【 く も り ぞ ら 】
駆け引き

「球針態」
「っ、ナッツ!」

 進行を阻む大量の球針態を、ナッツの咆哮で石化させてその先の雲雀を狙う。しかし当然のようにそれは雲雀も読んでおり、トンファーとグローブが幾度も激しくぶつかり合った。
 激しい攻防の中、一瞬綱吉は違和感を覚えた。それは――音。何か、金属同士がこすれるような音を聞いた気がしたのだ。

「――っ」

 音の正体を確かめる間もなく、雲雀の強烈な一撃で綱吉の体は飛ばされてしまう。
 僅かに生まれた距離。雲雀は――ニヤリ、と。口許に笑みをはいた。
 全身を駆け抜ける戦慄。瞬時に、次の攻撃に備えて体勢を整えた。――けれど。

「な――っ!?」

 着地した刹那。綱吉の足首には、黒光りする手錠がはめられていた。
 綱吉がナッツを呼ぶより先に、拘束された足を力任せに引っ張られて体勢が崩れる。その隙に、もう片方の足、両手、そして首にまで手錠がはめられてしまった。
 雲雀の匣兵器であるこの手錠は、彼女の意志ひとつで手錠の大きさも変わるし、トゲまで生える代物だ。
 こうなったら、綱吉にはもう逃げ場は無い。

「……まだ続けるかい?」
「いいえ、オレの負けです」

 綱吉が素直に降参すると、手錠は全て体から外れた。
 命を握られている状態が去り、ほっと胸を撫で下ろす。雲雀との手合わせは、本気で命がけだ。あまり心臓にいいものではない。
 それでも望みがあるからこそやめるわけにはいかないし、折角人目に触れずに戦える環境が整っているのだから、このチャンスを活かさない手は無い。
 そう思って、未来の綱吉がと戦うためだけに作ったこの隠し部屋で手合わせしてみたのだけれど――果たして結果は。

「行方不明になってた数週間で随分強くなったんじゃない?」
「ホントですか!?」
「新しい武器の使い方の実験台にもなってくれたことだし、ひとつ、質問に答えてあげるよ」

 戦って雲雀を楽しませることが出来たなら、についての情報を与える。その約束通り、質問権を得たことに自然と笑みが浮かんだ。
 知りたいこと、というか、望みはもう決まっていた。

「本当の姿を見せてください!」

 偶然に、10年後の『』の姿を見たことはあるけれど、やはり今の――自分と同じ時間を生きている、綱吉と約束を交わしたの姿が見たかった。
 何というか……それが、一番の彼女の秘密のような気がするから。
 だからそれを求めたのだけれど……雲雀は思いっきり呆れ顔で。

「……却下」
「なんでですか!?」
「本っ当に馬鹿な子だね、君は。僕は質問に答えるって言ったんだよ。君のは質問じゃないでしょ」
「う……っ」

 その通りだ。正論過ぎて何も言い返せない。
 でも、だからといって諦めるなんて絶対に嫌だ。ならば、どうすればいい?

「よく考えなよ? 質問できるのは一回だけなんだから」

 からかうような声音が、思考を乱す。ちゃんと考えたいのに思いばかりが空回っている。
 質問は一回だけ。一回……一回?

「あれ……? ヒバリさん、そういえば、あの廃工場での分は……?」
「もう答えたよ」
「へ?」
「年齢、聞いたじゃない、君」
「あ……っ。あれっ、カウントされたんですか!?」
「何を当たり前なことを言ってるのさ。君は確かに僕の年齢じゃなく、の年齢を尋ねたんだ。質問権を持つ状態での情報を求めたんだから、当然だろう?」
「うぅ……っ」

 正論、再び。
 折角、質問回数を増やせるかと思ったのに、呆気なくその期待は砕かれてしまった。しかも、自業自得。
 仕方なく、望みを質問の形にするため、なけなしの知恵を絞ろうとした。――けれど、その耳に楽しげな笑い声が届いて集中できない。
 見れば、完全服従体勢でじゃれつくナッツを、雲雀が片手で相手をしていた。
 その、見たこともない優しげな微笑みに、思わず綱吉は見惚れる。
 あの微笑みを、の姿で自分に向けてほしい――のに、何故……

「ガウっ!?」
「――へっ?」

 ゴロゴロと喉を鳴らして上機嫌だったナッツが、いきなり悲鳴に近い声を上げて飛び上がったかと思うと、雲雀の背後へと走っていった。そして陰からそっと顔を出してこちらを窺っている。
 急激な変化についていけず、綱吉も雲雀も、ただナッツを見つめるだけ。
 ナッツは、綱吉を見ている。怯えたように、その瞳に不安を映し出して、主である綱吉を窺っている。

