望みは親友との約束を果たすこと。
そのために必要なことがふたつある。
それは『護る』ことと、そして『戦う』こと――……
先輩たちにはこれ以上迷惑はかけたくない、これからは自分たちの力だけで切り抜けていかなければならない、というトリスとマグナの決意に同調した一同は、ギブソンとミモザには何も告げずに来た。
しかも、ばれないように夜中にこっそり窓から抜け出して。
はっきり言って、夜逃げである。
無駄っぽいなァ……と思いつつも同じように一番最後に屋敷を出たは、城門前で待つ彼らと合流した。
の同行については、ネスティ以外否を唱えるものはいなかった。というより、当然ついて来ると思われていたようだ。
――で、次の問題は……
「どのルートを行く?」
目的地はアメルの祖母の暮らす村。
相手が軍隊である以上、正面きって戦うのは自殺行為。よって徹底的に逃げまくろう、と。決定した方針の、第一の目的地。
で、道順は。
一、アメルの聞いた通り山越えで行く道。
二、街道を迂回する道。
三、草原を突っ切る道。
一長一短、賛否両論。
話は平行線のまま、問題を提示して優に半刻は経過していた。
完全に聞き手にまわっていたは溜息を洩らす。
「ねぇ、朝まで話し合うつもりなの?」
の言葉でぴたりと止まる。その後恨みがましい視線が向けられたが。
「こんな所で長時間話してたら、彼ら以外のお邪魔虫も寄ってくると思うけど?」
ネスティ宜しく一蹴してやる。
彼ら=黒の旅団。お邪魔虫=野盗さん。
それに気付いた面々が一斉に周囲に気を配る様は、見ていてかなり楽しかったが、やはりここは突っ込むべきか。
「敵さん避けるための話し合いに、周囲の気配読めなくなるまで集中してどーするのさ」
普段は冷静且つこんな時のストッパーであるネスティまでそうなっていたのだから、相当緊張しているようだ。
まあ、無理もない。ここを乗り切らなければ話にならないのだから。
恐らく、これが本当の第一歩だろう。
「じゃあ、はどうしたらいいと思う?」
むぅと頬を膨らませ、双子召喚師が問うて来るのを呆れた目で見やる。
「何であたしに聞くかな? これはあなたたちの旅なんでしょ? 決定権を持つのは二人でしょ?」
「だから意見を聞いたの!」
『意見』とは言いつつも、の選択を最終決定にする気満々の瞳に、嘆息する。
「あたしが言った後、さっきみたいな無駄な話し合いをしないって言うなら、言うよ」
無駄呼ばわりされた面々がかなり渋い顔をしたが、トリスとマグナは嬉々として頷く。その様子に、は盛大な溜息と共に告げた。
「どこへ行っても彼らが出てくるのはわかりきっている。イコール戦闘は避けられない。ならば、戦い易く逃げ易い場所が一番だとあたしは思う。プラスして周囲に被害の出ないトコ」
「……と、いうことは……」
「草原?」
「ぴんぽ~ん♪ 大正解♪」
明るく言ったの言葉に、そんな場合ではないだろうという心の突っ込みが、一体何人から入っただろうか。
とにもかくにも、やはりというか即決したルートは草原で。
たわいもない会話をしながら進めたのも束の間。前方に、月明かりに照らされ浮かび上がる黒い影……
「いい月だ……貴様らの死出の手向けには勿体無いほどの美しさだな……」
「……ルヴァイド……ね」
アメルたちと話す黒騎士を見ながら、は槍を構え、近くにいたネスティへ声を掛ける。
「ネスティ、包囲網が完成する前に、手薄なトコ見つけて突破しなさい」
「君はどうするつもりだ?」
言葉に含まれたその意味に気付き問われたことに、は前方を見据えたまま不敵に笑んで答える。
「モチロン、自分の役割を果たすわよ」
「みんな、逃げて!!」
トリスの声。
「逃がしはせん!!」
ルヴァイドの声。
「ルヴァイドは引き受けるから、みんなのことは任せたわよ!」
「!!」
そして響くと、走り出した彼女の背にかかるネスティの声。
それが戦闘開始の合図だった。
茂みから現れ、皆を取り囲むように展開していく旅団兵に対し、踵を返した面々とは反対に敵陣に向かっては真っ直ぐに駆け出した。
