「家継ー! どこに隠れてるんだい?」
ボンゴレ十代目の地下アジト内居住区で、十代目ボスである沢田綱吉は息子の名を呼びながら歩いていた。
声はやわらかいもののその顔には笑みがなく、内心の焦りを殺しているポーカーフェイスであることは見る者が見れば明らかで。かくれんぼなどの遊びでないことは確実だった。
それを裏付けるように、獄寺隼人と山本武が焦りを露にして駆けてくる。
「ツナ、こっちにはいなかったぜ。見たやつもいなかった」
「そう……」
「これだけ探しても見つからないとは……十代目。もしや何者かにさらわれたのでは……」
「まさか出入り口を使った形跡はないし、侵入者が入った様子もないんだから、アジト内にはいるはずだよ」
口ではそういうものの、綱吉は確かに焦っていた。嫌な予感がしてならないのだ。そして自分の『勘』が決して外れないことを、よく知っていたから……余計に焦りは増していた。
彼のその焦りを、10年という時を側で過ごした二人は敏感に感じ取る。
「もう一度探してくるわ」
「オレも行ってきます」
「……うん、お願い」
自分のために動いてくれる二人に対して申し訳なさと感謝を感じつつ見送った綱吉もまた、踵を返して居住区を後にする。もう一度、監視カメラの類を見直すためだった。
エレベーターの前に来た綱吉の目の前で、丁度よく扉が開く。そして中から飛び出してきた人物とぶつかってしまった。余程急いでいたのか、反動で傾ぐ相手の腕を咄嗟に掴んで転倒を止めると、その人物からは安堵の息がこぼれた。
ずれた眼鏡を元に戻しながら体勢を整え顔を上げたのは、入江正一だった。
「大丈夫? 正一君」
「あ、すみませ――って、綱吉君! 丁度よかった! ちょっと来て!!」
「は? って、オレ家継探さなきゃいけないんだけど……」
「聞いてるよ! だから来てって言ってるの!」
「ちょ……っ」
有無を言わさぬ感じで腕を引っ張られ、エレベーター内に連れ込まれてしまった綱吉。勿論、本気で抗おうと思えば振り払うこともできたのだが、そうしなかったのは正一の言葉に対して『勘』が働いたからだった。
「……何か、あったんだね?」
「うっ……た、多分……ちょっと、マズイことになってる、と思う……」
少しの安堵と、多大な不安。それらが入り混じった確信で問えば、案の定、歯切れの悪い不安を掻き立てるような答えが返る。
その先を聞く前に、エレベーターの扉が開いた。先に降りた正一の後を綱吉は追う。
そこは正一の研究室のある階だった。いくつかある扉の中のひとつを開けて入ると、中には割りと大掛かりな装置があり、スパナがそれを操作していた。
綱吉に気付いたスパナは一度目を向けて確認しただけで、すぐに作業に戻る。
「来たか、ボンゴレ……正一、やっぱり作動した形跡があるぞ」
「やっぱり、気のせいじゃないんだ……」
「スパナ、これって確か、10年バズーカを元にしたタイムトラベル装置だったよね?」
「そうだ。あれは未来の自分と入れ替わるだけだが、これは過去へも渡れるよう方向性を改良したやつだ」
「作動って……まさか……」
ここに案内された理由。二人の不吉な会話。
綱吉は信じたくない思いで問い掛けた。
手を止めて振り返ったスパナは、真っ直ぐに綱吉を見て、聞きたくなかった言葉を、放った。
「あんたの息子、過去に飛んだっぽいぞ」
晴れた朝。通勤や通学の人々が街に溢れる時間。
ほとんどの者がそれぞれの目的地に向かい、今日の予定などに思いを巡らせながら真っ直ぐに歩いていく中、周囲の人々とは違う様子の少年の姿があった。
並盛中学校の制服を着たその少年は、重力に逆らう豊かな茶色の髪をふわふわと揺らしながら、どこか軽い足取りで歩いていた。琥珀色の瞳は好奇心に輝き、楽しげに街並みを映しこんでいる。
他人が見ても何か良いことがある、若しくはあったのだなとわかるほどの上機嫌さは、落ち着きのなさとも表現できるもの。
「わっ!?」
「ってえな……」
「す、すみませんっ」
案の定、横手から歩いてきたガラの悪い高校生とぶつかってしまった。
