【 く も り ぞ ら 】

 代理戦争終結から数日。まだあの戦いで負傷した仲間たちの多くが入院している並盛中央病院の一室へ、綱吉は訪れた。
 恐らくこの病院で最も高いであろう個室にいるのは、一番の重傷者である雲雀
 ノックをして許可を得てから、綱吉はその戸を開いた。――が。

「失礼しま――って、うわあ!? ヒバードがいっぱいいるぅーっ!?」

 病室の主より先に視界いっぱいに飛び回る黄色い小鳥の存在に、思わず大声で叫んでしまった。
 するとベッドの上から盛大な溜息が聞こえてきて。

「……君、いちいち騒がなければ入ってこれないの? 一応、病室なんだけど、ここ」
「うっ、す、すみません……っ」

 至極もっともな忠告に、素直に謝るしかなかった。
 静かに戸を閉めて室内へ入ったものの、所狭しと飛び回る小鳥に綱吉は戸惑うばかり。どうしたものかと悩み始めた頃、が小鳥の停まっていた自分の手を窓に向けて持ち上げた。すると、手にいた一羽が窓に向かって飛び立ち、他の鳥たちもその後に続いて窓の外へと飛んでいく。
 開け放たれた窓の向こうへと黄色い群れが消えていくのを、ぽかんと見送るしかできなかった。

「ホントに、すごい増えましたね、ヒバード……」
「そうね。いつの間にか大量発生したわね。……私の側にいた所為かしら」
「へ?」
「私の――光帝の魂自体が、生命の力そのものでもあるからね。周囲の生物がその影響を受けるというのは、割とよくあることよ」
「そ、そうなんですか……」
「で、何しに来たの?」

 呆然とした呟きに対するの言葉を、うっかりぼんやり聞き逃しそうになる。けれど用件を問われて、やっと来訪の目的を思い出し、綱吉はへと向き直って。

「あ、その、光帝のことについて聞きたいことがあって……」
「……まだ回復しきってないけど、手合わせしたいの?」
「ち、違いますよ!! それは『』さんの情報について知るための条件でしょう!? オレが今知りたいのは『光帝』についてです!! だから、その条件の外のはずですよね!?」

 告げた用件を聞き、枕の下からトンファーを取り出すに、綱吉は慌てて否定する。何となくこんな展開になりそうな気はしていたので、あらかじめ考えておいた言い訳にも似た問いを続けて投げかけた。
 綱吉としては単なる屁理屈にしか思えないので、正直ダメモトのつもりだったのだが……
 は一通り綱吉を眺めた後、満足げにひとつ頷いて。

「……ふむ。やっと、まともに交渉らしきことを考えられるようになったか……」
「へ?」
「よかろう。おまえに教えておかねばならぬこともある。問いにも答えてやろう」
「って、なんで喋り方まで変わるんですか!?」
「おまえが光帝について聞くからだろう。言ったはずだな? 『』と『光帝』は切り離せぬものだと。諦めろ」
「うぅ……っ」
「こちらへ来い」

 姿はのままで光帝の口調になると、雰囲気ががらりと変わる。それがどうにも綱吉には馴染めないのだが、本人にもどうしようもないことなら諦めるしかないのだろう。……まあ、女声、女言葉のにも、まだあまり馴染めてはいないのだが。
 とりあえず言われるままにベッドに近付くと、が腕を上げ、綱吉の胸元に手の平を当ててきた。――刹那。

「――っ!?」

 時蛟と契約した時のあの焼け付くような感覚が蘇り、綱吉は息を呑み反射的に目を閉じた。
 目を閉じた所為だろうか。力の流れのようなものが鮮明に感じられた。
 胸元の焼け付く熱から一部だけが切り離されたように移動し始め、同時に胸元の熱は嘘のように鎮まっていった。切り離されたほうは上へと移動し頭全体をすっぽりと覆って……まるで毛糸の帽子でも被っているような感覚に落ち着き、綱吉はそっと目を開けた。

「そこの戸を開けると手鏡が入っている。それで自分を見てみるといい」

 よくわからないまま、サイドテーブルの戸を開け大きな手鏡を見つけて自分の顔をそれに映して――綱吉は思い切り目を見開く。

「って、オレの髪みどりぃーっ!?」
「それが時蛟の持つ幻術能力だ。その感覚を覚えるといい。使えれば便利だぞ。特におまえは、うるさい自称家庭教師から逃げるのに役に立つだろう」
「おいこらヒバリ。なんてこと吹き込みやがる」

