「……わたし、要らなかったね?」
並盛中央病院の個室のひとつ、雲雀が入院している部屋にて。ベッド脇に置いたパイプ椅子にちょこんと腰掛けたクロームが、ぽつりと言った。
疑問というよりは単なる確認でしかないそれを聞いたのは、枕側を起こした状態のベッドに体重を預け手の平の上で黄色い小鳥にエサをやっている病室の主のみ。
他に誰もいないにも拘らず、相手にしか通じないような訊き方になっているのは、人とのコミュニケーションが上手く取れていなかった頃の名残――単なる癖だ。
その内容はといえば、以前彼女から頼まれていたことを指してのもの。
あの時、ベッドに横たわっていたのはクロームのほうだった。
自分の居場所に迷い、骸の幻術を無意識に拒絶して内臓を失い死に掛けていたその場所に、彼女は来た。
『恭弥』としてではなく、『』として。もしクロームが代理戦争に参加することになり、ある状況が訪れたのなら、やってほしいことがある、と……そう言ってきたのだ。
それは、酷く一方的な頼みごとだった。――けれど。
「保険はあくまで保険。必要なければそのほうがいいに決まってる」
「うん……」
パンくずをついばむ小鳥に目を向けたまま返された答えは、至極当然のこと。でもそれに彼女自身の本心は含まれていない気がした。
代理戦争最終戦。イェーガーの攻撃で戦闘不能になっていたクロームは、光帝の力が周辺一体に放たれたあの瞬間に意識を取り戻していた。
そして真っ先に思い出されたのは、の頼みごと。
彼女が言った状況が近付いていることを察したクロームは、何とか意識を保ち、事の成り行きを見守っていた。そして自分が必要なくなったとわかった瞬間、安心して再び意識を手放したのだった。
だからこそ、思う。
「でも、本当は必要であってほしかった?」
彼女自身の本心は、現状とは全く逆だったのではないか、と。
半分カマ掛けのような問い掛けに、ようやくはクロームに目を向けた。
少し驚いたような、意外そうな表情をしたをじっと見つめていると、居心地が悪そうに顔をしかめてそっぽを向いてしまった。
そうして、が何かを言いかけた、その時。
「邪魔するぞ、ヒバリ」
何の前触れもなく戸が開き、悪びれた様子など微塵もない黒いスーツ姿の赤ん坊が現れた。
その赤ん坊の姿を見る前に、クロームはの顔に青筋が浮かぶ瞬間を目撃してしまった。
「おじさま……ノックはしたほうがいいかと……」
「ユニの言う通りだね。最低限のマナーも守れない人間が教師を気取るなんて100年早いんじゃないの。他人にどうこう口出す前に自分自身を教育し直しなよ、下種が」
「ほォ~、言ってくれるじゃねーか。クロームがいるとは思わなかったが、なんだ? 見られてマズイようなことでもしてたのか?」
「そういうことを考えるから君は下種だって言うんだよ。自分の立場もわきまえずにそうやって無駄に吠えるから、大きな借りを作る羽目になったことも忘れているなんて、沢田綱吉以上に学習能力がないんじゃないかい」
黒いスーツの赤ん坊、リボーンの行動を控えめに諌めたユニの言葉の先を奪い、が不機嫌全開に『恭弥』の口調で嫌みを放った。するとリボーンの顔にもピキッと青筋が浮かび、けれど口許は下卑た笑みを刻んで反撃。しかしは倍の嫌みで切り返して。
双方共に青筋を浮かべての睨み合い。一触即発の雰囲気。
それを止め、宥めたのはユニと、その肩に乗る赤衣の赤ん坊、風(フォン)。
「あの、二人とも落ち着いてください……」
「リボーン。目的を見失ってどうするのです? あなたらしくもない」
「……チッ」
舌打ちと共にリボーンが先に目を背けたことで、一触即発の空気は霧散した。
だがの機嫌はまだ直っていない。リボーンに続いて病室に入ってきたのは、彼を入れて総勢8名。元アルコバレーノが全員揃って顔を見せた現状に、の口からは盛大な溜息と共に、鋭い棘を含んだ言葉が投げかけられた。
「元アルコバレーノが揃って何の用?」
「聞きたいことがあるんだよ」
「明確な答えを持つ人間が近くにいる状態にありながら謎を推測のままで放置するなどナンセンスだからな」
棘を全く気にすることなくマーモンとヴェルデが告げた内容に、は再び溜息。完全に呆れ返っている模様。
「ここへ来ること自体、無駄足だと思うけど?」
「なんでさ」
「聞きたいのは呪いについてでしょう? それなら全てユニと風に話してあるもの。わざわざここに来る意味はないと思うけど」
「そうなのか!?」
