第 1 話
1・再会は騒がしく

「『輝石』?」
 今し方ロイから受け取った拝命証を手に、は首を傾げた。
 丁度一週間前、中央(セントラル)にて国家錬金術師資格試験を受けた彼女は無事合格し、その合格通知を見ていたのだが、与えられた二つ名の意味を計りかねていた。
 拝命証に書かれているのはその銘だけであって、由来までは記されていない。大抵はその者の最も得意とする分野からつけられるらしいのだが――
「宝石、練成したから――とか……?」
 実技試験では敷石から数種類の宝石がついた金のブレスレットとアンクレットを練成した。
 だが、特にそれらが秀でていたわけではない。ただ色々と用意するのが面倒だったので、その場にある素材から作れるものとして選んだだけで。
 わかるはずのない答えを求めて拝命証を凝視するに、苦笑しながらロイが口を開く。
「それもあるのだろうが、おそらくは君の瞳の色からつけられた銘だと思うよ」
「……瞳……?」
 ますますわからない。
 の瞳はリザと同じ薄茶だ。どこにでもある極々普通の瞳。
 それがどうして『輝石』になるのか。
 疑問をありありと顔に出していたは、ふと聞こえた音に顔をあげた。見れば、ロイが口許を抑え肩を小刻みに震わせている。先程の音は抑えきれなかった笑い声のようだ。
「……君は……本当に見ていて飽きないね……」
「……ロイ兄ぃ~?」
 ジト目で睨み付けてみてもロイが笑い止むことはなくて。
 はぷくぅ~と頬を膨らませた。
 その姿が更に笑いを呼ぶことは知っていても、面白くなくて……それが顔に出てしまうのは、どうにも治らなかったのだ。
 ――でも。
 ふっ、と。は表情を緩めた。
 不思議なものだと思う。
 『向こう』にいた時は面白いものなど何ひとつなく、表情を変えるなんてことはほとんどなかったというのに。今では無表情にすることのほうが難しいくらいで。
 自分の中にこれだけの感情があったということが不思議でたまらない。
 同時に、こんな他愛のない遣り取りをできることが正直嬉しい。
 とはいえ、自分をネタに笑われるのは腹が立つもので。
 は未だ笑い続けるロイに、常備している陶製のボールを投げつけた。小気味のいい音を立ててロイの頭にヒットする。
「痛いではないか」
「ヒトをダシにいつまでも笑ってるからそうなるんだよ。ロイ兄?」
 ようやく笑い止んだロイの苦情を笑顔で一蹴して、は二つ名の由来を再度訊ねた。
 ロイは机に肘をつき組んだ手に顎を乗せて、挑発的な笑みを向けて言った。
「君の瞳はね、練成時には色が変わるのだよ」
「……へ?」
「何も映さない、吸い込まれるような漆黒に……けれど空虚(うつろ)ではなく光を宿す――」
 一瞬、言われたことが理解できなかった。理解した後は疑惑が先立って納得できずにいたが、事細かに説明されては事実として受け止めざるを得ない。
 それに、彼が冗談を言っているかどうかぐらい、この二年でわかるようにはなっていたし。
 それでも一応確認の意で問えば、実践してみればいいとの答えが。――すなわち、鏡の前で練成してみろ、と。
「あれは宝石と呼ぶに相応しい……何もしなければどこにでもあるようなただの石だが、一度(ひとたび)手を加えれば他にはないほどの輝きを持つ――まさに『輝石』……」
 恍惚と。語られた言葉には一気に頭に血が上って。
「にゃあああああ! うっとりと恥ずかしいこと言わないで――――――!!」
 陶製球三連発。
 全て命中し、ロイは床に沈んだ。
「二つ名の由来はわかったからもう言わないで二度と言わないでってか言うな!!」
 早口にまくし立てると、上がった息を整えつつ落とした書類を拾い上げて目を通し始める。
 読み終わり内容を頭にしっかりと叩き込んだ頃、復活したロイが訊ねてきた。
「これからどうするつもりかね?」
 出会った時と同じ質問、けれど――これが、本題。
 あの時願ったものは全て手に入れた。すなわち、この世界に関する知識と身を守る技術……武術と錬金術。国家資格も取れた今、金銭的問題もなく行動にも制限はほとんどなくなった。
 ――帰る方法を探すための準備は整った、ということ。
 具体的にどうするか……それは大分前から決めていた。
「エド君たちが今度ここへ来た時、一緒について行こうって思ってる」
 この世界の知識は得ても、はイーストシティの外へはほとんど出たことがない。明らかに経験不足なため迷子になりかねない上、要らぬトラブルに巻き込まれる可能性が高い。この国の情勢は決していいとは言えないのだ。
 巻き込まれているのか巻き起こしているのかは定かではないが、トラブルに好まれているエルリック兄弟について行くのもどうかと思うが。彼らは探し物があって国中を旅して回っているという点で、とは目的は違えど手段は同じだ。経験豊富な上、全く知らぬ仲ではない。安全といえば最も安全な方法だった。
 粗方(あらかた)予想がついていたのか、ロイは驚いた様子もなく同意してくれる。
「そうか……それが妥当だろうな……」
「ロイ兄……」
 同意はしてくれたが……その声に、その瞳に。
 自惚(うぬぼ)れても、いいだろうか。
「わたしはエド君たちと旅に出るけど……でも……また、ここに帰ってきても……いい?」
 ここは……ロイの元は、『帰る場所』だと思ってもいいのか、と。
 その問いに、一瞬ロイは目を瞠り、そして破顔した。
「もちろんだよ。私たちは家族、だろう?」
「――うん!」
 湧き上がる気持ちをそのまま満面の笑顔に変え、は答えた。
「しかし、彼らは国中ふらふらしているからね。いつ来るか全くわからないが?」
「ん~……その心配はないと思う。もうすぐ来るような気がするから……」
「…………の勘は良く当たるからな……騒ぎまで持ってこなければいいのだが……」
「あはは、そこまではわたしもわからないよ」
「とりあえず、かねてからの約束通り、今夜はどこかへ食べに行こうか」
「そうだね♪」
 明るく穏やかなまま続いた会話は、ノックの音で中断される。
 そしてその雰囲気も……入ってきたリザの言葉で掻き消えることとなった。
「大佐、ハクロ将軍の乗った列車が乗っ取られました」
 事務的に告げられた無情な言葉にロイは項垂れ、はぼそっと呟いた。
「……食事は延期、だね……」


