「よっ!」
気さくな様子で片手を挙げて歩いてくる男に、リザは目を丸くした。
自分と同じ青い軍服に身を包み、眼鏡をかけたヒゲ面のその男は、本来ここ――東方司令部にはいないはずの人物。
「……ヒューズ中佐。何故ここに?」
「ん? そりゃ頼まれてた書類届に来たに決まってるだろ」
そう言って、男マース・ヒューズは、小脇に抱えていた茶封筒をリザのほうへ差し出してきた。
受け取り、中を確認したリザは、眉をひそめる。
「中佐……これは確か、本日マスタング大佐が中央まで取りに行っているはずのものでは?」
今日、ロイはハボックと共に中央に出向いている。今、東部のみならず国内全域で起きている、ある事件の資料を取りに。もっとも、会議に召集されたからこそ、なのだが。
そして、その取りに行っているはずの資料が、今、リザの手にあるという現実。
「ん? 心配しなくても向こうには別のヤツ置いてきたから無駄足にはなってねえだろ」
そういう問題ではないと思うのだが。
リザは嘆息する。
どうにもこの男は掴みどころがなくて苦手な部類に入るのだ。
「それだけ……ではありませんよね?」
「おう! アレよアレ。ロイが引き取ったっていう娘! どこにいる?」
「なら、今は中庭にいると思いますが……でも、何故?」
「あ~、ロイの奴がよ、いくら会わせろって言っても駄目だの一点張りでよ。しょうがねえから、アイツがいない今日、会いに来たってワケよ」
「んじゃな~」と言い残しさっさと去っていく上官を見送って、リザは手の中の資料をどうすべきかに思考を切り替えたのだった。
中庭にある一本の木の根元に一人の少女が座っている。
軍服をまとった大人ばかりの司令部で、淡い空色のワンピースを着た漆黒の髪の少女はひどく目立った。
ヒューズは目的の少女のもとへと歩いて行く。
顔の判別がつく距離まで近づくと、気付いたらしい少女がこちらを向いた。きょとんとしている少女に笑いかける。
「よっ! 嬢ちゃんがロイが引き取ったっていう娘か?」
「そうですけど、貴方は?」
少女の真ん前でしゃがみ込み、目線を合わせて名乗る。
「俺はマース・ヒューズ。階級は中佐で、ロイの野郎とは士官学校からの付き合いだ。いわゆる親友ってヤツだな」
「ロイ兄の!?」
「おうよ」
ふと視線を落としてみて、少女の膝の上にあるものに目を留めた。それは、小さなバスケット。中には、食べやすいサイズに切り分けられたバゲットサンドとスティックサラダ、そしてチキンナゲットが彩りよく納まっていた。
「お? 昼飯食ってたのか。お手製?」
「ん~ん。リザ姉のお手製」
「へえ~、ホークアイ中尉の」
言いつつバスケットに手を伸ばし、チキンナゲットをひとつ口に含む。
「お。美味いな」
「当然。だって、わたしの料理の先生だもの」
「嬢ちゃんも料理できるのか?」
「うん、割と得意。だから基本的に家事はわたしの役割」
「あ~……アイツの料理はな~……食いたいとは思わんな、確かに」
「……うん」
かつての出来事を思い出して遠い目をしたヒューズの前で、少女も同じような目をして小さく頷いた。
力なく口元だけに笑みを刻んでいた顔が、バゲットサンドを口に含んだ瞬間に心から幸せそうなものに変わったのを、ヒューズは面白く思いつつ観察する。
「なぁ、ロイよ、普段どんな感じよ?」
ヒューズの問いに、咀嚼しながら首を傾げた少女は、口の中の物を飲み下してから口を開いた。
「どんなって?」
「ん~……ちゃんと『父親』してるのかってことかな」
「してるよ。優しいし、甘えさせてくれるし、いろいろ教えてくれるし……あ~、でも、仕事サボるのだけは、どうにかしてほしいかな」
「ほ~……アイツが父親ね~……やっぱ信じられんよなぁ……」
列挙された理由は恋人でも言いそうな内容ばかりで、やはり信じ難い思いのほうが強い。
ただ、感情を素直に顔に出すこの少女が嘘をついているようには見えないから、確かに父親としての評価だとはわかるのだが。