何故ソレだったのかはわからない。
ただ、惹かれた。
他のどんな物語でもなく、そのひとつに。
心酔していたのかもしれない。
そう……その世界へ行きたいと、願ってしまうほどに――……
三月。
まだ肌寒い日が続く中、某私立中学で卒業式が行われた。
校門前では多くの生徒たちが名残惜しそうに騒いでいたけれど、そんな中、唯一人無表情に空を仰ぐ少女がいた。
喧騒の中、静かに佇むその少女は明らかに浮いていた。けれど、それを気にした様子など微塵もなく、ふらりと少女は歩き出す。
校門を出て帰路につく少女は、後ろを振り返ることもなかった。彼女には何の感慨もないことだったから。
そう……中学のすぐ隣にある小学時代から九年、歩き続けた通学路を歩いていても、何も感じることはなかった。
少女にとって学校は意味のないところなのだ。学校だけでなく、家も街も、全ては無意味だった。
ただ、たったひとつだけ意味のあるものがあった。他の者から見ればそれこそ意味のないもの。それでも、少女にとっては唯一意味のあるものだった。
それは『鋼の錬金術師』という物語。
理由もなく街を歩くことの多かった少女が、偶然出会った一冊の本。何かに突き動かされるように購入し、夢中になった。
今はそれだけが楽しみだった。
急ぐということもなく歩いていた少女の足が不意に止まった。そのままバランスを崩したようによろめき、近くの塀に手をつく。
「……ッ」
小さく息を詰める。
少女の顔は真っ青だった。
目の前が暗くなる。症状としては眩暈と似ている。けれど、これが眩暈などではないことは少女自身が一番良く知っていた。
身体が重力に引かれる感覚も一瞬のこと。
少女の意識は深い闇の中へと堕(お)ちていった。
《おまえは、何を望む》
そんな声が聞こえて、少女は目を開けた。
そこは真っ暗な空間だった。けれど闇の世界ではなく、小さな光が幾つも輝いている。
――宇宙。
そう表現するのが一番近いかもしれない。
だが宇宙ではない。なぜなら、目の前には大きな扉があったから。
《おまえは、何を望む》
再び、声がした。
目の前の、門のように大きな扉のその向こうから。
「……あなたは、わたしの望みを叶えてくれるの?」
少女は問い返した。
ここはどこかとか、この扉は何だとか、声の主は何者だとか。そんなことはどうでもよかった。
今の彼女にとって重要なことは、望みが叶うか否か。
――時間を失うか、与えられるか。
ただ、それだけだったから。
声は答える。
《おまえの支払う代価次第だ》
その言葉に、少女は微笑んだ。
「わたしの望みは時間……彼らと過ごせる時間と能力。それ以外の不必要なもの全てを代価としてあなたに支払うわ」
そうして紡がれたのは契約のことば。
少女の運命は定められた。――否。少女は自らその運命を定めた。
《契約は成された。さあ、扉をくぐれ》
声と同時に開かれたその扉を、少女は躊躇うことなくくぐった。
そして扉は閉ざされる。
少女の支払った代価を呑み込んで……
眩しい光が収まって、少女は閉じていた目を開けた。
全く見覚えのないそこは、少女の望んだ世界。
そして眼前には少女が共に過ごすことを望んだ相手が、いた。
――もっとも、この時既にその記憶は少女の中から抜け落ちていたのだが。
かなり驚いた表情のまま固まっている金髪の少年。
何が起きたのかわからずきょとんとする少女。
両者そのままかなりの時間見つめ合っていたが、不意に少女のほうが動いた。
何が何だかわからなかったのだが……
「きゃああぁ! かわいい――――――!!」
「んなっ!?」
とりあえず、眼前の少年を抱きしめてみた。
そう……本能の赴くままに。