――出逢いは、沢田綱吉が10歳の時だった。
何をやっても人並み以下の綱吉は、いじめられるというほどではないが、小学生の頃から『ダメツナ』と呼ばれてからかわれていた。
それは遠足で並盛山へハイキングへ行った時のこと。
遠足という行事自体に楽しみではしゃぐ子供がほとんどだというのに、この日も綱吉は級友からからかわれた。その級友から逃げようとした綱吉はハイキングコースから外れてしまい、道に迷った上にちょっとした斜面を滑り落ちて怪我まで負ってしまったのだ。
子供にとって、初めて訪れた地で一人きりになることは、不安と恐怖でしかない。しかもそれが右も左もわからない山中であるなら尚だろう。
怪我の痛みも相俟って、泣き出した時だった。
「そこに誰かいるの?」
「っ!?」
茂みが揺れ、人の声がした。
恐怖に染まった顔で振り返った綱吉の目に映ったのは、漆黒の髪と紅い瞳を持つ一人の大人の女性だった。
その女性は綱吉の顔を見ると何故か驚いた顔をし、そして泥だらけの姿にか次には顔をしかめた。
そんな女性の様子も、この時の綱吉にとっては恐怖心を煽るだけ。元々が恐怖に染まっていた頭では、人に会えたことに希望と安堵を持つような余裕はなく、知らない人間が現れたことに対して更に恐怖と不安を覚えるだけだったのだ。
その心が、綱吉の体を女性から遠ざかるように動かした。――が、足に走った痛みで動きは呆気なく止まり、また涙がぼろぼろとこぼれ落ちる。
「うっ……うー……っ」
「足、痛めたの? 見せて」
「やっ!!」
近付いて伸ばされた女性の手を、綱吉は反射的に払った。痛む足を抱え、恐怖に支配されながらも女性を睨みつける。
女性はじっと静かに綱吉を見つめた後、盛大な溜息をこぼして――気付いた時、綱吉の体はあたたかくてやわらかいものに包まれていて。
「大丈夫だから、落ち着きなさい。ゆっくり息を吐いて、吸って……こわくないでしょう?」
すぐ近くに聞こえる静かな静かな女性の声。トクン、トクンと定期的に聞こえてくる音。そしてぽん、ぽん、とリズムをつけて軽く叩かれた背に、少しずつ綱吉の恐怖心は和らぎ落ち着いていって……ようやく自分が女性に抱きしめられていることを悟った。
女性は綱吉が落ち着いたのがわかると、すぐに離れて綱吉の足を診てくれた。
手早く靴と靴下を脱がされ、露になった足首は見るからに通常とは違っていて。自分の体に起こっている異変を目の当たりにした綱吉の目からはまた涙が溢れる。
「う……っ」
「あら、まあ……少し我慢なさいね」
あっさりと女性は呟き、どこからともなく取り出したテープで手際よく足首を固定してしまった。
その速さと、異変が見えなくなったことで、綱吉は再び落ち着きを取り戻した。
「ひとまずは、これで良し。で、君はどこの誰? 登山に来たわけじゃないわよね?」
「あ……並盛小学校4年、沢田綱吉……遠足で、ハイキングに……」
「……迷子? ハイキングコースからは随分外れているけど、ここ」
「う……っ」
落ち着いたことで女性の質問に答えることはできたけれど、迷子になった理由は言いたくなかった。
だって、情けなさすぎる。自分が人並以下なのは自分でわかっているけれど、それでからかわれる毎日も嫌だけど、どうしようもなくて逃げた結果がコレだなんて……
考えている内に、また目頭が熱くなって視界が歪み――綱吉がぎゅっと目を閉ざした、その時。
「目を開けて、真っ直ぐ前を見なさい!」
「っ」
顔を両手で押さえられ、無理矢理上を向かされた。
反射的に目を開けた先には、強い光を宿す紅い瞳が真っ直ぐに綱吉の姿を捉えていて。その瞳の中に映る自分の泣き顔を見つけた綱吉は、また情けない気持ちでいっぱいになってくしゃりと顔を歪める。
