晴れ渡った空。
どこまでも、どこまでも限りなく広がる蒼穹。
惜しみなく光の降り注ぐ午後。
静かな時間の流れを感じられるような、そんな穏やかな日。
思い出されるのは古い記憶――全てが壊れたあの日のこと――……
「ーー。どうしたの?」
物思いにふけっていたは、至近距離に現れた人物に数度目を瞬かせた。
急に現実に引き戻された所為で少々記憶に混乱を来(きた)したが、それでもその人物の名を導き出す。
「……トリ、ス……?」
「具合悪いの? 大丈夫?」
「……あ……うん。平気……」
そう答えたものの、まだどこかぼーっとした様子でいる彼女に、トリスは心配そうにの顔を覗き込んだ。
「平気そうに見えないよ。それとも、今日のこと……やっぱり反対だった?」
問われたことが、今の状況であることに気付き、苦笑する。
彼女たちがいる所、それは街道で、二人の前方に女性陣、後方に男性陣が色々話しながら歩いていた。
特に女性陣は騒いでいると言ってもいい程で、すれ違う旅人たちの顔が自然とほころぶ程楽しそうだった。……男性陣の前へ行った旅人の顔が呆れたようなものに変わっているのは……まあ、置いといて。
どこかの軍とおぼしき連中に狙われているはずの身の上で、何故こうも楽しげに街の外にいるのか。
それは約一時間程、時を遡って、ミモザの一言が始まりの合図だった。
「今日はこれからピクニックに行きま~す!」
準備万端整った玄関先でそうのたまってくれたミモザに対し、集まった面々は結構乗り気な様子だった。……一部を除いて。
その一部、名をあげればネスティとリューグを鮮やかに言いくるめて、少々強引に決定したのが本日の骨休めと称したピクニックで。意気揚々と街の外へと繰り出したのだ。
そして現在に至る。
はトリスの頭を撫で、微笑んでみせる。
「反対じゃないよ。どっちかって言うとすっごい楽しみだし。さっきはね、ちょっと昔のこと思い出しちゃっただけだから。心配するな!」
明るく言って、トリスの頬を軽く引っ張る。
「もう! 何するのー!!」
「あはは。トリスのほっぺ柔らか~い!」
姉妹のようにはしゃぐ二人を見て笑みを洩らす皆と合流し、会話に加わって更に賑やかに目的地へと向かった。
そうこうしているうちに着きましたのはフロト湿原。
見習い時代からのお気に入りなのよね~。と案内していたミモザは、新種生物を求めて早々にどこかへ行ってしまった。
残された人たちは、とりあえずアメルお手製の豪華なお弁当を満喫したあと、自由行動となった。
思い思いに羽を伸ばす仲間を見ながら、さてどうしようか、とただ歩いていたは思いがけない人物に呼び止められた。
「……おい。テメエ、暇だろ? 少し付き合え」
「珍しいね。リューグから声掛けてくるなんて。アレ以来、あたしのこと避けてたんじゃないの?」
「うるせー」
意地悪く、からかうように言えば不機嫌絶好調な顔で目を逸らしてくれて。
その反応が面白いから余計にからかいたくなるというのに。
微妙に頬が染まっているところがポイント。
「それで? 何するの?」
くすくす笑いながら問うたの目の前に差し出されたのは斧。
視線をずらした先にあったのは、真剣な面持ちのリューグ。強い……強い光を――いや、炎を宿した瞳。
見覚えのあるそれに気持ち眉をひそめる。けれど顔は笑ったままで。
「あたしに稽古相手になれ、と?」
「黒騎士と槍使いを退けたテメエなら、相手として不足はねえ」
「あたしに勝てばあの二人も倒せる、と?」
「…………」
「自分の力不足を補うのに、あたしを踏み台にしよう、と?」
「うるせえ!! やるのか!? やらねえのか!?」
図星を突いたのだろう。リューグの怒声に、は肩をすくめて本当の笑顔になる。
「別に、相手ぐらいしてあげてもいいけど? ただし、今日は軽くね」
