「ちょっと、何なのさコイツ? 幻覚を受け付けないんだけど」
マーモンの言葉に綱吉はハッとしての体を見る。マーモンから発せられている藍色の霧に似た炎は、の体を包む時蛟の霧に阻まれてその先に行けていないようだった。
事実、時蛟が彼の疑問に答える形で、それが正しいことを告げる。
「我が契約者である以上、我が力を上回るものでもない限りは受け付けぬよ」
「晴の炎だけでは治療が追いつきません! このままでは……っ」
「っ」
風(フォン)が飲み込んだ言葉は、誰の目にも一目瞭然の現実。綱吉にとっては、何よりも耐え難い、考えたくもない未来……
がいなくなると考えるだけでも恐ろしくて仕方がないのに、彼女が死んでしまうなんて絶望以外の何物でもない。だから。
「オレの望みはこの人を死なせないことだ!!」
時蛟がひとつだけ願いを叶えてくれるというのなら、望むのはが生きる未来以外に何もあるはずがない!
――なのに。
「……光帝の魂には、もはやこの肉体で生きられるだけの力はない。光帝の力は生命そのものであり、魂の奥深くに沈んだその力を使うには直接生命を注ぎ出すしか方法はない」
「それでこいつはわざと闇主に刺されたのか……」
「これまで数多の世界で自らの民を呪縛より解放してきた時にも、光帝を救おうとした者たちはいた。失われた生命力を直接注ぎ込むことで延命を試みた。しかし、体は癒せても、魂にまではその力は届かなかった。肉体を持つということは時間の束縛を受けること。体を生かし続けたとしても、肉体に束縛されている限り魂は滅びへ向かう。魂が失った生命力を取り戻すには、時間という束縛の存在せぬ狭間の空間を渡ること以外には方法はなかった」
「そんな……っ」
告げられたのは無情な前例。ユニの悲愴な声が全員の絶望を表しているようだった。
けれど綱吉は気付いた。恐らく死ぬ気の到達点にいたからこそ気付けた。時蛟の言葉の変化に。
「時蛟……この人を助ける方法は、存在するんだな?」
「ツナ?」
「光帝の力を使う方法については『他にない』と断言した。だが、魂を回復させる方法については『なかった』と過去形で言った。なら、何か心当たりがあるということだろう?」
「あ……」
「教えてくれ、時蛟!! どうすれば彼女を助けられるんだ!?」
真っ直ぐに立体映像のような時蛟を見据えて訴える綱吉。
時蛟は綱吉の覚悟を見定めるようにじっと見た後双眸を閉ざし、「……確証はないが……」と前置きして語り始めた。
「これまでの世界と、この世界とで、明らかに違う点がひとつ……それは、この地の全ての生命が光帝の力により生み出されたということだ。光帝の力により生まれたおまえたちには、光帝の力の一部が含まれている。光帝の力は魂に作用するもの。お前たちの持つ光帝の力を分け与えることができるなら、あるいは生きられるやもしれぬ」
「光帝の力……死ぬ気の炎とトゥリニセッテか!?」
それならば、綱吉はトゥリニセッテのひとつ、大空のボンゴレリングの保有者(ホルダー)であり、死ぬ気の到達点にもいるから条件は揃っている。
だが……戦う力として使ったことしかないものだ。他者に分け与えるなんて、どうすればいいのか。ただ流し込むだけで大丈夫なのか。本当に、できるのか。
尽きることのない不安より先に、更に問題も残っている。
「だが、体の治癒はどうするのだ、沢田。幻術が効かんのではもたんのだろう?」
「光帝の魂が輝きを保ち、契約を受け入れている以上、我から契約を破棄することはできぬ」
「なら、の代わりにオレがおまえと契約を結べば、おまえは彼女から離れられるな?」
「それは『沢田綱吉』の死後、全ての記憶を持ったまま別の世界へ転生する道だぞ」
「そんなもの、今この人を失うよりはマシだ!!」
「よかろう。おまえにはその資格がある。光帝に代わり、おまえと契約しよう」
「っ」
幻術をにかけるには、時蛟を引き剥がさなければならない。その最も確実で簡単な方法を迷うことなく選んだ綱吉に、時蛟も即応じた。