この先の展開は、恐らく当事者の少年も、そして偶然その場にいた無関係な人にも容易に読めることだった。
「中坊が、テメエからぶつかってきといて、ごめんで済むと思ってんのか?」
「骨折れちゃったんじゃないの~? 病院行かなきゃいけねえんじゃねーのー? とりあえず、治療費出してもらわなきゃ気が済まねえよなぁ?」
「制服も汚れちゃったじゃないか。クリーニング代もだよなぁ、あぁ?」
予想通り、共にいた二人が少年を取り囲み、ぶつかってしまった高校生と合わせて、ありもしない因縁をつけてきた。
少年があからさまに嫌そうな顔をした瞬間、正面にいた高校生が少年の胸倉を掴み小柄な少年の体を持ち上げた。
「っ!」
「あ゛? 何だその顔はよぉ! 悪いのはテメエなんだ、金出すのは当然だろぉがよ!」
「自分の立場ってのがわかってねえようだな、ガキ」
「悪い子にはお仕置きが必要ってか! ぎゃはははっ!」
骨折はどうしたと内心で突っ込む少年を、高校生たちは路地へと連れ込んだ。
中学生対高校生。体格に差がありすぎる上に数から見ても少年の運命は目に見えていたが、その場に居合わせた誰もが助けようとはせず各々見なかったことにして自分の目的地へ向けてそそくさと去ってしまった。
面倒事を避けて人気がなくなった通りに、怒声と殴り合う嫌な音がこぼれてくる。しばらくするとそれはなくなって、路地から人影が出てきた。
その人影は誰もが予想していた通り、三人の高校生――ではなかった。
「もう……人を見かけでしか判断できないような弱い頭で、よく高校になんて入れたよね。イキがるのは勝手だけど、勝てる相手かどうか見分ける嗅覚ぐらい身につけてほしいよ」
制服の汚れを叩き落とし愚痴をこぼしつつ出てきたのは、なんと中学生の少年のほうだった。
事の成り行きを知る者が残っていたのなら驚きに目を剥いたことだろうが、幸か不幸かその場には誰もいなかった。――けれど。
「はひっ、ツナさん!」
通学途中らしい一人の女子中学生が少年のほうへと駆けてくる。
顔を上げた少年は少女の姿を捉えると、嬉しそうに目を細めた。
「おはよう、ハルね――っと」
「おはようございます、ツナさん! 朝からツナさんに会えるなんて、今日のハルはラッキーでハッピーです!」
「ふふっ、朝から元気だね」
穏やかに笑う少年。いつもとは違うその様子に少女は違和感を覚え、少年をまじまじと見つめた。姿形に変わったところはない――と思った瞬間、少女は顔色を変えた。
「はひっ、ツナさん怪我してます!」
「え? ……ああ、さっきカツアゲしてきた不良の一人がナイフ出してきたから」
「ナイフですかーっ!? 大丈夫ですか!? 他に怪我ないですかーっ!?」
「平気平気。手加減がよくわからなくて少し反撃されただけだし。……って、いいよ、ハル。ハンカチ汚れちゃう」
「よくありません! ハンカチなんて汚れてナンボです! そんなことより、ツナさんの怪我の手当てのほうが大事です!」
「……ハルは優しいね……」
ほんの少し切っただけの頬に真っ白なハンカチを押し当ててくる少女を、少年は眩しげに目を細めて見つめる。そしてハンカチを持つ少女の手を取ると、流れるような動きで距離を縮めて――チュッ、と。軽い音を立て、少女の頬に口付けた。
突然の出来事に少女は状況把握がまだできていない模様。きょとんとしている。
少年はふわりと笑みを浮かべて、言った。
「ありがとう。ハルのそういうところが……ぼくは、好きだよ」
フリーズ。のち、噴火。
「は……はひぃ――――――っ!!!」
耳どころか、体全体真っ赤になった少女は、奇声を上げてどこかへと走り去っていく。
その姿をくすくすと笑いながら見送った少年は、ふと淋しげな表情を浮かべた。
「……同い年だったら嬉しかったのにな……ハル姉……」
誰に聞かれることもない呟きをこぼした少年は踵を返し、少女が去ったのとは逆のほうへと歩き去った。
「ふぁ~っ」
「まだ寝不足か、ツナ?」
「ううん、大丈夫だよ山本」
「ダメツナに戻って寝過ぎただけだぞ」
「リボーンっ!」
