「ねえ、冬獅郎……あたし、寝坊した?」
「もう昼近いからな、立派な寝坊だろ」
それがどうした。
「寝顔とか寝起きとか見られるのは流石に恥ずかしいんだよぅ――!!」
ベッドの上、立てた膝の間に顔を埋めて叫ぶ寝起きの。
冬獅郎は、呆れた眼差しで彼女を見やり、溜息と共に言った。
「夕べ大泣きした挙句、あのまま屋根の上で寝やがったくせに何言ってやがる」
「ぎゃ――!! 月夜の出来事は翌朝素面(しらふ)で聞くものじゃな――い!!」
「おまえはどこの酔っ払いだ……」
昨夜の弱々しい姿はどこへやら。騒ぎ立てるは、やかましいことこの上ない。
どうやらこれが彼女のペースのようだ。……寝起きがハイテンションということではなくて。
もう一度、冬獅郎は溜息をついた。
「まあ、それはどうでもいいとして」
「よくない!」
「いいことにしておけ! そんなこと話すために来たんじゃねえんだから」
「……はへ? そういえば、何しに来たの?」
ようやくまともに話ができそうになってきて、また溜息をこぼした。を相手にしていると、本気で疲れが溜まってくる気がしてならない。
「昨日のおまえの質問、そのまま返すが……」
「どれ?」
「色の話だ。おまえもソレ、天然か?」
「はい? 何が?」
きょとん、と。わけがわからないといった体(てい)の彼女に、確信が固まる。それでも一応の確認に、『ソレ』の示すものを言葉にした。
「おまえの目、赤いぞ」
「ぅえ!? 目、充血してる!? 夕べ泣いたのモロバレっすか!?」
「……充血もしてるが、そうじゃなくて。瞳の色が、だ」
「――ほ?」
全くもって理解していない彼女のもとへ、それまで成り行きを見守っていた烈が手鏡を持ってきた。
は素直に受け取ると、手鏡を覗き込む。そして――
「………………なにコレ?」
予想に反して、彼女の口から出たのは怪訝な色の、小さな呟きだった。
「やっぱり、元は茶色か?」
「そうだよ純日本人! 黒髪茶眼でしたともさ! ってかやっぱりって何!? 原因知ってるの!? ねえねえ何で色変ってるの!? 黒髪に赤い瞳って何かちょっとカッコイイけど、やっぱりすっごい違和感あるんだけど――!?」
「今説明するからとりあえず落ち着け! 肩を揺するな!」
一拍置いてのマシンガントーク。完全な不意打ちに、がっしり肩を掴まれて思い切り前後にガクガクと揺すられてしまい、頭がくらくらする。……やはり掴めない。
とりあえず何とか目眩を遣り過ごし、落ち着かせるために長く息を吐いてから口を開いた。
「おまえ、自分が死んでいることはもう知っているな。今、ここに在るのは肉体ではなく霊子体だ。霊子体は器子(きし)――現世の物質とは違い、霊力の影響を受けやすい。自分の持つ霊力の性質によって、肉体とは違う色彩になる霊子体は、決して珍しいものじゃないんだよ」
「え~……っと、つまり、冬獅郎もそのクチだってこと?」
「おまえもな」
遠まわしな肯定を返すと、今度は何故か可笑しそうに笑い出した。手で口許を覆い、笑い声を必死に押さえようとしているその様に、冬獅郎は思い切り眉間に皺を刻んで。
「……何だよ?」
「え……だって、そうすると、生きてた頃の冬獅郎って黒髪茶眼だったってことでしょ? ……に、似合わなーい!! 絶対似合わないよ!! あ~何で今ここにパソコンないの!? あれば実際にやってみるのに!! 色違いひっつん!!」
「ウルセーほっとけ!! オレのことより今は自分のことだろ!!」
「あたしのことよかひっつんのことでしょ!! こんな面白新事実ほっとくなんて誰ができるかバーカ!!」
「誰がバカだ!! バカにバカなんて言われたくねえ!!」
「何度でも言ってあげよう! バーカバーカ! 腐女子なめるなよ!!」
――パキンッ。
何かが割れる音。然して大きくもないそれが妙に響いて、言い争いが止まった。
と二人、音の出所へ目を向けるか否かという刹那の時間。
「お二人共、ここが病室だということを忘れていませんか?」
静かな、静かな声が室内の空気を一気に冷やした。
声の主は言わずと知れた総合救護詰所の当代最高責任者、卯ノ花烈。穏やかな笑顔と丁寧な口調ではあったが、その裏に秘められた烈火の如き怒りを、彼女の手にある水差しの成れの果てが如実に表していて。
「わ、悪い……」