の体を覆っていた霧が全て綱吉へ移動し、綱吉は胸の奥に感じた焼け付くような痛みに息を呑む。それは一拍の後には馴染んだ熱へと変化し、その間にの体は藍色の霧に似た炎に包まれて。
「効いたよ。内臓は補えた」
術士であるマーモンが、もうひとつの問題であった体の治癒について解決したことを告げてくれた。
残るは、最大の難関。
「あとは魂の治癒、か」
「血を使え。血は肉体における生命の源。魂の生命力と最も繋がり易い媒体だ」
「わかった」
「沢田さん、わたしもお手伝いします」
「僕もね♪」
「ユニ、白蘭……」
「トゥリニセッテは、元々ひとつの、この方の力……みっつの力を合わせることは、きっと大きな意味があるはずです」
「……ありがとう、二人とも」
やり方のヒントは、時蛟がくれた。更にユニと白蘭も協力を申し出てくれた。
心に巣食う不安を追い出し、綱吉は今までのの行動をよく思い出してみた。そして、彼女の上体を傷に響かないようそっと抱き起こす。
まずユニが自分の指先を軽く切っての口に落とし、白蘭も同じようにして血を流すと、二人は彼女の手を握って死ぬ気の炎を発した。
綱吉は舌先を噛み切ると、いつもは拳に灯す炎を口内に広がりつつある血へと集中させるイメージを鮮明に描き――そして、深く口付けた。
今まで幾度となく彼女にされたのを思い出しながら、舌を絡ませ、流れる血を増やし、嚥下を促す。
――コクン、と。の喉が小さな音を立てたのを聞き、綱吉は唇を離した。――と、その瞬間、ユニの体がぐらりと傾ぐ。
「姫!? 姫!! 大丈夫ですか!?」
「だい、じょーぶだよ♪ 疲れただけ、だから……さ……っ」
「白蘭……?」
「はは……これはケッコーきつい、かも……うん……僕もダウーン……」
γの腕の中、ぐったりと固く双眸を閉ざして反応のないユニに代わり答えた白蘭も、すぐに意識を手放してその場に倒れこんだ。
綱吉はの体をそっとその場に横たえ、時蛟を呼ぶ。
「時、蛟……成功、した、のか……?」
「ああ。人としての寿命を全うできるだけの生命力が光帝に戻った。もう心配はいらぬ」
「そう、か……」
「ツナっ!?」
の頬に僅かとはいえ血の気が戻っていることを確認し、時蛟からの太鼓判ももらえた綱吉もまた意識を手放した。
白蘭が言った通り、これはかなりキツイ……ごっそりと体中の力を持っていかれる感覚に意識を保っているのも限界だったから。
まだ、これからもと生きられる。その事実に深く深く安堵しながら、綱吉の意識は闇に沈んだ。
「さん……」
「大丈夫だって、ツナ。時蛟が心配ねーって言ったんだから、もうすぐ起きるって!」
「……うん……」
並盛中央病院の一室。ベッドに横たわるを不安げに見つめる綱吉の姿があった。
綱吉が意識を取り戻したのは、代理戦争終結の翌日。ユニや白蘭と共に大事を取って入院した病室でのことだった。
病院には他にもあの戦いで負傷した者たちが入院していて、皆順調に快方に向かう中、だけが数日経った今でも意識を取り戻していなかったのだ。
あの時よりはずっと顔色はよくなっていて、時蛟が人としての寿命を全とうできると言った言葉を信じるには充分ではある。
でも……点滴を受け、微動だにせず横たわる姿を目の前にすると、不安は次々と溢れてくるのだ。
――もしかして、が生きることを望んでいないから、体が回復しても目覚めないんじゃないのか、とか。
そんな考えたくもない悪い考えをどうにか振り払いたくて、綱吉はの手を握った。
「さん……早く、早く起きてください……っ」
ベッドに肘を突き、握ったの手を額に当てて、祈るように呟く。そして、あの時ユニと白蘭がしたように、もう一度死ぬ気の炎を灯した。
ややあって、握っていたの指がピクリと動き、綱吉ははっとして目を開けた。
まるで人形のように横たわっていただけだったの瞼が震え、ゆっくりと黒曜石のような瞳が姿を現して――思わず立ち上がった綱吉は彼女の顔を覗きこむ。
「さん! オレがわかりますか!?」
目覚めてくれた喜びや安堵と、それまで抱いていた様々な不安とが入り混じったおかしな感情のまま呼びかけた綱吉へと、の視線が定まる。
