その日、は非常に悩んでいた。
「……ん~…………ん」
東方司令部内にある休憩室で、サンドイッチを一口食べるごとにこうして唸り続けること10分。
「あら、?」
「姫さん、何微妙な顔して唸ってるんだ?」
通りすがりらしく資料を手にしたリザとハボックの声が、唸り声を止めさせた。
は二人を見上げると、ハボックが言うところの微妙な顔のまま、テーブルの上のサンドイッチを指し示す。
「これ……」
「サンドイッチね。あなたが作ったの?」
「そうなんだけど……食べてみて」
「ん~、どれ」
何の疑いもなく手を伸ばして食べたハボックの顔が、と同じ微妙なものへと変わるまでそう時間はかからなかった。
「これは、また……微妙な味だなぁ……」
「だよねぇ、やっぱり……」
案の定な返答に、は溜息をこぼした。
特別不味いわけではないが、美味しいとも言えない。食べれないことはないのだが、進んで食べたいとは思わない味――とでも言えばいいだろうか。
つまるところ、非常に半端で微妙な代物なのだ。
「姫さんって、料理オンチ?」
「そんなことはないんだけど……作ったことがないって以前に、作り方も知らなかったから……」
「料理したことないんじゃ、しょうがないのか」
「ちーがーう!」
聞き捨てならない勘違いに、思わず声も大きくなる。
「料理はしたことあるし、普通に美味しいもの作れるよ! そういうことじゃなくて、ここ――この……国、の料理がわからないってこと」
危うく『世界』と言いそうになってしまった。異世界の人間であることは秘密にしなければならないのだから、気をつけなければ。
それと、もうひとつ――
「この国の料理がわからないって……じゃあ、どこの料理作ったんだ?」
「……知らない」
異世界から来たということは、即ちこの世界の常識や知識がないということ。その事実が不自然に思われないように、『記憶喪失』という設定になっていることも――忘れてはいけない。
咄嗟についた嘘は、果たして効果はあったのだろうか。
手にした分はちゃんと胃におさめたハボックの視線は、どこか――天井付近を彷徨っていて。
「ん~……その料理が『違う』ってわかったのは、大佐に言われてか?」
……ひとつ嘘をつくと、それを成立させるために幾つもの嘘を重ねなければならなくなる。
それは、向こうにいた時に読んだ本に書いてあったことだが、それを今、こんな形で自分の身に招いてしまうとは。
どう答えよう――と。
悩んだ時間は、ほんの僅か。
「その前に、どうしてサンドイッチを作ろうと思ったの?」
リザの質問が助け舟となり、悩みの答えを教えてくれた。
――即ち、事実を話そう、と。
「わたしがここでお世話になってから、ロイ兄、ずっと忙しかったでしょ? だから、外食とか出前ばっかりだったんだけど、昨日、初めて定時で帰れたから……」
「それで料理を作ったのね?」
「……作ろうとしたの……そのために、帰りに買い物に行ったんだけどね……」
その時のことを思い出すと、自然と溜息が出てしまう。
とりあえず、ロイとの会話を思い返してみて――そのまま話しても大丈夫だと判断し、続きを口にする。
「わたしが作ろうとした料理……食材はよかったんだけど、調味料が……」
「一体何を買いたかったの?」
「味噌としょう油」
「――え?」
「何スか、それ?」
「……ロイ兄も似たような反応だったよ……一応ね、お店には置いてあったんだけど、値段が……」
司令部内にある食堂のメニューや外食、出前の料金などから大体の金銭価値はわかるようになっていた。
だからそこ、驚いた。その、値段に。
「……高かった、ということ?」
「うん……お店の人の話だと、シンって国の調味料で……こことの間に、おっきな砂漠、あるんだよね?」
「あ~、なるほど。一応海路もあるにはあるが、遠回りだもんな。そりゃ高くなるわ」
向こうのように飛行機というものが、この世界には無い。だから、人にしろ物にしろ運輸は陸路と海路しかないのだ。
それ故、時間も経費もかさんでいき……結果、桁の違う商品になってしまうのだ。
「けどよ、大佐なら買えたんじゃないか?」
「家で料理するっていうのは、外食とかより安く済むからっていうのが一番のメリットじゃない。外食より高くなっちゃ、本末転倒だよ」
欲しいと言えば買ってくれそうだったが、当然は断った。
桁の違うような調味料など、恐ろしくて使えたものではないのだから。
「だから、代わりに夕食はロイ兄が作ってくれたの……でも……」
「あ~……みなまで言うな。それは知ってる」
言いかけた言葉は、ハボックによって止められた。彼の苦々しい表情が、夕べの自分と同じ気がして、また溜息が出た。
任せたまえ、とか言うから大人しく待っていたのだが、いきなり大きな音がして。覗き見たキッチンは見事なまでの戦場だった。
野菜を切る手は危なっかしいし、皮は実ごとぶ厚く剥いちゃってるしで、結局も手伝うことにしたのだが……和食しか作ったことのないは、洋食に関しては基本のきの字もない状態。なので手伝えたのは包丁作業のみ。
そうして、やはりというか戦場を経て出来上がった料理は――端的に言って、不味かったのである。
と同じく『食べれないことはない』レベルではあったが、違っていたのははっきり不味いと言えること。
