「ランボさんはつよいもんねー……ぜったいリボーンなかせてやるもんねー……」
並盛神社前の路上にて。半泣きになりながら何かを呟く牛柄のつなぎを着た幼児に対し、通りすがりの大人たちは一人遊びに興じていると思い微笑ましげに目を向けるだけだった。
声も掛けずに去っていくだけの人々を、幼子もまた気にも留めていない。
――けれど。
「……っ、ランボさん!?」
幼子の名を呼ぶ少年の登場で、互いに築き上げていた無関心の壁は崩れ去った。
自分のほうへと走ってくる学ランを着た眼鏡の少年を、幼子は見上げる。幼子の側まで辿り着いた少年は、乱れた呼吸を整える間もなく焦った様子で言った。
「綱吉君、どこにいるか知ってるかい!?」
気弱な少年らしくない鬼気迫るその姿を、幼子はただ見上げていた。
見覚えのない他人の家のリビングで綱吉が会ったのは、大人のハル。そして、彼女がその腕に抱いている、思いっきり見覚えのある幼子。それは――
「あれ~? おとうさん……なんか、ちがう?」
「そうですよ~、ツグちゃん。ツナさんは今、ちょっとの間だけ中学生なんです」
「ふーん……」
「って、やっぱり家継ーっ!?」
どう頑張っても見間違うことなんてできない、自分そっくりな幼子は息子の家継しかいない。
いきなり大声を出した綱吉に幼子はビクリと体を震わせたが、そんなことに構う余裕など疾うに存在しなかった。
頭の中はもう大混乱でパニック状態だったから。
「なんで!? なんで家継がいるのーっ!? なんでハルが家継連れてくるのーっ!? っていうかココどこーっ!?」
「ハルの家ですよ?」
「へ!? ハルの家!? な、なな、なななななんでハルの家にオレと家継がいるのーっ!?」
「なんでって言われましても、いつもいますもんね~?」
「ねー」
「えーっ!? いつもって、ねーって……ま、まさか、その家継の母親って……っ」
ハルが子供好きなのは知っているが、家継の反応がもう赤の他人に対するものとは思えない懐きっぷりに見えて。
頭に過ぎった、ひとつの可能性。否定してほしかったそれに、大人ハルはにっこり笑って。
「ハルですよ?」
「う、うそだ――――――――――っ!!」
信じたくないその言葉を思い切り叫ぶことで否定した綱吉の視界は真っ白に染まった。
そして。
「重要なこと言いかけて消えんじゃねー!!」
「へぶっ!?」
聞き慣れた高い子供の声と、慣れたくなくても慣れてしまった頬を中心にした衝撃に、一瞬停止していた思考回路が再び動き出し現実を認識する。
石畳に立つ黒いスーツの赤ん坊。同じ年頃の見知った少年少女と、自分そっくりな幼子を。その目に映しても、綱吉の心はまだ嫌な緊張を強いてきていた。
「はっ、リボーン!? ここ並盛神社!? 戻って来た!?」
「何青くなってやがる」
「い、いや、だって、家継がいて、ハルがいて、だから、えっと……どーゆーことーっ!?」
「うるせえ!」
「ぶふぉっ!?」
どうやって鎮めればいのかもわからず未だ混乱中の綱吉には、じりじりと己の内の深い深いところから這い上がってくるようなこれをただ誤魔化してしまいたくて、叫ぶ以外に何も考えつくことはできなかったのに。
リボーンは、あっさりと再び綱吉を蹴り飛ばしてくれて。
ずきずきと痛みを訴える体が、余計に綱吉の心を追い詰めていた。
「とりあえず落ち着け、ダメツナが。未来にチビツグがいたのを見てきたんだな?」
「う、うん……」
「こっちに来た大人のツナも、ここにいるのは自分の息子じゃねえって言ってやがった」
「じ、じゃあ……この家継は、何――」
「綱吉君!!」
疑問を紡ぎかけた綱吉の声を遮ったのは、新たな第三者の声。
全員の視線が向いたそこには、石段を駆け上がってきたのだろう、肩で息をする眼鏡をかけた学ランの少年がいた。
その顔には、見覚えがある。自分たちが知っているよりも幼いけれど、間違いはないだろう。
「え……ひょっとして、正、一、君……?」
「うん……こっちで、ちゃんと会うのは、ほとんど、初めてみたいなものだよね……何か、おかしな感じだけど」
「あ、あはは、そうだね……」
「って、そんな場合じゃなかった!! 綱吉君、フェニックス見なかった!?」
「へ!? な、何!?」
「家継君の匣兵器のフェニックス! こっちのほうに飛んでくの見たんだけど、見てない!?」
「しょ、正一君、おっ、落ちつ……っ」
綱吉たちを未来に呼び出した張本人、入江正一。
彼の登場でほんの少しだけ気持ちが静かになったかに思えたが、急変した正一の剣幕で再びどこかへ行ってしまった。
