【 く も り ぞ ら 】
暴露

「……あれ? ヒバリさん?」

 ノックしても返事のなかった応接室の戸を開け、綱吉は室内を覗き込んだ。けれど、やはり人影は見えず、首を傾げる。無人であるようには、何故か感じないのだ。
 思い切って綱吉は室内に入り、静かに戸を閉めて、もう一度よく見回してみた――と、見つけたいつもと違う光景。それは黒い革張りのソファからにょっきり出ている、同じく黒いスラックスと靴。
 そろりとソファの前へ回り込んでみると、目的の人物がソファの上で眠っている姿が現われた。
 いた、のは、いい。問題は、雲雀が昼寝中であること。
 今まで何度も起こしてしまっていろいろイタイ目にあっている綱吉は、確認した途端に動けなくなってしまった。
 このまま突っ立っているのもマズイし、本当なら用件をさっさと済ませてしまいたいのが本音なのだけど……どうしても、起こすという選択を選ぶことができなかった。――条件反射とは恐ろしい。
 そうして置物のように硬直して、僅か。
 ふっ、と。雲雀の目が開き、綱吉の姿を捉えた。

「……また、君かい……悪いけど、今日は君に構う気はないよ……」

 けれど、綱吉の恐れていた事態は起きなかった。
 寝起きの小さな声で呟くようにそれだけ言って、雲雀は再び瞼を下ろしてしまったから。
 とりあえず、今までのようなことはないという安堵から硬直が解けた綱吉は、ソファに近付くと急いで用件を告げる。

「あ、あのっ、話だけでも聞いてくださいっ。代理戦争の――」
「うるさい」
「ふぎゅっ!?」
「僕は、眠いんだ……よ……」
「あああのっ! ヒバリさ……っ、ちょ……っ!?」

 言いかけた用件は全て伝えきる前に、『』の胸で押し潰されてしまった。
 ……そう、胸だ。雲雀は、あろうことか綱吉の頭を抱き枕にでもするかのようにがっちり抱きかかえたまま再び寝入ってしまったのだ。
 本当に眠っているのかと疑いたくなるほど強く押さえつけられていて、綱吉はそこから抜け出せない。あんまり暴れて雲雀が起きた際のことも考えると、本気では抵抗できないというのもあるけれど。
 もぞり、と。息がしやすいように顔を動かした先に、本気で寝入っている雲雀の顔を見てしまったら、どうにも起こす気にはなれなくなってしまって。
 好きな女性(ヒト)の胸枕という状態にドギマギしていた気持ちも、トクン、トクンと定期的に聞こえてくる心音によって少しずつ鎮まっていって――綱吉もまた、眠りへと落ちたのだった。





 気がついた時、綱吉は真っ暗な空間にいた。
 真っ暗だけど、それは闇ではない。幾つもの輝きが無数に散らばって見えるそこは、まるで宇宙空間。
 上も下もないその場所に、綱吉は一人ぽつんと立っていた。

「あれ……? ここって……えーっと……夢の中?」

 たまに、はじめから夢だとわかる夢を見ることがある。
 感覚としては、あれと全く同じ。だけど、どこか少し違うようにも思う。
 よくわからなくて首を傾げた時、目の前にいきなり水が吹き上がり、中からまるでクリスタルの彫刻を思わせる体躯の龍によく似た生物が現れた。

「これはこれは。珍しいこともあるものだ」
「な……龍!? ――じゃなくて、え!? 家継が帰った時の……えっと、時蛟!?」
「ふっ、珍しい客人は、珍しい資質の持ち主か。我が姿に心囚われぬ強き心と輝きを放つ魂の主に、こうも巡り合えるとは」
「は!? え!? ってか喋れるのー!?」
「クックックッ。賑やかな小僧だ」
「うっ」
「名は?」
「沢田、綱吉……」
「ふっ、ははははっ! この空間において自らを示すことまでできるとは! なんと心楽しき日よ!」

 いきなり現れた龍モドキが喋ったことにも驚いたけれど、夢だからと簡単に納得して、それとの遣り取りに臨んでみた。が、どうにも上手く会話が成り立っていない気がする。なんでか、思いっきり笑われてるし……鋭い歯のびっしり並んだ口を大きく開けられるのは、流石にちょっと怖い。
 混乱、しているけれど、一応話を進めてみたいと思い、綱吉は問い掛ける。

「ええ!? 何!? 何なの一体!? 時蛟、で合ってるんだよね!?」
「いかにも。我は時間と空間を統べる幻獣、時蛟。強く美しき輝きを放つ魂と契約を交わすことにより、我が持てる全ての力を貸し与える幻獣なり」
「時蛟の、力……? それって、パラレルワールドへ渡れるっていう?」
「然り。我が属性は時間と空間。それを自在に渡る能力。更に水を媒体とすることにより鏡像を生み出すこともできる」
「それ、は、幻術ってこと?」
「いかにも」
「……っ、ここは、どこ?」
「今の名を『雲雀』という者の魂の内、我が寄生する領域なり」
「――っ!?」