「……~~~~っ!」

 ナッツの行動の原因に思い至った綱吉は、勢いよくその場にしゃがみ込んで両脚を抱える。真っ赤になっているだろう顔を隠すために、がっつり額を膝小僧に押し付けた。

「……何してるの、君」
「なんでもありませんっ!」

 怪訝な雲雀の言葉に、そう答えた。……それ以外にどう答えられるというのか。
 ナッツに嫉妬した――なんて……言えるわけがない。情けなさ過ぎる……早く質問を考えよう。
 質問は一回だけ。望みは本来の姿を見たいということ。それを質問の形にするには……でも、どうせなら、もうひとつ……

「あ、あの……っ」
「何? 質問は決まった?」
「一回だけ、なんですよね?」
「そうだよ」
「じ、じゃあ……本当の姿を見ることと、名前を呼ぶこと、これらを許してくれる条件はなんですか!?」

 雲雀の眉が跳ね、不敵な笑みで――どこか不機嫌な雰囲気をまとう。
 正直に言えば、それだけでも恐怖を感じる。けれど退きたくなくて、綱吉はぐっと体に力を入れて雲雀を見つめた。

「欲張ったね、君」
「一回は一回です。有効ですよね?」

 一回とは言われたが、一項目とは言われていない。だから違反にはならないはず。
 しばし綱吉を射抜くように見ていた雲雀は、不意に不機嫌な雰囲気を消した。静かに双眸を閉ざしたその顔は……何と言うべきか、満足そうな笑みで。

「やっと少しはまともに頭を使えるようになったね」
「――え?」

 それは、一体、どういうこと……?
 呟くような雲雀の言葉に疑問を感じはしたものの、それを考えるよりも先に雲雀がいつもの様子に戻って口を開いたために、疑問ごと霧散してしまった。
 その内容が求めていたものであれば、尚のこと。
 綱吉の頭は、そちらに占領される。

「そうだね……ここのように絶対的に他人の目がない場所っていうのは絶対条件かな。でも、今程度の強さじゃ、まだまだには会わせられないな」
「うぅ……っ」
「名前に関しては、あまり許可したくないのが本心かな」
「どうして、ですか?」
「だって君、馬鹿だから。うっかり人前で呼んでバラされそうな気がするんだよね」
「ううぅ……っ」
「人の気配にも敏感そうには思えないし」

 身も蓋もない。けれど、確かにありえることだ。なまじ、その光景を易々と思い浮かべることができてしまうだけに、反論などできるはずもない。
 結局、望みを叶えるには程遠いということか。
 思わず溜息をついた綱吉の足元にナッツが戻って来た。雲雀に構ってもらえて、見るからに満足そうだ。……思わず、また嫉妬しそうになって、溜息をつくことでその暗い気分を外へ追い出して、頭を切り替えた。
 『チョイス』までは、まだ少し時間がある。その間にできるだけ手合わせしてもらって、少しでも質問権を獲得しておかないと、元の時代に戻った後は思い切り戦える場所の確保が難しくなってしまう。

「――あれ……?」

 そこまで考えて、はたと気付いた。
 絶対条件は人目がないこと。本来の姿を見せてもらうためにはもっと強くならなければならないけれど、名前を呼ぶことに関しては他の条件は言われていない。本心は許可したくない――と、微妙な言い回しではあるけれど、はっきり駄目だとは明言されていない。
 と、いうことは……

「あ、あの、じゃあ……この場所でなら、名前を呼んでもいいってことですよね?」

 期待を込めて向けた確認。
 ロールを肩に乗せた雲雀は、笑みを浮かべただけで答えなかった。
 答えることなく、踵を返す。

「あ……っ、さんっ!」
「何?」

 綱吉の呼びかけに、雲雀は振り返った。いつも通り素っ気ない態度だけど、そこに拒絶の色はない。――それこそが、答え。
 あと、数日間。この隠し部屋で会う間だけは、確実に名前を呼ぶことを許された。
 それがとても嬉しくて、自然と綱吉は笑みを浮かべていた。
 雲雀は目を細めてそれを見ただけで、再び踵を返す。

「僕はもう寝るよ。じゃあね、綱吉」
「――っ!?」

 完全に背を向ける、一瞬。雲雀の髪が、伸びた――否。今まで見えていなかった本来の姿が、現われたのだ。
 綱吉からは、背中しか見えない。けれど、確かに長い濡れ羽色の髪が揺れるその後ろ姿は、女性のシルエットだった。
 たった、それだけ。ほんの僅かだったけど、それでも願いが叶ったことが嬉しい。
 そして、最後に。綱吉の名前を呼んだのは、の声だった。
 の名前を呼びたいと願った。それと同時にに名前を呼んでほしいとも願っていたのだ。こちらは何度か聞いたことはあったけれど、それでもその一言は綱吉の心を一瞬で喜びに染め上げてしまう。
 それは、まるで魔法の呪文のように。
 嬉しさで完全に頭に熱が上がってしまった綱吉は、しばらくその場でうずくまっているしかできなかった。