手近にいた兵士の剣を槍で薙ぎ払い、宙に浮いたそれを手にしてそのまま呪文詠唱中の召喚師に向けて投げた。肩に剣が突き刺さり倒れる召喚師を横目に、は飛んできた弓を避け、手頃な岩を足場にして一気にルヴァイドのいる丘の上へと飛び上がる。それを読み、振り下ろされた大剣を軽く上に跳んでかわし、その兵士の背中に蹴りをくれて着地と同時にまた走る。重い音を立てて丘の下に落ちた大剣兵の気配を背に、もう一人の大剣兵へと真っ直ぐ突っ込む。薙ぎ払われた大剣を槍で受けたが、押し返すことはなく、逆に地を軽く蹴りその力を利用して体を回転。そのまま兵士の首に槍を掛け、重力のままに全体重をかけて引くこと数秒。喉を圧迫され気を失った兵士の体をその場に転がし、ようやくはルヴァイドと向かい合った。
そしてまた、彼女の鮮やかなその動きに敵味方問わず、全員が動きを止めていたのだった。
「……見事なものだな……」
ぽつりと洩らしたその言葉に、眼前の少女は笑顔で答える。
「先手必勝……ってね」
実に楽しそうな少女の様子に違和感を覚えなくもない。だが、自分の顔も緩んでいる自覚はあったので、それ以上考えることはしなかった。
「今日は他人(ひと)の戦いに見入ってる場合じゃないでしょ! さっさとしなさい!!」
仲間に飛ばす叱咤にも焦りは見えない。
敵将の前に悠然と在るその姿は、彼女の戦歴を物語っていた。
不敵な笑みを見せ、猛禽類のような鋭い光をその瞳に宿してはルヴァイドを見据える。
「意外と早く再戦の時が来たわね。今日は最後までできるかしら?」
「……どうだろうな」
どちらからともなく得物を構える。だが両者共に動く気配はない。
丘下には部下と聖女一行との戦いの喧騒が満ちていたが、この場は隔離されたように静まり返っていた。
高まる集中力。
広がる高揚感。
それは総司令官という地位に就いてから、久しく触れていなかった感覚。
互いに出方を探る空気の中、ふとから問いが投げかけられた。
「そういえばさ、以前イオスに伝言頼んだんだけど……聞いた?」
「……いや。何も報告は受けていないが……」
一体いつの話なのか。ルヴァイドには全く覚えはなかった。
伝言くらいちゃんと伝えなさいよね~などと愚痴を呟く。けれど隙などどこにもなく……ルヴァイドは目をすがめつつ先を促す。
「それで、伝言とは?」
「自分に合う得物も手に入って全力出せるようになったから、あなたも本気で相手してってコト♪」
発せられた言葉に、不敵なその笑顔に。ルヴァイドの顔にも自然と笑みが浮かぶ。……もっとも、兜に隠れてがそれを見ることはなかったが。
「で、返答は如何(いか)に?」
揶揄(やゆ)とも挑発とも取れる言葉に。
「言われずとも、本気で相手しよう!」
答えと同時にルヴァイドは動いた。
一気に間合いを詰め、剣を振り下ろす。予想通り横に避けたに向けて薙ぎに転化するが、彼女もそれを読んでいたらしく柄で受け、それを軸に地を蹴り体を回転させて、正反対のほうへと着地した。
そのまま続くかと思われた攻撃はなく、間合いを取ったまま両者睨み合う。
そうして次に仕掛けたのは、背後で起きた召喚術の爆風に押されるようにして駆け出した。鋭く突き出す攻撃をかわし、防御し、そして反撃する。
激しく続く攻防戦に、ルヴァイドの内には高揚感が高まり続けた。
炎の中、感じた思いが再び胸を占める。それと同時に思い出される己の立場――任務。
限りなく広がるかと思われた高揚感は、呆気なくその広がりを止めた。
それに気付いたように、の不機嫌な声が耳に届く。
「ルヴァイド……あなた、あたしを馬鹿にしてる?」
「……何がだ?」
「本気を出すんじゃなかったの?」
の問いがルヴァイドには理解できなかった。
高揚感は広がりを止めたが消えたわけではない。何より手を抜いてなどいないのだから。
けれどは……
「この程度のものがあなたの本気? 違うでしょ!? あなたの力はこんなものじゃない!」
そう、言った。
怒りを露にした声で……否。声に含まれているのは怒りなどではなく――失望……?
