炎をまとう拳とトンファーが、幾度となくぶつかり合う。
互いに踏み込むタイミングを計るような打ち合い。互角にも見えるそれは、しかしまやかしのもの。
急にスピードを上げたトンファーを、咄嗟に拳で弾いて防ぐ。しかし勢いを殺しきれなくて、すぐに迫るもう一方に対処できる体勢を整えることができない。
強烈な一撃を受け止めることはできたが、壁際まで吹き飛ばされてしまった。
「く……っ」
「今日はここまでね」
ピッ、とトンファーを払った女性が涼しい顔で、息を上げている綱吉へと言い放った。
二人の差は歴然。それでも綱吉は諦めたくなくて、床を蹴る。
「まだ、行けますっ!」
「……終わりったら終わりよ!」
再戦を求めて繰り出した拳は、願いに反して何に触れることもなかった。
見えたのは彼女の漆黒の髪の残像。聞こえた声は己のすぐ下から。
鋭い声と同時に感じたのは、腹部への強烈な痛み。受け流すこともできなかった綱吉は、今度こそ壁に背を強かに打ちつけられた。
「がはっ」
肺の空気が押し出され、息が詰まる。腹部の痛みが吐き気を誘う。
立つ力もなく膝をつく。それでも意識を保っていられるのは、手加減されているからだ。
「私は無駄なことはしたくないの」
冷徹な言葉が追い打ちをかけるように降り注ぎ、綱吉は唇を噛んだ。
……出会った頃から、二人の間には大きな差があった。だからこそ綱吉は彼女に憧れ、惹かれて、追いつくために力をつけた。
けれど、綱吉が強くなれば、その分彼女も強くなっていき、差は未だ埋まらないまま。
それでも、これでいいとは思えなかった。どうしても諦められないのは、彼女がひとつの約束をくれたからだ。
『「」のことが知りたいなら、もっと強くなって「僕」を楽しませてみせなよ。気が向いたら教えてあげるから』
初めて彼女の秘密である本当の名前を教えてくれた時に、そう言った。約束とは呼べないような言葉だったけど、それは確かに綱吉にとってひとつの目的となった言葉だった。
その言葉通り、綱吉が彼女を満足させられる戦いができた時には、彼女は自分のことをひとつずつ教えてくれた。綱吉の、願望とも呼べる質問にも答えてくれたから。
あの言葉は、確かにと綱吉の間で交わされた約束なのだ。
「、さん……っ」
二人きりの時にだけ、名前を呼ぶことを許してくれた。絶対的に他人の目がない場所でなら、本来の姿を見せてくれると言ってくれた。
だからボンゴレを継いで日本にアジトを作るときに、この部屋を作った。綱吉のアジトと彼女のアジト、双方に接していながらカメラやセンサーの類も一切ない完全な隠し部屋を。彼女と戦うためだけのトレーニングルームを、作ったのだ。
今、目の前にいる彼女は、本来の姿をしている。綱吉の他は誰も知らない、美しい女性の姿を……
誰も知らない彼女の名前を、姿を、秘密を、綱吉だけが知っている。
けれど――それだけで満足なんて、とてもできない。
「綱吉。私、明日からまた海外だから」
トンファーを片付けたが、あっさりと言い放つ。
――また、だ。また、行ってしまう。
綱吉の願いはあの日から変わっていない。自分のずっと先を行く彼女に追いつくこと。
それだけを願って、ずっとその背を見続け、手を伸ばしてきたのに……差は、縮まらない。いつも彼女は先へ、先へと行ってしまう。
いっそ諦めてしまえば楽になれるのだろう。けれど、どうしても諦めきれないから――
「どれだけ……どれだけ強くなれば、貴女はオレの側にいてくれるんですかっ!?」
聞かずには、いられなかった。
自分のアジトへと向かっていたが、足を止めて振り返る。
「馬鹿だね、沢田綱吉。そんなもの、答えなんてわかりきっているでしょう」
言いながら歩み寄ってくる彼女は、滅多に見れない優しげな笑みを浮かべている。
未だ膝をついたままの綱吉を覗き込むように腰を折った彼女の瞳は、けれど意地の悪い色を映していて。
そして、触れるだけの、軽い口付けを落とされた。
「『私を捕まえておけるくらい』――よ」
伸ばした手はぬくもりを捕らえることはできずに、空を切る。
目の前にあるのは、いつもの背中。もはや、『』の姿ですらない『彼』は、振り返ることもなく自分のアジトへと姿を消した。
どんなに追いかけても、決して追いつけない背中。どれだけ手を伸ばしても、決して捕らえられない存在。
でも……それでも諦めきれない、綱吉の心を捕らえて離さない女性……
希(こいねが)うのは、ただ、ひとつ。
彼女の、ぬくもり――……