「乗っ取られたのはニューオプティン発特急04840便。東部過激派『青の団』による犯行です」
「声明は?」
「気合入ったのが来てますよ。読みますか?」
「いや、いい」
 リザから詳細説明を聞きつつ歩いていたロイは、辿り着いた司令室の扉を開け放ち足を踏み入れる。そして半ばうんざりしたように言い切った。
「どうせ軍部(われわれ)の悪口に決まっている」
「ごもっとも」
 あっさり肯定してリザも中へ入り、がその後に続いた。
 幾人かが確認作業をしている他は、それほど慌てた様子もない指令室内を慣れた様子で進む。
「要求は、現在収監中の彼らの指導者を解放すること」
「ありきたりだな。――で、本当に将軍閣下は乗っているのか?」
「今確認中ですが、おそらく」
 ヘッドホンをつけタイプライターに向かっているケイン・フュリー曹長の正面から、ヴァトー・ファルマン准尉が答える。
 それを聞いたロイは大げさに溜息をつくと、邪魔にならないように隅で大人しくしているに目を向けて不満をありありと表して愚痴った。
「困ったな。夕方からとデートの約束があったのに」
 その、言葉に。
「なにぃ――――――――――!!?」
 絶叫が上がり、一気に室内はざわめきだった。
「デートって何スか!?」
「娘に手出すのはヤバイでしょ!?」
「っていうか、大佐ばっかりずるいですよ!!」
 フュリーを除く室内の男性陣がロイに詰め寄っていく。それを蹴散らすのに一苦労している東方司令部大佐殿の姿がとリザの目に映った。
 目の前で繰り広げられる騒動は既に恒例行事で、二人は男連中の乱闘を器用に避けつつフュリーの元へと向かう。
「真偽は? 
「国家資格取れたらお祝いに外食しようって約束してたから、それのこと」
「そういうこと……おめでとう、
「ありがと、リザ姉」
「おめでとうございます、さん。中尉、乗客名簿あがりました」
 丁度会話が耳に入ったのか、フュリーは祝辞と二枚の紙をそれぞれ二人に渡した。そして、改めて背後の状況を顧みて……呆れ果てる。すぐ側にいたと顔を見合わせ、揃って溜息をつく。この後起こることは容易に想像できたからだ。
 案の定。ホルスターから抜き放った銃を天井に――被害の出ないところを狙って構えるリザの姿が視界におさまって。
 ――ガァン、と。
 一発の銃声が響いて後、室内は今までの喧騒が嘘のように静まり返った。
 ものの見事に動きを止めた人々の間を真っ直ぐに進み、リザはフュリーから受け取った乗客名簿を無言でロイに手渡す。蒼白な顔のまま受け取ったロイは、リザを気にしつつもそれに目を落とす。
「あー、本当に家族で乗ってますね。ハクロのおっさん」
 気を取り直して……というよりは、何もなかったかのような振る舞いでロイの手元を覗き込み、ハボックが言った。それに便乗してロイも返す。
「まったく……東部(ここ)の情勢が不安定なのは知ってるだろうに、こんな時にバカンスとは……」
 ふと、目に留まった名に。
 ロイの顔色は完全に元に戻った。そして……
「ああ、諸君。今日は思ったより早く帰れそうだ」
 へと挑発的な笑みを向ける。
の勘は当たったな。鋼の錬金術師が乗っている」



