――白蘭を、倒した。
とても……とても大きな犠牲が払われてしまったけれど、アルコバレーノも復活し、平和な過去へと帰れることになった。
やっと、すべてが終わった……
「待て、ヒバリ」
酷く静かな声でリボーンが雲雀を呼び止めたのは、そんな安堵と喜びの満ちる雰囲気の中だった。
「なんでおまえは『雲雀恭弥』を演じる道を選んだんだ?」
投げかけられた問いに、雲雀は足を止めてリボーンを振り返った。
意味深長な言葉にか、その場にいるほぼ全員が二人に注目する。
雲雀の素性――即ち、少年だと思われている人物が、本当は『雲雀』という名の女性であることを知っているかのようなその問いに、綱吉も身を固くして二人を見た。
「何のことだい」
「白蘭が言ってたことだ。おまえは『雲雀恭弥』じゃねえ、この時間軸にだけ『雲雀恭弥』が存在してねえ、と」
リボーンの口から出た信じられない事実に、綱吉は目を瞠る。
「ちょっ、リボーン! 何だよそれ!? オレ聞いてないよっ!?」
「ああ、おまえ丁度白蘭にヘッドロック食らって落ちてたからな。聞こえてなくて当然だ」
「――っ」
思い出された痛い事実に顔を歪め、すぐ傍らにいる山本へと目を向けた。
山本は困惑を浮かべながらも、しっかりと頷く。
「ホントだぜ、ツナ。なんかずっと違和感があったとか言ってたな。その正体がヒバリだって」
「なん、だよ……それ……っ」
まさか、そんなところからのことが知られてしまうなんて……っ。
この時代の者が知っているのはもう何も感じないが、やはり自分と同じ時代の者に知られてしまったことは綱吉の心を大きく揺さぶった。
ふと服を引かれた感覚に視線を落とせば、座り込んだままの綱吉の胸にしっかりとしがみつく家継の姿。話の内容自体は理解できていないのだろうが、それでも母親が誰でありその望みが何であるのかはわかっているのだろう。不安げな表情で雲雀を見つめていた。
家継のその様子が、綱吉の動揺を更に煽る。
のことを誰にも知られたくなかったという、綱吉の個人的な願い――我侭。それが叶わなかったことに対する様々な感情のほか、自身の反応に対する不安が何よりも大きく渦巻いていた。
が何故『恭弥』を演じていたのか、その理由を綱吉は知らない。知らないからこそ、このように大勢の人間にばれてしまった今、がどんな反応をするのか……不安で、そして怖かった。
もしかしたら二度と会えなくなるかもしれない……そう思えてしまって、怖くて仕方がなかった。
「全パラレルワールドを知る白蘭でも、この場で直接対峙するまで気付けなかったほど、おまえは見事に『雲雀恭弥』を演じ切っていた。なんでそんな真似ができたんだ? まさか、白蘭と同じような能力を持ってんのか?」
「妙な言いがかりはやめてくれないかい。そんな能力なんて僕は持ってないし、演じるも何も僕が『雲雀恭弥』だ。他の世界のことなんか知ったことじゃないね」
「では、あなたの持つその能力は一体何なのです?」
リボーンに続いて疑問を投げかけた六道骸の言葉に、ようやく綱吉は顔を上げた。
骸の右目には、霧のボンゴレ匣の魔レンズが装備されている。雲雀は――目を細め、無表情のまま骸を見ていた。
「あなただけGHOSTに炎を吸われなかった。この魔レンズを通してでさえ、あなたの姿をはっきりと見ることができない……GHOSTの力を無効化したであろう、あなたの体を完全に覆っているその『影』は一体何なのですか?」
骸の言葉に誘導でもされたかのように、全員の視線が雲雀に向けられた。
目に見えるのは、何の変化もないいつもの姿。けれど骸は雲雀の体を『影』が覆っていると言う。
その『影』が、の持つ幻術に似た能力の正体――?