「すみません、完全に忘れてマシタ……」
揃って謝罪を口にした。
それから引きつっていた顔を戻すように咳払いをひとつ。話を元に戻した。
「……目の色については、納得できたか?」
「あ~……うん、まあ……でも、何で赤? 霊力の性質って……あたし炎系だってこと?」
「それは……」
「恐らくおぬしの持つ斬魄刀の影響じゃろう」
冬獅郎よりも先にその答えを示したのは、扉のところに立つ元柳斎。
先程まではいなかった、はず。少なくとも冬獅郎がここへきた時には、烈しかいなかった。一体いつの間にやってきたのか……
さっきの馬鹿騒ぎ、見られていないよな――と。内心冷や汗を流す冬獅郎に気付くはずもなく、は訪問者へと問いを投げ掛ける。
「斬魄刀――って……どこに?」
「おぬしの中じゃよ」
「はい?」
さらりと言った元柳斎にはきょとんとした後、まじまじと自分の体を見下ろした。胴から足へ視線を移動し、そして腕へ――
「うわ!? 左袖ぼろぼろってか血塗れ!?」
「今頃気付いたのかよ……」
「鎮痛剤が効いていましたから」
「痛みがなくても、見りゃわかるだろうよ。梯子登るときに気付かなかったのか?」
「や、だって、あの時は月しか見てなかったし……」
「アホか……」
話せば話すほどという人物がわからなくなってくる。理解不能で片付けたほうがいいのかもしれない。
眉間に皺を刻んだまま深く溜息をつく冬獅郎の横へ来て、元柳斎はの質問に対する答えを、彼女の事情とともに詳しく話した。
曰く、多数の虚に追われて瀞霊廷に侵入してきた旅禍であること。その際、己の斬魄刀の力を解放して身を守っていたこと。斬魄刀は赤い球体の形をしていて封印した時、の内へと吸い込まれて消えたことを。
一通りの事情をようやく聞いたの第一声はというと……
「斬魄刀が中にあるって何か不気味なんだけど……ってか、あたしに霊力なんてあったの!? 今まで幽霊の類見たことなんか一度もないんだけど!!」
「それも色と同じでよくあることだ! 死んでから霊力に目覚めて死神になるヤツは多い!! だからいちいちオレの肩を揺するんじゃねえ!!」
局地的大地震再び。
の行動は予測がつけられないから、防ぎようがない。
彼女の手を逃れ、冬獅郎は頭を振って目眩を振り払った。
「ったく……順番が違うだろうが……」
「忘れてたこと思い出しただけでしょ」
反省の色は微塵もなし。
流石に怒りが湧いてきたが、言ったところで先刻のような言い争いになる予感がしたので、溜息をつくことで何とか抑えた。
「んで、あたし、どうなるの?」
改めて元柳斎のほうを向き、が言った。
今までのことから考えれば、珍しい。彼女自身が本題を口にするとは。――けれど。
それも当然なのかもしれない。
彼女には、旅禍がこの世界でどういうモノであるかは説明していない。それでも、自分が異端であることはわかるのだろう。
の顔は、強張っていた。溢れんばかりの不安を表すように……
冬獅郎は一度目を閉ざし、そして元柳斎へと視線を移した。
元柳斎は「うむ……」と、ひとつ頷いて。
「おぬし、死神になってみる気はないかの?」
「……え?」
予想外の言葉だったのだろう。はきょとんと、元柳斎を見返している。
「おぬしには霊力がある。色素に影響を与えるほどのものがの。何よりも斬魄刀を宿しておるのじゃ。死神になれる条件は揃っておるからのう。どうじゃ? やってみるかの?」
「やるやる! やりたーい!」
「――って、即答かよ!」
死神が何をするかも知らないくせに、何故戸惑うということをしないのか。
「え~? だって、どうせ死んだからには、ならではのことやりたいじゃないの」
……やはり、理解できない。
「ふむ……では決まりじゃの」
頭を抱えた冬獅郎の横で、元柳斎が穏やかに宣言した。
「や。おぬしにはまず、見習いとしてこの四番隊で生活してもらおうかの。その間に、ここでの一般常識と鬼道を身につけてもらいたい」
「ラジャっす!!」
(…………って、言ってはみたものの……)
山と積まれた教科書。目の前に広がる文字の羅列。
視覚から入ってきた文章が、脳内でぐるぐると回ってばらけていくようで。
「めっさ難しいや――ん!!」
思わず大絶叫。そして、限界と言わんばかりに机に突っ伏した。
