夜明けと共に始まる、白蘭との最後の戦い。それに勝てば、やっと過去へと帰れるらしい。
絶対に負けられない戦いのため、作戦を立てようとしている今現在。γの提案で、匣同士の連携を高め、時にコンビネーション必殺技を生み出すことのできるブレインコーティングなるものをかけることになり、この場にいる全員の匣兵器が姿を現したところ。
「わあー! 流石にこれだけ揃うと壮観だねー!」
入江正一の感想に内心同意した綱吉の耳は、未来に来てから馴染み始めていた軽い足音を拾った。振り返ると案の定、フゥ太や京子たちと共にいるはずの未来の息子・家継がこちらへと駆けて来ていて。
「おとーさーん。ぼくもボックスあけるー」
「はあっ!?」
無邪気な幼子の言葉に、全員の視線が集中した。
綱吉に向かって掲げられた小さな両手には、どこに隠していたのか、不釣合いな大きさの匣とリングが確かな存在を示していて。綱吉は目を丸くする。
「えっ!? な、なんで家継がリングと匣持ってんの――っ!?」
「しかもレアものの大空属性だな」
「もしものためにって、おかーさんがくれた!」
どこか誇らしげに答えた家継の言葉に、綱吉はがっくりと両手をついて項垂れる。家継の手の中を確認したリボーンの言葉が余計にそうさせていた。
5歳にも満たない幼子に兵器を与えるなんて、流石はといったところだろうか。普通はしないと思う。身を守るために与えたのだろうが……入手困難な大空属性なんて、逆に持ってるだけで狙われる気がするのは考えすぎだろうか。
この時代に来てから、本当に理解できない事実に振り回されてばかりいる気がする。
――でも。
の思惑が何であれ、綱吉は家継を戦いに参加させるのは絶対に拒むつもりだ。
「うわわわっ!? 待って待って家継君!! それ開けちゃ駄目だって!!」
綱吉が自分の意志を告げるより先に、入江の焦った叫びが空気を切り裂いた。
顔を上げると、家継が炎を灯したリングを今まさに匣に差し込もうとしているところで。
入江の様子に家継は手を止めてきょとんと彼を見上げた。他の者も皆、怪訝な眼差しを彼に向けている。綱吉も、その一人。
「どーして?」
「おい、正一。その匣に何かマズイ仕掛けでもあるのか?」
「変な仕掛けなんてないし、ちゃんと開くよ! 家継君用に、綱吉君と僕で作った匣なんだから!!」
「はいぃっ!? オレも関係してるのぉっ!?」
「あ、うん。ボンゴレ匣を作るついでに、万が一に備えて家継君の護身用匣も作ったんだ。大空の炎は綱吉君が提供してくれたよ」
思いもよらない衝撃の事実に口許が引きつった。
……何をやっているんだ、未来の自分。護身用って、息子を守りたいって気持ちはわかるけど……だからって、わざわざ作らせるか普通。
本当に、もう、ついていけない……自分自身のことのはずなのに、やっぱり何かが変だ。
の言った通り、今の自分と未来の自分は、同じだけど全く違う存在なのかもしれない。
「それで、なんで開けちゃマズイんだ?」
「僕が殺されるからだよ!!」
「はぁっ!?」
リボーンの問いに対して返ってきた入江の答えは、さっぱりわからない内容。
何故家継が匣を開けると入江が死ぬのか。全員の疑問を代弁したのは獄寺だった。
「何わけわかんねーことほざいてやがんだ、テメエ」
「護身用だから護身用以外で使っちゃ僕が殺されるんだって!!」
「だからなんで――」
「落ち着け、おまえら。正一、誰に殺されるんだ?」
「家継君の母親にだよ!! 戦いには参加させるなって釘刺されてるんだから!!」
なるほど。確かになら、入江を軽々咬み殺すだろう。
そう納得して――ふと疑問がよぎった。
綱吉は、この時代のに拒絶されていた。その原因は家継の存在にあったはずだ。少なくとも、あの時のの言葉からはそう受け取れた。
なのに、入江の様子から考えると、は息子を守ろうとしているようにしか思えない。
何故、だろう……他者の都合で動くような性格ではないし、望まずに得た子供なら拒絶して当然のような気がするのに……の拒絶の対象は、この自分だけなんだろうか。
この時代のの本心が、さっぱりわからない。なんだか綱吉にとっては矛盾だらけに思えてきた。
――けれど。
「おとうさん? あけちゃダメなの?」
こてんと首を傾げる家継から、負の感情は一切感じられない。
