赤く、紅く燃える炎。
家を包み、木々を呑み込み、凶暴なまでに激しい焔。
総てを焼き尽くすそれは……忌まわしき過去を思い出させるもの……
呆然と立ち尽くす少女。
同じく、呆然と少女を見る数人の人々。
逸早く正気に戻った黒騎士は、少女を受け止める際に落とした剣を拾い上げ、背を向けたままの少女に向けて振り下ろした。
「……ッ、危ない!!」
誰かが叫んだ。
だが、それよりも早くに少女、はその場から飛び退っていた。
「……なんだっての?」
「不運な娘だな。この場に居合わせなければ死なずに済んだものを……」
黒騎士の言葉には目をすがめる。
「……つまり、ここに火を放ち、あまつ、ここにいる全員を殺そうとしているってこと? あなたは」
全く物怖じしない少女に、黒騎士は微かな戸惑いを見せた。それに気付けたのはだけだったが。
「……我々の目的はそこの聖女の捕獲。邪魔する者には等しく死の制裁が与えられる……」
黒騎士が剣を構え直す。
「例外は、ない」
「させぬわぁ――――!!!」
「アグラじいさん!?」
「わしの家族を殺されてたまるか!!」
再び迫ろうとしていた黒騎士の剣を、横から飛び出してきた人物が弾いた。そのままアグラじいさんと呼ばれたその男は黒騎士を皆から離すように、力押しで斬りつけていく。
その間に、男の後を追って来たのだろうか、一人の少年がやって来て叫んだ。
「あいつは僕たちがここで食い止めます! どうか、アメルを連れて逃げてください!!」
「あたしはいやです! おじいさんたちを置いて逃げるなんて……」
「大丈夫……必ず迎えに行くから……」
そう言い残し、少年は黒騎士のほうへ駆けて行く。
「行け! アメル!!」
もう一人……先程の少年と同じ顔をした少年も、同じく炎の中へ消えていった。
は走っていった三人のほうを見たまま、怒気をはらんだような……それでいて悲しみを含んだ、そんな声で呟く。
「……どうして、同じことを繰り返すのよ……」
「え……?」
の側にいた紺色の髪の少年が短く聞き返してきたが、それには答えずにまだ躊躇しているアメルと呼ばれていた少女のもとへ走り寄る。
彼女と真っ直ぐに向き合い、その頬をそっと両手で包み込み、優しく語りかける。
「大丈夫……あの三人はあたしが守るから……必ずあなたのもとへ送り届ける。だから、安心してお行きなさい……」
大きく見開かれた瞳の奥に落ち着きの色を見つけ、は深く笑み、こつんと額を合わせた。
それから体を離し、その場の全員に向けて言った。
「さ、行って」
は踵を返し……側に落ちていた剣を足で弾き上げ、駆け出し際落ちてきたそれを見事に手にして……炎の中へと姿を消していった。
残された者全てがが最後に見せた笑顔に、何故か、大丈夫……と確信にも似た思いを抱いた。
そして、炎の村を後にした。
炎を分けて剣戟(けんげき)の響くほうへ走ったは、難なく黒騎士とあの三人を見つけた。
双子は既に戦力外通告を受けた模様。武器は構えているものの、傷だらけで、赤い髪の方は膝さえついていた。
男は一人で黒騎士とやりあっていたが……やはり守りを前提とした戦い方では長期戦は不利。
限界が近かったのか、黒騎士にあっさりと斧を弾かれ体勢を崩した。
「ジジイ!!」
容赦なく迫る剣。
そこにいた誰もが、飛び散る鮮血と肉の裂ける嫌な音を想像した。
……しかし……響いたのは、高い金属音。
「……おまえ……」
双子の声を耳に入れながら、男と黒騎士の間に割り込んだは、圧し掛かってくる剣の重心をずらして黒騎士の剣を弾き返してみせた。
驚愕に動きを止めた黒騎士と向き合ったまま、背後の三人へ声を掛ける。
「今のうちに行きなさい。後はあたしが引き受けるから」
「な、にを……無茶です!」
「それは俺たちの役目だろ!!」
「その怪我で? 死にたいわけ? あなたたち」
反論した双子も、静かに言われたの言葉に妙な威圧感を感じて押し黙る。それを背中で感じ、は更に言葉を募る。
「相手の実力が測れない程馬鹿じゃないんでしょ? 引き際ぐらい心得なさい」
「けど……」