大声で叫ぶという、わかりやすい驚き方をしたのは、ヘルメットを被っていないスカル。初耳であり思いもよらなかったといった体で、とユニ・風の間を忙しく視線を往復させている。
は一瞬だけクロームに目を留めてから、マイペースに食事を続ける小鳥に視線を戻して答えを返した。
「生き残れるとは思っていなかったからね……打てる手は全て打っておいただけのことよ」
この言葉が、先程の自分が発した問いへの答えでもあることを、クロームはしっかりと悟った。
即ち、必要であってほしいとかほしくないという願望を抱く以前に、生き残れるという希望すら持っていなかったのだ――と。
それは、それだけの覚悟を持っていたことの証明でもあるのだろうが、クロームには、やはりは生き残る必要性を感じていなかったのだと思えてならなかった。
なんだか少し淋しいような悲しいような気持ちになって顔を上げたクロームは、自分と同じような表情をしているユニと目が合った。
ユニは苦笑を浮かべると、スカル、へと順に目を向けて口を開く。
「はい。確かにわたしたちは必要最低限のことは聞きました。けれどわたしたちが話すよりも、本人の口から聞いたほうがみんなも納得すると思いましたから」
「私自身もお伺いしたいことがありましたので、皆で訪問させていただいたというわけです」
ユニはともかく、風の言葉は予想外だったのだろう。は気怠(けだる)げに彼らへと顔を向け、どこか億劫そうに訊ねた。
「呪いについて以外に何があるの?」
「我々に預けられていたおしゃぶりの炎は、元々あなたのものだという話でしたね。7つのおしゃぶりの炎を全て、あなたは問題なく受け入れ、行使してみせた。チェッカーフェイス……いえ、『闇主』よりも遥かに力も上でした。わざわざあのような方法を取らずとも、『闇主』を『虚無』の支配から解放し『虚無』を倒すことも、あなた自身がおしゃぶりの代わりとなることも可能だったのではありませんか?」
質問内容を聞いたは、ああ、あれかとでも言いたげに溜息をつくと、再び彼らから顔を逸らして小鳥へと視線を落とした。
「私の魂が『光帝』のものである以上、『光帝』の力を受け入れ行使することに何の負荷もないのは事実。けれど……あくまでこの体はこの地で生まれた普通の人間のものよ。ヒト以上の寿命は決して生きられない。それでは100年も経たずにこの世界は滅びへ向かうことになる」
「……おまえのその言い分だと、おまえの力を継ぐ子供が生まれる可能性はねえってことか?」
「力の欠片を持つ存在なら生まれるでしょうね。君たちがそうであるように、死ぬ気の炎という形で現れるあの力は『光帝』の力の欠片だから。けれど『光帝』の力そのものを受け継ぐためには『光帝』の魂でなくては不可能。この世界は元々、調律者を必要とはしていなかった。だから、次代の『光帝』が生まれることはあり得ない」
静かに語られた内容に、僅かな沈黙が降りる。それぞれに彼女の言葉の意味を整理し、理解するための時間だった。
然して間もなく沈黙を破ったのは、ヴェルデ。
「トゥリニセッテの元は『光帝』の力であり、夜の炎の元は『闇主』の力。そして『光帝』、『闇主』、共に第49代目……今の話と合わせると、パラレルワールドとも違うまったくの異世界にて後任の生まれる調律者とやらが『光帝』と『闇主』ということなのだな」
「その通り。『光帝』は昼を司って生命を生み出し、『闇主』は夜を司り生命を育む。二人で一対の世界の護り手――それが調律者という存在」
「しかし、この世界においては、『調律者』なる存在は本来必要とされるべきではないもの。後付に組み込まれたが故に、後付でしか存在できない――と、そういうことですか。だから『闇主』の力を継ぎ、尚且つヒト以上の存在となったバミューダにその役目を託したのですね。……いえ、『調律者』が後付でしか存在し得ないのでしたら、バミューダ自身が彼の意志に関係なく備えられた器だと言えるかもしれません」
「……どういうことさ、風?」
「『闇主』の調律者としての能力――『生命を育む』というものが『生命の進化』と言い換えることができる類のものであるならば、バミューダが死を拒んでヒト以上の存在となり今尚永き時を生き続けているのは、『闇主』がそうしたからではないかということです」
「ふむ……『虚無』の支配下で使い捨てた駒の中から適性のあったバミューダを選び、僅かに残っていたヤツ自身の調律者としての責任感や矜持から、自らの後継者として力を渡し進化させておいた可能性が高いと、そう言いたいのだな」
