「……ヒバリさんと、会いたくないなぁ……」
起き抜けに綱吉は、ぽつりと呟いた。
無意識に出ていたそれは、今の綱吉の本音だった。
10年バズーカで10年後の世界に来て、帰れなくなった。帰るためにまずは守護者を集めようと動き始めて、最初に見つかったのが雲雀だった。
死と隣り合わせのこの時代で、最強の守護者である雲雀と合流できたことは本当に心強い。何よりも無事な姿を確認できたことが嬉しくて、そして大人の姿を見れたことがどこかくすぐったくてドキドキした。
――けれど、その気持ちはすぐに打ち砕かれた。雲雀のまとう棘のような雰囲気が、綱吉の接近を拒んだのだ。
もともと群れることを嫌っていた人だったけど、それだけの理由ではない気がした。超直感が告げたそれを認めたくなくて、会いに行く気にすらなれなかった。
なのに、それを突きつけられた。
ラル・ミルチが綱吉の指導を下りると言い、代わりにやって来た雲雀自身によって。
「会うのが、怖い……」
歴代ボスが超えてきた試練に、混じり気のない本当の殺意が必要だからと言って、リボーンが雲雀に頼んだ――その、後が。怖、かった……
この時代に来る前に一度だけ、雲雀と本気で戦ったことがある。あの時も殺気を向けられたけれど、昨日のはその比ではなかった。
だが、怖いと思ったのは殺気じゃない。
戦ってみて、はっきりした。出会った時から感じていた、あの棘のある雰囲気の正体。
――この時代の雲雀は、綱吉を本気で拒絶している……その、事実が、怖かったのだ。
「なんで……っ?」
10年の間に何があったというのだろう。知りたいけれど、知るのが怖い。何よりも、雲雀に――に拒絶されている今の現実がつらすぎるから……
だから、会いたくない。でも会わなきゃいけない。雲雀と戦って強くならなければ、元の時代に帰ることはできないのだから。
でも……未来にあるのが『拒絶』なのだとするなら、帰ることに何の意味がある?
「だけど……京子ちゃんと、ハルだけは、帰さなきゃ……っ」
無関係なあの二人だけは、帰してあげたいと思う。……のに、起き上がることができない。
リボーンの、言った通りだ。『ダメツナ』はヒーローにはなれない。そんな格好つけた理由で戦うことなんて、初めからできないようになっているんだ。
だって……たった一人に拒絶されただけで、もう動くことができないのだから……
「なん、で……っ、どうしてなんですか……っ」
じわっと熱くなった目頭に、綱吉は両手で目を覆った。涙と共に溢れ出した感情のままに、その名を口にしようとした――刹那。
「ツナさあぁーん!! ツナさんっ!! いますかぁっ!?」
けたたましい声が部屋に飛び込んできて、室内の明かりをつけた。
その声と、まぶしさに。綱吉は一瞬頭の中が真っ白になって、動くことを忘れてしまった。
綱吉が動くことを思い出すより先に、声の主が二段ベッドの梯子を昇ってきて、綱吉の顔を覗きこんできた。
「ああ、ツナさんっ! よかったです、ちゃんといましたぁ……」
「……ハル?」
「ツナさん? 泣いてるんですか?」
「え……っ、あっ、違うよっ! あくび、したところだったからっ!」
突然の訪問者ハルに言われて、綱吉は慌てて目元を拭った。……これは、何だろう。『ダメツナ』にも、一応は男としてのプライドとやらがあるのだろうか。
先程まであんなに重くて動く気にもならなかった体を、ゆっくりと起こす。動けたことに内心驚きながらも、それを表に出すことなくハルへと向き合って。
「それより、オレがどうかした?」
「ああっ! そうです! ツナさん、早く来てくださいっ! 大変なんですよぅっ!!」
「へ? 何が?」
「来ればわかりますっ!!」
「って! ちょ、引っ張らないでっ!! おちっ、落ちるっ!!」
ハルの言動は、いつも突拍子がない。
とりあえずベッドから落ちることは免れたものの、寝起き姿のままハルに腕を引っ張られて廊下を行く羽目に。連行状態で進んでいくと、何やら子供の泣き声が聞こえてきた。……また、ランボが何かやらかしたのだろうか。
声の出所はどうやら食堂として使っている部屋の模様。入口に佇む獄寺と山本の姿を見つけ、綱吉は声をかける。
「山本! 獄寺君!」
「よお、ツナ。起きたのか」
「おはようございます、十代目」
「おはよ。何があったの?」
「そ、それが……」
問い掛けに対して返ってきたのは、引きつったような表情。ひどく困惑していることだけはよくわかるその顔で、獄寺は室内を指差した。