「男ならそんな簡単に泣かないの!」
「だ、だって……」
「『だって』も『でも』も『どうせ』も禁止。言い訳に逃げるのはやめなさい。いい? 人はね、自分で口に出した言葉の通りの人間になっていく生き物なのよ。自分は駄目だ、何をやっても上手くいかないと思ってそう口に出している人は、出来るはずのことまで自分で出来ないようにしてしまっているの。だから言い訳はやめなさい」
綱吉は、大きく目を開いた。
今まで誰も、そんなことは教えてくれなかった。……言って、くれなかった。誰もが、どうしてできないの、と理由を聞いてくるだけで。そして『ダメツナ』のレッテルが貼られた。
どこまでも真っ直ぐに綱吉を見る紅い瞳が、彼女の言葉が真実だと告げている。
綱吉は、その紅い瞳に、吸い込まれてしまいそうな気がして。
「それ、は……『できる』って、言えば、できるってこと、ですか?」
「そうよ。できると言って、できると信じること。そしてできるまで諦めないこと。そうすれば、できることは増えていくのよ」
「……お姉さん……の、名前……教えて、ください……」
「……だけど?」
「外国の、人?」
「イタリア人よ」
顔を包んでいたぬくもりが離れていくのが寂しく思えて、綱吉は無意識に女性、の袖口を掴んでいた。
強い輝きを宿す、宝石のような赤い瞳から目が離せない。
袖口を掴むのとは別の手を、の顔に向かって伸ばした。
「……何?」
「オレ……さんと、もっといたいです……もっといろんな話、聞きたいです……もっと……その目に、オレを映してほしいです……どうすれば、叶いますか?」
「……随分とマセたお子様ね……」
ほとんど無意識に、呟くように、自然と口からこぼれ出た願望。
女性は呆れた顔で溜息をつくと、綱吉の手を掴み背を向けて――ひょいっ、と。綱吉の体はあっさりとの背に負ぶされていた。
急展開についていけずに目を白黒させた綱吉も、前面に感じるぬくもりと、何かとても懐かしいような気もするいい香りに落ち着きを取り戻し、大人しくの首に腕を回して体勢を安定させた。
山中を躊躇いなく進むその揺れの心地好さに、綱吉がとろんと眠気を覚えた頃。
ぽつり、と。は呟いた。
「残念ながら、住む世界が違いすぎるわ」
「……オレが、さんの国まで行けば、叶うってことですか?」
「それだけじゃ無理ね。むしろ来ないほうが君にとっては幸福よ」
「しあわせって、何ですか? 願いごとが叶うことがしあわせじゃないんですか?」
「いずれ、わかるでしょうね」
「……オレ、行きます……いつか絶対さんのところまで行きますから!!」
はっきりとした答えが返らないのが、悔しいようなもどかしいような感じがして。綱吉はの背にしがみついたまま、宣言していた。
今までの自分だったら、絶対言えなかっただろうこと。けれど何故かすんなりと出てきた願望。……何となく、言わなければいけない気がしたのだ。でなければ、本当に彼女との繋がりが何もなくなってしまうと思ったから。
「そうしたら、オレの側にいて、オレを見てください!!」
「……君は、自分が口にしたことの意味を理解していないわ……」
腕に力を込め、全身全霊で訴えかけた願いは、深い深い溜息と、やはりはっきりとはしない言葉によって宙に浮いてしまった。
けれど、この時の綱吉には、これ以上何も言うことはできなかった。
ただ己の願いを確実にしたくて、という女性のことをしっかりと覚えていようと今までにないくらいに頭を、記憶力を働かせていたから。
「Excuse me」
「え?」
「この子、そちらの団体の中の一人じゃありませんか?」
「ああ、沢田! そうです、すみません助かりました!」
「いえ。どこかの斜面を滑り落ちたようで足を痛めています。骨までいってる可能性があるのですぐに病院へ連れて行ったほうがよろしいかと」
