綱吉は、ひとつの扉の前で深呼吸を繰り返す。どうしても緊張してしまう気持ちを落ち着けようとしているのだが、あまり効果は現われてくれない。お陰で、ここに来てからもう随分経ってしまった気がする。
まあ、無理のないことかもしれないけれど。この部屋にはあまりいい思い出はなく、今までなら決して自分から訪れようとは思わなかった場所なのだから。
それにしたって……昨日まで行なっていたリング争奪戦に来る時でも、ここまで緊張はしてなかったと思う。それは仲間の存在があったからともいえるけれど、やはり、それだけ綱吉にとってこの戸の先にいるであろう人物の存在は大きいのだということでもある。
目的を思えば尚のこと。覚悟を決めてここまで来たはずなのに、いざ目の前にするとノックすらできずに立ち竦んでしまうのだから。
人目を気にする状況であるのなら、もう少し踏ん切りもつけやすいのかもしれない。けれど、人目のない今の状況に心の底から安堵しているのが現実。
そんな自分の不甲斐なさに落ち込みかけて、慌てて頭を振って後ろ向きな考えを追い払った。
そして、今度こそ、と。ノックをするために片手を持ち上げた――が。
「いつまでそうしてるつもり? さっさと入ってきなよ」
部屋の中から痺れを切らしたような声が飛んできて、綱吉は見事に固まってしまった。
苛立ちを隠そうともしないその声を聞いただけで、恐ろしさのあまり嫌な汗が浮かび、今すぐ逃げ出したくなる。事実、本能が体を動かしたが、僅かに働いた理性が後ろへと動いていた足を止めさせた。
気配に敏感な故に戸口に立つ存在に気付いていたのなら、それが綱吉であることもわかっているはずだ。だとするなら、逃げ出したほうがあとから何をされるかわかったものではない。そもそも、用があってここまで来たのに、逃げてどうする――と。
もう一度だけ深呼吸をしてから、その部屋――応接室の戸を開けた。
「し、失礼しま――うわぁ……」
恐る恐るといった体で中へと入った綱吉は、目の前に現われた光景に思わず声をこぼした。
応接室にある大きな机の上には大量の紙がいくつもの山となるほど積まれており、椅子に座るこの部屋の主であり、またこの学校の支配者でもある雲雀恭弥――もといの姿を半分以上隠していたのだ。
「すごい量ですね、それ……」
「跳ね馬がさっさと咬み殺されてくれないから、その間の書類が溜まったんだよ」
「あー……」
リング争奪戦が始まる前、一人一人個別に家庭教師がついて修行することになった。綱吉の家庭教師は当然リボーンだったわけだが、雲雀の家庭教師にはディーノがなったらしい。しかもその内容はというと、ただひたすら戦っていたとか聞いた気がする。
つまり、その修行期間中、処理できなかった書類がこの山というわけか。
それにしても、すごい量だ。何の書類かはわからないけれど、風紀委員の仕事って校則違反者を取り締まることだけじゃなかったのか。そういえば、草壁とかいう風紀委員が何か言ってたことあったっけ、と。
新事実に呆けた上、余計なことまで思い出して赤くなったり蒼くなったりと百面相をしていると、書類の山から顔を覗かせた雲雀が不愉快げに眉を跳ねさせたのが目に入った。
「……で? 君は僕に喧嘩売りに来たわけ?」
「へ?」
「休日でも学校に来る時は、制服か指定ジャージ着用が決まりだよ」
「あっ」
何か気に障るようなことをしただろうかと思いかけた綱吉に、雲雀は静かに、けれど明らかに不機嫌な声音で指摘してきた。
山本の家でのパーティーのあと、そのままここへ来たため、綱吉は思いっきり私服だった。
休日の上に時間も時間だから、と。私服で来てしまったのだが……そうだ。この人には、そんな言い訳は通用しない。
思い至った事実に冷や汗が浮かび顔の筋肉が引きつる綱吉の前で、雲雀はおもむろに席を立つ。その手には案の定、トンファーがしっかりと握られていて。