そうだ……家継は両親とも大好きだと言っていた。子供は、正直な存在だ。拒絶されて日々を冷たくあしらわれて過ごしてきたのなら、あんなに満面の笑顔で大好きだなどとは言えないはず。少なくともが家継を拒絶していないのは確かだろう。
誰よりも束縛を嫌う彼女が、自分の感情を抑えて偽るはずがない。が家継を大切に思ってくれているのは、多分間違いないはず。
綱吉は、匣を持つ家継の小さな手に自分の手をそっと重ねた。
「だめだよ、家継。これは使っちゃいけない。これは家継が自分を守るために使うものだよ。お母さんもそう言わなかったかい?」
「うん、いわれた」
迷いのない家継の答えに、確信する。
この時代のが何を考えているのかは分からない。でも、息子の存在を愛していることだけは間違いない。そして、未来の自分もそうなのだろう。
愛なんて今の綱吉には、はっきりとはわからない。けれど、家継を守りたいという気持ちは、多分同じはずだから。
「だったらやっぱりこれは、今開けるものじゃないよ」
「でも、ぼくがおねーちゃんたちといっしょにいれば、おねーちゃんたちはまもれるよ?」
「家継君……」
京子の呟きが耳を打つ。
こんなに小さな幼子が、それでも誰かを守ろうとしている。そのことがすごく嬉しくて、そして誇らしかった。
「うん、だからこそ、だよ。この匣を使うべき時はリボーンが教えてくれる。だから、それまではしまっておこうな」
「むー……」
言いながらリボーンに目を向けると、不敵な笑みで頷いてくれた。
それでもまだ納得していない息子の頭を、綱吉は優しく撫でる。
「大丈夫。ちゃんとオレたちが終わらせてみせるから。そうしたら、家継の本当のお父さんも戻ってくるからさ」
「……? おとうさん?」
「そうだよ。約束したんだろう? 今度こそ、思いっきり遊んでもらえるよ、きっと」
「ほんとー?」
「うん。だから、いい子で待ってるんだよ?」
「うんっ!!」
満面の笑顔で飛びついてきた家継を抱き上げ顔を上げると、心の底から安堵している顔の入江と目が合った。
気付いた入江が目を細め、笑う。
「中学生でも、やっぱり綱吉君は家継君のお父さんだね」
「しょ、正一君……」
そんな、まじまじと見つめて言われると、どう返していいのかわからなくなる。
この重みには慣れてしまったけれど、父親だという自覚なんて当然ないに等しいのだ。でも……そう、確かに守りたいとは思う。
元の時代に戻ってしまえば、きっと家継に会うことはなくなるだろう。何故なら、今いるこの時代はもはやパラレルワールドのひとつであり、綱吉自身が辿る未来ではなくなっているからだ。
結果がわかっていてこの時代の自分と同じ行動など取れるはずはなく、の心を手に入れられる自信だってありはしない。
だからこそ、生きてほしいし、残り僅かとなったこの触れ合える時間を大切にしたいと思うのだ。
心のままに家継を抱きしめる綱吉の前で、入江は疲れきった様子で項垂れる。
「ホントに助かったよ、綱吉君……殺されずに済んだ……」
「おい入江、テメエ、十代目の奥方をご存知なのか?」
「あ、うん……一度だけ会ったことがあるからね。……物凄く怖かったよ……」
獄寺の問いに、入江はどこか遠くを見つめて言った。その口は引きつり、渇いた笑いがこぼれている。
この時代には、彼女を知る者が綱吉以外にも案外いるらしい。以前はそのことを残念に思ったりしたが、今は――もう別の未来だとわかったためか、あまりそんなことは感じなかった。
自分と同じ時代の者に知られたらそうはいかないのだろうけれど、少し不思議に思える。
「ボンゴレ。あんた一体どんな女を妻にしたんだよ?」
「あ、ははは……今のオレに聞かないでください」
γの呆れた言葉にも、簡単にとぼけられた。
何だろう……こんな他愛ない遣り取りが、とても大切なもののように感じる。
戦いは、やっぱり怖い。戦うことも、それで大切な仲間が傷つくことも、怖いことに変わりはない。
けれど――それでもこの時間が、とても大切で……そう、いとおしく思うのだ。
未来に来て、怖いことやつらいことばかりあった気がするのに、それでも全部ひっくるめてそう思えた。
だから。
「おまえたち、いい加減に本題に戻れ!!」
ラルの号令に、皆が明日の準備へと意識を向ける。綱吉も、勿論同じだ。
絶対に、負けられない。守りたいと、心から思うから。
決意を新たに、拳を握り締めた。