何に対しての……?
「こんな力じゃ、あたしに勝つことなんて不可能ね」
彼女が求めるものは、敗亡?
己の死に場所を探している……?
思いついた疑問はに届けることもなく、ルヴァイドは口を開いた。
「……勝つことは可能だ。俺の任務は聖女を捕らえることだからな」
視界の隅に揺れる多数の松明の明かり。
馴染んだ気配。
も気付いたらしく一瞬目を向けたが、ただそれだけで動揺も焦燥も見せなかった。
「だから、何? アメルは渡さないわよ」
丘下からの聖女一行の諦めと窮迫した声が聞こえているだろうに……彼女から余裕は消えない。
「それにね、人生最後まで何が起こるかはわからないものよ。コレ、体験談♪」
隙も見せず余裕のまま笑顔で言ったの声に、まるで応えたかのように急に視界が遮られた。
白く霞む、これは――霧。
「なんだ、この霧は!?」
意図的にと自分を遮るように濃度を増す不思議な霧。更には体にまとわりつくような感覚すら覚え、動きが鈍る。
「ほら、ね……何が起こるかわからないでしょ?」
「これはおまえの仕業か!? !!」
「まさか。そこまで多芸じゃないよ、あたしは」
苛立ち露な問いも軽くあしらわれて。
「じゃあね」
一言残しての気配は遠ざかっていった。
突如現れた霧に驚きを隠せないでいるのは、この場にいる全員だった。
自分たちが戦っていた相手は視界を遮られただけでなく、どうやら体の自由すら奪われているようで。けれど自分たちには異常は全くなく……ただ、困惑する。
そんな彼らの耳に、声が……届く。
――さあ、今のうちにお逃げなさい――
すぐ側で、囁かれているような声。落ち着いた男の、声。
――目くらましの霧があなたたちを守っているうちに。急いで……――
困惑が深まる一同に、今度は聞き覚えのある声が掛けられた。
「みんな、こっちだ!」
霧の中から現れたのはローブをまとったハニーブロンドの男性。そしてその後ろからは丸眼鏡を掛けた女性が続いていた。
――数日間世話になった相手だった。
召喚師組が駆け寄り言葉を交わす。それを一瞥し、リューグは視線を巡らせた。
相手がわかればそれで良し。霧の発生理由などそれで充分だ。細かいことは、正直どうでもいい。
ただ、大切なものさえ守れれば……それでいいのだ。
以外は大体近場にいた。
ギブソンに促されるまま駆け出す仲間の中に、アメルの姿を見つけ、リューグは彼女の側へと走り寄る。――否、寄ろうとしていた。その時……
「そうはさせんぞ!!」
現れた、黒い鎧の騎士。――憎むべき、相手……
「嘘でしょ!? ただの霧じゃないのよ、これって……!」
「他の者は惑わせても、この俺にまやかしなど通じぬわ。デグレアの勝利のため、絶対に聖女はこの手に捕らえてみせる!!」
「きゃああっ!」
黒騎士の手がアメルの腕を掴む。その瞬間、リューグは駆け出した。
己の内にある全ての憎しみを持って。それをぶつけるために。ただ……それだけのために……
――だが。
「何っ!?」
リューグよりも先に、黒騎士へ一撃入れた相手がいた。
朱い影――それは。
ルヴァイドたちの真横から飛び出したは、槍でルヴァイドの腕を絡め取りアメルから放させると、半ば彼女を抱き抱えるようにして飛び退ったのだ。
「渡さないって、言ったでしょ?」
静かに言い放って。はリューグのほうへとアメルの背を押すと、すぐさま槍を構え、迫るルヴァイドを迎え撃つ。
「さん!!」
「行きなさい!! リューグ! アメルは任せたわよ!!」
言われた言葉に舌打ちすると、アメルの手を取り駆け出す。
「リューグ!?」
アメルの非難にも似た声も無視して。己の内にある想いを振り払うように……