 やっとまともに返ってきた答えにより成立した会話は、思いがけない事実を突きつけてきた。
 これが、の力の源……彼女が隠してきた秘密……まさか、こんな形で知ることになるなんて……
 の口から直接聞かされたのではないことに、罪悪感のようなものを覚えた。だが同時に今聞いておかなければこの先二度と知ることができないような気がして……綱吉は、罪悪感を無視して更に問いを投げかけた。

「寄生って、何!? それに今の名前ってどういうこと!?」
「我はおまえたちのように肉体と呼べる器を持たぬ、魂のみの存在。故に、我と契約を結ぶとは、我がその者の魂に寄生することを意味する。そして契約者は、我が特性により、死して肉体が滅びし後、魂は別の世界へと渡りその地で新たに生まれることとなる」
「それって……何度も人生やり直せるってこと?」
「否。世界が変われば種族が変わることもある。人間の存在せぬ世界もあるからな。魂は変わらずとも、それは同じ個ではない。新たな生だ。故に、ほとんどの契約者は一度の転生で魂の輝きを失い我との契約が解かれてしまった。我が寄生できるのは強き輝きを保てる魂のみだからだ」
「それって……もしかして、それまで生きてきた別の自分だった頃の記憶があるせい?」
「そのようだな。転生前と転生後の違いを受け入れられず壊れていく契約者が大半であった中、この者だけが唯一、永きに渡り我が契約者であり続けている」
「……つまり、それって、心が耐え切れなくなって壊れるまで、ずっと転生し続けなきゃいけないってこと……? 忘れることもできないまま、生き続けるってこと!?」
「それもまた事実。記憶は蓄積され続ける」
「そんな……っ」

 思いもよらなかった重い現実に、綱吉はその場にへたり込んでしまった。
 聞いてしまえば、何故がこれを隠し続けたのかわかってしまった。こんな、つらすぎる過去……話せるわけがない。
 後悔先に立たずとはよく言ったものだ。聞き終えてから、先程の罪悪感がより一層胸に重くのしかかってきた。
 涙まで浮かびかけた時、時蛟が言葉を降らせてきた。

「この者は、望みのためにそれこそが必要だと、我との契約を決めたがな」
「望み……? さんの望みって……」
「全てを取り戻す――と」
「取り戻す……? 何を――」

 ――何を余計なことを話している、ミヅチ!!――





「うあっ!?」

 腹部と背中を襲った痛みに目を開けると、そこはもう宇宙空間のような場所ではなく、見慣れた応接室だった。
 しっかりと目を開け片足を上げている雲雀の姿から、蹴り飛ばされて背中を打ちつけたため目が覚めたことがわかる。

「出て行きなよ。君の相手をする気はない」

 不機嫌全開で冷たく言い放つ雲雀。
 いつもだったら震え上がるだけのそれも、今は先程見た夢の内容で頭の中が占められていて気にならなかった。
 そんなものよりも、確かめたかった。あれが、ただの夢ではないということを。

「ヒバリさん……取り戻すって、何をですか……? ずっとずっと生きてきたって、本当なんですか……? そこまでして、あなたは何を求めているんですか!?」
「君には関係ないよ。さっさと出て行きな!」
「……っ!」

 の口から直接聞きたかった具体的な答えは返ってこなかった。けれど否定もしなかったことが、あの夢は確かに真実なのだと告げていた。
 だが、それ以上はどうすることも出来なった。
 見て、しまったから……あの、拒絶の色を。雲雀の瞳に……
 そうしたらもう、頭の中が真っ白になって。
 どうやって戻ってきたのか全く覚えていないけれど、気付いたら家の前にいて、目の前にはディーノとリボーンがいた。

「よ、ツナ、恭弥の件どうなった? ――って、おい!?」

 ディーノの姿を見たからか、それとも雲雀の名前が出たことにか。綱吉の目からは止め処なく涙が溢れ出て、どうすることもできなくなってしまった。
 おろおろするディーノの肩の上でリボーンがひとつ溜息をこぼして。

「ヒバリと、なんかあったのか?」

 問われた言葉に、綱吉は頷くことしかできなかった。





「まさか恭弥にそんな秘密があったとはな」
「納得はできたぞ。このオレがああも簡単に手玉に取られちまったのも、経験に差がありすぎりゃー納得だ」

 部屋に入って少し落ち着いてから、綱吉は夢で見た内容をぽつりぽつりと話した。
 話し終わっての二人の反応が、これだった。
 あまりにもあっさりとした反応に、綱吉は拳を握り締める。……これが、普通の反応なのだろうか……自分が、おかしいのだろうか……?