怪訝な顔をしたリューグを無視し、軽いステップで彼から少し距離を取った。
「さ。どっからでもどうぞ?」
構えすら取らずに言ったにリューグは青筋を立てた。
「テッメエ……俺をナメてやがるな……ッ!」
「それはやってみればわかること。早く来なさいよ、言い出しっぺ」
「このッ……!」
リューグは一直線にへ向かって来た。振り下ろされる斧をひらりとかわす。次に薙ぎ払われる攻撃も後方に飛んで避け、三度(みたび)迫る斧をようやく手にした槍で受けるが、それも軽く流して、勢い余って通り過ぎるリューグの足を払った。
受け身すら取れずに見事すっ転んだリューグを呆れた目で見やる。
「うっわ。情けな~い」
がばっと身を起こして向かって来るリューグは怒りオーラ全開で。だからこそ攻撃は読み易く、先程と同じように二、三度攻撃をかわした後に足を掛けてやる。流石に今回は受け身を取ったようだが。
そのまま向かって来るかと思えば、かなり険しい目つきで睨むだけだった。
「……テメエ、避けてばっかいねえで、ちったぁ反撃しろ! やる気あんのか!?」
「それはこっちのセリフ。むしろあなたにはこのほうがいい訓練になるわよ」
「あ゛あ!?」
怒りを露にしたその態度には嘆息する。
「今のあなたに必要なのは体力や腕力よりも、自分を制御する精神力。自分を見失わない力。戦略を立てる冷静さよ」
「何だと!?」
「怒りや憎しみといった感情剥き出しで振るわれる剣ほど避け易いものはないってこと。ついでに隙だらけ。自分の状況を正しく判断できない人が、相手の攻撃を読むなんてできるわけないでしょ。例えその瞬間は本能や経験から察せても、その先まではわからない。相手の意図を読めなきゃ自滅する可能性大。……だから言ったでしょ。早死にするタイプだって。そういうことよ」
あっさり弱点を見抜かれ、それでもそれを認めたくないと言わんばかりの瞳を向けてくる。
怒りと憎しみを……負の感情だけを糧に強さを求める眼前の少年。それらを奪ってしまえば……彼は空っぽだ。
今の彼には何も残りはしないだろう。生きる目的も、存在理由も……
だから……だから今はまだいいと思う。
「ついでに言わせてもらうとね、あたしはリューグやルヴァイドみたいに力で押すタイプじゃない。同じ得物を持つバルレルやイオス、ロッカと似ていると思う。相手の力を受け流し、または利用して攻撃へと変える。だから、相手の先を読む訓練には最適なはずよ」
それを見つけるまで……それを求めるようになるまでは。
前へ進む力となるなら、負の感情でもいいと。
ただ、それに呑み込まれないように見ていなければならないけれど。
それでも、リューグが壊れるよりはずっといい。
「あたしを踏み台にする気なら、有効に利用しなさい。目を逸らさないで自分の弱点を受け入れなさい。強くなりたいんでしょ? だったら何でもバネにする!!」
リューグを指差し、言い放つ。
しばし間があって。リューグは俯くと、ふっと肩の力を抜いた。
失敗したかと思ったの耳に届いたのは、喉を鳴らすような笑い声。
「……おまえ、ホント変な奴だな。普通自分を利用しろなんて言わねーぞ」
「いいじゃない別に。こういう利用のされ方なら嫌じゃないもの」
顔を上げたリューグは穏やかな表情をしていて、は安堵する。
斧を手に立ち上がったリューグは、ふと動きを止めを見た。
その瞳には疑問がはっきりと映っていて、なんだろうと思う。
「そーいや、さっき言ってたルヴァイドって誰だ?」
は思わず天を仰いだ。刹那、
ガァン――と。
幾度もこだまする銃声。そして聞き覚えのある悲鳴。
「……やっぱり来たね」
「アメル!!」
悠然と呟くとは対照的に、リューグはすぐさま声のするほうへ走り出した。徐々に小さくなる背中を見ながらゆっくりとそのあとを歩いて追う。
急がないのは、今回自分は必要ないと履(ふ)んでいるからだ。