 嫌な予感がする。
 エドワードはそう思った。
 嫌な予感……というか、むしろ……
「何か、重大なことを忘れているような気がする……」
「どうしたの? 兄さん」
 意図せず洩らした呟きを聞いた弟の問いも、エドワードの耳には入らなかった。
 貴重な睡眠時間を台無しにしてくれた傍迷惑な列車強盗をボコってひとまとめにした車両で、エドワードは睡眠不足で思うように働かない頭を必死にフル回転させる。
 ――駅にはもうすぐ着くだろう。そうしたら、強盗たちを軍に引き渡して……多少足止めを喰うだろうが、それは然程問題ではないはずだ。その後はいつも通り、宿取って情報収集。図書館ぐらいあればいいが……そういえば次はどの街だったか……?
 悶々と考えを巡らせていたエドワードの頭に、ある単語が浮かぶ。それは今、自分たちがいる地区の名。そして現状とそれを合わせた上で連想されるものは――
 エドワードの目が見開かれていく。
 驚愕と嫌悪に顔を歪ませた彼の頭に今浮かんだものは……一見さわやかな、その実かなり腹黒い笑みを浮かべた男の顔――……

「あ゛あ――――――――――――――!!!」

 お縄に掛かった強盗たちを乗せた列車が駅に滑り込んだのと、エドワードの絶叫が響いたのとは、ほとんど同時だった。
 列車が完全に止まるまでの短い間、エドワードは葛藤していた。
 降りたくない。降りれば必ず会うことになるだろうから。しかし、このまま乗っていてもそれは同じこと。遅いか早いか。それだけではなく、からかいのネタを与えることになる。
 何より、人を玩具にして面白がっているような奴の思い通りになることも、奴から逃げることもエドワードのプライドが許さなかった。
 結局、意地だけで降りることを決めた。
 駅の構内には既に憲兵が待機していたので、彼らに犯人のいる車両を教えて何の気なしに振り返った。その先に。
「や。鋼の」
 つい数分前に脳裏に浮かんだそのままの笑顔で片手を挙げている、東方司令部大佐殿の姿があった。
「何だね、その嫌そうな顔は」
 嫌に決まっている。
 ロイには人生の目標を……国家錬金術師の道を示してもらった。だがそれは同時に、最大の禁忌を犯した自分の過去を知られているということ。――弱みを握られているようなものだ。
 それに今は巨大な借りがある。もっとも相手はそれを貸しとは思っていないだけ救いはあるのだが。
「くあ~、やっぱりだ。大佐の管轄なら放っときゃよかった!!」
 悪態をついても軽くあしらわれてしまう。こういうところが癪に障る。
 ふと、事件の時はいつもロイについて来ている彼の養い子の姿が見えないことに気付いた。
 いなければそれで別に構いはしないのだが……そこはかとなく嫌な雰囲気が漂っている気がして。
「大佐、の姿が見えねーけど……まさかアイツに限って司令部で大人しくしているなんてこと、ないよな?」
「あの子が君と同等に破天荒だというような発言はいただけないのだが、とりあえずはここに来ているよ」
「……どこに? ……車の中、とか……?」
 何故か追い詰められるような気分で発した問いに、ロイはにやり、と意地の悪い笑みを浮かべた。それを見た瞬間、エドワードの中の危険感知指数が一気に上昇した。
「ああ……君の」
 後ろだ、と。そう続くと思い勢いよく振り返るが、そこには誰もいなかった。ただ車両から憲兵に連行されている列車強盗の姿が少し遠目に見えるだけで。
 以前に、似たようなことがあったので今回もそうかと思ったのだが……果たして。
 再びロイへと視線を戻そうとした、刹那――のし、と。
「前にいるよ」
「きゃあああ! エドく~ん! 久し振りぃ~!!」
「ぎゃあああああ!! やっぱ出やがった――――!!!」
 思いっきり圧し掛かられ、もとい抱きつかれた。そう……前回と同様に。
「ってーか、大佐ぁ! そういう時は普通『後ろだ』って言うもんだろ――!?」
「おや。そんなこと、いつ決まったのかね」
「相変わらずちっちゃくてカワイイ~♪」
「ちっちゃい言うな!!!」