頭から湯気が立っててもおかしくない状態のを慰めるように、教師役として彼女を見ていた四番隊副隊長・虎徹勇音は苦笑を浮かべて。
「まぁ、普通は段階を踏んで、六年かけて覚えるものだからね……」
その言葉に、は顔だけ向けて勇音を見上げる。
「あ~……真央霊術院? 死神の養成学校でだっけ?」
「そう。……一般常識はすんなり覚えられたのに、ね」
(そりゃ、マンガとか読んで知ってたからねぇ……ほとんど)
決して人には言えない事実を心の中で呟き、机にへばりついたまま一冊の教科書を眺めた。
載っているのは鬼道を扱うための基礎だ。他の本には、各術の詠唱とその効果がずらっと書き連ねられている。
その全てを覚える必要はないらしい。だが、破道なら三十番台くらいまでは暗記しておくべきだ、と。あの一見さわやかに見えてその実かなり黒い笑顔で、烈に言われてしまったのだ。
も伊達に漫画好きなわけではない。本作中に出てきていた『赤火砲』と『蒼火墜』は空で言うことができる。
ただ、詠唱できたからといって使えるわけではないのだ。そうならば、鬼道が苦手な死神はいないだろう。
……それはさておき。
今は、全く頭に入ってこないコレをどうするかが問題だ。
(そもそも六年かかるものを今すぐどうこうするってのが、無謀以外の何物でもないよ~……ってか、死神――つーか、魂魄って年、生身よりとるの遅いんだよねぇ? 急ぐことない気もするんだけど……)
そこまで考えて、はたっと顔を上げた。
「ねえ、あたしが真央霊術院に入らないで、ココで死神見習いなんてのになってるのって、あたしが旅禍だから?」
降って湧いた疑問は、勇音を凍り付かせてしまった。
(あ~……そんな自虐的って言うか、悲観的な意味で聞いたんじゃないんだけどなぁ……)
見るからに気を遣って言葉を探している勇音を見ながら、がそう思った時。
「それもありますが、一番の理由は別なことです」
そう、答えを示したのは、様子を見に来たらしい烈だった。
「卯ノ花隊長……」
「別なことって何――ですか?」
危うくタメ口になりかけて、脳裏をよぎった素敵な笑顔に敬語を使った。使い慣れていないので、物凄く違和感がある。
そんなに気付いているのかいないのか。烈は変らぬ笑みで答えた。
「あなたの斬魄刀ですよ」
「……ほ?」
「斬魄刀を封印したことは説明しましたね。ですが、その封印は完全ではないのです。なぜなら、あなたの斬魄刀自体がまだ不完全だからです」
「不完全……?」
どういうこっちゃい、と。小首を傾げたの前に、烈は自分の斬魄刀を差し出してきた。
「完成された斬魄刀は、その力を封印された状態が通常で、このように刀の型をしています。しかし、あなたの斬魄刀は未だ刀の型すら取れてはいません。そして、その封印は他者によって成されたもの……さらに、あなたのように未完成の斬魄刀を解放した例は、過去にありません」
「…………いつ、封印が解けるかわからない――ってこと、ですか?」
「ええ」
自分の『中』に斬魄刀があると聞いた時点で気付くべきだったかな、と。は頬を伝う汗を感じながら思ってみた。まあ、気付いたとしても、どうすることもできないのだが。
「正確には、封印が解けた時にどのような状態になるか、予測がつかないということです。その危険性を予防するには、斬魄刀を完成させることが、現時点ではもっとも確実な方法なのですよ。そのためには、あなた自身が霊力を制御できるようになることが、必要不可欠なのです」
「だから、鬼道を……?」
「ええ、そうです。ですから、できるだけ早く覚えてくださいね」
にっこり笑って言った烈の前で、は顔を引きつらせて――再び机に倒れこむ。
「でも、メチャクチャ難しいんですケド~……何かコツってないんですか?」
「……何だ? たった三日で、もうギブアップか?」
新たな声。しかし聞き馴染んだそれにがばっと顔を上げれば、案の定、烈の後ろから見事な銀髪がひょっこり顔を覗かせた。
「冬獅郎……」
「へえ……死覇装姿も、それなりに様にはなってるな」
「……素直に似合ってるとか言えないのかしらね、このちびっこ隊長は」
「てめえはオレに喧嘩売ってんのか?」
「あら? 本当の事を言われて怒るのはお子ちゃまな証拠ね」
ひとつ、ふたつ、みっつ……冬獅郎の顔に青筋が浮かび上がる。
(さあ、どうでる?)