「で、ツナ。おまえはなんでそこまで泣いてんだ?」
「だって……そんなつらい思いをずっとしてたなんて……っ、これからもしてかなきゃいけないなんて……っ」
「つらい?」
「忘れられないってことは、大切な人との別れの記憶ばっかり増えていくってことじゃないんですか!?」
「あー……なるほど。確かにそりゃつらいな」
「それでも、それを背負ってでも叶えたい願いがあるってことだろうが。それはヒバリ自身の問題だ。おまえがどうこう言えるもんじゃねえぞ」

 それは、わかってる。綱吉がのことを諦めきれないように、にも何を差し置いても叶えたい願いがあるということだろう。
 頭ではわかっていても、感情がついていかないのだ。
 その綱吉の耳に、飛び込んできた意外な声は――

「へえ……たまには的を射た発言ができるようじゃないか、アルコバレーノ」
「「 !? 」」
「ヒバリ、さん……っ」

 窓辺に腰掛ける雲雀の呟き。
 相変わらず不機嫌そうにこちらを見る鋭い眼差しに、身動きが取れなくなった。
 そんな綱吉に代わって対応したのはリボーン。

「何しにきたんだ? ツナ追い出したのはおまえだろ?」
「来たくて来たわけじゃないよ。ミヅチが小動物に用があるってうるさいから仕方なく来ただけさ」
「え……オレに?」
「さっさとこっちに来なよ。土足であがっていいなら僕がそっちに行くけど」
「だだだ、ダメです!!」
「前髪上げて」
「?」

 不機嫌、ではあるけれど、いつもの調子に多少戻っている声音に何とか動けた綱吉が言われるまま片手で前髪を上げると、なんと雲雀は目の前で自分の指先をカッターで切り、血の流れるその指先を綱吉の額に走らせたではないか。
 ぬるりとした感触が、何度も額を走っていく。どうやら何かを描いているようだ。
 雲雀の指が離れた瞬間、それはほのかに熱を帯びて――

 ――すまなかったな、小さき者よ。おまえの魂の輝きを、我が言の葉で曇らせてしまった。詫びに、おまえの願いをひとつだけ叶えよう。願いが決まったのなら呼ぶがいい――

 時蛟の声が、頭の中に響いた。

「え!? これ……時蛟の声!? なんで!? っていうか、オレの願いをひとつだけ叶えるって……い、いいんですか?」

 何故時蛟が謝るのかもよくわからないが、仮に願いを叶えてくれるとしても、今現在時蛟はに寄生しているのだから、力を使うのはではないのだろうか。
 そう思って、恐る恐る目の前の雲雀に問うてみれば、雲雀は綱吉を見ようともせずにしれっとして。

「あのヘビが契約もなしに叶えるって言ってるんだから、思いっきり無理難題吹っかけてこき使ってやればいいんじゃないの?」
「へ?」

 答えたかと思えば、思い切り眉間に皺を寄せて、片耳を指で塞いで。

「ああ、うるさい。おまえなんかヘビで充分だ。これ以上僕の睡眠妨害するなら、おまえの胴体固結びにして転がしてやるからな。――まったく……だから起こしたくなかったんだ……」

 時蛟への苦情を呟き、独白を残して背を向けた雲雀の学ランを、綱吉は思わず掴んでいた。

「ま、待ってください!」
「……何?」
「あ、あの……もしかして機嫌が悪かったのって、寝不足だったから――ですか?」
「何か文句でもあるの?」
「い、いいえ、ありません!! どうぞお帰りになってごゆっくりお休みになってください!!」
「……ふんっ」

 不機嫌全開で今にもトンファーを取り出しそうな様子に、綱吉は慌てて手を放した。
 綱吉を一睨みした雲雀は屋根から飛び降りて――そのまま、文字通り消えてしまった。

「ありゃあ、しばらく代理戦争の話はできねえな」

 雲雀が消える瞬間を見ていなかったディーノの呟きが、妙に遠くに聞こえた。
 何か、嫌な感じがする。
 綱吉が彼女の秘密を知ってしまったことが原因で不機嫌じゃなかったのは正直安堵した。けれど……何かが引っかかる。
 そう……今まで散々のらりくらりかわして隠し続けてきた能力を、こうも簡単に暴露していったことが……何か、おかしい気がするのだ。
 寝不足で余裕がなかったなんて、そんな単純なことじゃない気がしてならない。
 じりじりと這い上がってくるような、言いようのない胸騒ぎに綱吉はただ拳を握り締めるしかできなかった。