住宅街を学校へと向かって進む中、不意にこぼれた欠伸を見咎められた綱吉は、ぱたぱたと片手を振る。己をけなしてきたリボーンに対しては反射的に非難を込めて名を呼んだが、事実故にそれ以上何も言えなかった。……むしろ、好都合だと思い直して口を噤んだというのが正直なところ。
先日、自分の不甲斐なさのため、山本武をはじめとする友人たちに思い切り心配をかけてしまったという負い目が綱吉にはあった。だから本来なら心配してくれるのは有難いし嬉しいことなのだが、今の綱吉には申し訳ないという気持ちのほうが勝って非常に複雑な心中だったのだ。
それを知ってか知らずか、山本はそれ以上綱吉の体調については触れることなく、別の話題へと移ってくれた。
「そーいや、今日は獄寺いないのな」
「あ、うん。そうだね……大抵は一番に家まで迎えに来ちゃうのに……リボーン、何かあったりしてる?」
「いや。ダイナマイトの仕入れも済んでるし、特に予定はないはずだぞ」
「……何か悪いこと起きてたりとか、してないよね……?」
「まあ、学校まで行ってみりゃはっきりするって! 案外、寝坊しただけかもしんねーしさ!」
「そうだね」
いつもと違うことが起きると不安に感じてしまうのが人の性。
獄寺隼人の安否が気になった綱吉に、山本はカラカラと笑って正論を言った。こういう時には、彼の明るさというか楽観的なところにかなり救われる。
山本につられて綱吉も笑みを浮かべた――その時、角から人影が出てきた。
噂をすれば影がさすとはよく言ったものだ。出てきたのは獄寺だった。
「あ、獄寺君!」
「ほらな、ツナ。何でもなかっただろ?」
「うん、そうだね。――って……え?」
普通に元気そうな様子に安堵したのも束の間。獄寺に続いて角から出てきた人物に綱吉も、そして山本も目を見開き固まってしまった。
その人物と楽しげに話をしていた獄寺が、綱吉たちに気付いた。そして――同じようにビシリと固まった。
一番最初に硬直が解けたのは、獄寺だった。己の隣にいる人物を見、そして綱吉を見て――叫んだ。
「十代目が、二人ぃっ!?」
……そう、獄寺と共に現れたのは、鏡でも見ているのではと思えるほどに綱吉と瓜二つな顔をした少年だったのだ。
衝撃に固まったままの少年たちに代わり、塀の上に立つリボーンが一歩前へ出て口を開いた。
「おい獄寺、おまえ一体何連れてきてんだ?」
「え、えぇっ!? いえ、オレは十代目だと思って――って、リボーンさんがそこにいるということは、そちらが本物の十代目なんですか!?」
「そーだぞ」
「ぅええええぇぇっ!? オレがもう一人いるぅーっ!! 何これ何なのこれーっ!!」
ようやくフリーズから解凍した綱吉の叫びが、住宅街にこだまする。
頭の中は完全にパニック状態だ。またマフィア絡みの事件でも起きたのかと、不安が一気に膨れ上がった。
そんな綱吉と別の見解を示したのは、獄寺。
「まさか、ドッペルゲンガー!?」
「って、アレか? 本人が見たら死ぬっていう……」
「ええっ!? オレ死ぬのーっ!?」
「いえ助かる方法はあったはずです! えっと、確かー……ドッペルゲンガーを倒しちまえば――」
「そんなことしたら、確実に死ぬよ?」
不思議なモノが大好きな獄寺らしい見解だが、綱吉にとっては混乱が増しただけ。しかもいきなり命の危機に話が飛んで、もうどうしようもないほどにぐるぐると絡まりに絡まった思考は、ふと聞こえた声でぴたりと止まった。
ここにきて、初めてあのそっくり少年が喋ったのだ。……声まで、綱吉と似ている。
少年は目を細めると、怪しい笑みを浮かべて。
「ドッペルゲンガーは、もう一人の自分。己の死期を告げる使者。同じ人間であり、同じ魂を共有する鏡像。殺せば本体も死ぬ、殺さなくても近いうちに死を運んでくる――死神、だよ?」
「ぐ……っ」
暗い、昏(くら)い笑みを浮かべ、くすくすと楽しげに笑って語った少年の言葉で、獄寺は両手に取り出したダイナマイトの行き場を失ってしまった。
綱吉を守りたいのに、どうすることもできないもどかしさに唇を噛む獄寺。決して避けることのできない死の宣告を受け、真っ青になる綱吉。