にとってルヴァイドは根っからの騎士で、不意打ちを好む人間には思えなかった。
だから今回来ているのはこの間の二人――イオスとゼルフィルドあたりだろう、と。彼らが相手なら、あの人たちだけでも大丈夫だろう、と。
案の定。ようやく現場に着いたの目に映ったのは、槍を弾き飛ばされマグナに取り押さえられるイオスの姿。
笑みを浮かべながらその辺に倒れている兵たちの間を進んでいたは、次の瞬間聞こえた言葉に表情を凍りつかせた。
「構うな、ゼルフィルド! このまま撃てっ!!」
マグナに腕をひねり上げられたイオスが、そう叫んだ。
その言葉を脳が理解した途端、は走り出した。
「任務の遂行こそ絶対だ。おまえさえ生き残れば、あの方に対象を届けることはできる」
更に紡がれる冷酷な言葉を耳に入れながら。
脳裏に浮かぶ過去の映像を振り払うように。
「さあ、僕ごとこいつらを撃ち殺せ!」
「…………了解シタ」
無情な言葉が呟かれた時、は彼らの前に飛び出した。
「みんな、逃げろ!!」
奴らは本気だ。
そう思った瞬間、マグナは叫んだ。
彼の言葉に、皆動き出そうとする。マグナもイオスを放してその場から離れようとした。
だが、その直前。彼らの前に現れた朱い影。
見覚えのあるそれは、間違いなく彼らの仲間のもので。
「!?」
誰かがその名を呼んだ。
現れた影、はゼルフィルドに向けて何かを投げた。そして、早口に叫ぶ。
「灼熱の炎に仮初の生命(いのち)を宿せしものよ! 今一度その姿現し、我に向かいし意志なき鋼の牙を焼き尽くせ!!」
彼女の言葉に呼応し、投げたもの――数枚の紙が燃え上がる。
ほぼ同時に、ゼルフィルドは引き金を引いた。
轟く銃声に反射的に目を閉じた。だが衝撃も痛みも――弾丸が通り過ぎる音ですら聞こえなくて。けれど銃声は止むことなく続いている。
「……何だ、ありゃ……」
そんな呟きが耳に届いて。マグナは目を開けた。
目の前にあったものに……思わず言葉を失くす。
「炎の……鳥?」
誰かの呟き。
そう、目の前に――ゼルフィルドと自分たちの間にあったのは、自分たちを守るように大きく翼を広げた鳥の形をした燃え盛る炎。
銃弾は全てその炎の鳥が受け、ひとつとして通過することなく灰になっていたのだ。
「すげー……」
「……うっ……」
感嘆の声に混ざって聞こえた苦しげな声。
声の主を探すまでもなく、マグナの前にいる少女が自分の体を抱くようにして身を折った。
「!?」
「……だめ……このままじゃ、もたない……ッ」
「えっ!?」
声を絞り出すように言ったの額には汗がいくつも浮かび、息も荒く限界が近いことが見て取れた。
銃声は未だ止まず、炎は不規則に揺れ始め、鳥の形を保てなくなっているようだった。
マグナがサモナイト石を取り出し詠唱を開始しようとした矢先、凛とした声が響いた。
「ペンタくん!」
ゼルフィルドのまん前に出現したペンギンのような召喚獣は、大爆発を起こす。
直撃したらしいゼルフィルドは後ろへよろめき――銃声がようやく止んだ。
放たれた銃弾が全て灰になると、炎の鳥は掻き消えるようにしていなくなる。それを見届け、力が抜けたように膝を折ったをマグナが支える。
「ちょっと、キミたち。そう簡単に命を粗末にしちゃダメよー?」
「ミモザ先輩!?」
「いやあ、新種発見に浮かれちゃって気付くの遅れたけど、何とかギリギリで間に合ったみたいねー」
あははと笑うミモザに呆れ半分安堵半分な微妙な顔をしているマグナの腕の中、荒い息を整えたがマグナの腕にすがるようにしながらも、自力で立ち上がった。
「……?」
「おのれ……余計な邪魔をッ!?」
「何言ってんの。ほっといたら貴方、蜂の巣だったじゃない」
はミモザにあしらわれているイオスのほうへ、しっかりした足取りで近寄る。
何をする気だ、と一部の人が注目する中、の取った行動は――
――パァン!