「余程咬み殺されたいようだね、君」
「ひいぃぃっ!? 違います違いますっ!! あっ、違いません、けど違いますぅっ!!」
「――は?」
条件反射で否定して、けれどここへ来た目的を思い出して言い直す。そのおかしな返答に、珍しくも雲雀はきょとんとした顔を見せた。滅多に見られないその顔を、綱吉は思わず可愛いと思ってしまった。知られたら確実に咬み殺されるだろうから、言えないけれど。
幸いにも気付かれなかったようだ。雲雀はトンファーはそのままに、怪訝な表情で綱吉の姿を観察でもするように一通り眺めて、言った。
「そういえば、何しに来たの、君」
「あっ、えっと、その……手合わせ、してもらえないかと……」
雲雀が用件を聞いてくれたお陰で、綱吉はようやく目的を告げることができた。ただそれだけで、少し安堵している自分がいた。
この先のことを思えば、決して気を抜ける状況ではない。それは充分にわかっている。けれど……情けない話だが、負け犬根性の染み付いた綱吉にとって王者である雲雀との遣り取りは、ひとつひとつがとても高いハードルであり、壁にも等しいのだ。
本来なら、越えられるかどうかもわからない壁に挑戦しようなどとは、絶対に思わない。自分が『ダメツナ』なのはよくわかっているからこそ、無駄なことはしない。
でも、今回は……この件だけは、諦めたくないと思ったから。
「ふぅん……ようやくやる気になったってわけ?」
「はい。試して、みたいんです」
「……赤ん坊は来てないようだけど?」
「大丈夫です。バジル君から死ぬ気丸ひとつ、もらってきましたから」
リング争奪戦のお陰で、思いがけず短期間で強くなる機会を得た。また、リボーンに頼らずに死ぬ気モードになれる方法もあるのだと知ることができた。
人に知られるわけにはいかないこの件に、挑戦できる条件が整ったから。
だから、試してみたくなったのだ。あの日、雲雀が一方的に言ってきたあの言葉が、本当に約束として成り立つものなのかどうかを――綱吉の手が届く範囲のものなのかどうかを、確かめたくて。
雲雀と本気で戦うために、ここへ来たのだった。
覚悟を――決意をもって真っ直ぐに雲雀を見つめていると、雲雀は口許に笑みをはいて。
「いいよ、相手になってあげる」
「あ、ありがとうございます!」
あの、獲物を前にした肉食獣のような鋭い目で、不敵に笑って承諾してくれた。
それに対して思わずまた安堵し、緩んだ笑みでお礼を言っていた。ああ、情けない。
そんな綱吉の心情を知る由もない雲雀はトンファーをしまい、代わりに携帯電話を取り出すとどこかへと電話をかけはじめる。同時に机の上の書類を一枚摘み上げて、それに目を落とした。
「僕だけど。この要請書の内容だけど、今から行ってあげるよ。だから、明日まで何があっても人を近付けさせないで。それと、後始末はそっちでしてよね。……じゃあ、任せたよ」
何やら一方的に指示を出したような形で通話は終了。書類にサインか何かをし、印を押すとそれを内ポケットにしまい、雲雀は歩き出した。
電話や書類が気になったけれど、雲雀の行動のほうが早くて問い掛けるタイミングを逃してしまう。
「ついておいで」
「あ、の……っ、どこへ」
「人目がなくて壊れても問題のないところ」
綱吉の横を通り抜けて応接室をでた雲雀は、そう言ってさっさと進んでいってしまうから。置いていかれないように、綱吉は慌てて後を追った。
とりあえず着いた先は駐輪場。ヘルメットも渡されず、無言で後ろへ乗るように要求される。しがみついた雲雀の腰は思った以上に細くて、は確かに女性なのだと改めて知らされる思いがした。
見ることのできないの長い髪の一部が、風に遊ばれて綱吉の顔や首筋を撫でていく。その感触と、そして鼻腔をくすぐる香りに、どうしても鼓動が早くなった。
そんな場合ではないのはわかっているが、好きな異性と密着する状況でドキドキするなというほうが無理な注文だろう。