自分の伝えようとしていた内容を要約したヴェルデにひとつ頷いて見せた風が、へと視線を向ける。
それは自分の推測が当たっているのか否かを問うものであると同時に、最初の質問でまだ彼女が答えていない部分の回答を求めるものでもあった。
その視線を真っ向から受けようともしないは、一瞥をくれただけですぐに毛繕いを始めている小鳥へと目を戻してしまう。それでも一応答える気はあるようで、口を開いた。
「……さあ、ね……私は『闇主』じゃないから彼の意図など知る由もないこと。私はただ、バミューダがこの世界での調律者としての資格を持っていたから託しただけ……『闇主』を『虚無』から解放することは『闇主』の死を意味し、己が対である『闇主』を失えば『光帝』の魂も長くは生きられないというのが覆しようもない理だったからね」
全てが必要な措置だったと。そう語ったに、誰もが驚愕の眼差しを向けた。
クロームも然り。生き残れるという希望すら持たなかったといった意味が、ようやくわかった。必要性を考慮するまでもなく、彼女にとって己の死は避けることが不可能な事柄だったのだ、と。
……でも……それでも、やはり、それはとても淋しいことだと思った。
「それで、あのような方法を……」
「じ、じゃあ、おまえ、助かったっても、この先そんなに生きられないってことかよ!?」
「……その問題は沢田綱吉が時蛟を使って解決してたでしょうに……」
「な、なんだ……まぎらわしい言い方すんなよ……」
納得した風とは対照的に、驚いたままの疑問を投げかけたスカル。呆れ返った様子で溜息と共に独り言のようにして答えたに心底安堵した様子で呟くスカルは、己に向けられている彼女と同じような感情の幾つもの視線に気付いていない模様。
見なくてもそれがわかるのか、は再度盛大な溜息をついた。
そして、スカルへと逆に問い掛ける。
「で、スカル。元の姿に戻る代わりに寿命が著しく縮むのと、普通の赤ん坊と同じように成長しながら外見に相応しい寿命を生きられるのと、どっちがよかったわけ?」
「そんな究極の選択だったのかよ!?」
「ちなみに前者が良かった場合の苦情はユニへどうぞ」
「なるほど。ユニがオレたちに長く生きることを望んだから、この形での解呪となったわけか」
恐らく彼らがここへ来た一番の目的であろう疑問を、訊かれる前に答えた。
微妙に回りくどい言い方にもすぐ脳内で整理し、納得したようにひとつ頷いてみせたリボーンと大半の赤ん坊たち。
まだ納得がいかないのは、彼らの中で最もこの問題にこだわっているだろうスカルで。ビシッ、と。背後のラルを指差し不満を訴える。
「だったら、なんでラル・ミルチだけ元の姿に戻ってんだよ!?」
「人柱の対象から外れていたから」
「は!?」
「闇主がおしゃぶりから力を抜き取った時、ラル、君だけは無事に済んでいたでしょう?」
「ああ」
「人柱としての呪いは君の代わりにコロネロが受けた。ラルが受けていた呪いは姿が変わるものだけ。それだけなら寿命に影響せずに呪いは解ける」
「つまり我々は、人柱としての呪いと、赤ん坊の姿になり成長しない呪いと、ふたつの呪いを受けていたため、解くには代償が必要になったということか」
ヴェルデが要約した己の状況を聞いても、まだスカルの不満は解消されない。
満足したのか手から飛び立ち窓の外へと消えていった小鳥を見送り、は小さな子供に諭すように語り出した。
「そうね……君たちの命を、粘土にたとえましょうか」
「粘土?」
「本来の形から歪められてしまうのが呪い。ラルの粘土は歪められていても、まだやわらかいままだったから、在るべき形に戻すのは簡単だった」
「……まあ、そうだろうな」
「けれど他の7人の粘土は、歪められた上に焼かれて陶器にまでされてしまっていた。陶器を再び別の形に作り変えることは不可能でしょう? 粉々に壊して新しい粘土を用意する必要があったということよ」
クロームでもわかるたとえを用いた説明に、けれどスカルだけは首を傾げる。
「わかるようなわからないような……」
「バカだね、スカル」
「なんだとぉ!?」
「ちなみに、他の方法っていうのは存在しなかったわけ?」
宙に浮き遠慮なくスカルを扱き下ろしたマーモンが、怒声を無視してへ話を振る。