鬼気迫る様相でがくがくと肩を揺さぶられた綱吉には、まともに答えるどころか問われた内容をまず理解する余裕すら見事にすっ飛んでいて。
代わりとばかりにリボーンが溜息と共に答えを返す。
「見たぞ。チビツグもここにいる。だから、とりあえず落ち着け正一」
「う……やっぱり、見間違いじゃなかったんだ……」
リボーンの指差した先にいる幼子の姿を認めた正一は、がっくりと項垂れてしまった。
正一のその反応の理由も、何故ここに来たのかも、綱吉にはさっぱり見当もつかない。
とりあえず、未だに揺れている気がする脳を落ち着けようとする中、再びリボーンが口を開いた。
「あれはフェニックスって言うのか。そーいやあれ作ったのおまえだって言ってたな」
「あ、うん……攻撃力もあるけど、とりあえず幼い家継君が生き延びることを優先して、防御と逃走のほうに特化して作ったらしいよ……」
「逃走……なるほどな」
だからハルも連れて飛べたのか、と。ぼんやりと考えた綱吉は、何か引っかかりを覚えた。それは、とても重要な何かに思えて、必死に思考回路を回転させる。
正一と、家継……その繋がり……未来での戦い……平和な、現代。
綱吉は、大きく目を瞠った。
「……匣……」
「ん? それがどーした」
「家継! 家継はお家でかくれんぼしてたんだよね?」
「う、うん……」
「そのお家って、京子ちゃんやハルたちと過ごしたことのある地下アジト……窓がなくって迷路みたいに大きなものじゃなかった?」
「うん、いっぱいおへやがあって、エレベーターにのっていくの」
「それから、家継は……覚えてる? ユニを守るためにオレたちが戦った、あの時のこと……」
「……ボックスあけちゃダメっていわれたとき?」
こてんと小首を傾げる幼子が寄越した答えで、綱吉は目の前が真っ暗になる思いがした。自分でも血の気が引いているのがわかる。
繋がった……見えた……ここにいる、家継の正体が。
けれどそれは大きな絶望でしかない。
「白蘭と戦ったあの時を知ってることが何だってんだ?」
「……パラレル、ワールド……」
「それがどうした」
「この、家継は、パラレルワールドの、家継だ……」
だから、『今の10年後』には、ちゃんと家継がいた……母親が本当に違うのだとしたら尚のこと、綱吉が会った二人の家継は姿は同じでも別の存在なのだ。
綱吉が辿り着いたその真実に、けれど他の者たちは理解できずに首を傾げる。
「なんでそーなるんだ、ツナ? だって、あれはオレたちの未来だろ?」
「未来で、さんに言われた……未来は、現在の選択によっていくらでも変わるものなんだって……パラレルワールドは、『もしも』の数だけ枝分かれしていく世界なんだろ?」
「……そうか。マーレリングが封じられた今、白蘭がミルフィオーレを作って世界を掌握するって未来はもう存在しねえ。だから白蘭を倒すために過去の自分たちを呼び出すって選択をするおまえたちもまた未来にいるはずがねえんだ」
「つまり、オレたちが行ってきたあの未来はもう、パラレルワールドになってしまった、と……そういうことですか、十代目?」
全員が、やっと真実に辿り着いた。同時に、絶望に近いものにも気付いただろう。
10年バズーカには、パラレルワールドという次元を移動する力まではない。どうやってこの時代に来たのかわからない家継を、帰す術があるのかすら見当がつかなくなってしまったという事実……家継のいた次元の者たちと連絡すら、こちらからは取れないということに。
もしかしたら、家継は、もう戻れないのかもしれない……そんな、絶望に……
「うん……それが正解だよ」
肯定を返すことすらできずにいた綱吉に代わり、獄寺に答えたのは正一だった。
皆の注目が集まる中、正一は一枚の白い紙を差し出してきて。
「これ……いきなり目の前に現れたんだ。未来からの……パラレルワールドからの手紙だよ」
「え!?」
「何だと!?」
「家継君がこっちに来ちゃった原因とか、書いてある」
「み、見せて!」
「うん」
俄(にわか)に射し込んだ僅かな希望の光に、すがりつくようにして綱吉は手を伸ばした。
正一の手から受け取ったその紙を開いて――すぐに頭を抱えてしゃがみ込む。
「って、オレ英語わかんないよ――――っ!!」
「あ、それ書いたのスパナみたいだから」
「スパナ!?」
「ったく、ダメツナが……貸してみろ」
「うぅ……」
呆れと苛立ちを含んだリボーンの言葉に従い、差し出された小さな手にその紙を渡した。
リボーンは一度紙面にざっと目を通すと――ニヤリ、と。口許に笑みをはいて。
「ほ~……」
「な、何て書いてあるんだよ……?」
