間  話
3・小さな祈り(下書き)

「エードー君! 久し振り~♪」
「……おぅ」
 あっさりと何の面白味もなく返ってきた答えには目をしばたたかせた。
 ここは東方司令部のロビー。ロイの下へ行く途中、丁度司令部に入ってきたエルリック兄弟を見つけたは、ちょっとした悪戯心で背後から抱きついたのだ。
 初めて会った時の反応があまりに可愛く、味を占めた――というのもある。
 で、冒頭の反応である。
 あまりに期待外れで半ばがっかりしつつはアルフォンスに問いかけた。
「何かあったの?」
「え? 別に何も……いつも通り空振りはしたけど……」
 それで落ち込んでいるとか? 否、あまり考えられない展開だ。かといって、初めの一回だけで慣れたとも思えず首をひねる
「エド君? どうかした?」
 後ろからエドワードの顔を覗き込む。が、反応はない。
 何かがおかしい。
 ふと首のほうにずらした腕にエドワードの息がかかった。
 思わず目を瞠り、勢いよくエドワードの額に手を当てた。ペチッと小気味のいい音が響く。そして、手から伝わる体温は……
「ちょっ、エド君! 熱あるじゃない!?」
「え゛ぇっ!?」
 の言葉に声を上げたのはアルフォンスで。エドワードは相変わらず。
「あ~…………熱……あったのか?」
「あるよ! めちゃくちゃ熱いよ!!」
「耳元でうるせーよ……平気だから騒ぐな……」
 力なく言い放ってから離れようとしたエドワードは、しかしの手から逃れられぬまま体を傾けてきた。
「って、言ってるそばから倒れてこないでよー!!」
 小さくとも手足は機械鎧オートメイルは支えきれずに尻もちをついてしまった。
「だ、大丈夫!? 
「わたしは平気だけど……エド君はダメだね。う~ん……アル君、医務室の場所わかる?」
 完全にダウンしたエドワードを膝に乗せたまま、アルフォンスを振り仰ぐ。
 ロビーということもあって注目を浴びてたりもするが、この際無視。
 アルフォンスは一瞬だけ考えを巡らせて、首を横に振った。
「ごめん、知らないや」
「休憩室か食堂は?」
「あ、それは知ってる」
「休憩室のある廊下の突き当りが医務室だから、エド君、そこまで運んで。中にクリス先生がいるはずだから診てもらって」
は?」
「ロイ兄のトコ行って、話してくるから。じゃ!」
 エドワードをアルフォンスに預け、は慣れた司令部内を真っ直ぐに駆けていった。