 鏡の中の自分の姿に衝撃を受けたばかりだというのに、いるはずのないリボーンの声まですぐ近くから聞こえて、綱吉はびくっと肩を震わせ声の主を探す。
 ヒバードたちが飛び去った窓に黒いスーツの赤ん坊の姿を見つけ、思わず叫ぶ。

「リボーン!? なんでいるんだよ!?」
「やはり覗いておったか。まあ、コレの護衛も兼ねているのだろうから、いないわけはないと思ってはいたが……聞く気なら中にいるといい」
「なんだ? もう隠さねーってことか?」
「光帝に関する情報は、もうほとんどわかっていることだろう。コレがそう突っ込んだことを問えるとは思えんしな」
「確かに」
「うぅ……っ」

 は淡々と綱吉が今まで思いもよらなかった推測をあっさり暴露することで、綱吉の疑問は解消したわけだが。何故かさらりとけなされて項垂れるしかなかった。
 そうしてへたれている綱吉を足蹴にして、リボーンはベッドへと移動して。
 綱吉としてはあまりいてほしくない傍聴人の準備が整ったからか、から本題を口にしてくれた。――のに。

「私が教えることはそれだけだ。おまえが聞きたいことというのは何だ?」
「あ、えっと……『対』ってどういうものなんですか?」

 綱吉が聞きたかったことを口にした途端に、ピタリとは口を閉ざしてしまって。

「答えてくれるって言ったそばから黙秘ですか!?」
「……違う。どう答えて良いのかわからぬのだ」
「へ?」

 思わず批難めいた突っ込みをいれてしまったのだが、からはなんとも意外な言葉が帰ってきてきょとんとする綱吉。
 意外に思ったのはリボーンも同じようで、感想をこぼす。

「おまえにしちゃ珍しいじゃねーか」
「こればかりは仕方あるまい。なにしろ、この世界にはない関係であり、価値観なのだからな」
「なるほど」
「え、えーっと、恋人とか、夫婦とか、そういう関係じゃないんですか?」

 綱吉が知りたかったのは、そこだ。
 光帝は闇主に対して愛していると告げ、闇主の罪は自分のものでもあるというようなことを言った。だから、二人の関係を表しているであろう『対』という言葉は、恋人や夫婦と同義なのではないかと考えていたのだが……

「そうである者たちもいたが、それが全てというわけではない。『対』というのは同じ日、同じ時に生を受けた二人を表す言葉であり、それが必ずしも異性であるとは限らぬからな」
「え……じゃあ、双子?」
「双子が同時に生まれるのは不可能だろう。第一、兄弟では夫婦になれまい」
「あ、そっか……つまり、えーっとぉ……どういうこと?」

 もたらされた情報はなんとも曖昧なもので。
 既に頭の中がこんがらがってきた綱吉に代わり、リボーンが口を開いた。

「その世界じゃ『対』ってのは絶対に存在するもので、そっちじゃ当たり前の関係ってことか」
「そうだ。あの世界で生命が誕生する時には、別々の場所で必ず二人同時に誕生した。それが『対』。ただし『対』と必ずしも顔を合わせる必要性はなく、一生己の『対』を知らぬまま終わる者もいる。そして『対』を憎み、殺した者もまた、珍しいと言えるほど少なくはなかった」
「え……?」
「だが『対』を失った者は、遠からず死を迎えた。……『対』とは、そういう存在だ」

 『対』とは同時に生まれた他人で、そして一方が死ねばもう片方も程なくして死を迎えてしまう、二人を結ぶ繋がり……鎖、のようなものということだろうか。
 だとするなら、は、どうなるのだろう。
 闇主は光帝の『対』であり、そして死んでしまった存在……つまり彼女は今現在、己の『対』を失った状態ということであり、近い将来、死を、迎える……?
 ――嫌だ、と。綱吉は思った。
 時蛟への願いにより、その時は自分も死を迎え、彼女と共に転生することにはなるのだろう。しかし、その先はどうなる? 生まれ変わろうとも魂は変わらないのだと、彼女は言った。つまり『光帝』は永遠に『対』を失った状態ということだ。ならば、転生したとしても、もう長くは生きられないのではないか、と……
 綱吉は、ぐっと拳を握り締める。
 自分は、彼女を幸せにしたい。ならば、彼女が長く生きられる方法を、今のこの世界で見つけるべきだ。