お陰で、どこをどう走ってどこへ来たのか、綱吉にはさっぱりわからなかった。
ただ、バイクが止まった先には、スーツ姿の若い男性が一人立っていて、雲雀に向かって敬礼してきた。
「お待ちしておりました、雲雀殿」
「はい、書類。……わかってるよね?」
「はッ、既に配置についております」
「そう。じゃあ、こっちは好きにしなよ」
男性に先程の書類を渡し、よくわからない会話を終わらせると、雲雀は一度だけ綱吉を見てからまた先へと歩いていく。
何となく嫌な予感を覚えつつその後を追っていくと、そこには古びた工場があった。
「ここだよ」
「ヒバリさん……ここは?」
「解体予定の廃工場だよ。だから、いくら壊しても問題はないし、警察署長に話もつけたから野次馬が来ることもないよ」
「警察――!? ヒバリさん、どれだけ権力持ってるんですかっ!?」
「愚問だね。ここは僕の町だよ」
衝撃の事実に、綱吉の顔が引きつった。
つまり、電話の相手が警察署長であり、先程の男性も警察関係者だったということか……敬礼の理由がわかった。それに、どれだけ人を咬み殺しても捕まらなかった理由も。そういえば前に、平気で死体も処分しようとしてたっけ……結局あれは生きていたわけだけど、本当に死体ひとつくらい軽く処分してしまえそうだ、この人。
知れば知るほど、とんでもない人を好きになってしまった気がしてくる。だからといって、好きだと思う気持ちがなくなるわけではないし、後悔もないのだけれど。
ただ、ひどく疲れてしまうだけ。戦う前からこんなんで大丈夫だろうかと不安になりつつ、ふらふらと綱吉は雲雀について工場の中へと踏み込んだ。
「――?」
中は、暗かった。工場なだけあって広さは結構あるようだが、放置されて久しいのか色々な物が散乱している。開け放たれたままの大きな一枚のシャッターと、屋根に開いた穴から外の明かりが入り込んできている以外に光源はない。
そこは確かに後ろ暗い人間がやましいことをする所としては、完璧な世界観を作り上げているように思えた。
だから、だろうか……自分たち以外に人の気配があるような気がするのは。
「じゃあ、始めようか」
気になったけれど、人の気配に敏感な雲雀が何も言わずにトンファーを構えたので、綱吉は気のせいとして片付けた。そして、レオンが吐き出したアイテムである毛糸のミトンを両手につけて、死ぬ気丸を飲み込んだ。すると死ぬ気の炎が額に灯り、毛糸のミトンが炎をまとったグローブへと変わる。
ハイパー死ぬ気モードになり、内面から全てのリミッターが外された。先程よりもずっと鋭くなった感覚が、何かの気配を察知する。――やはり、何かいる。それも、複数。
「ワォ。素晴らしい炎だね。でも、それを相手にするには、ただのトンファーじゃ分が悪いかな」
「――ッ!?」
気配の正体を探ろうとしたが、雲雀が言葉を発したためにそちらへ意識が集中する。
独白のように言った雲雀は、スッと目を細めた。すると何と、雲雀がはめているボンゴレリングに、紫色の炎が灯ったではないか。
そして、その炎は、すっぽりとトンファーを包み込んだ。
その光景は、綱吉のグローブと何ら変わりはなかった。けれど、何故……Ⅹ(イクス)グローブは死ぬ気弾と同じ素材でできているからこそ死ぬ気の炎を灯せるのだと、リボーンは言っていたのに……
「なん、で……」
「これで対等だね。じゃあ、行くよ」
「ま――っ!?」
言うが早いか踏み込んできた雲雀の攻撃を、綱吉は炎の推進力を使って避ける。
雲雀のトンファーは、そこにあった鋼鉄のコンテナをかすめた。――と。
――ドンッ。
「うわああっ!?」
「な……っ、人っ!?」
かすめただけ、なのに。炎の力なのだろう、コンテナに大きな穴が開いた。そして、その陰から男が一人悲鳴を上げながら転がり出てきたではないか。
