【 く も り ぞ ら 】
玉響

 流れるように、濡れ羽色の髪が揺れている。
 すぐ、目の前で。規則的に、サラサラと。

 優雅に歩くの後ろ姿を見つめながらただついて歩いていた綱吉は、その髪の動きに誘われるように少しだけ小走りになって彼女の隣に並んだ。
 僅かな先で前後に揺れ動く白い手へ向けて、己のそれを伸ばす。自分のほうへ来た瞬間、その手を掴んだ。

「っ」

 の鋭い眼差しが、綱吉を射抜く。
 恐怖と歓喜とが入り混じった感情で、心臓が跳ねた。
 しかし、すぐに視線が逸らされたことで、とりあえず恐怖心は鳴りを潜める。
 そして。

 ――きゅ、と。

 の、手が。掴んでいる綱吉の、手を。
 握り、返した。

 目を瞠り足が止まった綱吉は、繋がれた手を引かれる形で再び歩き始める。
 信じられない……その思いが、隣を歩く彼女の横顔と繋がれたままの手との間を、幾度も視線を往復させた。
 やがてそれが見間違いなどではないということがわかり始めた時、顔が緩んでいくのを自覚した。

 好きな人と手を繋いで歩く。たったそれだけのことが、ただ嬉しくて。

 幸せな気持ちに包まれて、綱吉はの隣で満面の笑みを咲かせた。





「……情事のあとに見る夢じゃないわね……」

 暗闇の中、呆れた呟きが静寂の中を遊歩する。しかし、それを捉える者はいない。
 盛大な溜息をつき、は隣へと目を向けた。そこには未だ夢から醒めぬ綱吉がいる。

 魂に寄生する幻獣、時蛟……それぞれの願いのために契約を結び時蛟を魂に寄生させていると綱吉は、その時蛟を介して夢が重なることが往々にしてあった。
 夜を共にした時は、特にそう。大概、未だ力を制御しきれていない綱吉の夢が側に流れ込んでくるのだ。
 それは、今夜も御多分に漏れず。

 初々しさなど疾うの昔に失くしたにとっては、砂でも吐きたくなるほどに甘い夢。
 一瞬、叩き起こしてやろうかと思ったのだが……暗闇の中でもわかるほどの幸せそうな寝顔に毒気を抜かれて、やめた。

 ……寝顔は幼くなるとはよく言われるが、元々童顔のまま成人した綱吉の寝顔は中学生の頃と大差ない。
 とはいえ……

「いつまで中学生のつもりでいる気かしら、この男は……」

 マフィアのボスになるべく無理矢理家庭教師にしごかれて、半分以上その家庭教師の策略によって強制的に戦いに巻き込まれてきた中学時代。
 その後も事あるごとにマフィアの争いに巻き込まれて、結局そのままボンゴレを継いでしまったというのが、今に至るまでの綱吉の経歴。

 それを考えると、『普通』に憧れる気持ちはわからなくはないけれど……
 だからといって、既婚男性が見る夢でないのは確かだろう。

 子供でも生まれれば、必然的に中身も成長するとは思うが……

 まあ、綱吉の置かれている環境を思えば、夢の中でくらい子供でいさせてあげてもいいのかもしれない。
 少なくとも、好きな相手と手を繋いで歩くというささやかな彼の願いは。
 『雲雀』の立場と性格上、どうやっても現実では叶えてあげられないものだから。
 ――だから。


「夢の中でくらい、たっぷり甘えさせてあげましょうか……」


 苦笑と共に、呟く。
 その声には、確かに愛しさが込められていた。

 夜明けまでは、もう少し。
 幸せそうな顔で眠る夫の顔に口付けを落として、は再び布団に潜り込んだ。