「そのまま読むぞ」
綱吉の促しを受けたリボーンはそう言って、紙面に書かれた内容を訳した。
「……やっぱり約10年前の並盛町に向けて動いてる……」
「転送したものの大きさや容積から見ても、行ったのはボンゴレの息子に間違いないな」
タイムトラベル装置の操作パネルをそれぞれに叩き、正一とスパナが判明した事実を告げる。
とりあえず、居場所がわかったことと、比較的安全な時代と場所にいることとに胸を撫で下ろした綱吉だが、やはりまだ不安のほうが大きくあって。
その不安を解消すべく口を開いた。――が。
「いつ戻ってくるんだい?」
「……えーっと……」
「戻ってこないぞ、ボンゴレ」
言い淀む正一とは対照的に、スパナがはっきりきっぱり言い切った。
何やら白い紙にペンを走らせるスパナを、綱吉は努めて冷静に見つめて、更に問う。
「……どういうことだい?」
「これはまだ試作機だ。片道分の機能しかつけれていない状態だから、行ったら行きっ放しにしかならない」
「何故そうなったの? 10年バズーカが元になっているなら、滞在制限があるはずだよね?」
「そ、それは……その……」
「白蘭の件で知った、パラレルワールドってヤツも行き先として選べるようにした所為だな」
「え……それ、本当かい? オレ、何も報告受けてないんだけど」
「うっ」
「過去に帰ったボンゴレたちの持つリングの波動を頼りに軌跡を調べてみたら、どうもできそうに思えて勢いで作ってみたばかりだったんだ。時間だけじゃなく、次元の移動を追加した結果、戻ってくるためのエネルギーが不足したってことだな」
「……それじゃあ、家継が行った10年前っていうのは、この世界の10年前じゃなくて……」
「白蘭を倒して帰ったボンゴレの元、既に枝分かれした先、パラレルワールドの10年前だ」
告げられた予想外の現実に、綱吉は目の前が真っ暗になる思いがした。けれど軽く頭を振って絶望を振り払い、すぐに解決策を探し出す。
ひとまず、行き先が判明はした。その上、向こうの者たちも家継の存在を知っているので、取り立てて言うほどの大きな危険はないだろう。あとは、家継をこちらへ呼び戻す手立てを講ずるだけ――と。
必死に自分の心を落ち着かせ、冷静さを保とうと努力していた……のに。
「送るだけはできるんだよね? だったら、とりあえず向こうのオレたちに手紙を書いて家継を保護してもらってくれるかい」
「今、書いてる。だが、ボンゴレ。さっきも言ったがこれはまだ作ったばかりの試作機だ。まともに作動実験はしてないからな。あんたの息子も含めて、無事に着く保証はないぞ」
この爆弾発言により、それらは見事にどこかへすっ飛んでしまった。
そして、ボスという立場になってからずっと表に出さないよう努めていた、生来の突っ込み体質が久方ぶりに解放される。深く考える前に、言葉が飛び出していく。
「ちょ、何それ!? 聞いてないよ!?」
「今言った」
「無事に着かなかったらどうなるんだよ!?」
「別のパラレルワールドに出るか、時空間の狭間に放り出されるか、次元移動に耐えられずに潰されるかってところだな」
「それって生きてる可能性ないってこと!?」
「後ふたつはそうなる」
「っ、何てことしてくれたんだよ!?」
「まあ、さっき調べたら、正一が持っていたデータと同じ、あんたの息子に持たせてる匣兵器のものらしい反応があったから、着いてはいるだろうが」
さらりと告げられた無事の報せに、どっと心労が出てその場に両手をついて項垂れる綱吉。
スパナは手を止めて、無感動な目を向ける。
「……大丈夫か、ボンゴレ」
「それを先に言ってほしかったんだけど……」
「あらゆる可能性を考慮しなければ確実性のある物は作れない」
「わかるけど……というか、匣兵器を使うような事態が起こったってことだよね?」
「だろうな。匣はリングと違って、開けなければ大した波動を発することはないものだから」
「……何それ……何なんだよ、もう……オレ、離婚の危機じゃないか……」
「いやいやいやいや、僕は命そのものが危ないんだけど!?」
「正一君は自業自得だからいいよ」
「よくないよ!!」
「とりあえず、何が何でも家継だけは救出してから逝ってね、正一君」
「だ、だから、黒いってば綱吉君――っ!?」
どこか一本壊れたかのように不気味に笑う綱吉の言葉に、正一が半泣きで手を動かしながら反論するという状態。
スパナは溜息をひとつこぼすと、再びペンを動かし、最後に自分のサインを入れた紙を丁寧に折り畳んで装置にセットする。そして先程調べておいた行き先へと、転送したのだった。