「約束してたでしょ? あの子と……あなたたちのすべきことは、こんな所で無駄死にすることじゃない。生きてあの子のもとへ帰ること。わかったら、さっさと行く!」
が再び剣を受け止める。平常心を取り戻した黒騎士が三人を逃すまいと迫ったのだ。
「おじいさん! あなたもよ!! 守りたい人がいるなら、自分を犠牲になんてしないで、その人と共に生き延びる道を探しなさい!!」
「……しかし……おまえさんは……」
「あたしは勝てない相手と戦う程、向こう見ずじゃないわよ」
この言葉に黒騎士が反応を示す。
「……この俺に勝つつもりか? 小娘」
「少なくとも負ける気はないわね」
言って、先程と同じように剣を弾く。
流石に二度目は読んでいたらしく、すぐさま次の攻撃が来た。も今度は受け止めずに、弾き返す。
剣戟の合間、最後とばかりに叫ぶ。
「行きなさい!!」
その声に押されるように、三人は立ち上がった。
「……すまぬ」
「チッ、借りとくからな!」
「貴女も、ご無事で……」
それぞれ言葉を残して走り去っていく。
三人の気配が完全になくなったのを確認し、は一気に攻めに転じた。
今までとは全く違う動きに、黒騎士が戸惑うのがわかった。
「……貴様……今まで手加減していたな……」
「あの三人を逃がすのが目的だったからね。でも、邪魔者はいなくなったし、これで心置きなく戦える」
「……何?」
「あたし、強い人と戦うのが好きなの。最近まともにやりあえる相手に出逢えなくて退屈してたのよ。でも、あなたなら十二分に楽しませてくれそうだし?」
「愚かな……そう思ったことを後悔させてやろう!」
「それは楽しみね!」
は高く跳んだ。全体重をかけて剣を振り下ろすが、あまり効果はない。
力で敵わないのは目に見えている。
体格の差、男女の差。数え上げればキリはない。
ならば、速さでそれを埋めればいい。
着地と同時に、迫る黒騎士の剣をかわし、横へと回り込む。止められた攻撃が弾かれる前に退き、相手より先に仕掛ける。
そんな攻防戦がしばらく続いたが、間合いを取った黒騎士がふと動きを止め、剣を下ろした。
意図が読めずも動きを止める。そして……
「……俺の名はルヴァイド。名を聞こうか」
おもむろに名乗った相手に、は一瞬目を丸くした。だが、その意味に気付き笑みが洩れる。
「騎士だね、あなた。あたしは。よ」
の言葉に黒騎士、ルヴァイドは笑ったように思えた。兜で顔など見えはしないのに。
やおら剣を構えたルヴァイドに、も倣う。
「ではよ。行くぞ!」
「望むところ!!」
再び二つの剣が激しくぶつかり合った。
部下の報告を受けた一人の青年が炎の村を歩いている。
目指すは自分の上司のもと。
鋭く感覚を磨ぎ澄ませながら進んでいた青年の足が止まる。
聞こえてくる金属のぶつかり合う高い音。
金の髪を揺らし、方向転換をした青年は音のするほうへと足を速めた。
そして……見る。
信じ難いその光景。
炎に囲まれたその場所で、自分の上司と互角に戦う赤い髪の少女の姿を。
まさか、自分とここまでやりあえる相手がいるとは、正直思わなかった。しかもそれが女とは。
得体の知れない何かを感じた。
だから自ら名乗り、名を訊ねたのだが……この高揚感は何だというのか。
いつまでも……この少女と戦っていたいと思う自分がいる。任務も何もかも放り出し……ただ純粋に戦いたい、と。
だが、それを許さない自分がいるのもまた事実。
高揚感と焦燥感に苛まれつつあったルヴァイドは、ふと違和感を覚えた。
今まで自分に全神経を集中していた眼前の少女の注意が、全く別の所に向いていた。
何だ? と思う間もなく、はルヴァイドに注意を戻して、問う。
「あなたには生きる意味って、ある?」
「……何?」
「だから、こんな所で死ねない理由はあるのかって訊いたの」
質問の意図が見えなかった。だが、何故かそれを訊く気にも探る気にもなれず、素直に答えた。
「…………ある」
「そう」
それを聞き、はにっこり微笑んだ。
炎の赤に照らされた、何故か彼女によく似合うその明かりの中笑ったの笑顔に……ルヴァイドは一瞬目を奪われた。