憎かった。黒騎士に思い知らせてやりたかった。
だが、それ以上に悔しかった。アメルを守る、ということが頭の中から一瞬でも完全になくなっていたということが。
あのまま突っ込んでいたなら……アメルは助け出せたかもしれないが、代わりに多少なりとも傷を負わせていた可能性が多大にあった。
アメルを守りたい。けれど憎しみに炎も消したくはない。
憎しみをぶつけたい。けれど、そうするとアメルに及ぶ危険が増える。
どちらも取りたい、という板挟み状態に陥ったリューグの耳に、凛とした声が入り込む。
「ルヴァイド! あなたの望みは何!?」
自分の憎むべき相手に望みを問う声。
自然と足が止まり、振り向く。アメルや周囲にいる仲間たちも同様に。
「知れたことを! 聖女を確保することだ!!」
「違う!! それはあなたに課せられた任務であって、あなた自身の望みではないはずよ!!」
一体何が言いたいのか。
それは以外誰にもわからず、また言われた本人も理解できていなかった。
「……何が言いたい」
「今言ったことがあなたの望みならば本気を出すことは容易いはず……なのにそれができない。何故?」
「…………知らんな。俺は手を抜いてなどいない」
「どこが!! 気付いてないなら教えてあげるわ! あなたの振るう剣には迷いがあるのよ! あの夜、初めて戦ったあの時からずっとね!!」
の言葉に目を見開いたのは、リューグだけではないはずだ。
迷い……?
アメルたち以外の村人を――村にいた者全てを皆殺しにしたというのに。
黒騎士の振るう剣には迷いがある、と……は言う。
あの時も。そして、今も……
「任務こそが望みというなら、何を迷う必要がある? 何が枷となっている?」
――わからない……
の言葉、ひとつひとつがリューグの胸に突き刺さる。
「あなたは迷っている。与えられた任務が自分の信念に反するものであることに。けれど実行せねばならない立場であることに、疑問を抱き迷いを生んで……違う?」
自分たちの行く手を阻む『敵』が、己の在り方に迷っている?
迷いを抱いたまま剣を振るい、命を奪い、血に染まった? ――何故……?
わからない……否。わかりたくない。
「あなたの望みは、何? 信念は……あなたは、何のために剣を振るうの?」
静かに諭すように紡がれた問い。
しかしそれが相手の心に届くことはなかった。――そう、ルヴァイドにも……そして、リューグにも。
「黙れ!! 俺は迷ってなどいない!! デグレアの勝利こそ俺の望み! 我が剣は祖国のためにあるのだ!!」
「この……強情者が!!」
次の瞬間、一同の目に映った光景は――袈裟懸けに振り下ろされた剣を槍で受け、そのまま体をひねり高く足を振り上げるの姿と、彼女によって蹴り飛ばされた兜の、影。
リューグは、先日が言った『相手の力を利用し、攻撃に変える』戦法を、目の当たりにしたのだった。
そして――憎き仇の素顔も……
「こんな攻撃も読めずに本気だなんて……まだ、言える?」
「おのれぇぇっ!」
鋭く冷え切ったの声。吼える黒騎士。
濃い霧の中、それでも自分たちの視界が遮られることのない不思議な空間で、月光に浮かび上がる歪んだ表情と赤紫の髪。
憎むべき仇の顔をその瞳に焼き付けて、リューグは踵を返した。
まだ戦いを続けようとする二人に、ミモザは何かを喚び出そうとして……やめた。
再び駆け出したとルヴァイドは、同時に全く別の方向へと飛び退った。その一瞬後、そこに現れたのは黒い瘴気を放つ不気味な躯――サプレスの召喚獣。それは己のまとう瘴気を球状にして幾つもルヴァイドに向けて放った。
流石のルヴァイドも召喚術が相手では逃げるしかなく、全ての攻撃を紙一重でかわしている。