「『とか言って、ボンゴレが壊れかけてる気がするが、とりあえず大急ぎで往復機能をつけれるよう、装置を改良する。ボンゴレの息子を見つけたら預かっておいてくれ。スパナ』――だ、そうだ。向こうのツナは、ボスらしい性格になってるみたいじゃねーか。良かったな」
「全然よくないよ!! 離婚やだし、そんな性格もやだけど、それはオレとは別の存在のオレのことだからこの際どうでもいい!! 問題は家継が帰れないかもしれないってことじゃないか!!」
「帰れねーことはねえだろ。例え向こうで何年かかっても、こっちじゃすぐに迎えが来るんじゃねーか?」
「それで家継はどうなるんだよ!? その空白の時間をどうやって埋めるんだよ!? 家継にとってはほんの数時間でも、戻った世界では何年も経ってるとしたら、本当に浦島太郎じゃないか!」
「ツナさん……」
「それに……もし、その装置が完成しなかったら……家継は、本当の両親に会えないままになるじゃないか……っ」
大切なのは幼子の幸福。それを思えばこそ、楽観視なんてできなかった。
だからと言って、どうすればいいのかなんてこともわからない。死ぬ気弾や10年バズーカなどというものが存在するマフィアの科学力を以ってしても、今現在の科学力では恐らくパラレルワールドへ移動できるようなものを作り出せはしないだろう。
こちらからは、八方塞がり、打つ手なし。向こうからの手を待つしかないのが、歯がゆくて、そして悔しかった。
その悔しさから涙まで出てきかけた時、ポツリとリボーンが言った。
「……ツナ。20年後から来たって言ってたもう一人の家継は、何しにここへ来たんだ?」
唐突な問い掛けに誰もがきょとんとする中、炎真は一人離れたところで携帯電話を取り出していた。
――ぼんっ、と。
音と煙が晴れた先には、それぞれに馴染んだ姿と光景があり、どちらからともなく安堵の笑みを浮かべた。
「おかえりなさい、ツナさん」
「ただいま、ハル。びっくりさせて、ごめんな家継」
「んーん。びっくりしたけど、たのしかった!」
「そうか」
ハルの手から家継を受け取り抱き上げると、幼子はすぐに父の首に腕を回してしがみついてくる。全幅の好意と信頼を表わす息子の姿に綱吉が微笑みを浮かべた時、幼子は急に不思議そうな顔をして口を開いた。
「ねえ、おとーさん。ぼくのおかーさん、ハルおねーちゃんじゃないよねー?」
「違うよ。家継のお母さんはっていう名前で、髪が長くて和服がよく似合う美人さんだからね。でも、急にどうした――って……あー」
思い至った可能性に、綱吉はハルを見る。ハルはさっと綱吉の視線から逃れるようにそっぽを向いてしまって、その行動が何より事実を告げていて……綱吉は溜息をこぼした。
「ハル……あんまり中学生のオレをからかわないでくれよ」
「どうせツナさんのハートは既にさんオンリーだったんですから、ちょっとくらいイジワルしたっていいじゃないですか」
「ハル……」
「いーですよーだっ。ハルにはツグちゃんがいますから。ツグちゃん、ハルをお嫁さんにしてくれるんですもんねー?」
「うん! ぼく、おーきくなったら、ハルおねーちゃんとケッコンするー!」
「……まあ、本人がいいならオレは何も言わないけど……」
どこにでもよくありそうな会話が目の前で為されていることに、綱吉は嬉しいような心配なような複雑な気持ちでそれを眺めて――ふと、思案する。
急に静かになった綱吉へ、怪訝な目が二対向けられて。
「ツナさん?」
「悪い、ハル。もうしばらく家継預かってもらってもいいかな?」
真顔での確認に、ハルも何かを察して表情を改める。
「何か問題発生ですか?」
「うん……ちょっと、時空の迷子になっちゃったらしいもう一人の家継に会ってきちゃったから……何か手を打っておいたほうがいいかなって」
「わかりました! ツグちゃんのためなら何でも任せてください!」
「……ありがとう。いつも、ごめんな」
「いいえ、これはハルが望んだことですから!」
「うん……」
色々と複雑な関係になってしまった己の周囲を思い、綱吉はただ一度だけ苦笑した。そして、ハルの家を後にする。
ハルの家から出てきた時、そこに『沢田綱吉』はいなかった。ただ、ハルと同年代の、そこらでよく見かけられる女性が一人、遊びに来ていた友人の家から帰っていったというだけ。
しかし、しばらく歩き、人通りがなくなったところで携帯電話をかけ出したその女性の声は、間違いなく『沢田綱吉』のものだった。
そして、電話の相手は――
「リボーンかい? 悪いけど、ヴェルデと連絡は取れるかな?」