眼前にそびえる何者をも拒絶するかのような城壁を見上げて、は長く息を吐き出した。
「……?」
呼ばれて、ゆるりと振り返る。なんだか首が痛いというか、重い……気がする。
「何?」
「あ、いや……何か、いつもと違う?」
しどろもどろに言うマグナに、視線をあらぬ方に定めて思案する。
服が違うのは既に知っていること。ファミィから貰った服――特に上着は防水性に優れているのか、あの土砂降りの中でもワンピースまでは水が染み込んでいなかった。とは言っても、丈の短い服なので下は流石に濡れていたが、面倒くさいので着替えずに水を絞っただけだ。
召喚師といえどマグナは人間。自分の演技力に自惚れるつもりはないが、ハサハたち以外には気付かれないよう細心の注意を払っているので、内面的なことではないだろう。
自身の異変といえば……首が変なぐらいか。
そこに思い至って、ぽむっと手を打った。
「ああ、髪でしょ? 雨水たらふく吸って随分大人しくなってるんじゃない?」
言いつつ、高く結い上げている後ろ髪を首の横から前へ持ってきて、ぎゅっと握った。すると、途端にだばだばと水が流れ出てきた。道理で首が重かったわけだ。
粗方水を絞り出し、残りを乾いたタオルで拭き取った。かなり軽くなった頭に、納得顔のマグナ。
疑問が解消したところで、は改めて周囲を見渡した。
聖王国を守る三砦都市トライドラ。その砦のひとつであるスルゼン砦の軒先に、今皆はいる。先程の雨で救いようのないくらいびしょ濡れになった、主に女性陣が風邪防止のために着替えていたのだが……どうやら終了したようだ。
雨も通り雨だったらしく今は小降りで……もうすぐ止むだろう。
にとっては都合がいい。
「みんな、折角着替えたトコ悪いんだけどさ、ココ……なるべく早く離れたほうがいい」
突然の提案に全員がを見て、一様に疑問符を頭の上に飾る。
「何で?」
「心配しなくても雨宿りしたからって捕らえられることもなきゃ、追い払われることもねえだろ」
「…………気付いて、ないの?」
疑問を投げかけてくる仲間たちに、目を眇めて逆に訊き返す。
まだ首をひねるものが多い中、それでも幾人かがソレに気付いたようで。先程がしていたように上を見上げたネスティが、言葉をこぼした。
「人の気配が全くしない……雨だとはいえ、入り口の見張りぐらいはいるはずだろう」
「どれどれ」
ネスティの言葉を受けて、フォルテが好奇心だけで門に手を掛けた。――と。門は何の障害もなく、小さな音を立てて内側へと滑った。
「バカな! 門に鍵がかかっていないなんて」
信じられないと、ありありと表して呟くネスティ。
皆が怪訝にする中、フォルテだけが険しい表情で中を睨むように見つめている。
フォルテのその反応が示すモノを、見ずともわかっているのはと護衛獣の二人だろう。ハサハは、先刻の吟遊詩人と会った時程ではないが怯えを見せ、バルレルは悪魔故か心持ち楽しそうに見える。
そして、は――門が開いたことで一気に増した血臭と死の気配に、また長く息を吐き出したのだった。
門の先にあったのは、まさに地獄絵図だった。
多くの兵士が地に伏し、その間を雨によって拡張された血溜りがさながら赤い池のように染め上げている。
「一体、何が起きたっていうのよ……」
すっかり竦み上がってしまった女性陣の中、それでも今にも泣き崩れそうなアメルを支えたケイナが気丈にも呟く。しかし、その解を持つ者は――いない。
慣れている、と言っては語弊があるが、それなりに経験のあるフォルテとカザミネが手掛かりでも、と死した兵士たちを見てまわった。そして……あることに気付く。
「これは……この者たちの傷から判断すると、互いに殺し合ったとしか思えないでござるな」
「ああ。ここにいる兵士たちの中に、敵の姿がひとつもないことから見てもそうなんだろうよ」
これだけの数――恐らくはこの砦にいた全員がやられている。もしそれだけの激しい戦いが敵軍との間にあったのなら、ここに味方の死体しかないというのは不自然だ。