内心わくわくしながら見つめるの前で、冬獅郎が大きく息を吸い込んだ。怒声が響くと思い素早く両耳を塞いだ――が、そのまま息を吐き出しただけで終わる。
「勝手に言ってろ。おまえの八つ当たりに付き合う気はねえ」
「ありゃ……八つ当たりだって気付いてたの」
「当たり前だろ。隊長だぞ」
その程度の洞察力もないようじゃ、隊を率いることなんざできねえよ。
「へえ~……やっぱり、ちっちゃくてもちゃんと隊長サンなんだねぇ。色々苦労してるから眉間にいっつも皺寄せてるの?」
「うるせえッ、ほっとけ!」
「隊長サンなら、その短気も直したほうがいいんじゃないの?」
うふ、うふ、うふふふふ。
わざと奇妙な笑い方で神経を逆撫ですれば、冬獅郎の顔にまた青筋が増えて。けれど、先刻宣言した通り、ノッてはこなかった。
ただ疲れたように深く溜息をつく。
「おまえと話してると、無駄に疲れるな……」
「あ、それ、よく言われた」
「直す気はねえのかよ」
「ないね! 無理に他人に合わせて『自分』を殺す気はないからね、あたしは。嫌な人は自然と離れていくし……いや~『類は友を呼ぶ』っていうのを実感してたよ、18年間」
「開き直りかよ……」
「おうともさ! あたしは今の自分のこと、嫌いじゃないもの。好きなものには全力投球、嫌いなものは全力逃走!」
「逃げるのかよ!?」
「……今、ここにいるということは、鬼道の勉強は難しいけれど嫌ではない――ということですね」
それまで静かに成り行きを見守っていた烈の、的確な指摘。
流石、冬獅郎よりは隊長らしい洞察力を持っている。情報収集能力と処理能力が素晴らしく早い。
は握り拳を作って。
「そう! 習得したい気持ちはあるの! なのに理解不能な言葉が壁となって行く手を阻んでるカンジで……」
後半は机に肘を突いたまま項垂れてしまう。
暗記系が苦手なは、歴史だの地理だのは滅法弱かったのだ。そのくせ、漫画の台詞なんかは割りとすんなり覚えていたりもしたが。
要は、とことんまで好きなことにのみ脳内記憶回路を使用していたということ。
今はそんな自分の特技が恨めしくて仕方がない。
「おい、」
「はいよ」
「好きなもの、何だ?」
どんよりしたまま顔を上げたは、続いた問いに小首を傾げた。
「食べ物?」
「食い物」
一口に好きなものといっても、色々と種類はある。一応無難な線で確認すれば是が返ってきて、首を傾げたまま少し上のほうへと目を向けて考える姿勢。
「ん~と……おやつ系なら桜餅に茶碗蒸しにコーヒーゼリーとか、パンも好きだなぁ」
「茶碗蒸しとパンはおやつじゃねえだろ」
「あたしにとっては、おやつの一種だよ。ご飯系はオムライスとハヤシライス。麺類は塩のコーンバターラーメン。おかずはポテトサラダとホウレン草の胡麻和えと玉子焼きとカスベちゃんの煮付け」
「なんで『ちゃん』付け……」
「なんとなく」
で、それがどうかした?