さん……オレがあなたを死なせませんからね!!」

 絶ち切られてしまった鎖の先を埋めるものを、絶対に見つけてみせる。
 溢れそうになる涙をこらえて決意を言葉にした綱吉に、だけでなくリボーンまで珍しく目を瞠ったかと思うと、何故か二人揃って深く深く溜息をついた。
 しかも、その表情は心底呆れ返ったもの。

「って、なんで溜息なんですか!?」
「君があまりにも馬鹿すぎるから」
「なんで!?」
「ダメツナだしな。……つーか、おまえの呆れてる原因はオレの予想で合ってんのか?」
「君が何を考えてるのかなんて知らないけど、多分合ってると思うわ。コレに言う必要はないけど」
「んなお節介焼く人間に見えるのか?」
「お節介じゃなく面白半分でやりそうよね、君の場合」
「否定はしねえ。が、言わねーほうが面白ぇだろ、この場合」
「まあ、そうよね」
「いやいやいやいや、二人だけで納得しないでくださいよ!!」

 今の言葉で何故呆れられるのか、全くもって理解できない綱吉。その頭の中で、ひどく楽しげな笑い声が響く。

「時蛟は時蛟でなんで笑ってるのー!? 今の笑うところじゃないよね!?」
「本当にうるさいわよね。大人しく眠っててくれればいいのに……起きてると面倒が多くて困るのよね」
「面倒ってなんですか!?」
「それより、いつまでその髪色でいるの? 正直笑えるんだけど」
さんがしたんじゃないですか!?」
「戻すのは自分でしなさいって言外に言ったのも理解できないの?」
「どうやって!?」

 不吉な呟きに続いてもたらされたのは、忘れていた現状を指摘する言葉。批難もさらりと流されて仕方なく戻すための方法を問えば、深い溜息が返されて。
 教える気がさらさらないに代わり、リボーンが至極最もな突っ込みを入れた。

「いちいちこいつに聞かねーで、とりあえず試してみりゃいいじゃねーか」
「試すって言っても……」
「さっきと逆にすりゃいいんじゃねーのか」
「うぅ……」

 リボーンの助言を受けて、とりあえず目を閉じてみた。
 幻術を解く……その意志に従い、時蛟から情報が送られてくる。その情報に従い先程の感覚を思い出して、力の存在、その流れを何とか掴めたように思えた、その時。

「くっ、ふふっ」
「くっくっくっ」

 闇の中で、今度はちゃんと耳に届いた二人分の笑い声に不安を覚え、綱吉は目を開く。
 目の前では、あからさまに笑うのを堪えるとリボーンの姿。

「……二人でなんで笑って……って、今度はマーブルカラー!?」
「あはははっ!! やっぱり見ていて飽きないわ君!!」

 疑問を呟いた綱吉へ向けて、リボーンが先程の手鏡を立ててきて。そこに映る自分の髪色に衝撃で叫んだ時、堪えきれなくなったのかが大爆笑する。
 平常であれば彼女が笑ってくれたことを喜べただろうが、原因が自分の不幸では笑われるほうは堪ったものではない。

「いやいやいやいや、笑ってないで何とかしてくださいよ!!」
「頑張りなさい。何事も練習あるのみ、よ。ふふっ」
「つーか、時蛟の能力なんだから、時蛟に聞きゃいいじゃねーか」
「ああ、それ無駄よ」
「時蛟の情報通りにやってコレなんだよ!!」
「感覚的な問題だから慣れるしかないということよ。ふふっ、クロームあたりに幻術のコツでも聞いてきなさい」
「って、この頭のままですか!?」
「ふふっ、あはははっ」

 心から楽しそうに笑うの姿に、何かを感じる余裕は今の綱吉にはない。
 自分の姿を元に戻すことだけで頭がいっぱいになっている綱吉は、先程の問答のことも頭から綺麗に抜け落ちてしまっていた。
 だから、気付けなかった。その答えが、今の彼女の姿に表されていることに。
 の表情に一切の陰りがないことに気付くこともないなければ、その意味を考える余裕すらも無かったのである。