「どういうつもりだ、雲雀恭弥」
ボンゴレ十代目のアジトから、雲雀を頭とする地下財団の施設へと唯一通じている通路にて。
過去からやって来た中学生の沢田綱吉との修行を終えて帰ろうとしていた雲雀を、ラルは呼び止めた。
雲雀は足を止めると、目だけを向けて答える。
「……何のことだい?」
「何故、沢田を追い詰めるような真似をする」
「好きにしていいと言ったのは赤ん坊だよ」
「そちらの話ではない。何故おまえは沢田を拒絶しているんだ?」
はっきりと指摘すると、雲雀は口を噤んで目を細めた。元々切れ長の目が更に鋭さを増し、見る者に威圧を与えた。
だが、生憎とラルには通じない。伊達に特殊部隊の教官をやってきたのではないのだ。
全く動じることなく、言葉を続ける。
「わかっているのか。あの沢田は、オレたちの知る沢田とは程遠い存在だ。それは力だけじゃなく、心においても言える。ただの子供に過ぎない沢田は、戦う理由を――心の支えを失えば、簡単に折れてしまうぞ」
リングに炎を灯せるだけの覚悟を持ってはいても、それを最も失いやすい弱さをも抱えている。ボスとしての自覚も薄く、正義感などあってないようなものだ。子供の故に、自分のことだけで手一杯――それが、あの綱吉だ。
ただでさえ危うい状態だというのに、それがある時を境にして急激に傾いできた。しかもそれが加速傾向にあるというのは、見る者にははっきりとわかる。
その原因が雲雀であるということも、二人をよく見ていればわかることだった。
――だというのに、原因である雲雀はしれっとしていて。
「それが僕に何の関係があるんだい」
「……沢田家継がこちらへ来たぞ。家継の存在がなければ、今朝にも沢田は折れていただろう。そこまで追い詰められていたと言っているんだ。それとも……それを見越して息子を寄越したのか?」
「何の話をしているのさ」
「おまえが産んだ、沢田の息子だろう。旧姓、雲雀」
何の事情があるのかは知らないが、今まで隠していたことを考えれば空惚(そらとぼ)けるのはわかりきっていた。だからこそはっきりと告げてやれば、ようやく雲雀は顔を向けてきた。
口許を弓形に歪ませ、けれど冷え切った瞳の、一切笑っていない笑顔がラルに向く。殺気を放っているわけではないのに、全身が一気に寒気(そうけ)立った。けれど、おくびにも出さぬよう、腹に力を込める。
「ふぅん……君は知ってるってわけ」
「必要があって沢田の戸籍を調べたことがあるからな」
「そう」
戸籍には、旧姓も両親の名前も載っている。念のために雲雀家の戸籍も調べ、『恭弥』が存在しないことも知った。そうなれば、答えは自ずと出てくる。
戸籍なんてものを見る機会がほとんどない子供たちは気にしなかったようだが、恐らくリボーンは気付いているのだろう。十代目の守護者を選んだのはリボーンだ。全員の素性と身辺調査も抜かりはないだろうし。
つまり、その気になればいくらでも知ることができる程度のことなのだ。
「だったら尚のこと、君には関係ないよ」
それを雲雀自身もわかっているのか、追求することはなく、ただそう言って再び足を進め始めた。
ラルはひとつ溜息をこぼして。
「おまえたちの事情に立ち入る気はない。だが今のまま続ければ、沢田は強くなる前に潰れるぞ。それだけは忘れるな」
去っていく背中に、そう警告した。
――その数時間後のこと。
黒い着流し姿の雲雀が、意識のない綱吉を引きずって、ラルの部屋に現われた。
部屋に入ってくるや雲雀は無言のまま、力任せに綱吉をベッドの上のラルへと放り投げてきた。……明らかに、機嫌が悪い。
綱吉のほうはいえば、苦悶の表情を刻むその顔には涙の後がはっきりと残っていて。頬も鬱血して唇の端に血が滲んでもいた。
ラルの口からは自然と溜息が出た。
「だから言っただろう」
「うるさいよ。僕だって好きでやってるわけじゃない。加減を忘れそうになる自分を抑えるのだけで手一杯なんだよっ、ああ腹立たしいっ!」
――ダンッ、と。力の限り背後の壁を叩きつける雲雀の姿に、ラルは目を丸くする。
ここまで感情を露にし、心情を吐露する姿を初めて見た。自分を制御できなくなるほど感情的になるような人物ではないと聞いていたのに……それだけ雲雀にとっても綱吉の存在は大きいということか。良くも悪くも。
「それ! 君が何とかしなよね! 僕が入れ替わるまでこっちには来させないで!! もし来たら、今度こそ殺すかもしれないよっ!!」
吐き捨てるように言って、雲雀は部屋を出て行った。
台風一過のような静寂が室内に戻る。その中に、小さな呻き声が現われ、同時にラルの服に違和感が生まれた。
「……さん……」
意識を失ったままの綱吉がラルの服を掴み、新たな涙を流していた。
本日何度目になるかわからない溜息が出る。
二人の間に何があったのかはわからないし、首を突っ込むつもりもない。ただ、ミルフィオーレを倒すという同じ目的があるから協力しているだけのこと。ボンゴレリングの使い手としての貴重な戦力を失いたくはないと思ったから警告したのだが……それが余計な感情を招いてしまった。
雲雀……あれは、相当な天邪鬼だ。それは、ひどく自分と似ている。好いた相手にこそ、素直になれない女だ。
それに気付かなければ、こんなこと思いもしなかっただろうに。
ラルは綱吉の涙を拭って、囁いた。
「おまえも、難儀な女に惚れたものだな……沢田」
止めることのない溜息がまた出て、ラルは服を掴む綱吉の手をそっと解くと、医務室へ連れて行くため小さなその体を抱え上げた。