久し振りに自分の顔が映っているのがわかるくらい至近距離で見た黒曜石に息を呑んだ綱吉の下で、先程まで彼が握っていたの手が動いていた。
持ち上げられたの手は、すぐ側にある綱吉の胸倉に触れ、掴み――
――ゴッ。
「だっ!?」
「十代目!?」
思いっきり油断していた綱吉は、抵抗や身構える余裕もなく引かれるまま移動させられた先で額に走った鈍痛に悲鳴を上げた。チカチカする視界の先には、先程よりも更に近くに目を閉じたの顔があり、頭突きされたまま額を突き合わせていることが、何とか理解できた。
「いきなり何しやがるヒバリ!? 十代目を放せ!!」
「ぅわっ!?」
「大丈夫か、ツナ」
「う、うん……」
と思ったら今度は獄寺によって引き剥がされ、バランスを崩した綱吉は山本に支えられて転倒を免れた。
ずきずきと痛む額を押さえながらベッドに目を向けると、は横になったまま深く長く息を吐いていて。
「……いないと思ったら……馬鹿ね、ミヅチと契約するなんて。楽には死ねないわよ」
ああ、時蛟を探していたのか、と。
納得すると同時に、綱吉はぐっと拳を握り締める。
「そんなものよりも、オレは、あなたを失いたくなかったんです!」
『沢田綱吉』として死んだ後の問題なんて、その時になってから考えればいいことだ。そんな先に訪れる苦しみなんかより、今、目の前に迫っている苦しみのほうが余程重要だ。
それが避けられるのなら、他のどんな苦しみだって背負っても構わない。
あの時の気持ちを、その覚悟を伝えると、は綱吉を見ることもなく目を閉じて。
「馬鹿な子……」
「テッメエ、ヒバリ! 助けてもらっといてその態度はなんだ!?」
「頼んでないわ。そしてうるさい。出て行って。寝るんだか……ら……」
「おい、ヒバリ!!」
「やめとけ、獄寺」
「しかし、リボーンさん……っ」
「肉体も魂もマジで死にかけたんだ。いくらこいつでも限界ってもんはあるだろ」
いつもの調子で食って掛かった獄寺もリボーンに止められ、更には寝たというよりも意識を手放したようなを目の当たりにしては、それ以上何も言えないようだった。
綱吉は再び椅子に座ると、先程と同じように彼女の手を握り、炎を灯す。
「ツナ……」
「先に、帰ってていいよ。オレは、面会時間ギリギリまでここにいるから」
リボーンが言うように、まだ限界近くにいる状態だというのなら、少しでも早く回復できるように力を貸すことはできるかもしれないから。
一番避けたかったの死は回避できて、意識も戻ってくれた。あとは以前のように早く元気になってもらいたい。
が今、どう感じて何を思っているのか。これから、どうするのか。
全ては、それからだと思うから。
綱吉は全身全霊で彼女の回復を願って、炎を灯し続けた。
それからまた数日後の日曜日のこと。綱吉は一人、病院から学校へ向かって走っていた。
が、病院から姿を消したのだ。――否、病院側は退院したと言ってはいたのだが、前日までとても元気に回復したようには見えなかったし、それに病院側の対応を見ても彼女が自らの意志で勝手に出て行ったとしか思えないから。
学校へ向かっているのは、体が勝手に動いているだけに過ぎない。つまりは、勘。むしろ超直感によるものだろう。
だからこそ、ある種の確信を持って、不安と戦いながら必死に足を動かした。
運動部の生徒が活動する校庭の脇を抜け、校舎に入る。靴を履き替えるのもまどろっこしく感じながら、がらんとした廊下を駆け抜け、応接室の戸を開けた。しかし、そこに人影はない。
迷うことなくそこを後にした綱吉は、真っ直ぐに屋上へ向かい、重い扉を押し開いた。
外の眩しさに目を細めたその視界に――見つけた。求める人影を。
「さん!!」
金網に寄りかかって携帯電話を操作していた女性が顔を上げる。
ほんの少しだけ驚きを表情に表したその顔は間違いなくで。高く結い上げられた濡れ羽色の髪を風に弄ばれながら、パタンと閉じた携帯電話をセーラー服のスカートにしまう。……セーラー服?