「わ、わかった。本当にありがとう」
並盛山の入り口付近。担任との会話を綱吉はただ聞いていた。その際、彼女の口から出てきた外国語が、イタリア語ではなく英語であることもわからなかったけれど、ただ本当に外国人なのだということが実感できて。急に遠くの人のように感じてしまった。
更にの背から担任の腕の中へと移されていく己の体が、その思いを助長させて。
ぱしっ、と。
綱吉は完全に離されてしまう前に、何とかの手を掴むことに成功した。
――けれど。
「……沢田?」
担任の声が、綱吉の心を、体を縛り付けたような気がした。
何か言いたいのに、何も言えなくなってしまった。
このままでは、何も変われない……
ぐっと力を込め、綱吉は真っ直ぐに紅い瞳を見上げて。
「あ、ありがとう、ござい、ました」
何とか、それだけは伝えられた。
本当はこのまま別れたくはない。だからこそ自分から手を放すことができなかったけれど。
綱吉の感謝の言葉を受けて、紅い瞳がきゅっと細められる。そして――
「男の子なら泣き虫は早々に卒業なさいよ。――Ci vediamo」
初めて向けられた優しげな微笑と、額に感じたやわらかな感触。一瞬、焦点が合わないほど近くにいたが離れていって……額に口付けられたと自覚し、綱吉は真っ赤な顔で己の額を押さえた。
軽く手を上げ去っていくの姿を見ても、綱吉はうっかり手を放してしまったことに気付けなかった。そんな余裕もないくらい、初めてのキスのことで頭がいっぱいになっていたから。
これが彼女――との出逢い。
そして、綱吉にとっての初恋だった。――否。それは恋というよりは、もっと単純な所有欲と言ったほうがいいのかもしれない。
ただ、欲しいと。そう思ったのだ。彼女の存在そのものが――特に、あの紅い瞳が。
その意味することを全く理解していない、幼いが故の純粋な思いは綱吉の心に深く刻まれた。『ダメツナ』を克服できずに諦めたように思い込んでも、その願いは決して消えることはなかった。
そう……初めての死ぬ気モードで、を探さなかったことを後悔したほどに。
だから、再会は綱吉にとって喜ぶべきことのはずだった。
――なのに……
「……どう、して……」
ボンゴレ正当後継者の証であるリングを狙ってやって来た、ボンゴレ最強の独立暗殺部隊ヴァリアー。それを束ね率いるボス・XANXUS……
どう見てもガタイのいい男にしか見えないその人物が、綱吉が求め続けたであることは、一目見たときに超直感が告げてわかった。
だからこそ、信じられなかった。
六道骸と戦っていたから、その姿が幻術だということは理解できた。問題は、そんな見た目のことなんかじゃない。
仲間を平気で切り捨てて笑えること。目的のためなら親の命でさえ利用してしまうこと。そこまでして綱吉の命を狙い執拗に十代目の座を求めることが、信じられなかった。
けれど――信じたかったから、理由が知りたいと思った。でも、答えは返ってこなくて。代わりに『本気』であることだけが超直感でわかったから……
倒すしか、なかった……零地点突破で氷漬けにする以外に、綱吉が勝つ方法はなかったから……勝たなければ、仲間も家族も友人たちも守れなかったから……
だが、XANXUSは戻ってきた。7つのリングが出した炎によって、氷が融かされて。そして……
「力だ!!! とめどなく力があふれやがる!!! これがボンゴレ後継者の証!! ついに!!! ついに叶ったぞ!! これでオレはボンゴレの十代目に……――がっ!?」
全てのリングを手にし、回復したかに見えたXANXUSは、突然血に染まって倒れてしまった。
理由のわからない者たちの中、綱吉には心当たりがあった。