それを見て、は不満げな瞳を召喚主に向けた。
「ギブソンさん……今、あたしも攻撃する気だったでしょ?」
「君も頭を冷やす必要がありそうだったからね」
暗に手加減はしているのだと言うギブソン。
一年前の任務以来、多少堅さが取れたとは思っていたのだが……かなり砕けたようだ。荒療治をしれっとやってしまうほどに。
相棒の変化は置いといて。ミモザはローレライを喚び出し、旅団兵を囲うように水壁を作る。
「ホラ。ここは私たちに任せて、キミも行きなさい」
「……でも……」
渋る。その意図は二人の心配などではなく、戦闘中断に対する不満。
ミモザは聞こえよがしに大きな溜息をつく。
「今のあの子たちにはキミが必要なのよ。だから行ってちょうだい」
「彼らの力になってやってくれないか?」
二人の真摯な眼差しには折れた。
「わかりました」
ミモザ同様大きな溜息をつくと、視線を未だパラ・ダリオの攻撃を避け続けているルヴァイドへと向けた。
「ルヴァイドー。今度会う時までに、本気出せるようにしといてよね――!」
水流の轟音と瘴気の爆音で、相手に届くかも定かではないというのに。
言いたいこと言って、ふと視線をずらした。
何もない所をじっと見つめていたかと思うと、不意に微笑んだ後、ギブソンとミモザに会釈してはその場を後にした。
彼女が走り去った後、声がする。
「不思議な方ですね」
問いとも独白とも言えるような、男性の声。
姿の見えないその相手に、二人は驚くこともなく答える。
「ああ……確かな輝きを持ってそこに在るはずなのに、酷く儚い印象が残る……」
「本当、不思議な娘(こ)……」
これ以上、考えている時間はない。
しばらくの去った方向を見ていたが、各々自らの役目を果たすべく行動に移った。
摩訶不思議な霧を抜けた先で、は立ち止まっていた。
仲間の姿は既にない。どの方角へ向かったのかも……いや、村があるのは西だったか。
この世界の星座は自分の知るものとは異なるので、それで方角を知ることは不可能だった。故に、多少ずれはするだろうが月の位置から方位を定めることにする。
そうして西と思われる方向へ向けて走り出そうとしたの耳に、可愛らしい羽音が入り込んできた。
音のするほうへ視線を向ける。
「よぉ、遅かったじゃねえか」
見知った悪魔の少年が、空から見下ろしていた。
自分の目の前に下りてくるバルレルを凝視していると、流石に居心地が悪くなったのか不機嫌な声が返ってきた。
「何見てやがんだ?」
「いや……飛べたんだと思って……」
「あ? ただの飾りとでも思ってやがったのかよ」
「うん、まあね」
即答されて、バルレルは呆れ返っている模様。あまり見ないその様子を楽しげに眺めて。
「体の大きさに対してあまりにも羽根が小さいからさ……でもホント、よく飛べるね」
「別に鳥みてぇに力で飛ぶわけじゃねーよ」
「じゃあ、どうやって飛んでるの?」
訝しげな、面倒くさげな、微妙な表情でを見た後、バルレルはそっぽを向いた。
「んなことどーでもいいだろうが。それより、さっさと行くぞ」
再び空へと舞い上がる悪魔の少年を、少し羨ましく思いつつ眺める。
「トリスたちの所?」
「他にどこがあるってんだ?」
つっけんどんに言って進む彼の後を追って走り出す。が、逆光で見えにくいバルレルには声を掛けた。
「ねえ、ホントにそっちに行ったの?」
「だから向かってんだろーが」
「だって、そっちって南じゃないの? 西に村はあるって言ってなかったっけ?」
「知るか」
より前に進むバルレルが逆光で見えにくいということ。すなわち、その先に大きな月があるということ。