乾いた音が晴れ渡った空に響いた。
その場にいた全員が唖然と、片頬を赤くしたイオスとそうさせたを見つめた。
そう、の取った行動は平手打ちだったのだが。
我に返ったイオスがを睨みつける。
「何をする!」
「それはこっちのセリフよ! 何馬鹿なことしてるの!!」
声を荒らげたイオスよりももっと大きな声を上げて、はイオスの胸倉を両手で掴む。そして、鋭い目つきで――射抜くような目で睨んだ。
「いい! あなたの人生はあなたにしか生きられないのよ! 他の誰にも代わりなんてできない。あなたにはやるべきことがあるんでしょ!? だったらこんな所で命を捨てるような真似するんじゃないわよ!!」
「……なっ……」
イオスは目を瞠る。
眼前の少女の目から鋭さが消えて、別のものが映っていて。
それの意味するものがわからずに戸惑う。
「誰かのために生きているなら尚のことよ!! あなたが死んだって……その人は! 絶対、喜んだりなんかっ……しないんだからぁ……ッ」
胸倉を掴んだままの自分の手に額を乗せ、完全に下を向いてしまったは、肩を微かに震えさせたまま動かなくなった。
彼女の豊かな髪に隠れて顔は見えず、声も聞こえないが、泣いているだろうことは言うまでもなく、初めて目にする弱気な姿に皆立ち尽くしていた。
そんな中、ゆっくりとの側に行ったアメルが彼女の肩に触れる。ほんの少しだけ顔を上げ、アメルの姿を確認したはイオスから手を放し、今度はアメルに抱きついたまま動かなくなる。
何かに耐えるように強くアメルを抱く姿に、微かに胸が痛むのを感じながら、マグナは未だ呆然としたままのイオスに静かに告げる。
「イオス、俺たちは殺し合いを望んじゃいない」
「ただ、あなたたちがアメルをつけ狙うのを諦めてくれればいいのよ」
後を続けたトリスの言葉。けれど、それを拒否する声は。
「……だとすれば、貴様らの望みは永遠に叶うまいな」
この場にはいなかったはずの第三者の声。しかし、聞き覚えのあるそれは……
「何故なら、我らの任務はそこの聖女を確保してはじめて達成されるものだからだ」
「黒騎士……!」
「やはり、こいつらは仲間だったんだな」
マグナは現れた黒騎士に思わず身構えてしまう。その場にいるだけで空気が変わるほどの、黒騎士の持つ圧倒的な威圧感がそうさせるのだ。……ネスティの冷静な声でも解くことができない、その強さ。
そんな彼も、その仲間も気に止めることもなく、むしろ存在すらないように黒騎士は己の部下に告げる。
「イオス、そしてゼルフィルド。俺は貴様らに監視を継続することのみを命じたはずだが?」
「ですが……っ」
「命令違反の挙句に、これ以上の醜態を俺に見せるつもりか!?」
響く怒号。
それは確かに上に立つ者の威厳に満ちていて、畏怖の念を抱かずにはいられなかった。
敵であるマグナでさえそうなのだから、それを向けられたイオスなどこれ以上のものを感じたに違いない。一度、びくりと肩を震わせ謝罪する。
「もっ、申し訳ございません!!」
「我々ノ先走リデシタ」
ゼルフィルドの抑揚のない声も、どこか沈んで聞こえる。
それだけ、あの男の存在は大きいということか。
「なぁ、黒騎士の旦那」
場の様子を見ていただけの状態を破る、飄々とした声。
「部下への説教もいいが、状況を考えろよ。後から出張ってきてもこの場の主導権はオレたちにあるんだぜ?」
フォルテの言葉を疑う者はいなかっただろう。
イオスたちが率いていた兵は全て倒れ、残っているのは三人のみ。