「って、なんでセーラー服!? さんに戻っても風紀委員長は続けるんですか!?」
「あのねぇ……私がここに通ってた頃は、学ランとセーラーが並中の制服だったのよ。卒業した後の新年度からブレザーに変更になったの。だから風紀委員の制服にしただけのこと」
「そ、そうだったんですか……って、それって答えになってませんよね!?」
「風紀委員長をまだ続けるかどうかは、風紀委員次第かしらね」
思いっきり呆れた顔で語られた昔話に一瞬納得しかけた綱吉は、すぐに自分の疑問を思い出して再度訴えた。
また有耶無耶にされて終わるのかと思われたその問いには、意外にもあっさりと答えが返る。指で腕章をくるくると回す姿からも、それが本気であることがわかった。
――風紀委員の人たちが『恭弥』ではない人物を委員長として認めないのなら、は今手にしている腕章を迷いなく捨てる、と。
なら……この先、はどうするのだろう。
「そ、それじゃあ……もし、風紀委員長にならないとしたら、さんは――どう、するんですか? さん、もう、中学校は卒業、してるんでしたよね? この先、どう……」
「そうねぇ……『恭弥』としてやるべきことはもう終わったし、『光帝』も然り。さて……どうしてほしい?」
「――っ」
どうしてほしいかと尋ねながら、既にその心は決まっているような笑みを浮かべる。
ひらひらと舞う蝶のように捕らえ所のないどこまでも自由なその風体に、それまでずっとくすぶっていた不安が一気に爆発した。
「いなくならないでください!! や、約束、してくれましたよね……? さんのほうから、オレとのゲームの約束……報酬の約束くれましたよね!? それを放棄したりしないでください!! まだ、強くなってみせます! だから……っ」
溢れそうになる涙を爪が食い込むほどきつく拳を握り締めることで堪え、真っ直ぐにを見据える。
は目を細め、ただじっと綱吉を見返してきて……彼女の唇が動いた――刹那。
「「「 い、委員長!! 」」」
バタンッ、と。大きな音を立てて扉が開かれ、学ランのリーゼント集団が屋上になだれ込んできたではないか。
「あら、割と早かったわね」
突然の出来事に驚き呆気に取られる綱吉とは対照的に、は何でもないことのようにさらりと感想をこぼす。
その対応で、風紀委員の人たちにも、彼らが委員長と呼んだ相手が彼女であることがわかったようで、見るからに困惑が広がっていく。
彼らを代表し、副委員長である草壁が一歩前へ出て、手にした携帯電話を示しながら口を開いた。
「こ、これは、本当なのですか? あ、あなたが……っ、委員長の、本当の姿、だと……」
「全てはメールに書いた通りよ。それで、君たちはどうする?」
動揺を隠せない風紀委員たちへ向かうは、どこまでも静かで堂々としている。
指先でくるくると回してみせた腕章をそのまま真上へと放る。青空に映える緋色の腕章が、宙で主人を探して迷っているように見えた。
腕章没収戦で、何があっても譲れない誇りだと言ったのは――『恭弥』。何の抵抗もなく腕章を放ったその姿が、『』にとっては誇りでもなんでもないのだと突きつけていて。
この腕章の行方は自分たちで決めろ――と。
言外に迫られた決断に、草壁はその場に両膝をついて座り、拳もコンクリートにつけて極道よろしく頭を下げた。
「どのような事情があったのかは存じませんが、自分は、あなたの強さと気高さに惚れ込み、ついて行くと決めたのです。姿がどうであれ、あなたがあなたである事実に変わりはありません。あなた以外の人間に従う気もない。どこまでもあなたについて行きます、委員長」
「「「 自分も同じです、委員長!! 」」」
副委員長である草壁に倣い、その場にいた全ての風紀委員が同じようにしてに頭を下げて忠誠を口にした。
まるで極道物の一場面のようなその光景にか、は落ちてきた腕章を受け止め、半ば呆れたように盛大な溜息をこぼしてから高く空を仰いで。
「仕方ない……風紀財団、作りますかー」
「へ!?」
「風紀委員を母体とした財団をこれから作るわ。活動内容は今とほとんど変わらず、学校から並盛町全域に活動範囲が広がるだけのこと。ただ、経理とかの仕事が増えるから、君たち、高校は最低限卒業しなさいよ」