しかし、次の瞬間には笑顔は消え、の目には鋭い光が宿っていた。
「……なら……」
気付いた時には遅かった。
剣が弾かれ、空いた腹部に強い衝撃が襲いかかった。
一瞬、足が地面を離れた。
「……ぐっ……!」
二メートルほど後ろへ飛ばされた結果となる。
体勢を立て直し、数秒前まで自分がいた場所へ目を向け――吃驚する。
目に映るのは、倒れ行く炎をまとった樹木。
その木の存在よりも、それに気付かなかった自分に、何より驚いた。
それ程までにとの戦いに集中していた……集中しなければならなかったのか――と。
そしてあの少女はそれを見抜き、あまつさえ自分を助けたのか、と。
「炎にまかれる前に退きなさい!」
ルヴァイドの思いを肯定するように告げられた言葉。そして、
「続きはまたの機会に……今度はこんな制限なしでやりたいわね」
炎の向こうで笑った気がした。
そのままの気配は遠ざかっていった。
ルヴァイドは剣を収め、しばらくの去ったほうを見ていた。だが、近付く別の気配に目を移す。
いたのは見知った部下。
「……ルヴァイド様……」
「イオスか……何だ?」
「聖女は既にこの村にはいないようです。代わりに村の生き残りを発見、追跡中とのこと」
「……そうか……兵を撤退させろ。聖女追跡はおまえに任せる」
「……はっ!」
一瞬、何か言いたげに揺れた部下の瞳から目を逸らし、もう一度自分たちの戦っていた所へ……その先に消えた少女へ目を向けた。
「…………か……」
呟き、ルヴァイドは踵を返した。
更に疑問の眼差しを向けて、イオスも後に続く。
そして、炎の村からは全ての人影が消えた。
「……くそっ!」
苛立ち露に呟かれる言葉。
進まなければならないのに、慣れた山中であるにも拘わらず思うように進めない。
追手が来るかもしれない。早く……少しでも遠く村から離れなければ……そして妹とも呼べるあの大切な少女のもとへ行かなければならない。
気持ちは焦るばかりで、追いつかない現実に苛立ちが積もる。
とうとう膝をついてしまった弟に兄が駆け寄る。
「リューグ……大丈夫か?」
「……るせぇ……いいからテメエは先に行けよ……」
「出来るわけないだろ、そんなこと」
「兄貴だけでもアメルの所へ行けって言ってるんだ!!」
「……それ以上言ったら……本気で怒るぞ」
兄の怒気をはらんだ言葉に口をつぐんだリューグだったが、表情を厳しいものに変え、武器を構えた。
兄、ロッカも弟を守るような位置に移動する。
――人が近付く気配。
はぐれた身内、アグラバインか。それとも追手か。
アグラバインならまだいいが、今の自分たちには追手を退けるだけの力は……ない。
緊張していた二人の目に映ったのは意外な色。
夜の闇の中でも確かな存在感を放つ朱色の髪。そして、輝く金の瞳。
「おや、双子。まだこんな所にいたの?」
そう言ってのけた少女は、先程空から落ちてきて、更にあの黒騎士から自分たちを逃した相手。
「テメエこそ何でここに!? あの野朗は……!」
叫びかけたリューグの口を手でふさぐ。
「大声出さないの。黒騎士さんは……ま、場合が場合だったからね。蹴り飛ばしてきた」
「蹴……」
さらりと言い放つ少女に二人は呆れを隠せない。
そんな二人を見やり、少女は溜息を吐くと上着のボタンをはずし、中のシャツの裾を裂いた。
驚く二人を気にもせず、破ったそれをリューグの腕に手際よく巻きつける。
「とりあえず、これで我慢なさい。黒いのは御愛嬌ということで。立てないなら肩貸すけど? 男の子?」
笑みさえ伴って挑戦的に言われ、これに乗らないリューグではない。
ほとんど意地と気力で立ち上がった弟にロッカは嘆息した。
そうして再び歩み始めようとして……村のほうを凝視している少女に気付く。
少女のその表情から、今度こそ追手かと身構えた二人に届いた意外な言葉。
「……風が変わった……」
「……え?」
「炎が味方してくれている。今のうちに行きましょ」
歩き出した少女につられるように双子も足を進めた。
不思議な出会いを果たした惨劇の夜は、こうして幕を閉じた。
……とりあえずは……