明らかに自分たちのほうが優位である、と。
過信していた。
だから考えられなかった。
「それは、さっきまでの話だろう……」
悠然と黒騎士は言った。
「出ろっ!!」
この一言で、あたりの空気が一気に変わった。
自分たちを囲むように現れた無数の影――黒い兵士たち。
そう……自分たちが倒したのは一部隊だけであったということを。本隊は残っているということ、そして黒騎士が上に立つ人間である以上、単身でやって来る可能性が極めて低いということを……考えられなかったのだ。
――これが自分たちとの差……黒騎士の、実力。
「わざわざ姿を見せなくても、その気であれば貴様らをまとめて始末することはできた。そうしなかったのは借りを返すためだ」
「……借り?」
一呼吸おいて、黒騎士は告げる。
「そこの娘と女召喚師には、結果として部下の愚行を止めてもらったわけだからな」
指名された二人の女性、とミモザ。
は未だアメルに抱きついたまま動かない。……ひょっとしたら、黒騎士が現れたのも気付いていないのかもしれない。
そんな彼女をちらりと見やり、ミモザが口を開く。
「あら、どうも。そういう礼儀は守ってくれるわけね」
「ふざけやがって……余裕のつもりか!?」
「ならば、わざわざ姿を見せたわけを聞こう」
リューグを制するようにネスティが言葉を続けた。そして、返される言葉は。
「貴様らに宣戦勧告をするためだ。崖城都市デグレア特務部隊『黒の旅団』の総司令官としてな」
あまりに大きく、重い事実。
ざわめきだった一同に沈黙が降りて。
「理解したようだな。自分たちが敵に回そうとしているものの大きさを。それを知って尚、貴様たちは我が軍勢と敵対するつもりか?」
そう問われて……答えられなかった。
見せつけられた力の差も、告げられた事実も。何も持たない自分たちの気持ちを揺るがすには充分すぎるほどで。
今まで抱えてきた気持ちを言葉にしたいのに、できなくて。
……自信が、持てなくて。覚悟が……できなくて。
「……さない……」
迷いの結果、訪れた静寂に小さな呟きが響いた。
「渡さない……」
はっきり聞こえたその声は、今まで何の反応も示さなかったから発せられていて。
「…………さん?」
耳元で突如聞こえた声にアメルが呆然と呟く。
ようやく顔を上げたは、真っ直ぐ黒騎士へと向き直り意志の強い瞳を向けた。
「この子は絶対に渡さない。アメルの自由は何者にも奪わせはしないわ!!」
強い言葉。強い意志――決意。
それはマグナの中に確かに広がった。迷っていた心を鼓舞した。
マグナはトリスを見た。トリスもマグナを見、皆を見た。
皆同じだったようで。互いに頷き合った。
今、初めて確かな連帯感と信頼を感じることができた気がした。
だが、それは長くは続かなかった。それを破ったのはの言葉。
「そ・れ・と。あたし、売られた喧嘩は全部買う主義なの」
数名、コケた。
「そーいう問題じゃねえだろ!!」
「あたしにとっちゃ、そういう問題」
がなるリューグをさらりと流し、はっきりきっぱり言い放つ。
呆れもあったが、何よりいつもの彼女に戻っていることに安堵を覚え、顔が緩むのがわかった。
リューグを軽くあしらった後、は何やら怒ったように口を開いた。
「それからさぁ、ルヴァイド?」
一瞬で、仲間たちの空気が凍りつく。
同じように耳を疑い、生まれた疑惑は次の言葉であっさり晴れたが。
「さっきの『そこの娘』って何よ? 自分からあたしの名前訊いておきながら、もうはや忘れたとか……まさか言わないわよね~?」