小鳥がいなくなり手持ち無沙汰になったようなは、頭もベッドに預けて静かに双眸を閉ざした。そのまま眠ってしまうのではないかと思える姿勢で口を開く。
「……他にいくつかの選択肢があったとしても既に過ぎたこと。今の私には『光帝』としての力はほとんど残っていない。呪いをかけ直すことはできても、再び解くことは不可能よ」
「かけるのはできるのかよ!?」
「呪いは本来の形を歪めるものだと言っているでしょう? 君たちには私の血を飲ませてあるのだから、歪めるだけなら造作もないわね」
「……あれ、まだ効力残ってたの?」
「血は力を流し込むための道の役目を果たすもの。一度道を作ってしまえば消えることはないわ」
「ふーん……で、ユニはともかく風に説明して、なんでボクたちには何も言わずにあんな形になったのかが知りたいんだけど」
『血を飲ませてある』のところで、クロームの脳裏にひとつの心当たりが蘇っていた。それはマーモンが言った『あんな形』に当たる光景。
対復讐者チームへの作戦を練っていた時のことだった。何の前触れもなく急に姿を現した雲雀が、すぐ下にいたヴェルデを押さえ込み彼が何を言うよりも先にその口を己のそれで塞いでしまったのだ。そしてヴェルデが何かを飲み込むと、すぐにまた――文字通りその場から消えてしまって。突然の出来事にその場にいた全員が呆気に取られてしまったのを覚えている。
つまり、あれと同じことがマーモンたちの身にも起こっていたということらしい。
あれは確かにいい気分はしないだろう。必要なことだったとわかっても理由ぐらい問いたくなる気持ちはクロームにも理解できた。
問題行動を起こした当人からの回答はというと……
「風に特別に説明したわけじゃなく、ユニに説明したその場に、白蘭やγと共にいたというだけのことよ」
「……で?」
「君たちが真実を知り、更に一致団結した後は、それぞれにやるべきことに追われて時間的余裕はなかったでしょう? まあ、一番の理由は面倒だったからだけど」
「おいコラ!!」
「特に、科学者に証明できないことを説明して納得させるなんて、時間の無駄でしかないもの」
「ああ、そりゃ正論だな」
「確かに納得できなければ他人の血など摂取する気にはなれないな、私は」
ほぼ名指しで例に挙げられたヴェルデ本人含め、大半の赤ん坊はそれで納得した。
納得していないのは、この疑問をぶつけてきたマーモンのみ。
「じゃあ、ボスと隊長には説明してボクに説明しなかったのはなんでなのさ!?」
「あの二人に奇襲かけたらこっちの身が危ないから。そして君は近場にいなかったから」
「そんな理由!?」
「……風も奇襲かけるには危険な相手だったから、ユニといてくれて正直助かったわね……」
はっきりと告げられても尚納得できないマーモンを歯牙にも掛けず呟かれた独白に、名を出された風がぱちくりと目を瞬いた。
「あのー、よろしいでしょうか? 私よりもリボーンのほうが歴代最強のアルコバレーノと呼ばれていたのですが……リボーンには説明、していないのですよね? 彼に奇襲をかけて無事に済んでいるのでしたら、大した心配はなかったのでは?」
「そもそもオレには、てめえの血を飲まされた覚えなんざねえ。オレが聞きてえのはそこだ。ユニが知ってるわけねーからな」
「それならオレ様にだってそんな覚えはないぞ!!」
風の言葉を受け、リボーンと更にスカルまでも新たな問いを投げかけてきた。
相変わらず眠っているように見える姿勢のまま、は面倒臭そうな声音で答える。
「スカルは自分から飲んだわよ」
「いつ!?」
「バミューダに襲われてバトルウォッチを奪われた後。口の中に血を一滴落として、まだ生きていたいのならそれを飲みなさいと夢現の君に囁いたら飲んだわ」
「そりゃ覚えてるわきゃねーな。で、オレは?」
「……ほんの僅かでも充分事足りる。血の味も自覚できないほど余裕を失くしていただけじゃないの、君の場合」
血を飲まされた自覚はなくとも奇襲を受けた覚えはあるはずだ――と。そう言われたリボーンの顔がしかめられ、盛大な舌打ちが病室に躍った。
「あの時か……っ」
「後にも先にも君が人の膝の上で無防備な姿を晒したのは一度きりだったと思ったけど? 君、本気で洞察力とか記憶力とか交渉術とかイチから学び直したほうがいいんじゃない?」
「黙れ。第一ありゃ代理戦争始まる大分前のことだろーが。一体、何の目的でオレに血を飲ませやがった」
「……他の目的があってほしいの?」