「「「 へ、へい!! 」」」
「まあ、経理関係専門の人員を雇う手もあるけど、できることが多いに越したことはないからね。ああ、苦手だからって安易に諦めるような奴は切り捨てるからそのつもりで。私は、できるのに努力もせずにできないと決め付けるような根性のない人間は大嫌いだから」
「「「 へ、へいっ!! 」」」
風紀財団って10年後の未来でのアレを作るってことか、と。疑問符を頭に飾る綱吉に一切構うことなく、は風紀委員に説明する。
その際、『恭弥』とは違い、にっこりと笑っての大嫌い発言に、平風紀委員たちは一様に顔色悪くして必死の形相で頷いた。
彼らの様子を客観的に見ることになった綱吉は何となく同情心を抱いてしまったのだが、自分も普段彼らとなんら変わりない状態なのには全く気付いていなかった。
は更に言葉を続ける。
「草壁、君は補佐役としての能力は充分あるわ。だから、自分の補佐ができる者を育てておきなさい。今とは比べ物にならない程、仕事は増えるからね」
「へい!」
「委員長としては……まだ未定だけど、多分ここに来ることはないと思っていていいわ。私は一応卒業生だし、『恭弥』になれなくなった以上、部外者も同然だからね。出入りするのは好ましくないわ」
「……委員長……」
「では、風紀委員会としてはどうすればいいのですか?」
「話はこれからだけど、アーデルハイトを私の代理にしようと思ってる。それで問題はないはずよ。草壁自身の補佐役としてのスキルアップのためにも、草壁を補佐するものの育成のためにも、トップの存在はあったほうがいいからね」
「……わかりました。委員長の御心のままに」
先程と同じように深々と頭を下げる草壁に倣い、全ての風紀委員も頭を垂れた。
極道光景再び。黒い背中が一様に丸められる様はある意味圧巻ではあるが、疑問がひとつ。
「さんって、群れは平気なんですか?」
思い浮かぶままに疑問を呟いた綱吉の言葉で、平風紀委員たちが今そこに気付いたといった体でハッとして上げた顔を見る見る蒼くさせていく。このあと咬み殺されると思っていることが丸わかりの反応だ。
しかしは彼らを一瞥しただけで特に動きを見せることはなく、綱吉へと顔を向けて。
「それは『恭弥』の性格設定だからね。うざいとは思うけど実力で排除するほどじゃないわ。むしろ人の神経逆撫でする君を咬み殺したいわね、今現在」
「ぅえっ!? ななな、なんでですか!?」
「ひとつめ。『恭弥』を消してくれて面倒を増やしてくれたこと」
「そうしなきゃさん死んでたじゃないですか!?」
「助けろなんて頼んだ覚えはないって、病院でも言ったと思ったけど? ふたつめ。名前を呼んでいいと許可した覚えはないとも何度か言ったわよね。にも拘らず、今まで君は何度私の名前を連呼してくれたかしら?」
「う……っ、そ、それは……っ」
「みっつめ。同じく、学校へ来る時は制服か指定ジャージ着用が決まりだと以前にも注意したにも拘らず、まーた私服でそこにいる」
「……っ」
つらつらと並べられていく罪状にも等しい理由に、反論する術を失くした綱吉は冷や汗を浮かべて頬を引きつらせる。
対するは、にーっこりと笑ってトンファーを構えて。
「覚悟はいいわよね、小動物♪」
「いいわけないですよ!!」
「問答無用!!」
「ひぃっ!!」
薙ぎ払われたトンファーから伸びるチェーンを避けて屈み込んだ後、綱吉は一目散に駆け出し、屋上から逃げ出した。
「すみませえぇーん、ヒバリさぁーん!!」
「待ちなさい!!」
休日の学校内で始まった理不尽にも思える鬼ごっこ。
死に物狂いで逃げる綱吉は、けれど安堵と喜びで満ちていた。
『恭弥』を結果的に消してしまったことで、彼女の生活スタイルを変えることにもなってしまった。けれど、綱吉との関係は何も変わっていないことが実感できているから。
これからも二人の約束は――ゲームは続いていく。
その事実が綱吉の心に深い安堵と大きな喜びを与え、自然と口許が緩んでいたことに、綱吉自身は、気付いていなかったのだった。
くもりぞら パターンb・完