「……リングが……XANXUS、の……血を……拒んだんだ……」
「ムム! おまえ、何かを知っているな? リングが血を拒んだとは、どういうことだ!?」
九代目が死ぬ気の炎で伝えようとしてくれていた記憶、思い……問い掛けるマーモンに、綱吉は口を噤んだ。
それは九代目の思いに同調したからなんかじゃない。もしかしたら、九代目自身、XANXUSがという名の女性であることを知らないのではないかという疑惑が湧いたからだった。
そして、その、答えは――
「答えは、簡単……ボンゴレ九代目ティモッテオに、自らの血を分けた実子は一人もいない。それだけのことよ」
「!?」
その場に現われた新たな女性の声によって告げられた。
その声の主を、綱吉は知っている……綱吉だけが、知っていた。
真っ直ぐに見つめる先、血まみれのXANXUSの姿が突如崩れ、滝のように流れ落ちた。そしてその中からは、4年前とほとんど変わらないが姿を現わした。
「ボ、ボス……?」
「ええ、そうよ。あなたたちのボス、XANXUSの真の姿がこの私」
「幻術だったって、こと?」
「気付かなかったでしょ、マーモン」
「……」
「恥じることはないわ。私の持つ力は、あなたや六道骸の持つ力とは次元の異なるものだからね」
「次元が、違う?」
「私の力は、幻術を解けばその間に負った傷すら全て消え、本来の体には何の影響も残さないものだから」
驚愕に染まる空気の中、普通に立ち上がったは、言葉通りほぼ無傷だった。XANXUSの体にあった零地点突破による傷も一切ないことから、彼女は、一度もそれを喰らったことがないことが窺えた。
だが、完全な無傷ではない。リングをはめている右手だけ、血に染まっていた。
も、血まみれの己の手を見て、言った。
「とはいえ、このリングの拒絶は本体のほうまでダメージが来ちゃったけど……まあ、それでも大したものではないわね。で、お二人さん。何か不満でも?」
「……ないよ」
「ししし、男だろーが女だろーがボスの強さは変わんないっしょ。別にどっちでもいーよ」
「それは何より。じゃあ、しばらく大人しくしていて」
二人の部下の忠誠を確認したは、ひとつの指示を与えると綱吉に向かって足を進め始める。
それに真っ先に反応したのは、獄寺と山本だ。
「ツナ!」
「山本、獄寺君……大丈夫……この人は、敵じゃない……」
「しかし十代目……っ」
「敵じゃ、ないよ……」
己の許へ来ようとする二人を、綱吉が止める。自分に言い聞かせるように呟いて、近付く女性の姿を見上げた。
……敵じゃ、ない。『』からは敵意も殺意も感じないから、それは間違いない。
だったら、何故……
「敵じゃ、ないのに……オレのことも、九代目のことも、本気で殺す気でしたよね……?」
「そうね。私は君と違っていい加減な生き方はしていないから、いつでも本気よ」
「……超直感が目覚めたばかりのオレでも気付けたのに、九代目は自分が引き取った子供が女であることを知らないんですよね……? それも、あなたの仕業ですか?」
「そうよ。出会った当初に超直感を封じるほど強力な暗示をかけさせてもらったからね、未だに男だと思って疑ってすらいないでしょうね」
「どうして、そんなことをしたんですか?」
「都合が良かったから」
「……つまり、恨んでるとか、そういうことじゃないんですよね……?」
「恨む理由はないわね」
やっと質問に答えてくれたのに……聞けば聞くほどわからなくなった。彼女の目的が、一切見えてこない。何のためにこんなことをしたのか……理由もなくこんなことをしたとしたら、本当に信じられない。
もう、本当にどうしていいのかわからなくなって、綱吉は全ての疑問を、思いを叫んだ。