「オレの希望の話じゃねえ。目的が今回のことのためだけだってんなら、それは、てめえがユニと同じ予知能力をを有している可能性が出てくるってことだ」
リボーンの指摘でそのことに思い至った者たちが、一斉にに注目した。クロームも、静かに彼女を見る。
未来を知っていた、と……そう言われれば、色々と納得できてしまう彼女の行動にいくつも思い当たるものがある。けれど、可能性を考慮した上での予防策だともいえるくらい、それは自然な形でもあって判断は難しい。
沢山の疑惑の視線を一身に受けることになったが深く深く息を吐いた。
「その答えならユニと風が知っている。これ以上話す気はないわ。さっさと出て行って」
「随分な物言いじゃねーか」
「君は本当に学習能力がないね。騒がしいのは嫌いだとも、一般常識ぐらい弁えろとも、同じことを何度も言わされるのも嫌いだとも言ったはずだよ。自分がいる場所のマナーぐらい理解していないの、君」
「……つまり、オレらがいると『患者』であるおまえの状態が悪化するから休ませろってことか?」
嫌みに対して、ニヤリと笑って嫌みを返してきたリボーン。
ようやく目を開けたは、それでもやはり顔を向けることはなく、鋭い視線だけを射抜くようにして向けて。
「本気で一生その姿で過ごしたいの、君」
「……チッ」
低い声音で突きつける究極の選択肢。
せめてもの反抗とばかりに盛大な舌打ちをしてから、リボーンをはじめとする元アルコバレーノたちは病室を出て行く。最後にユニが丁寧に頭を下げて退室し、病室には再びとクロームだけが残された。
彼らが去って、しばし後。は長く息を吐き出して、完全にベッドに身を沈めた。
疲れ切ったようにも見えるその姿に、クロームは眉尻を下げる。肉体的な負担もあるのだろうが、どちらかというと精神的な負担による疲労のような気がした。……負担というか……
考え事に沈みかけたクロームは、ふと視界に入った果物籠に目を留めた。へと目を戻すと、先程と同じ姿勢のまま目を閉じていたが眠っていないのは呼吸からわかって。クロームは、控えめに声を掛けた。
「……リンゴ、食べる?」
「…………もらう」
姿を現わした黒曜石の瞳が真っ直ぐにクロームを捉えて、しばし後。溜息と共に小さな声で肯定が返ってきて、クロームはリンゴと果物包丁を手に取り皮を剥き始める。
ショリショリと小さな音が静かな病室に案外響く中、クロームはが自分に言った頼みごとを思い出していた。
――私には果たさなければならない責務がある。だから、あの子を一番に優先することはできない――
――私と会えなくなるかもしれないと思っただけであの子がどうなったかは、君も知っているでしょう? なら、私が死んだ時どうなるかなんて想像に難しくない――
――君も含め、あの子を必要としている者は沢山いる――
――だから……あの子を壊したくないのなら、私が死んだ時、あの子の中の私に関する全ての記憶を消しなさい――
生き残る望みが全くないと思っていたから打てる手は全て打っておいたと、先程彼女は言った。後腐れのないようにというのはわかるけれど……
手を止めることなく、クロームはちらりとを盗み見た。相変わらず体を楽にしたまま、どこか一点を見つめている。
今といい、先程までの元アルコバレーノたちへの対応といい、クロームにはが戸惑っているように見えてならなかった。
燃え尽き症候群、とか言っただろうか。長年追い求めてきた目的を達してしまった後、何もする気が起きなくなってしまう無気力状態……それに近いものが、にもある気がするのだ。
近い、であって、それそのものではないのだろうけど。
というのも、無気力というよりは疲労感であり、予定外に生き残ったことに戸惑い、この先をどう生きるかを決めかねているように見えるのだ。
特に、綱吉への態度を。
とはいえ、それは他人が口を挟むことではない。
「……はい、リンゴ」
「ん……」
ウサギの形に皮を剥いたリンゴを皿に盛り、小さなフォークと共に差し出す。素直にフォークをつまんだが、リンゴを一口かじった。しゃく、と。良い音がする。
瑞々しい果物を口に含んだの表情が僅かに緩んだのを見て、クロームも目を細める。
クローム自身、今回の戦いで自分の在り方を決めることができた。骸に依存するのではなく、骸のために在りたいと……自立、することができたのだと思う。
だからかもしれない。
も、早く新しい自分の在り方を決められたらいいと。
そう願いながら、リンゴを食べるを見つめていた。