……いや、そんなことよりも、何かがおかしい……リボーンの質問も骸の指摘も、どこかずれている気がする……そう、骸は魔レンズでも雲雀の姿が見えないと言い、その能力について訊ねている。
ひょっとして、まだのこと――雲雀が女性であるということまでは、知られていないのだろうか。
不安と、僅かな期待をもって、綱吉は雲雀の反応を見守る。
雲雀は溜息をついた。
「自分の力不足を棚に上げて暴けなかった情報の開示を求めるなんて、随分と情けない手段に出たね、六道骸」
「……つまり、教えるつもりはない、と?」
「当然だろう? 手の内を明かして僕に何のメリットがあるんだい」
「ししし、そのとーりだね♪」
「正論ね」
嫌みと共に黙秘権施行を宣言した雲雀。意外なことにそれに同意を示したのはベルフェゴールとルッスーリア……ヴァリアーの面々だった。
彼らは知っていて協力したのか、それとも単に本気で賛同しただけなのか。その判断は綱吉に下せる類のものではなかったが、少なくともそれ以上問い質す気力を骸から削いでくれたという事実だけで充分だった。
だが、そんなことでは引き下がらないのがリボーンだ。
「信用を得るのがメリットだろう。全員揃ってる今の内にはっきりさせとけ」
「信用されようなんて僕は思ってないよ、赤ん坊。疑いたいなら好きに疑えばいい」
「疑うも何も、おまえが『雲雀恭弥』じゃねえってのは、白蘭が明らかにしちまってんだ。暴かれる前に自分で打ち明けといたほうがいいだろうが」
「おかしなことを言うね。あの男の言葉が真実か虚言かなんて、誰にも確かめようのないことだろう? それとも君には、パラレルワールドとやらを見せる能力があるとでも言うのかい」
そんなこと、誰にもできるはずがない。もしできるのなら今回の戦いは、もっと違ったものになっただろう。――戦い自体、防げた可能性だって、出てきてしまう……
けれど、だからといって、白蘭の言葉が嘘だとは、誰も思っていないはずだ。
だって、疑う理由がない。白蘭の目的とは全く無関係である雲雀の素性について、彼がわざわざ嘘をつかなければならなかった理由自体が存在しないのだから。
白蘭の言葉は本当――……
ふと、綱吉は引っ掛かりを覚えた。
リボーンは白蘭の言葉を、どう言っていた? 確か……この時間軸にだけ『雲雀恭弥』が存在しないと言っていなかったか?
それは、逆を言えば、他のすべてのパラレルワールドに『雲雀恭弥』という男が存在しているということになる。そして何故かこの時間軸にだけは、『雲雀恭弥』に代わって『雲雀』が存在している、と。
難しいことはわからない。平行世界なんて、初めから理解の範疇を超えているのだし。
わからない、けれど……つまり『雲雀』は、全パラレルワールドの中でたった一人――あの人だけ、ということになるのではないだろうか。
いつか、入江が言っていた、8兆分の1の確率……あれは、綱吉とが出逢うことができた奇跡を示す数字でもあったということだ。
「そんな能力なんざなくたって、おまえが『雲雀恭弥』じゃねえって証明なら、いくらでもできるぞ」
「……赤ん坊。君、自分が言ってることの矛盾に気付いてるかい?」
「そりゃ、おまえ自身にも言えることだろ、ヒバリ。この俺が気付いてねーわけ」
「もういい! やめろよ!!」
諦める気配のないリボーンの言葉を遮り、綱吉は叫んだ。ビクリと体を跳ねさせて見上げてくる家継をぎゅっと抱きしめたまま、ただ地面に視線を落として。
「ヒバリさんはヒバリさんだ! それでいいじゃないか!? やっと……やっと全部終わったっていうのに……っ。そんな話、聞きたくない……っ」
「ツナ……」
「十代目……」
山本と獄寺の心配そうな声が聞こえてはいたが、顔を上げることはできなかった。顔を上げてしまえば、すべてばれてしまうから。
ポーカーフェイスができないのに、読心術が使えるリボーンがいるのだ。今、綱吉が抱えている思いを読まれるわけにはいかないから。
『雲雀』のことがまだはっきりしていないのなら、これ以上『雲雀恭弥』の秘密について話をさせたくない。それを知るのは、綱吉だけに許されたゲーム……駆け引きだから。
こんな独占欲にまみれた思いを。そして……
「……だ、そうだよ。家庭教師?」
「チッ」
「少なくとも、このリングが所持者に選んだのは、今、君の目の前にいるこの『雲雀恭弥』であることに間違いはないよ。それで不都合はないだろう?」
「……不都合はねえ。単なる俺の好奇心だからな」
「推測は自由だよ、アルコバレーノ。答え合わせをする気はないけどね」
言い捨てるように話を終わらせて雲雀が去ったのがわかり、綱吉は家継を抱いていた手を緩めた。
それでもまだ顔を上げれずにいる綱吉の目から雫が落ち、家継の頬を濡らす。
「……おとーさん?」
「だいじょうぶ……なんでもないよ……っ」
不思議そうに、ほんの少し不安そうに見上げてくる家継と、額をくっつける。そして家継にだけ聞こえるような声で囁いた。
「悲しいわけじゃないから、大丈夫だよ」
そう。綱吉の心に満ちているのは――喜び。
こんなにも好きになれた女性と出逢えた奇跡が、ただただ嬉しいのだ。
全世界、全次元でたった一人しか存在しない、愛しいヒト……
この想いは誰にも知られたくない、綱吉だけのものだから。
綱吉は涙が止まるまで、未来の息子を抱きしめていた。