「だったら、どうしてこんなことしたんですか!? 何が目的なんですか!? 4年前、オレを助けてくれたあなたはこんなことするような人じゃなかったのに、一体何があなたを変えたんですか!? さん!!?」
「別に私は何も変わっていないわ。そんなのは君の勝手な思い込み、君が勝手に美化して作り上げた偶像の私でしょう? そんなものを押し付けないでちょうだい」
「――っ」
けれど返ってきたのは冷たく見下ろしてくる紅い瞳……あの時の輝きすらない瞳だった。
本当に……自分が求めたものは幻想だったのだろうか……
「4年前って、ボス氷漬けだったんじゃなかったっけ?」
「まさかそれも幻覚だったってこと?」
「その通り。あんなものわざわざ喰らう理由なんてないし、『XANXUS』が氷漬けになっていれば、その間私は自由に動けたからね。まあ、収穫はなかったけれど」
マーモンたちとの会話で出てきた単語に、小さく綱吉は反応した。
『収穫』……やはり、何らかの目的を持って動いているということを示す言葉だ。
綱吉は、ぐっと拳を握り締め、もう一度、問い掛ける。
「さん……まだ、答えをもらってません……何のために、こんなことをしたんですか? 十代目になるというのは『XANXUS』の目的であって『』の目的ではありませんよね……?」
「……へえ? 少しは超直感を使いこなせるようになってきたのかしら?」
「ボスの座じゃなく、リングそのものが目的ですか?」
「その推測は惜しいわね。リングが目的ではなく、目的のための通過点よ。つまりコレはもう用無しというわけ」
ベルトから外した6つのリングがセットされたチェーンを、血に染まった右手で弄ぶの姿は、どこかXANXUSの姿と重なって見えた。
それは、綱吉には理解できない狂気の領域に思えて――でも、それでも否定したくて……否定してほしくて。
「それが……理由、ですか……? こんな、命懸けの戦いをすることになった理由なんですか!?」
「その通りよ」
「っ」
「ボンゴレリングが私の求めるものではないことを確かめるために、この戦いを仕組んだ。目的のためならどんな手だって使う。それが私という人間の現実。命懸けの戦いが日常的に行なわれているのが私のいる世界であり、君が足を踏み入れた世界の現実。そして――これが、あの時君が望んだことの結果ということよ」
「――っ!?」
すがりつくように見上げた綱吉を突き落とすかのように、冷たい眼差しと言葉が降り注ぐ。
はっきりと告げられ、綱吉はやっとそれに気付かされた。そして、理解する。あの時彼女が来ないほうが幸福だと言った意味を。
確かに、こんな世界、来ないほうが幸福だろう。今まで散々マフィアになんかならないとリボーンに言ってきたし、今でもなる気はない。
――けれど、がいるのは、このマフィアの世界……
直面した現実の厳しさに俯いてしまった綱吉の首に、チャラ、と。音がして、ボンゴレリングがセットされたチェーンがかけられた。きつく握り締めていた右手を掴まれて毛糸のミトンが外され、代わりに中指に血に染まった大空のリングがはめられる。
その瞬間、7つのリングが光を放った。けれど、XANXUSの時のような激しさはない、全く違う光り方だった。
「何を夢見て目標にしようと勝手だけど、身の程ぐらいはわきまえなさい。じゃないと、この世界で生き残っていくのは不可能よ」
ふわりとやわらかな光が辺りを照らし、疲れ果てていた体にあたたかな力が、まるで泉が湧き出るように静かに満ちていくのを感じた。
顔を上げた先には、同じ高さにの顔があった。その紅い瞳には、この光に照らされた所為か、再び輝きが宿っていて――トクン、と。心臓が鳴った。
