ボンゴレⅨ世(ノーノ)、ティモッテオはベッドに腰を下ろし、深く考え込んでいた。
不意に響いたノックに顔を上げ、意識を切り替える。
「開いているよ」
「呼んだか、九代目」
「ああ。綱吉君がこうなった事情を聞かせてほしくてね」
自分が座るベッドで眠る少年を指して単刀直入に言うと、やって来た黒いスーツの赤ん坊、リボーンは一瞬言葉を詰まらせた。
最強の殺し屋にとって完全なる失態は、時間としてはほんの刹那の間。すぐにいつもの調子に戻したようだが、ティモッテオとて伊達に長年マフィアのボスをしてきたわけではない。見逃すことはなかった。
「報告はしたぞ」
「D・スペードが全ての黒幕で、シモンファミリーは騙され利用されていただけの犠牲者。『血の洪水事件』も、古里炎真にボンゴレと綱吉君への憎しみを植えつけるためだけに為されたこと。ボンゴレとシモンの間に起きた全ての真実は明らかになり、D・スペードも綱吉君が倒して、無事に解決したということだったね」
「そうだ」
「では何故、綱吉君はここまで傷付いているのかね?」
「D・スペードの目的がツナを殺すことだったからな」
「リボーン。私は体のことを言っているのではないよ。泣き疲れて眠ってしまうほど、何が綱吉君の心を傷つけたのかと聞いているのじゃよ」
「……」
「D・スペードの所為ではなかろう? 全て解決したと報告したのは、おまえ自身なのじゃからな」
もしD・スペードが最期の悪足掻きとして綱吉の心を壊すような置き土産でも残していったのなら、リボーンは決して解決したとは報告しない。
だから、理由は全く別のこと。綱吉の状態や戻ってきた者たち――特にシモンファミリーの様子を見る限り、それはD・スペードを倒した後に起きた何かと見て間違いはない。
全てが解決して気が緩んでいたその時に、不意打ちのようにそれが起こったのだとしたら、さぞかしダメージは大きかっただろう。
しかもそれが、綱吉にとって一番つらい出来事だったのなら、尚のこと。
綱吉は仲間を、友人を何よりも大切にしている。全てが終わった時あの島にいたのは、その仲間と友人たちだけだ。けれど、全ての誤解が解けていた状態で彼の思いに対する裏切りに等しい事態が起きたとは思えない。
だとするなら、考えられることは、たったひとつ……その見当がついているからこそ、ティモッテオは問い質さずにはいられなかったのだ。
確信の込められた厳しい視線を向けられたリボーンはというと、帽子のつばを引き下ろして視線から逃れた後、観念したように溜息をついて小さな口を開いた。
「嘘はついちゃいねーぞ。D・スペードがヒバリの隠していた力に目をつけて自分のものにしようとした結果、本来の姿が露顕しちまったんだ」
「『解決した』ということは、後遺症もなく今までと同じ状態には戻れたのじゃろう?」
「ああ。戻れた、というよりは、戻したって感じみてーだがな」
「ふむ……それだけなら綱吉君が傷付く理由はないのぅ。綱吉君は確かに弱い子じゃが、そう簡単に傷付きもしない子じゃからの」
まして、あの十代目雲の守護者となった子は別人になりきれるほど見事な演技力を持っているだけではなく、交渉術にも長けている。ただ姿が露顕しただけなら、いくらでも隠しようがあったはずだ。
つまり、彼らの意に反して、それ以上の真実を明かした存在がいる可能性が高い。そしてそれは、D・スペードではない別の者――即ち、リボーンしかいないということ。
「リボーン」
静かに呼びかけると、それだけでリボーンはビクッと体を震わせた。ティモッテオは別に何も威圧をかけたりはしていない。それだけやましい心当たりがある証拠だ。
溜息をこぼして、ティモッテオは小さな殺し屋を見下ろす。
「勘違いしないでほしい。わしはおまえに綱吉君の家庭教師を頼みはしたが、綱吉君のプライベートを侵していいとは言っておらんよ」
「オレの仕事は、マフィアのボスとしてやっていけるようにツナを強くすることだろ? 必要がありゃ何でも利用するぞ」
「おまえのその判断が今回、綱吉君を強くするどころか逆に壊しかけたのじゃろう?」
あくまでも非を認めようとしない赤ん坊へと静かに諭しかければ、再び彼は口を噤んだ。
こぼれそうになる溜息を堪え、ティモッテオはただただ静かに畳み掛ける。
「リボーンや、覚えておきなさい。秘め事というのは、隠されているからこそ意味があるのじゃよ。そしてそれが男と女の間にあるものであるならば、当人たちの間でだけ明かされる時のみ美しく花開くということをな」
「……九代目、何をどこまで知ってんだ?」
「ふふっ、ただの勘と、年の功というやつじゃよ」
「年の功はともかく、『ただの勘』じゃねーだろ、あんたの場合……」
ようやく顔を上げた赤ん坊に、ティモッテオは穏やかに笑って言った。するとリボーンは思いっきり嫌そうな顔を返してきて、ティモッテオは声を立てて笑った。
「おまえも今回のことで、他人が無理につぼみを開けたところで花自体が駄目になってしまうということを学べたじゃろう。次からは気をつけなさい」
「……わかった」
最期に忠告を与えると、苦々しく頷いてリボーンは部屋を出て行った。
残されたティモッテオは、つらそうな表情を浮かべて眠る少年の髪を優しく梳く。孫に対してするように、愛しげに、何度も、何度も。
しかし、綱吉を見つめる顔は、同じようにつらそうに、そして悲しげに歪んでいた。
『雲雀恭弥』と『雲雀』が同一人物であること自体は、調べてすぐにわかっていた。
ただ……に対する綱吉の気持ちに気付けたのは、年の功によるものが大半だ。超直感はそれを確信させただけに過ぎない。
年の功……そう、自分にも覚えのある感情だからこそ、気付けた。
――生涯でただ一度の、本気の恋だと。
ティモッテオには、今でも想い続けているたった一人の女性がいる。出逢ってからもう何十年も経ったが、彼女を想う気持ちに変わりはなかった。
ただ、もう二度と会うことはないだろう。ティモッテオは彼女を本気で愛しているが故に、共には歩まぬ道を選んだからだ。
その選択が間違っていたとは思わないし、後悔もしていない。
けれど、だからこそ、綱吉には自分と同じ道は歩んでほしくないと思うのだ。
「頑張りなさい、綱吉君……まだ何も終わってはおらんよ。諦めてはいかん。その手で君の求める幸せを掴みなさい。わしは、それを願っておるよ……」
眠り続ける綱吉に、ティモッテオは静かに励ましの言葉を降らせた。