時間的に見て月のある方向は南に間違いないだろうとは思うが……本当に何故なんだか。
とりあえずは彼の案内を信じるしかない。
「ねえ、バルレルー。本当にどうやって飛んでるのー?」
「うるせー。黙って走れ!」
などという軽い遣り取りを交わしながら二人は南を目指した。
バルレルは地上へと視線を向けた。
未だ自分の飛行方法を問いかける朱い髪の少女の姿がある。
その、彼女の姿が……古い記憶と重なる。
今よりもずっとずっと昔。懐かしく思うには、あまりに古すぎる時間。けれど、霞むことなくある記憶。
あの時から引きずり続けた想いが……意図して見ないようにしていた想いが、思い出される。
きっかけは、なんて簡単なのだろう。
たった一言。
「……同じ質問、してんじゃねーよ……」
真っ直ぐ月を睨み付けて、苦々しく呟いた。
「……なんか、すごい光景だね」
辿り着いたその先。開口一番、はそう言った。
月明かりに、キラキラと反射を繰り返す美しい砂浜。その岩陰になっている所に、聖女様御一行は眠りこけていた。
一見すると行き倒れに見えなくもない光景。
ここまでを案内してくれたバルレルは、一応主人であるトリスの近くに降り、そのまま横になった。数秒もせずに寝息がさざ波に混じって聞こえてくる。
結局飛行方法は教えてもらえなかったが、先程の戦いで疲労も相当あるだろうに自分を待っていてくれた彼に感謝して、は皆から少し離れた場所に腰を下ろした。横にはならずに、月光を映し出す夜の海を眺める。と、視界の隅に動く影が。
それはの傍らへ来て、同じように腰を下ろした。
「……リューグ?」
バルレル同様いつにも増して不機嫌そうな彼の名を呼んでみるが、反応はない。
疲れの所為だろうか。どの道原因がわからなければ対応のしようがなかったので、そのまま彼が話すのを待った。そのうち、ぽつりと声が洩れた。
「オイ……テメエの目的は、何だ?」
「何? 急に……」
「いいから答えろ!」
強い口調で、怒ったように言われては溜息を洩らす。
「アメルを守ることと……本気のルヴァイドと戦うこと、よ」
リューグは険しい目付きで、睨みつけるようにしてを見た。
「何でだ?」
「何が?」
「理由だ! そうする理由は何だってんだ!?」
口調が険しくなる。が、眠る仲間を気にしてだろうか、声は割りと小さい。
目を細めてそんなリューグを見やり、は言った。
「あたしにとって必要なことだから」
視線が、絡む。
潮風が二人の間を吹き抜けていく。
どのくらいそうしていたのか。先に目を逸らしたのはリューグだった。
何も言わず、ただ暗い海を睨むようにして眺めている。
何かを考えているような、悩んでいるようなそんな横顔が、ふっと緩む。
「……リューグは、寝ないの?」
「そういうテメエはどうなんだよ?」
幾分やわらかくなった物言いに、は微笑む。
「眠くないし、あまり疲れてもいないから、見張り代わりに起きてるよ」
に視線を移してしばらく凝視した後、リューグはおもむろに寝転んだ。の膝の上に頭を乗せて。
「リューグ?」
「寝る」
一言言い残して、それっきり彼からの反応はなくなってしまった。
結局何を考えていたのかはわからないまま。膝に掛かる重みが増したことに苦笑して、リューグの髪を手で梳いた。
「おやすみ、リューグ」
は海へと視線を向けて、大きく息を吐き出した。
リューグには眠くないからと言ったが、正確には眠れないから、だった。
どうにも先程の戦いが尾を引いているらしく、とても眠れるような状態ではなかったのだ。
「どーしよっかな……コレ……」
自分の内にある感情を持て余しつつ呟いた言葉は、潮風に乗って夜の海辺に消えていった。