」
大口を開けて向かってくる虚を、目を眇めて見やる。そのまま焦ることも身構えることもせず、冬獅郎は無造作に斬魄刀を振るった。
分裂という芸当を見せたものの、その動き自体は単調だった巨大虚。冬獅郎の一撃をかわせるということもなく昇華される。
「俺のモノだァっ!!」
「やれやれ。権力争いは他所でやってもらいたいね」
同じく十四郎も、呆れ気味に呟いて一薙ぎ。自分に向かってきていた巨大虚の片割れを、あっさり昇華した。
巨大虚が消え去ったのを見届けて、乱菊が駆け寄ってくる。
「すみません、隊長。油断しました」
「気にするな」
「怪我がないなら、それでいいんじゃないかい? お互いに、な」
この程度で負傷されても困るが。
言葉にはせずに足を進める。目指すは、虚たちが集まっているところ。
一体の大虚――ギリアン――の元に、侵入してきた虚の全てが集っているので、移動自体は楽なものだった。
問題なのは、その行動の理由。
近付くことで全容がわかる。集まっている虚は、大虚を守るためにそこにいるのではなかった。かといって、大虚に守ってもらうためでもない。
その場にいる全ての虚は、大虚を攻撃していた。
「仲間割れ、でしょうか?」
乱菊の感想は、おそらく的を射ているだろう。大虚もまた、己に攻撃してくる虚を喰らっているのだから。
「さっきの虚、力がどうとか言っていたな」
十四郎の言葉を聞きながら、注意深く観察してみる。――と、冬獅郎の目は一ヶ所で止まる。
「アレ……か。大虚の手にある赤い球体」
大虚の手には、赤く光る球体が握られていた。他の虚から守るようにして、しっかりと握り締めているソレ。
冬獅郎の目は、何故かそれから外せなかった。
「あれを追ってきたのか、こいつらは」
「そう見て間違いはないだろうな」
「何でしょうか、アレ」
「……下ろしてみればわかるだろうよ」
「十四郎、日番谷」
ざり、と。一歩踏み出しかけた時に掛けられた、第三者の声。
聞きなれたそれに驚くこともなく振り返れば、山本元柳斎重国総隊長が副官を伴って立っていた。
「あやつら、儂らに興味はないようじゃが、このままにはしておけん。おぬしらに任せよう」
総隊長からの命。
逆らう理由もない冬獅郎は十四郎へと目を向け、二人同時に頷く。
「浮竹隊長!」
「大丈夫だ、海燕」
否を唱えるように己が隊長の名を呼んだのは、戦線から戻った十三番隊副隊長・志波海燕。
彼に笑顔を向け応える十四郎から目を逸らし、ザッと周りを見渡す。
どうやら海燕だけではなく、前線にいた者全てが戻ってきているようだ。然して手応えのない虚の相手に飽きたのか、剣八もいた。
誰にも気兼ねする必要のないことを確認して、冬獅郎は高く跳んだ。
「霜天に坐せ! 『氷輪丸』!!」
解放と同時、自身と斬魄刀の霊圧によって作り出された水と氷の巨大な龍。それを虚共の中心――大虚に向けて放つ。
その一撃で雑魚は全て昇華・滅却し、大虚の下半身を氷付けにして動きを封じた。
そのまま赤い球体を持っている大虚の片手を冬獅郎が斬り落としたのと、十四郎が頭部を斬り裂いたタイミングは僅差だった。
虚も氷も消え失せた地面に向けて、球体は静かに落ちていく。――否。降りていくと表現したほうが正しいかもしれない。
赤い球体は重量を感じさせないほどの速度で下降し、地面に当たって跳ね返るということもなく、ただ静かに地に着いたのだから。
眼前に……手の届く距離に来たことではっきりとわかる球体の姿。
大虚の手にあることが遠目に見てわかったことから、それなりに大きいとは思っていた。実際に側に立ってみれば、大人一人余裕で入れる大きさだということがわかる。……事実、少女が一人入っているし。
「……旅禍、か?」
少女が着ている服は、死覇装でも着物でもない。尸魂界にいる者たちは着ない、現世の衣服だった。確か、『制服』と呼ばれる類のもの。
左袖は無残に破れ、彼女自身の血で染まっている。蹲るような姿勢で球体の中に浮いている少女の目は固く閉ざされており、意識がないことを窺わせた。
「旅禍にせえ、とりあえず事情は聞かなあかんしなァ。したら、この赤いの邪魔やね」
独特な喋り方で答えたのは、三番隊隊長・市丸ギン。球体からある程度の距離を置き、注意深く観察している。流石に不用意に手を出すほど馬鹿ではないらしい。
だが、この場にはその『馬鹿』に値する者が一人いる。
「ハッ。こんなもん、ぶっ壊しゃあいいだけだろうが」
「待て、剣八!」
――バチバチバチ、バァンッ!!