至極当然に問えば、考え込むように冬獅郎はじっとこちらを凝視してくる。流石にただ見つめられるというのは居心地が悪いが、何となく目を逸らすのも癪なので動かずに却って見返してやる。
そんな僅かな意地張りの後。
「そうだな……卯ノ花から及第点をもらえたなら、一番最初に言った桜餅を奢ってやる」
冬獅郎の口から出てきたのは、『ご褒美』の約束で。
「うっそ! マジで!?」
「マジで」
「やりぃー♪ 桜餅が食べられる~♪ 卯ノ花さん! どこまでやれば合格ライン!?」
「そうですね……暗記は三十番台まで、実技は『白雷』まででしょうか」
「いよっしゃ! やったるでえ!!」
「おまえはどこの出身だよ……ああ、ちなみに期限は二週間な」
「にゃにおう!?」
喜んだ矢先の落とし穴。
教科書とにらめっこしかけていた顔をぐりんと方向転換。
「なんで!? 何故に時間制限付き!?」
「丁度二週間後がオレの非番だからだ」
「ぅおう!? そりはひょっとして一日デートも付くってことっすか!?」
「おまえのその発想が理解できないんだが……そうだな。他隊舎や詰所の場所も教えとかなきゃならないだろうし……そうなるかもな」
「うぬ~……そりはかなりオイシイ物件……」
「……で、どうするんだ? やるのか? 諦めるのか?」
悩むに、決断を急かす冬獅朗。
二週間で先程言われた内容をクリアできる自信は、はっきり言ってない。
――けれど。
「やってやろうじゃないの!! ひっつん一日貸し切り付き桜餅、絶対げっちゅしてくれるわ――!!」
意地だ。好きなモノを手にするためなら、いかなる無茶でもしてくれよう。
「ま、がんばれ」
本人も自覚して先刻言っていた通り、好きなモノに向けて全力疾走を始めたに、冬獅郎はあまり心のこもっていない励ましの言葉を送った。
だが、既に集中力を全開にしていた彼女の耳には、全くもって届いていなかった。
「アメとムチ作戦ですか?」
「餌付けの間違いだろ」
のいる部屋を出た烈と冬獅郎の会話は、こんな言葉から始まっていた。
当人に聞こえないからとはいえ、失礼なことこの上ない内容だった。けれど、先程の好物を前にしたような彼女の様子は、さながら尻尾を振っている仔犬のようで。
自然と『餌付け』という言葉が出てしまったのだ。
まあ、本人の人格云々ということは措いておいて。
今、問題にすべきことは、別にある。
「それで、封印のほうはどうでしたか?」
烈が言った、コレが本題。仕事の合間を縫って、わざわざ冬獅郎がに会いに来た本当の目的だ。
「今のところは安定している。問題はない」
の斬魄刀を封印しているのは、冬獅郎――と、氷輪丸だ。
一度成功したからといって、それが永久に持続するわけではない。だからしばらくはマメに様子を見ておけ――と。あの後、斬魄刀鍛冶師であるから忠告を受けていたのだ。
結果は、上々といったところか。
「あいつの霊圧も辿れる程度には安定したしな、しばらく離れても大丈夫だろ」
「その様子見期間が二週間ということですか……」
「まぁな。非番は本当だが」
二週間で、霊力を制御する――一定に保てるようになってくれれば、それこそ本当に通う必要はなくなる。封印も安定するし、何より斬魄刀を完全な型にすることができるから。
できなければ、また次の非番を期限にエサで釣ればいいし。
を楽に扱うための方法がわかったというのも、成果のひとつと言っていいかもしれない。
「二週間以内に封印が解けそうなら呼んでくれ」
そんなことを思いながら、冬獅郎は仕事へ戻るために四番隊舎を後にした。
「破道の四……『白雷』!」
言霊により指先に集められた霊力が、白い雷となって真っ直ぐに飛んだ。そして、離れた位置にある的を、見事に撃ち抜いた。
まだ慣れない霊力制御のために上がった息を整えて、は烈を振り返る。
期待を乗せた眼差しに、烈は静かに微笑んで。
「はい、合格です」
「ぃよっしゃ――!! 間に合った――!!」
ガッツポーズで大絶叫。
今は約束の二週間目の昼前。暗記は昨晩のうちに及第点をもらい、残りは見事に不発を繰り返していた実技の『白雷』のみだったのだ。
成功はしても、偶然ではないことの確認のために、計五発も撃たされての合格だった。
正午近い時間ではあったが、まだ冬獅郎は現れていないので約束は有効だろう。
「あとは冬獅郎を待つだけ~♪」
「呼んだか?」
「ぅおっ!?」
突然背後から掛けられた声に、伸びをしていた姿勢のまま前のめりに倒れかけてしまった。何とか姿勢を整え、声の主を振り返る。