滅多なことでは驚かない山本も、どこかぎこちない笑みで綱吉を見ていて。……一体、その部屋に何があるというのだろう。
知りたいような知りたくないような、嫌な予感にも似た思いに捕らわれて遅くなった足に、苛立つようにハルは更に力を込めて綱吉の腕を引いて。
「だから、見てもらえばわかるんですってば!」
「うわあっ!?」
ほとんど放り込まれるような形で室内に入る羽目になった綱吉は、足が絡まって見事にずっコケてしまった。顔面から突っ込んだので、鼻が痛い。
「十代目っ!? 大丈夫ですか!?」
「ツナ君、大丈夫?」
「あ、うん……なんと、か……って、え?」
獄寺の声と共に、京子の心配そうな声も降ってきた。中にいたんだ、と。体を起こし顔を上げて――綱吉は硬直した。
声の聞こえ方から、目の前には京子がいると思って疑っていなかった。なのに、いたのは見たことのない子供だった。……見たことは、ない……見たことはないはずなのに、思い切り見覚えがあるのは、多分気のせいではない。
年齢は、ランボよりもまだ幼そうで、くりんとした瞳は琥珀色。涙で濡れている所為なのか、時折その瞳はオレンジにも見えた。茶色のくせっ毛は完全に重力に逆らって立っていて、けれどふわふわと揺れている。
見覚えが、ある……というか、この子供の顔は。
「え……オ、レ……?」
誰がどう見ても、綱吉とそっくりだった。
いきなり目の前で派手に転んだ綱吉に驚いて泣き止んでいた子供は、己を見つめる自分と同じ顔を見て再びくしゃっと顔を歪ませる。そして、すがりつくように綱吉の胸に飛びついてきて。
「ふっ、ふぇっ、おとっ、おとぉさあぁんっ!!」
「へっ!?」
「あ、やっぱツナの息子なのか」
子供の綱吉へのものとしか思えない呼び掛けと、それをあっさり受け入れた山本の言葉に。
「ええええええええええぇぇ――――――――――っ!!!」
綱吉の絶叫が、アジト中に響き渡った。
……確かにここは10年後の世界だけど、10年後なんだから子供がいてもおかしくはないけど。いやいや、おかしいだろ、おかしくないけど、色々、その、だから……
完全に混乱して床にへたり込んだまま、自分にしがみついて泣きじゃくる子供をあやすこともできない綱吉。獄寺たちもどうしていいのかわからないように、ただ佇んでいた中。その場を導くかのような天の声は。
「うるせーぞ、ツナ」
「何の騒ぎだ」
「リボーン……ラル……」
この時代に間違いなく生きてきた、ラル・ミルチのもの。
救いを求めるように彼女を見上げると、彼女は訝しげに眉根を寄せて綱吉を見下ろし、そしてその胸にしがみつく存在に気付いて目を瞠った。
ツカツカと足音も高く食堂へ入ってきたラルは、綱吉の目の前に膝をつくと子供の頭に手を置いて、遠慮の欠片もなく自分のほうへと顔を向けさせたではないか。
その顔をじっと見つめ、更に綱吉をも同じように見てから子供へと再び目を向けて。
「おい、おまえ、もしかして沢田家継か?」
「う、うん……っ、ぼく、さわだ、いえつぐです……っ」
「ラル、そいつはまさか」
「沢田の息子だ」
「や、やっぱり、そうなの……」
しゃくり上げながらもしっかりと名乗った子供に、リボーンが確認するように問い掛けた。その答えを知る唯一の人間であるラルはあっさりと言い放ち、綱吉は肩を落とす。
いや、違うわけがないとは思っていたけれど、それでも認めるには勇気がいるというか。……未だ、信じられない気持ちがかなり強いのだし。
「オレも見たのは初めてだがな」
「……どういうことだ。10年後のツナが結婚してるとは聞いてなかったぞ」
「沢田は誰にも言ってないようだったから当然だろう。沢田が結婚してるのを知っているのは、ヤツの戸籍を独自に調べたことのある人間だけだろうな」
「調べたのか」
「2年程前、必要があってな」
「ツナの守護者も知らなかったのか」
「らしい」
ラルとリボーンの会話を、どこか遠くの出来事のように綱吉は聞いていた。視線は、未だしっかりと小さな手でしがみついている幼子に落とされている。
……未来の息子、沢田家継……
その顔を見れば、自分の血を引いていることは疑いようもない。けれど、母親が誰なのかは一切読み取ることはできなかった。
ただ、未来の自分が誰にもその存在を明かしていなかったということは……希望を持っても、いいのだろうか……
「十代目ぇっ!? なんでオレにまで秘密にしてたんですか!?」
「ぅえっ!? や、それを今のオレに言われても!?」