 ロイの下へ行き事情説明をし、ある許可をもらって医務室へ行ったを迎えたのは、残念そうな顔のクリスティーヌ女医。
「ただの寝不足と栄養失調ね。一応、注射しといたし、ゆっくり休めば問題ないわよ。まったく、何かと思えば……どうせなら大怪我してから来てよね」
 医者とは思えない言葉を吐き捨てる彼女は、怪我人フェチらしい。
 爆弾テロ現場辺りでは生き生きと――否。嬉々として治療に当たる姿がしばしば目撃されているとか。
 ……それでいいのか、軍医。
 とにもかくにも、エドワードの症状は軽いものらしく安堵する。
……大佐は何て?」
「ん? 『バカだな』って」
 ベッドの傍ら、椅子に座ってエドワードを看ていたアルフォンスの問いに、ロイが言った言葉をそのまま返したら……案の定、呆れているようだ。
 鎧だから表情というものはないのだが、何となく雰囲気がそんな感じで。
「あと、帰りまでに熱下がんなかったら今日はウチに連行だから」
「へ?」
「強制連行。――宿や施設よりはゆっくり休めるでしょ? その許可もらいにロイ兄のトコ行ってきたの」
「あ……うん。それは有難いんだけど……兄さん、嫌がりそう……」
「だろ~ねえ~。だから、熱下がったらエド君の意志を尊重するよ」
 アルフォンスとベッドを挟んで向かいに座り、エドワードを見る。
 熱が結構高いのか、顔が赤く息も少し上がっている。
「エド君が熱出すなんて……ね……」
 ぽつりと呟いた。
 それを聞いたアルフォンスが申し訳なさそうに肩を落とした。
「最近、徹夜が続いてたから……一応、気付いたらご飯食べるように声は掛けたんだけど、その……ボクも兄さんも集中しちゃうと周りが見えなくなっちゃうから…………ごめん」
「なんで謝るの? アル君はちゃんと注意したんでしょ? だったらこれは、自己管理を怠ったエド君の自業自得だよ」
「でも……」
「そもそも、わたしに謝る意味がないでしょ。家に泊める気なのは、わたしのお節介なんだし」
 顔を上げたアルフォンスがまた俯く。何事かと思えば、小さな声が届く。
「……ありがとう」
 小さな小さな呟き。
 本当にホッとしたような声で言うものだから、思わずは笑った。
「ねぇ、アル君たちって探し物があって旅してるんだよね? 何探してるの?」
 エドワードを起こさないような声量で、それでも明るく問う。すると、アルフォンスは顔を上げ小首を傾げてみせた。
「大佐から聞いてないの?」
「え~……と……探し物してるってコトと、エド君の片手足が機械鎧っていうものなのは聞いたけど」
「そう……ボクたちが探してるのは『賢者の石』っていう、錬金術の増幅器なんだ。伝説級のモノだからまがい物のほうが多くて……は? 今は何の勉強してるの?」
「ん~……歴史かな? 本読んで、その内容のテスト、ロイ兄が作ったヤツね、受けてるってカンジかな」
「おーい、ちゃーん? 今日はずっとここにいるのかい?」
 急にクリスティーヌが声をかけてきた。ベッドひとつひとつを区切るカーテンからひょっこり顔まで覗かせて。
「はい、そのつもりですけど……?」
「私、書類届けにちょっと抜けるから後よろしく~♪」
「行ってらっしゃーい♪」
 めさ明るく言った女医に同じ調子で返す。
 カーテンの向こうに姿を消した彼女は、何やらがさごそしたあと扉が開いて閉まる音の後、足音と共に気配が遠ざかっていった。
 しばらく、静寂が医務室を包み込む。
 不意に、エドワードの小さな呻き声が静寂の隙間を縫って踊った。
「あ……これ……」
 身じろいだエドワードの手が毛布から顔を出して、手袋をはめていない右手があらわになる。
「機械鎧?」
 冷たい鋼製の手……国家錬金術師としての二つ名の由来でもある、血の通わぬ偽物の腕……
 はじっとそれを凝視し、無意識に手を伸ばして……止めた。
「触っても、大丈夫かな?」
 顔を上げ、アルフォンスに聞いてみる。アルフォンスは一瞬、驚いたように顔を向けたあと小さく頷いた。
「うん。感覚っていうものはないから、それで起きることはないと思うよ」
 その言葉を受けて、はそっとエドワードの鋼の手に触れてみた。
 ――冷たい……金属の感触……
「機械鎧って初めて見たよ。なんか……不思議なカンジ……」
 エドワードの手の下に自分の手を滑り込ませて軽く握ってみても、ピクリとも動かない。ベッドに肘をつき鋼の手を持ち上げ、自らの頬に当てて目を閉じる。
……怖くないの?」
 ふと、かかった問いかけに目を開け、疑問の眼差しを向けた。
「何が?」
「兄さんの右手……冷たいでしょ? 生身とは違う……怖く、ないの?」
「怖がられたことでもあるの?」
 聞き返してみれば、言葉を詰まらせた。
 図星らしいその様子を目を細めて眺めながら、は微笑んだ。
「あのさ、アル君。わたしがこの世界の人間じゃないってコト、忘れてない?」
「忘れて、ないけど……」
「必ずしも同じ感性とは限らないってコト」
 再びエドワードの鋼の手を頬に当てたまま目を閉じる。――微笑んだまま。
「……冷たいね……エド君の体は熱いのに……すごく不思議……」
「――……ひょっとして、の世界にも機械鎧ってあったの?」
「ないよ~。義手、義足、義眼ってのはあるけど神経繋げられるのは義眼だけだし、それなりに医療も発達はしてるケド、年々未発見の病が発見されたりしもしてて、治っていく『不治の病』もあれば、治らないままの『不治の病』もあるし………まぁ、臓器移植技術が出てからは『不治の病』は極端に減ったけどね。それでも、あるものはある」
 無意識に、はエドワードの手を握り締めた。
「…………?」
 アルフォンスの困惑した声に我に返り、かぶりを振ってエドワードの手を下ろした。そしてエドワードの額のタオルを氷水に浸して固く絞り、元の位置へそっと戻した。
 エドワードが、小さく身じろぎする。
「……――……ッ」
 その口から、小さな……聞き取れない程度の声が洩れた。
 苦しそうに眉根を寄せて……誰かを、呼んだ。そんな気がした。
「兄さん……」
 アルフォンスには、わかったのだろう。そう思わせる声音で。
 二人の様子を見比べて、はもう一度エドワードの鋼の手を握った。
 そして………

  貴方は大空をはばたく鳥のように まっすぐ前へ向かっていく
  でも忘れないで 夢のゆりかごを
  傷つき疲れた翼を休める場所が ここにある
  力強くはばたき続けるための
  休息の場が 貴方にはあるのだということを
  ここは夢のゆりかご 一時の休息の地
  ゆっくり休んで英気を養い そして再び大空へ
  高く高く舞い上がれ 遥か彼方の空の果てまで
  夢のゆりかごは いつでもこの空の下にあるのだから――

 祈るように、歌を、紡いだ。