五番隊隊長・藍染惣右介の制止も時既に遅く、剣八は球体へと斬りかかった。だが、彼の斬魄刀は球体に触れることすら叶わず、ただ衝突しあった霊圧が火花のように散って、剣八の体ごと吹き飛ばした。
「だから待てと言っただろう……」
「大虚の手にあっても潰されることはなかったということは、それなりの強度があるということだよ」
無様に地面に転がることもなく着地した剣八は、九番隊隊長・東仙要の説明を聞いて不気味な笑みを刻む。
「面白え……何が何でも斬ってやるぜ!!」
懲りることもなく再び球体に斬りかかる剣八を、誰も――元柳斎ですら止めようとはしない。
斬れるとも思えないが、止めて聞くようなヤツでもないし。何より、事実球体をどうにかしなければ、少女を保護することも拘禁することも出来ないのだから。
だから、冬獅郎も動くつもりはなかった。
――そう、見知った霊圧が現れるまでは。
「な……ッ!?」
霊圧を感知するのと、その姿を目にしたのとは、ほぼ同時。
咄嗟に冬獅郎は現れた人物を庇うように動いた――が、逆に腕を引かれて。
――ドンッ!!
「危ないことをするな、日番谷」
「おまえがだろ、!! 何、振り下ろされてる刀の前に飛び出してきてんだ!!」
「心配しなくても、私は斬魄刀で傷付けられることはないぞ。ほら」
いきなり現れて呆れ気味に言葉を洩らしたのは、浅葱色の髪をした、外見上は冬獅郎と年齢の近そうな少女――。
言葉通り、彼女は剣八の斬魄刀を素手の左手で掴んでいたが、その手には一切血が滲んでいるということもなかった。
それだけではない。斬魄刀に込められていた膨大な量の霊圧すら霧散しているのか、に庇われる形で立っている冬獅郎には感じることができなかった。
ただ、と剣八との間に出来ている地面の亀裂だけが、その強さを伝えていた。
「そういうことは先に言え」
「氷輪丸から聞いてなかったのか?」
《聞かれなかったからな》
けろっと。悪びれた様子もなく響く氷輪丸の声に、冬獅郎は手にしたままの斬魄刀を睨む。
「氷輪丸……おまえ、こいつに関することでいくつオレに隠し事をしている?」
《別に隠してるわけじゃない。冬獅郎が聞いてこなかっただけだろう》
「聞けば全て答えるのか?」
《モノによるな》
「てめ……」
「まだまだ青いな、日番谷」
「……オイ」
くつくつと喉を鳴らして可笑しそうに笑うに向けて、殺気すら含んだ不機嫌な声が掛かる。それは、言わずと知れた剣八のもので。
「何者だ、てめえ……」
不機嫌に、けれどどこか喜色を映す瞳でを見据える剣八。その手は、斬魄刀から離れてはいない。斬り込んだ姿勢のまま。
そしてもまた、斬魄刀の刃を握ったままで。
「、本当にそれ大丈夫なのか? 見てるほうが痛いんだが……」
「それは問題ないが……おまえも難儀な相手に当たったものだな」
深く溜息をつきながら言われた言葉。
の素性を知る冬獅郎にはわかった。それが剣八の持つ斬魄刀に向けられたものだと。
「私は無駄なことはしたくない。おまえの名が他の者にも届くようになったならば、補修くらいしてやる。今は、しばしの休息で我慢しろ」
言いながら、は空いていた右手を刃の上に滑らせた。――と、どこからともなく白く細い布が現れ、剣八の斬魄刀を包み込んだ。
「な……何しやがった!?」
「斬魄刀の力を封じた。如何に霊圧を掛けようと、最低一週間は使用不能だ」
さらりと言い放ち、手を放す。
全く信じていない剣八は霊圧をかけようとするが、自身のそれが斬魄刀へ流れていくことはなかった。
無駄な努力をしている剣八を、は呆れた眼差しで見遣り嘆息する。
「いい加減にしておけ、更木。じゃないと、そのうちおまえの霊圧に耐えかねて、斬魄刀(そいつ)が砕けるぞ」
「ハッ、それがどうした? 斬魄刀は戦いの道具だろうが。砕けりゃ次の」
「そいつが砕けたからといって、代わりがあるなどと思うな」
凛とした声が、辺りに響いた。
叫んだわけでも、声を荒らげたわけでもない。霊圧を掛けているわけでもない。
ただ、声から……存在全てから感じる威厳が、この場にいる全員の心を捉えたのだ。
「未だかつて『浅打』以外で、二本目の斬魄刀を手にした死神はいやしないんだ。死神と斬魄刀の組み合わせは、単純に相性の問題だけだが、その確立は極めて低いからな」