「うん。昨日のことで、ロイ兄にキッチンは任せられないことが身に染みたの。だから……とりあえずサンドイッチぐらいなら作れるかなって思ったんだけど……基本がわからなくて……ロイ兄に聞いちゃったのが間違いだったよ……」
基本だけ教えてもらって、作るのは全部自分がすれば何とかなるだろう――と。楽観的に考えてしまったことも、失敗の原因といえよう。
とにかく、微妙なサンドイッチが出来上がった経緯は、これが事実だった。
「……つまり、姫さんはシンの料理は美味しく作れるってことか?」
「多分……」
「姫さん、シンの人間ってことになる――とか?」
「それをわたしに聞かれても……」
「記憶が戻ったわけじゃないのか……」
答えを濁すことで、先程の失言に対する疑問は納得してくれたようだ。
としても、下手に嘘を重ねずに済み、胸を撫で下ろす。
ハボックへの誤魔化しが成功したので、次はずっと唸り続けていたことを考えねば。
残りひとつとなったサンドイッチを口に運び、再び唸り声がこぼれる。すると、ハボックが呆れたように口を開いた。
「無理して食わんでもいいんじゃ……」
「もったいないでしょ! 味は悪くても、ある程度の栄養とエネルギーは摂れるんだから!」
「……錬金術師らしい物言いっスね~……」
本気で呆れている彼に構うことなく一気にサンドイッチを食べきり、最後はコーヒーで口直しした。カップの中身を飲み干してテーブルに置き、呟く。
「どうしようかなぁ……」
「何が?」
「料理の話。この国の料理覚えたいんだけど……」
「習えばいいだけじゃ?」
「そう簡単にいかないから悩んでるの!」
「何で?」
飄々としたハボックの態度に一度は苛立ったものの、すぐに溜息へと切り替えた。
怒りは解決の道を狭くし、物事を悪化させてしまう。それに、一人では答えの出しようもない問題であるのも事実だから。
気持ちを落ち着かせ、は話すことにした。
「図書館で本さえ借りれれば何とかできると思うんだけど、わたし、今、単独で外出できないでしょ?」
「あ~……そういや、そうだったな」
東方司令部司令官の養女――その肩書きのため、どうしても危険は増えてしまう。
東部は特に治安が悪く、軍部は常にテロリストの動きに目を光らせている。がここに来てからも、いくつかの組織が不穏な動きを見せていたとかで、ロイもずっと忙しくしていたのだ。
その忙しい中、自分の勉強を見てくれていたことにはただ感謝するしかないのだが、そんな大変な時でさえサボりをかますのはどうにかしてもらいたい。
まあ、それはさておき。
「ロイ兄の仕事が終る頃には図書館も閉まっちゃってるし、かといって忙しいのに昼間、付き合ってもらうわけにもいかないし……」
実状として、未だ身を守る術を持たないができることといえば、迷惑をかけないように司令部内で大人しく勉学に励むしかないのである。
本当は少しでも何かの役に立ちたいのだけれど、そのために危険を冒して手を煩わせてしまうのでは、それこそ本末転倒というもの。
「……やっぱり、現状維持しかないかなぁ……」
自分が出せる答えは、結局これしかないのだ。
愚痴のようになってしまったことも含め、の口からもう何度目かわからない溜息がこぼれた――直後。
「そうね……。それなら、こういう方法はどうかしら?」
それまで静かに話を聞いてくれていたリザがそう切り出した。
そうして提案された解決策に、は即決で乗ったのだった。
「ロ・イ・兄♪」
昼食休憩後。資料を持ってきたリザやハボックと共にやって来て、珍しく上機嫌な様子で呼びかけてきた娘へと、ロイは笑顔を向ける。
「どうしたね? 」
「あのね、中尉に聞いたの。治安も大分落ち着いてきたから、今日も定時に帰れるって」
「本当かね、ホークアイ中尉」
「はい。必要な分の書類さえ片付けてくだされば」
その言葉は、確実にロイのヤル気ゲージをアップさせた。
誰も好き好んで残業などしたくはない。早く帰れるなら、そのほうがいいに決まっている。
それに何よりも、のあの様子。
夕べの料理の件で軽く引かれている気がしていたので、早く家に帰れることを――自分と過ごす時間が増えることを喜んでくれているのが、素直に嬉しいから。
「そういうことならば、気合を入れて片付けるとしようか!」
「では、これをお願いします」
意気込んで机へと向かったロイの前に、ドンッ、と。新たに追加された書類の山。それは、どう見ても半日で終わる量ではない。
※以下、プロットのみ。
夢主と中尉、二人がかりで大佐を口車に乗せる形で仕事をさせる。
ハンコを押そうとしたとき、別の書類を滑り込ませる形で、中尉の半日有給と夢主の外出許可を得て、大佐を残して二人は外出。
図書館で料理本を借りられるだけ借り、食材を買って、中尉の家で料理教室。
その過程で「リザ姉って呼んでもいい?」的に親密度アップ。
ピクニックに持って行くような大きなバスケットいっぱいに作った料理を詰め込んで、司令部に戻る。
その料理を文字通りエサに、「早くその書類片付けないと、リザ姉と二人で全部食べちゃうよ~?」とか言いつつ大佐に仕事させてるところに、ハボックもやってくる。大佐の分は実はちゃんと別に取ってあるのをハボックに示しつつ彼も誘って執務室でピクニック、大佐だけ食べられない、という形でEND。