山本は――ふと思い出したことを呟いてみた。
「……ん? あれ? そーいや、むかーし、ドッペルゲンガーは絶対喋らねえから、それで本人と見分けられるとかテレビでやってた気がしたぞ?」
「「っ!?」」
息を呑む綱吉と獄寺。希望と、そして警戒心を持って少年を見る。
全員の視線を受けた少年は――ぷっ、と。噴き出したかと思うと、先程の昏さなど微塵もない様子で、腹を抱えて笑い出したではないか。
「ふふっ、あはははっ! 武おじさん、せーかーい!」
「おっ、そっかそっか、間違ってなかったか!」
「うん、間違ってないよー。ぼくが言ったことが作り話だからねー。あーもう! 隼人おじさんも父さんも反応良すぎ!!」
「おじっ!?」
「父さんって……」
呆気に取られたのも、ほんの僅かな間。自分たちを示す呼び名に、少年の正体が見え、綱吉は大きく目を見開く。
「まさか……君、家継、なの?」
「うん。初めましてって言ったほうがいいのかな? ぼく、約20年後の未来から来た、13歳の沢田家継だよ」
「ええ――――――――――っ!!!」
再び、綱吉の叫びが響き渡った。
いきなり目の前にこの少年・家継が現れた時以上の衝撃に襲われ、先程以上の混乱に陥った綱吉に対し、事の成り行きを見守っていたリボーンは溜息をこぼすだけ。
「やっぱ未来の息子だったか」
「気付いてたのかよ、リボーン!?」
「10年後に息子がいたんだから、可能性はなくねーからな。で、家継。おまえ、どうやってここに来た? 10年バズーカじゃねえだろ、5分なんてとっくに過ぎてんだから」
「うん。父さんのセンセーの仲間に、科学者いるよね?」
「ああ、ヴェルデの仕業か」
「うん、父さんがヴェルデおじさんに依頼して作ってもらった装置で来たんだよ。だから過去でも未来でも好きな時間の好きな場所に行けるし、滞在時間もずっと長いんだ」
「またオレ関係してるの――!?」
「うん、してるー。だって、ぼく、父さんに頼まれてここに来たんだもん」
「ええ――――――――――っ!!!」
「さっきからうるせえ! 少し黙ってろ!」
「へぶっ!?」
次々に発覚していく事実に驚きっ放しだった綱吉は、リボーンの容赦ない蹴りを受けてアスファルトの上に尻餅をつく結果となる。綱吉としては驚くのは当然で、リボーンの扱いは不当にしか思えなかったが、口答えをすれば更に痛い思いをすることは嫌というほど学習済みだ。黙るしかなかった。
綱吉の気も知らない家継は、手を叩いて笑ってる。――と、ふとその腕にある結構ごつい形の時計を見た家継は、途端に笑みを消した。
「わお、流石にちょっとのんびりしすぎちゃった。もう、あんまり時間ないや」
「任務か?」
「ぼくマフィアじゃないよ、センセー。単なる家庭内の頼まれごとー。じゃあねー」
リボーンの質問の意図を的確に読んだ答え方をして、家継は踵を返して走っていく。綱吉たちは、ただ呆然とそれを見送った。
「よかったな、ツナ。おまえより、ずっと頭の回転の早い子供だぞ、あれは」
「えーっと……うん、まあ、それは嬉しいんだけど……なんであんな要注意人物っぽく育っちゃったのかなぁ……?」
「ヒバリの血引いてる所為じゃねえっスか?」
「う……っ、否定できない自分がいる……」
「ハハッ、そーいやヒバリの口癖しっかり継いでたな!」
幼子の時はあんなに素直で可愛かったのに、10年経つと性質の悪い冗談で人をからかって遊んじゃう小悪魔チックな性格になってしまうなんて……
自分の息子の成長にショックと不安で沈没気味な綱吉。
リボーンはその様子を眺め、更に追い打ちをかけるべく口を開いた。
「ツナ。ほっといていいのか?」
「へ? 何が?」
「あいつが向かった先、学校だぞ。ただでさえ外見おまえそっくりなんだ、行くだけでも問題あるんじゃねーのか?」
「あ――――っ!?」
「しかも、任務じゃなくて家庭内の頼まれ事で来たんだろ。頼んだのは父親――つまり、おまえだ。じゃあ、用がある相手は誰だ?」
リボーンの質問で、ややこしい問題を整理する。