「びっくりするじゃない!! 後から声掛けるの止めてよね!! ――ってか、なんで死覇装?」
「急ぎの仕事が入ったんで片付けてきたんだよ」
「あ~、だから遅かったのね……」
「ああ。で、合格できたのか?」
「ええ、たった今」
「あ? 今?」
烈の言葉に冬獅郎はしかめっ面になって……は慌てる。
「今でも合格は合格だもんね!! 冬獅郎来る前だったもんね!! だから有効!! 桜餅!!」
必死にまくし立てれば、呆れ返ったような溜息が出て。
近付く銀髪。膝裏辺りに拘束感と、体前面に感じるぬくもり。
「ひょ?」
「卯ノ花、虎徹。こいつ半日ほど借りていくぞ」
「はい。お気をつけて」
「行ってらっしゃい、ちゃん」
「ほ? 行ってき、ま……すぅ――――――――!!?」
一瞬の浮遊感の後、襲ってきたのは未体験のスピード感。変わりゆく景色すらまともに認識できないほどの速度に、は完全に目を回していた。
「着いたぞ」
「はぇあ~……」
なので、半ば担がれる形から解放された時には、まともに立つことができずにへたり込んでしまった。
「……どうしたんだ?」
ひどく怪訝そうな冬獅郎の声。しかし、その顔を見ることはまだ出来なかった。視界が文字通りぐるぐる回っていたから。
「よ、酔った……」
「は?」
「へ、下手な、絶叫、マシーン、よか……すごい、よ……体は、先に行ってる、のに、内臓が置いて、いかれてる、カンジ……」
「何だそれ……」
「メチャクチャ気持ち悪いってことじゃ――――――――――!!」
がばっと顔を上げて叫んだものの、そのまま後方へと体が傾ぐ。
止める術のないの代わりに、冬獅郎が支えてくれた。
「はぁ~……なら、今日はやめておくか?」
「食べる! 食べたい!! ――けど、10分待ってぇ~……」
自分の体を支える気力もないに、溜息ひとつ。冬獅郎は再びを抱えて、どうやら店内へと連れて行ってくれたらしい。
「すまないが、冷たいおしぼりを頼む。それと、10分後に桜餅と草団子を一皿ずつ持ってきてくれ」
「かしこまりました」
冬獅郎の声と店員らしき女性の声が耳を打ち、しばし後、イグサが香る場所に横たえられた。
それまで閉じていた目を開けた刹那、再び暗闇に支配される。――冷たいおしぼりだ。
「あ~……気持ちいいかも……」
「大丈夫か?」
「あ~……なんとかなりそうなカンジ?」
そう答えると、安堵したような吐息が聞こえた。
「そうか。……瞬歩で酔ったヤツなんか、初めてだぜ……」
「あれが瞬歩……? あたし、あれ修得できない?」
「それはまだわからねえな。おまえ、まだ鬼道しか習ってねえだろうが」
「そりゃそうだけど……」
こんな体験をした後では自信などあるはずもなく、却って恐怖心があったりするのだ。
うにゅぅ……と唸っていると、その憂鬱さを吹き飛ばしてくれる天の声。
「お待たせしました。桜餅と草団子です」
「ひょ! 桜餅!!」
条件反射で飛び起きる。多少目眩は残っているが、吐き気とかは消えていた。
「ごゆっくりどうぞ」
くすくす笑いながら去る店員を気にも留めず、は早速一口食べてみる。
口内に広がる程よい甘みと、それを壊さぬしょっぱさが何とも言えず、美味。
「ん~……おいひ~……♪」
――と、桜餅の味を堪能していたの耳に届く小さな笑い声。見れば冬獅郎が半ばこらえるようにして笑っていて。
「……なに?」
「いや、幸せそうに食うなぁと思ってよ」
「幸せだもん。だって人って、寝ている時と美味しいもの食べてる時が一番幸せじゃないの?」
「おまえ……本能のままに生きてるんだな」
「おうともよ!!」
ビシッ! ――と、親指立てて力いっぱい肯定する。
楽しいことを楽しいと感じられなくなってしまったら、人生つまらなくなる。だから、好きなものには正直でいることにしているのだ。
楽しくないことは……逃げれる状況なら逃げるけれど。
「そうかよ……死神修行のほうも、その心意気で頑張ってくれると助かるんだがな」
「にゅ?」
「鬼道、まだ全部は終わってねえだろ? 今日のは最低ラインの話なんだし」
「うそっ!?」
「他にも、さっき言った瞬歩をはじめとする歩法や白打、斬術もあるしな」
「にょあ!?」
「やることはまだまだ山積みだぜ?」
にやり、と。物凄く意地の悪い笑みで、冬獅郎はのたまった。
人の不幸を楽しんでいるとしか思えないそれに、は顔を引きつらせて。
「冬獅郎のいじわるぅ――――――――――!!」
……前途多難な新生活は、まだ始まったばかり。