 禁句を言われて頭に来るが、いつものようには暴れられない。後ろから抱きつかれるような形の上に相手は女――というか、、だから。
 エドワードはのことが、どちらかといえば苦手だった。
 彼女の行動ひとつひとつが、酷くロイと似通っていて……他にも諸々理由はあるのだが、この『からかわれている』という感じがするところが一番の理由だった。
「あっ、機械鎧(オートメイル)!」
 不意に、握り拳を作っていたエドワードの右手には触れた。
 反射的に手を引きかけて――やめた。一気に頭は冷え、冷静さの代わりに罪悪感と嫌悪感が心を占める。
 エドワードの肩上から伸びる白く細い腕は鋼の手に触れ、手の平を自分のものと合わせたり指を絡ませたりしている。
「……面白いかよ……」
 口をついて出た声は自分でも驚くほど低く、不機嫌さが露になっていた。
 けれど、は気にした様子もなく。
「面白いよ~。ってか、エド君の機械鎧はやっぱりカッコイイよね♪」
 そう、言った。
 エドワードにとって自分の機械鎧は罪の証に他ならない。
 幼かったことなど理由にはならない、無知だったことなど言い訳にはならない、自らの――罪。自分の欲望のためだけに弟を人ではあって人ではない存在へと変えてしまった、その……
 今の自分の行動の原点。常に在り続ける罪悪感、自責……
 それが、ほんの少し和らいだ気がした。
 何の飾り気もない、たった一言で。
「…………そうか……」
 自分でも自覚せずに口許がほころんだ、その時――背後から悲鳴が届いた。
 ごと振り向いて見れば、自分たちがのした強盗たちの首領が血の滴る仕込みナイフをこちらへ向けていた。往生際が悪すぎる。
「うわ~、向こうはカッコ悪い機械鎧……」
「だな。安物だったし」
 の呟きに同意して。視界の隅でロイが動くのを捉えた。
 男がこちらへ向かって走り出し、そしてロイの指が鳴った。練成された火花は空気中の塵を伝っていき、男の前で大きく燃え上がった。――否。爆発したと言ったほうがいいかもしれない。
 爆風で吹っ飛んだ男は、何が起きたのかわからず呆然としたまま憲兵に取り押さえられた。その男の目の前まで行き、言葉を降らせるのはもちろんロイ・マスタング大佐。
「手加減しておいた。まだ逆らうと言うなら、次はケシ炭にするが?」
「ど畜生め……てめえ、何者だ!!」
「ロイ・マスタング。地位は大佐だ。そして、もうひとつ」
 わざわざそこで一度区切り、さりげなさを装って発火布をはめた右手で襟元を正して。
「『焔の錬金術師』だ。覚えておきたまえ」
 ――何故、この男はいちいち格好つけなければ気が済まないのか。
 呆れてその姿を眺めていたエドワードの前で、の手が音を鳴らす。
「わ~、ロイ兄カッコイイ~♪」
「そうだろうとも!」
 この親にしてこの子あり……か。調子に乗るから褒めるなよと、そう思っていたエドワードの耳に入ってきたのは意外な言葉。
「う~ん、でも……通常業務をサボってなきゃ、もっとよかったんだけどなぁ……ねえ? リザ姉」
「そうですね。首輪で机に繋がれている姿を見ている我々としては、滑稽以外の何物でもありません」
 娘と補佐官にこき下ろされて落ち込んでいる大佐を視界におさめつつ、エドワードは疑問をそのまま口にする。
「……首輪?」
「ロイ兄があんまり仕事サボって逃走するものだから、陶製の首輪を練成して鎖で机に繋いだことあるの」
 至極あっさりと。返ってきたその非常識な答えに、エドワードは真偽が計れずにいた。
 目を丸くしたまま、自分の背から離れたを凝視する。
「…………マジで?」
「うん。写真あるよ。見る?」
「見る見る!」
ぁ!!」
 写真を奪おうとロイの手が伸びてくるが、それより早くから受け取りエドワードはロイから距離をとる。に足を掛けられて見事にすっ転んでるロイを確認し、エドワードは写真へと視線を落とした。アルフォンスもエドワードの横手から覗き込む。そして……

「ぎゃはははははははははは!!!」
「……笑いすぎだよ、兄さん」

 弟の諌めの言葉も何のその。
 列車強盗事件の喧騒満ちる駅の構内に、エドワードの盛大な笑い声が響いたのだった。