ジト目で、責めるように睨まれて。黒騎士は笑ったような息を洩らす。
「……覚えているぞ、」
「だったら、はじめからそう呼びなさいよね。今度女とか娘とか言ったら、はっ倒すわよ」
「やれるものなら、やってみせるがいい」
「このさんにそんな口きいたこと、骨の髄まで後悔させてあげるわ」
何やら火花を散らし始めた二人だが、どこか楽しそうに見えるのは何故だろう。
「……それはさておき……黒騎士さん?」
別の意味で二人の世界に入っていそうな所へ水をさしたのはミモザ。
「随分と自信満々に言ってくれてるけどね。わかってるの? ここは聖王国の領土で、貴方たちのやっていることは軍事侵攻よ」
「承知している」
「ふーん……なら、覚えといて。派閥の同胞を傷つけ、まして無用の戦乱で世界の調和を乱そうとする者たちには、蒼の派閥は容赦なくその力をもって介入するってね!」
怯むことなく、むしろ堂々とそう言い放つ姿が、どれほど仲間の目に頼もしく映ったことか。事実、マグナも含め半数の者に安堵と喜色が浮かんでいた。
そんな彼らのほうへ、ミモザは笑顔をもって振り返る。
「さ、みんな。帰るわよ」
「帰るって……」
「心配しないで。今ここで戦端を開けばどうなるか……あいつらだってわかってる」
「聖王国に属する全ての街と、召喚師の集団を敵に回すことになるわけだからな。それはちと困るだろ? 黒騎士の旦那」
「……行くがいい。今は追わん」
嫌味たっぷりにミモザの後を続けたフォルテにも、然して反応も見せずに黒騎士は応えた。
「だが今だけだ。次に貴様たちと見(まみ)えたその時には、このルヴァイド、もはや容赦はせん。それを忘れるな……」
去り行く背中に投げかけられた言葉。
これにが不敵な笑みを浮かべて振り返ったことを……マグナは、知らない。
「うあ~。久々に泣いちゃったよ~」
腫れるとまではいかなかったものの、熱を持った目元を押さえてはぼやいた。そんな彼女を見て心配そうにする者、微笑む者、からかう者、様々だった。
「……おねーちゃん……これで、ひやすといいよ……」
ハサハが、休憩所の泉で濡らしたハンカチを渡してくれた。ありがたく受け取り、目元に当てて息をつく。
ここはゼラムに程近い位置にある休憩所。
本来ならゼラムまで戻ってしまいたいところだが、先の戦闘で受けた傷をそのままにしておくわけにもいかず、とりあえず湿原から充分に離れたここで手当てしているのだ。
無傷であったは特にすることもないので、目元を冷やした状態でボーっとしていた。すると、くいくいと袖を引かれて視線を落とせば、隣にちょこんと座ったハサハがを見上げていた。
「……だいじょうぶ?」
笑顔を答えに変え、ハサハの頭を撫でてやる。
――人間ではないこの子には……わかるのかもしれない。
思って、バルレルのほうを見やれば……リプシーを喚べるということで回復組に回されたためか、かなり疲れた顔をしていた。彼の主であるトリスも似たり寄ったりの様子。回復組の大黒柱、アメルも……言わずもがな。それでも前の二人よりは幾分余裕のある顔色で、最後の一人を癒していた。……ただ単に顔に出していないだけな気もするが。
全員の治療も済み、そろそろ出発かと立ち上がろうとしていたの上に影が落ちてきて。
「なぁ……。ひとつ聞いてもいいか?」
声まで降らせてきたフォルテに視線だけで先を促す。
「……あ~……さっきのな、あのイオスって奴に言ってたのは……おまえの体験談か?」
「ちょっとフォルテ!」