壊れても問題がないのは疑う余地はないが、雲雀はここへ連れてくる際、人目がない所だと言ったはずだ。なのに何故人がいるのか。
非難の眼差しを向ければ、雲雀は軽く目を瞠っていて――驚いている? まさか、気付いていなかったというのか。
しかし、それは違った。
「ふぅん……やっぱり素材との相性って問題もあるのかもね。沢田綱吉、本気の死ぬ気で来なよ。コントロールが上手くできそうにないからね、コレ」
驚いていたのは、炎の威力についてだけらしい。恐ろしいことをさらりと言って、再び雲雀が攻撃を仕掛けてきた。今度は綱吉も避けずに打ち返す。
二・三発打ち返してわざと力を抜き、雲雀の攻撃を利用して背後へと飛んで距離をとった。――やはり、そこかしこに人が隠れている。
「待て! 人がいるとは聞いていないぞ!?」
この暗がりの中、どこに何人いるとも知れない。このまま戦り合えば確実に巻き込んでしまうだろう。
何故こんな場所を選んだのか。その問いに対する雲雀からの回答は。
「ただの鼠さ。気にすることはないよ」
「そんなわけにはいかない!」
「死にたくなければさっさと逃げればいいんだよ。自分自身の危機管理もできない者に生き残る資格はないね!」
迫るトンファーを綱吉は打ち返す。幾度となくぶつかり合い、その度に橙と紫の炎が舞い踊って周辺の物を破壊していく。
その様子に、次から次へと人が物陰から出てきて、悲鳴を上げながら工場の外へと逃げていった。やがて、綱吉と雲雀以外の気配は完全に消え、雲雀は満足げに笑った。綱吉はそれを見逃さず、訝しげに眉根を寄せる。
「……どういうつもりだ?」
「警察署長からの要請があってね。逃げた奴らは全員、外で網を張ってる警察の人間に捕まったはずだよ。やましいことのあるわりには、大した力もコネも根性もないような連中ばかりだから、ばれても然程問題はないだろう?」
「……」
「諸事情で解体作業に入れない所為で、ああいった連中の溜まり場になってるんだよ。表向きには警察も動けないから、僕のところに話が来たのさ」
「壊れてしまえばこっちのものだ、と?」
「そういうことだね。さあ、ここからが本番だよ。心置きなく戦り合おうか!!」
一体何に巻き込んでくれたのかと思えば、初めから建物を壊すことが目的だったとは。だが、確かにこれで心置きなく戦り合える。
今度こそ戦闘に意識を集中し、本気でトンファーを打ち返した。
幾度も激しくぶつかり合うグローブとトンファー。闇に踊る橙と紫の炎。破壊されていく物の音も相俟って、それはさながら花火のように見えることだろう。
けれど、それを楽しむ余裕など綱吉にはない。雲雀の攻撃は早く、そして何より一撃一撃が重かった。打ち返すだけで精一杯だったのだ。
「く……っ」
このままでは、スタミナで負ける。
綱吉は炎の量を一瞬だけ増やして打ち込み、反動を利用して距離を取ろうと図った。けれど、先程とは違って雲雀はすぐに追いかけてきた。綱吉がかわす度に、周囲の物が派手に壊れていく。建物を壊すことが目的なだけあって、全く遠慮がない。
……まあ、綱吉もそれを狙ってわざとかわしているのだが、それにしたって派手だ。迫る殺気に対する恐怖とは別種の恐ろしさに、背筋に冷たいものが走った。
だが、それに気をとられている場合ではない。段々と足場が悪くなっていく中、綱吉の背は冷たいコンクリートの壁に当たった。目の前には、紫の炎をまとうトンファーが迫って。
――ドガッ。
上へと跳んで逃れた綱吉の代わりに、壁がトンファーの餌食となって崩れていく。綱吉自身も上方の壁に拳を入れて破壊し、瓦礫が雲雀へと降り注いだ。
この程度で雲雀がどうにかなるとは思っていない。目的は、ただの目くらましだ。
瓦礫を弾き飛ばして粉塵の中から姿を現した瞬間を狙って背後に回りこみ、力の限り拳を繰り出した。――けれど。
「なっ」
「残念」