だから斬魄刀は、出逢えた使い手を何よりも大切にする。
「はっきり言ってやろうか? 現存する斬魄刀でおまえの気質と合うのはそれだけだ。斬魄刀を持たない死神は存在しない。そいつが砕ければ、お前は死神ではなくなる。死神としての強さを求めるのならば、もっと己の斬魄刀を気に掛けるべきだな」
「てめえ……」
「止めい、更木!」
逆鱗に触れたらしいの言葉で霊圧を上げた剣八を、ようやく元柳斎が止めに入った。
「斬魄刀は造り手に逆らうことも、造り手を傷付けることもできん……そういう存在(モノ)なのじゃよ」
「造り手――だって……?」
ザワッ、と。ざわめきが起こり、元柳斎へ向いていた皆の視線のほとんどがへと向く。
は尸魂界で唯一の斬魄刀鍛冶師。
本人曰く、隠しているわけではないらしいが、やはりその存在を知るものは極端に少ないようだ。
こっそり溜息をこぼす冬獅郎の横で、が元柳斎へと向き直った。
「久しいな、山本。息災で何より」
「おぬしもな。しかし、おぬしが変わっとらんのは、果たして良いことなのか悪いことなのか」
「さてね。それは私には判断しかねるよ」
いやに親しげな会話。
千年単位で生きている元柳斎と同等のようなそれに、彼女の実年齢に対して疑問を抱かずにはいられない。
まあ、それは今問題にすべきことではないのだが。
「して、おぬし。何用でここへ来おった? 更木の斬魄刀を封じるためではあるまい?」
「ああ、あれはついでだ。面白い力を感じて来てみたんだが、まさかこんな珍しいものにお目にかかれるとは思わなかった」
再び体を元の方向へと戻す。その視線は、件の赤い球体へと釘付けにされていて。
「おまえが出てくるってことは、それはまさか……」
「ああ」
冬獅郎の問いに、はひとつ頷いてみせる。
「この赤い球体は、その娘の斬魄刀だ」
の言葉は、この場にいる全ての者に少なからず衝撃を与えた。それは再び起こったざわめきが証明している。
今度ばかりは冬獅郎もその例に洩れることはなく。
「ちょっと待て! 斬魄刀は鍛冶師により生み出されなければ存在しないんじゃないのか!?」
「存在しないとは言ってないぞ。極稀にだがな、いるのさ。『斬魄刀を抱えて生まれ出る魂』というヤツがな」
寝耳に水。
それは、斬魄刀は与えられて手にするものだという、死神が持つ常識を覆す事実で。
「この娘もそれだな。恐らく、肉体の枷から解放されたことで表面化しやすくなっていたところに、虚の襲撃を受けたため防衛本能が働いて、一気に浮き出てきたんだろう。だが、まだ未完成だな……能力だけ顕現して、正規の型を成していない」
本来、斬魄刀はその名の通り刀の形をしている。解放することでそれ以外の形にもなるが――通常、持ち主が意識を失えば元に戻るものだ。
だが、目前の少女の意識はないにも拘らず、斬魄刀は解放されたまま。
未完成というの言葉には納得できた。
「ただでさえ数少ないというのに……」
「……コイツ以外ってのは、どうだったんだ?」
「未完成の斬魄刀を顕現させたのはこの娘だけだ。もっとも、長い歴史の中でも数える程度しかいないから何とも言えんが……数えてみるか? 恐らく十人にも満たないぞ」
数えるというのがよくわからず訝しげに見る冬獅郎の前で、は呆れた顔で呟いた。
「相変わらず無駄に情報通だな、流刃若火……」
どうやら元柳斎の斬魄刀『流刃若火』が何かを言ったようだが、その声は冬獅郎には聞くことは出来ない。――けれど。
「褒めてない。照れるな気色悪い」
何となく……後半は予想がついた。
「で、何だって?」
「蒼厳が五人、流牙が二人。そして私がその娘一人で、計八人。内、前者七人は死神として通常と変わらぬ斬魄刀を使用していたようだ」
「つーか、誰だよ? 蒼厳と流牙って……」
《蒼厳は初代、流牙は先代の鍛冶師の名だ。様は三代目》
「そうかよ……」
に聞いたつもりの問いに答えたのは氷輪丸。
本当に、聞けば答える気らしい。恐らくは、にとって然程重要ではないことに関しては。
「うむ……儂も幾人か会(お)うたことはあるが、蒼厳に確かめるまではわからんかったからのう」