家継がこの時代に来たのは、父親である未来の綱吉に頼まれてのこと。けれど、ここにいる自分には特に用があったわけではないらしく、学校へ向かった。そして用というのはマフィアに絡むようなものではなく、家庭内のもの。
と、いうことは……答えはひとつしかない。
「……ヒバリさんっ!?」
母親である、雲雀に――だ。
だが、綱吉にとってはそれは非常にまずい。10年後の未来に行った時に幼い家継の姿を見られたし、勘付かれもしたけれど、それでもまだ彼女にははっきりと事実を告げてはいないのだ。
親子であるとばれるのは、この際仕方ないとしても、問題は彼女が家継を産むことになった経緯だ。家継が知っているとは思えないけれど、は綱吉が思いもよらないほどに頭が良い。どこから気付かれるか綱吉には予想もつかないのだ。
もし彼女に知られてしまったら……考えるだけで、あの時の恐怖が蘇る。
「家継待ってえぇ――――――――――っ!!」
「十代目っ!?」
「おい、ツナ!?」
恐怖心から走り出した綱吉にはもう、驚く獄寺と山本の声も届いていなかった。
既に見えなくなっている家継に追いつくことだけしか考えられずに、ただ全力で足を動かし続けたのだった。
「こーんにーちはー……って、わお。恭弥がいる」
ノックとほぼ同時、許可してもいないのに勝手に入ってきたその人物の言動に、応接室にいた雲雀恭弥姿のは、思い切り眉間に皺を刻み来訪者を睨みつけた。
「君、沢田綱吉じゃないね。誰だい?」
「わあっ! 一目で別人だって見抜いた人、初めてだよ!」
「あれには素の状態で僕を呼び捨てにできるだけの度胸はないし、君が言った『恭弥』も僕を指してではなさそうだったからね。で、君は一体何者だい?」
「ふふっ、そっか……流石は母さんだね」
自分の質問に全く答えず無邪気に笑うその少年の言葉で、雲雀の眉がぴくりと跳ねる。
怪訝な眼差しを向ける雲雀へと、少年・家継は真っ直ぐに向き直り笑みを浮かべた。
「……『母さん』……?」
「うん、そうだよ。ぼくの名前は沢田家継。沢田綱吉と雲雀の間に生まれた第一子。どうしても、あなたに言いたいことがあって、約20年後の未来から来たんだ」
「いーえーつーぐぅーっ!!!」
――ズバァンッ、と。つい先日と同じく応接室の扉を開けた綱吉は、ぜーはーと上がった呼吸を整えながら目的の人物の姿を探した。
けれど室内には雲雀の姿しかない。綱吉は、激しい運動によるものではない汗が出るのを感じつつ、声を掛けた。
「あ、あの……っ、ここにオレそっくりな人、来ませんでしたか?」
「……来たよ。つい今さっき、目の前で消えたけど」
「っ! ヒ、ヒバリ、さん……あいつ、一体何の用事、で……」
間に合わなかった現実。止められなかった二人の接触。だとするなら、あとはもう雲雀が未来の綱吉との関係に疑問を抱かぬよう祈るしかない。
一体何をしに来て、何を言って帰ったのか。
不安の芽を払拭してしまいたい一心で問い掛けた綱吉の元へと返ってきたのは、不機嫌全開な鋭い眼差し。――けれど、そこに拒絶の色はない。
そして取り出されたトンファーに、超直感が安堵と危険を同時に告げた。
「僕はね、今その顔に対して物凄く腹が立ってるんだ。殴らせなよ」
「八つ当たりですか――――っ!?」
「咬み殺す」
「ひいぃ――――っ!!!」
再びの全力疾走。先程とは別種の迫る恐怖から、それこそ死ぬ気で綱吉は逃げ出していた。……死ぬ気モードになっていたのかは、綱吉自身にはわからなかったけれど。
「ツナ君? おはよ」
「走れぇ――エンマぁ――っ!!」
「へ? って、わあぁっ!!」
登校してきた古里炎真も巻き込んで、学校の外まで逃げ続けた。
同時刻。並盛町の一角で、ぽんっと軽い音を立てて小さな子供が一人現れていた。
その幼子は、琥珀色の大きな瞳をぱちくりさせると、きょろきょろと周囲を見回し、そして高く青空を見上げた。
「……おそと……あれ?」
こてん、と。可愛らしく首を傾げる幼子を見て和むような人影は周囲にはない。
あったのは、欲望に濁った瞳だけ。
そして路地から幼子へ向けて、一本の手が――伸ばされた。