どこか呆れにも似た苦笑を浮かべていたの顔が、遠ざかる。立ち上がろうとしていたその手を、綱吉は掴んだ。再び見下ろしてきたの顔は、不満げに歪んでいて。
「何? 私にはもう用はないんだけど、まだ私の言ったこと理解できないの?」
向けられる眼差しも言葉も冷たかった、けれど……気付いてしまったら、もう引き返せなかった。
彼女の目的が何であるのかは、はっきりとはわからない。でも、その目的に向かう中で関係ないだろう綱吉のことを、彼女は確かに気に掛けてくれている。
一日どころか、たった数時間会っただけの子供のことを、その願いを、4年経って尚覚えてくれていたのだ。間違いはないだろう。
だとするなら……今回のこの戦いの真意は、綱吉に現実を知らしめるための――警告、だ。
闇に住まい血に染まっている女を、それでも求めるのかという……問い掛けだと、そう思えてならない。
だから、綱吉はそれに応える。
「……何を目標にするのもオレの自由なんですよね? だったら、まだ諦めません! 言葉にして言ったような人間になれるって教えてくれたのは、あなたでしょう!? だから、諦めません! 足りないのなら足りるまで手を伸ばし続けます!!」
これが、問い掛けへの、答え。
だって、思ってしまったのだ。現実の厳しさを知っても、尚、彼女が欲しい――と。彼女の視線を独り占めしたい、と……彼女が見る世界が暗く血に染まっているのなら、それ以外のもので埋め尽くしたいと、そう新たに願ってしまったから。
「……見た目以上に馬鹿な子ね。それとも、その愚かさは血筋なの?」
「さ――」
の反応は、心底呆れた溜息。
本気だということを伝えたくて、掴む手に力を込めた時、彼女が、動いた。
――チュ、と。
軽い音が耳朶をくすぐり、頬にやわらかなものが押し当てられ、離れていく感触がして。
「なら、叶えてみなさい。手が届いたその時には、こっちにしてあげるわ」
4年前、最後に見たのと同じ笑顔で、は言った。人差し指を、綱吉の唇に当てて。
その、意味を。悟った綱吉は、顔に熱が集中するのが自分でもわかって――もう何も言えずにいると、目の前のが楽しそうに笑って、今度こそ立ち上がる。
「ボ、ボスぅ?」
「さ、後始末はスクアーロに押し付けて、マーモン、ベルフェゴール、帰りましょうか」
「帰るって……」
「っていうか、アレ生きてんの?」
「お人好しのキャバッローネが向こうについていて、そう易々と死なせてくれるとは思えないけど?」
部下たちに対し、はあっさりとスクアーロの生存を口にした。
その次の瞬間、グラウンドにスピーカーからスクアーロ本人の声が響く。
『う゛お゛ぉぉい!? まともに動けねえ重傷人に仕事押し付けんなぁ!?』
「中学生相手にズタボロに負けたのはあなたの自業自得でしょ。その失態に対する罰がその程度なんだから、有難く思いなさいよ。じゃあね」
苦情をあっさりと切り捨てたは、マーモンとベルフェゴールの体に触れた。その瞬間、三人の姿は空気に溶けるようにして消えてしまったではないか。
「消え、た!?」
「幻覚で見えなくなったとかじゃなく?」
『う゛お゛ぉぉいっ!? マジで置いていきやがったなぁ!?』
「……スクアーロの台詞から考えても、そうなんじゃね?」
獄寺たちの会話が、綱吉の頭に冷静さを取り戻させる。
……これが、彼女との力の差。を追うにしても、まだまだ力が足りないことが実感できた。
でも、希望はある。他ならぬ彼女のほうから、約束をくれたから。
ぐっと、綱吉は拳を握り締めた。
今が、やっと、スタート地点。
「XANXUS様の戦線離脱により、大空戦の勝者は沢田綱吉氏。よって、ボンゴレの次期後継者となるのは、沢田綱吉氏とその守護者6名です」
チェルベッロの宣言を聞きながら、綱吉は本気で目標を目指す決意を固めたのだった。
END