事実、その目で前例を確かめたことのある元柳斎の言葉が、現実として死神たちの中に定着していく。
――斬魄刀を持った、旅禍の少女。
今までの『常識』からはありえなかった、その事実が……
「して、。おぬしはどうしたいのじゃ?」
「私としては、コレを正規の形にしてみたいところだがな……この娘、旅禍だろう? 旅禍の処遇について、決定権は死神にある。決めるのは山本、おまえじゃないのか?」
「うむ……」
死神と斬魄刀鍛冶師。密接な関わりがありながらも、互いの仕事には不干渉。
子供の姿をしていても、そこはプロ。きちんとわきまえていた。
「まぁ、放っておけば確実に死ぬだろうが」
決めあぐねているような元柳斎にか、は言った。その瞳に映すのは、色を増した球体。
中にいる少女の左腕は、依然として赤く染まったまま。その手を伝って落ちた血液は、球体の底に溜まっているということはない。けれどそれは血が止まっているわけではなく、球体へと触れた血液が吸い込まれるように消えているだけ。
そして、より赤くなっていく球体……それの意味することは。
悠然と元柳斎が顔を上げ、その口から旅禍の処遇が告げられる。
「その娘は護廷十三隊にて一時保護する。後の決定は中央四十六室に委ねるものとする。よ、その斬魄刀を封印できるか?」
「やってできないことはないが、何しろ初めてのケースだからな。多少、手荒くなるぞ」
の言葉を耳に入れながら、冬獅郎は球体へと近付く。よりも球体寄りにいたため、二・三歩で事足りた。
そして、手を――伸ばす。
「隊長、危な……ッ」
気付いた乱菊が危険を告げるが……冬獅郎は剣八の二の舞になることはなかった。
固いのかと思えば、意外なことに物体に触れているという感覚はなかった。かといって、中に手を入れられるかといえば、そうではないようだが。
それよりも、気になる感覚がひとつ。
「ほぉ、害のあるものを選り分けるのか……益々面白い。日番谷、おまえがどうにかできるのか?」
「……氷輪丸に聞いてくれ」
言いながら、氷輪丸の腹を球体へと押し当てる。その途端。
――フォゥン……フォゥン……フォゥン……
氷輪丸の霊圧によって、球体に波紋が広がり不思議な音を奏でる。
この、感覚……先程、大虚を攻撃した際にも感じ、また、直接触れたことでより一層強く感じたものと、全く同質。
これは――共鳴。
氷輪丸の霊圧と、球体の型をとっている未完の斬魄刀の霊圧とが、酷く近しいものである証拠。
「いけそうか、氷輪丸?」
《恐らくは》
「なら、おまえたちに任せる」
造り手から得られた許可。
一気に霊圧を上げて、そして水壁が自分たちを取り囲んだ。
水壁の中には、球体と氷輪丸と冬獅郎だけ。水流の音とともに、共鳴音もまた大きく響いている。
その、どこか不安を掻きたてるような、音色。
「……大丈夫だ」
冬獅郎の口から、自然に言葉が出てきた。
「おまえを傷付けるものは、もういない。自分の命を削ってまで身を守らなくてもいいんだ。もう、大丈夫だから……」
蹲るような姿勢が、怯えているように見えて。赤く滴る鮮血が、涙のようで。
『安心』を、与えてやりたい――と。
――フォォン、フォゥン……
今までとは、少し違う共鳴音がして。
水壁が、球体を包み込み……一緒に少女の中へと吸い込まれていった。
刹那の出来事。
支えを失い重力の支配下へと戻ってきた少女の体を、冬獅郎が抱きとめる。流石に自分より大きな少女を抱きかかえることは出来ず、肩に担ぐ形になってしまった。
「卯ノ花、頼む」
既に近くで待機していた四番隊隊長・卯ノ花烈に、少女の体を預けた。
消える重み。離れゆく熱。
烈の斬魄刀に乗って運ばれる姿を見送りながら、何とも言えない想いに拳を握り締める。
《……冬獅郎?》
「何でもねーよ」
氷輪丸の怪訝な呼び掛けに小さく答え、背中の鞘に納めた。――と。なにやら、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたと目が合って。
「何だよ?」
「いや……おまえ、鍛冶師としての素質、あるかも知れんぞ?」
完全にからかうような眼差しと言葉。
冬獅郎は肩を落として、うんざりと呟いた。
「いい加減、オレで遊ぶのはやめてくれ……」