綱吉の拳は、あっさりトンファーで止められ、流されてしまった。体勢を立て直す暇も与えずに、もう片方のトンファーが綱吉のこめかみを目掛けて迫ってきて。
かわしきれない、と。
――ド、キィンッ。
衝撃を覚悟した綱吉の眼前で、トンファーは何かに弾かれて軌道がずれた。
予想だにしなかった第三者の登場に、雲雀は綱吉から距離をとり、そして二人同時にその人物へと目を向ける。
外から入る頼りない明かりの中に、小さな影が工場内へと伸びていた、その先。
「……何やってんだ、てめーら」
「リボーン……」
そこには、小さな体に不釣合いな大きさの銃を軽々と扱う赤ん坊、リボーンが呆れた様子で立っていた。どうやら雲雀のトンファーを弾いたのは、彼の放った銃弾だったようだ。
外の光を銃身が反射させる。その光が、銃口の向きを教えてくれた。
銃口は、真っ直ぐ雲雀に向けられた。
「武器をしまえ、ヒバリ。こんなトコでこんな時間に何してやがる」
「誘ってきたのは草食動物のほうだよ」
「ツナが?」
リボーンの言葉に従ったのか、雲雀はトンファーを一振りして炎を消すとそのまま片付けてしまう。雲雀が戦闘体勢を解いたのを確認してからリボーンも銃をしまい、雲雀の返答から綱吉のほうを向いた。
暗がりの中からでもわかる、鋭い視線。ピリピリと肌に突き刺さるようなそれに、彼の登場によってハイパー死ぬ気モードの解けていた綱吉は、身を竦めて視線を泳がせる。
まさか見つかるとは思ってなかったので、言い訳など用意してはいない。必死に思考をフル回転させて、何とか誤魔化そうとする綱吉。
「えっと、その……ヒバリさんとザンザスって、どっちが強いのかなって……」
それらしい口実を見つけて言ってはみたけれど……リボーンからの反応はなくて、それが余計に怖い。雲雀もまた、あからさまな溜息をついて。
「やる気が削がれた。僕はもう帰るよ」
「あ……っ」
リボーンの追求を逃れるためだろうか。彼がいるのとは正反対へと雲雀は歩き出した。その動きを――自分のほうへと近付いてくる姿を、思わず綱吉は見つめる。
結局、どうだったのだろう。やはり、まだまだ力不足なのだろうか。それとも……
その答えを聞きたいと思う。けれど、リボーンがいるこの状況では無理か、と。諦め、俯いた。――その、耳に。
「明日、応接室においで。質問は考えておきなよ」
すれ違い様に、雲雀の小さな声が届いた。
思いがけない言葉に目が見開かれる。雲雀のほうを振り返った時にはもう、その背は工場の外へと消え影すら残ってはいなかった。
けれど、確かに、聞いた。その、言葉を。楽しげな、声音を。
信じ、られない……
綱吉は、思わずその場にへたり込んだ。
――『』のことが知りないなら、もっと強くなって『僕』を楽しませてみせなよ――
一方的に雲雀が突きつけてきたあの条件。言われた時は絶対に無理だと思った。けれど、のことを諦めるのも絶対に嫌だったから、一応強くなることを目標にしてみた。
リボーンという存在のお陰で、否が応でも強くさせられることは目に見えていた。でも、それでも雲雀の言う条件に達することはないだろうと、心のどこかで諦めている自分を見つけてしまったから……だから、試してみたのだ。
まさか、本当に、叶う、なんて……
「あはっ、ははは……っ」
それは決して雲の上のものではなく、努力すれば必ず手の届く場所にあった。それを心から実感できたことが本当に嬉しくて、リボーンがすぐ側に来たのにも気付かず、綱吉は笑った。
そんな綱吉の様子を怪訝な目で見たリボーンは、慣れた調子で地を蹴る。
「なに気味悪い笑い方してやがる」
「へぶっ!?」
「さっさと帰って宿題やれ、ダメツナが」
思い切り後頭部を蹴られた綱吉は、瓦礫の中に倒れた。それでも、湧き上がってくる笑いを止めることはできなくて。
隠れる場所もないくらいに壊れ果てた廃工場に、しばらくの間、綱吉の笑い声が踊り続けた。