「おまえのために……大切な誰かが死んだのか?」
ケイナの制止も無視して続けたフォルテに……苦笑して、小さく答えた。
「…………うん、まぁね……」
「……そうか……」
彼も一言洩らしただけで、それ以上聞いてはこなかった。
内心ホッとしつつ、ほんの少し赤く染まりつつある空を仰ぎ見た。
「でもホント……泣けるとは思わなかったなー。涙なんてもうないって思うくらい久々だったし…………そうね……五年ぶりかな? 泣いたのも、力を……使ったのも……」
全員の視線を受け、笑みをもって返す。大丈夫という意味をこめて。
その笑顔に明らかに全員が安堵する中、ネスティが……それでも控えめに口を開いた。
「……その……あの炎の鳥は何なんだ?」
「召喚獣じゃないわよね?」
「そうね。メイトルパのものじゃないのは確かかしら?」
召喚師組はかなり興味津々なご様子で。
少々面食らいながらも一応答えらしきものを返す。
「何って言われても困るんだけど……とりあえずアレ、生き物じゃないよ。強いて言えば……傀儡(くぐつ)……かな?」
「何だそのはっきりとしない答えは」
「だ・か・ら! あたし自身よくわからないんだって」
「……は?」
「え? だっての力でしょ?」
予想通り疑問の嵐の中心地で、は嘆息する。
「異端である理由なんて、いくら考えたって答えは出ないもの」
だから考えないことにしている。
そう言ったら、皆一様にわけわからんという顔をしていて。溜息が洩れた。
「この世界じゃ珍しくないようだけどね。こんな色の髪と瞳を持っているのは向こうじゃあたし一人だけだもの。あの力もね。魔法なんて存在しない世界だったから……」
「そう……なのか……」
答えを導くだけの要因がないからわからない。
それで納得は……やはりしてくれてはいないようで。
「ま、滅多に使わないから、気にしないのが一番だと思うけど?」
誤魔化す気は毛頭なく、問えば。
「何で使わないの?」
案の定、問い返されて。
「体力には自信あるんだけど……魔力……って言うの? そういう精神力関係弱いのよね。実は今すぐばたんきゅーしちゃいたい気分だったりするし」
「……何ソレ?」
「ん? 爆裂眠いってコト♪」
「えっ!?」
「だっ、大丈夫なのか!?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。屋敷まではもつ……よ?」
「!?」
顔色を変えて寄って来たミニスとマグナに、カラカラ笑って立ち上がったは、急に膝から力が抜けて再びその場に座る羽目になった。
「おいおい……本当に大丈夫かよ?」
「あはは……思った以上に力使い過ぎたみたい」
「……ったく…………よっ!」
「うひゃ!?」
奇妙な悲鳴を上げる。
いきなり抱き上げられれば無理もないだろう。
「……フォルテ?」
目の前にある顔を見上げ疑問を向ければ、いつもの飄々とした顔で返される。
「立てないんだろ? おとなしくしとけって」
「この馬鹿も体力だけはあるから、遠慮しないで寝ていいわよ」
フォルテの腕の中にいるの頭を撫でながら、彼の相棒であるケイナが優しい眼差しを向けてくれて。
我ながら現金だなと思いながらも、嬉しくて……不覚にも目頭が熱くなったのを隠すようにフォルテの胸に顔を埋めて。
「……うん…………ありがとう……」
小さく呟いた。
その後、一分も経たないうちに寝息を立て始めたは、穏やかな眼差しを向けてくれる女性陣のことも、一部の男性陣が鋭い目付きでフォルテを睨んでいたことも、全く知らない。