「この子の様子を見る限り、母親はハルじゃないってことですよねぇ……ショックです~……でもやっぱりハルはツナさんが好きです! この際愛人でも構いません!!」
「あいじん?」
「子供好きなのに教育に悪そうなこと言わないでくれよ、ハル!?」
ラルからの情報に反応を示したのは獄寺とハルだ。獄寺はともかく、ハルの発言は困りもの。いつの間にか涙の止まっていた拙い声が、ハルの言葉を拾って繰り返したのには綱吉もぎょっとしてしまった。
やっぱり子供は素直で明るくいてほしいし、マフィアだのというものにも関わることなく普通の人生を歩んでほしいと願うのは当然だと思う。……というか、自分の息子がリボーンやランボみたいになったら、本気で嫌だし。
綱吉の訴えが一応通ったのか、ハルは口を両手で覆って誤魔化しにかかってくれた。
その間にも、ラルとリボーンの会話は続いていく。
「まあ、俺らにとっちゃ身内を明かさねーのは別に不思議なことじゃねーけどよ」
「オレもそう思ったから別段気にしてはいなかったんだが、沢田の口振りではどうも相手の望みというか条件のような感じだったな」
「条件?」
「結婚するための条件ってところだ」
「つまり、その条件を呑んででも結婚したいほど、ツナはそいつにベタ惚れだったってことか」
「ああ。どんなに手を伸ばしてもあっさりすり抜けて行ってしまうような人だから、たったひとつだけでも確かな繋がりが欲しかったんだ、と。そう言っていた」
ラルが告げた未来の自分の言葉で、綱吉の心臓は大きく跳ねた。
それは、今の綱吉でもわかる感覚だ。どれだけ想っても、欲しいと願う人の心はずっと遠くにある。時々、近くに来ることはあっても、捕まえることなんてできない。
綱吉に、その感覚を与える人間は、たった一人しかいない。……それは……
「ははっ、ツナがそこまで言うなんてな。会ってみたいぜ」
「ハルも気になります!」
「ラル、そいつの名前は何てーんだ?」
山本の言葉に、ハルが挙手して同意した。獄寺や京子も気になっているのは明らかで、リボーンが彼らの思いを代弁して、ラルに答えを求めた。
ラルは綱吉を一瞥した後、目を閉じて静かに言った。
「……『』だ」
……やはり、そうだ。綱吉を恋焦がれさせる女性なんて、以外には考えられない。
10年後の未来に、自分はを手に入れることができたということ。その証が、今自分の胸にしがみついている幼子の存在。
けれど……だとするなら、どうして――どうしてこの時代のは、綱吉を拒絶しているのだろう。
「……おとうさん?」
不思議そうに、どこか不安そうに見上げてくる幼子の大きな瞳の中に、泣きそうな自分の顔を見つけてしまった。俯いてきつく拳を握り締め、涙をこらえる。
そんな綱吉の耳に届いたのは、あからさまなラルの溜息。
その溜息が何を意味してのものなのか、他の者たちがどうしているのか、今の綱吉には知る余裕がなかった。
の気持ちが見えない……それが、どうしようもなく怖かった。
「沢田家継。おまえ、どうやってここまで来た。母親と来たのか?」
「ううん。おうち、ぬけだしてきた」
「一人でか?」
「だって……おかあさんが、おとうさん、いなくなった、ゆーから……っ」
ラルの問い掛けに、幼子の止まっていた涙が再び溢れ出す。ラルから目を背け、己を見上げてきた幼子の言葉に、綱吉ははっとした。
忘れていたひとつの事実を、思い出した。
「こんどのおしごと、おわったら……いっぱい、あそんでくれるって、ゆったのに……っ、おとうさん、いなくなっちゃヤダぁ――っ!!」
そう、だ……この時代の綱吉は、もう死んでいるのだ……
綱吉のみならず、幼子の言葉でそれを思い出した者全員の表情が曇る。誰もが俯き、何も言えなかった。
綱吉もまた、言葉を失っていた。だが、その理由は他の者とは違っていた。幼子の言葉に、ひとつの光を見出したからだ。
が綱吉を拒絶する理由もそこにあるのではないか、と……即ち、この時代のが拒絶しているのは、『沢田綱吉』の存在そのものではなく、過去から来た綱吉だけなのでは――と。
だが、それは推測に過ぎない。間違っているかもしれないし、どっちみちつらいことに変わりはないのも事実。けれど、それでも捨てたくはない一筋の希望。
どうするべきなのか、どうしていいのかも、まだわからない中。今できることは、ただひとつ。
自分にしがみついて泣きじゃくる未来の息子を、綱吉は強く抱きしめて。
「ごめん……ごめんな。約束、守れなくなって、ごめんな……」
もう、伝えることすらできなくなった、この時代の自分の代わりに。
それしか、言えなかった……