敵軍が仲間の遺体だけ持ち去った――というのもないだろう。血の量から見て、死んでからそんなに経ってはいないし、第一それなりに地位のある者ならいざ知らず、一介の兵士の死体など普通は野晒しだ。
「更に言うなら、ほとんどが急所を一突き。即死した後、悪戯に付けたとしか思えない傷がどの死体にもあるわね」
付け加えられた見解に同意しかけて、フォルテは勢い良く声の主を振り返った。
屈んで屍を見ていたのは、予想に違わずで。立ち上がった彼女は声の通り冷静で、至って普段通り。
「…………おまえ、平気なのか?」
「あたしを、普通の女の枠内に入れないほうがいいよ」
真っ直ぐフォルテを見据えた金の瞳には、恐怖や怯え、拒絶などは一切なかった。
普通の女の枠内には確かにはまらない、その瞳。だが男でさえ血や死などには、余程の経験がなければ恐怖を多少なりとも抱くというのに……彼女の姿は、それらに対して完全に免疫を持っていると示していた。
「なんだかわからんが、ヤバイのだけは確かみたいだな」
何の感情も映してはいない金の瞳から目を逸らすことすらできずにいたが、がリューグを見たことでフォルテはようやくその呪縛から解かれ、知らず詰めていた息をゆっくり吐き出す。
「……の言う通り、これは早々に退散したほうがよさそうだぜ。トリス、マグナ」
何とか平静を装って言った提案に、トリスとマグナは同時に頷いた。
そして皆が踵を返そうとした、矢先――
「きゃあっ!?」
ミニスの悲鳴に、身構える。
「誰だ!?」
「出てきなさい! さもないと、こっちから行くわよ!」
気丈に叫んだ双子召喚師に、返ってきた声は……
「ちょっとちょっと! 暴力沙汰は勘弁してくださいってー」
聞き覚えのあるそれに、姿を現したのは案の定。オレンジ色のメイド服を着込んだ、自称無敵のアルバイター、パッフェルで。
一気に気が抜けた。
どうやら彼女は、ここでも新たにバイトを始めたらしいのだが、幾日も経たぬうちに突然兵士たちが殺し合いを始めてしまったのだという。それで酒蔵にて身を潜めていて、静かになったから出ようとしたところだったとのこと。
パッフェルも詳しい事情は知らないらしく、長居は無用と共に去ろうとしたのだが、彼女は『お給金』を求めて奥へと走り去ってしまった。反射的にマグナとトリスがそれを追い、更にその二人を護衛獣とネスティが追って共に砦内部へ姿を消してしまったのを、残された者たちはただ呆然と見送っていた。
「あいつらは~……」
「あの人なら放っといても平気なのに……」
ガシガシと頭を掻いて呟いたフォルテの耳に、の呟きが滑り込んだ。
隣にはフォルテと同じように彼らが走り去ったほうを、少し呆れたように見ているがいて。視線に気付いたらしいと目が合い、彼女はにっと悪戯っぽく笑った。
「パッフェルさん、あたしとタメはるぐらい強いよ」
「――は!?」
ルヴァイドと同等の戦闘力を持つ。そのと同じくらい強いということは、パッフェルもルヴァイド並ということ。
色々と謎を抱えてはいるが、そこまで強いようにはとてもじゃないが見えない。とはいえ、が嘘をついている風でもなく……にわかには信じ難く頭を抱えたフォルテの肩を、は軽く叩いて。
「ホラ……みんなの気が狂わない内に、外で待機してましょ?」
その場を離れ、仲間たちを外へと促し始めた。
累々たる屍と濃厚な血臭――それにより戦場で狂う者は少なくない。それを危惧し、仲間を気遣う姿は頼もしく映る反面、その中にあって平然とする様は彼女の中の狂気を浮き彫りにしているようで空恐ろしくもある。
勇気と狂気。優しさと冷酷さを不安定に兼ね備えている女――
それが魅力だとでもいうのか、彼女からは良くも悪くも目が離せなくなっている自分に気付いて……フォルテは再び頭を乱暴に掻いた。
――と。視界の隅に動く物体。
一気に警戒を露に身構えたが、それの正体を見て愕然とした。から告げられたパッフェルの強さのことよりも、もっと信じ難い光景――その事実に、一瞬脳が理解を拒んだ。だが、次の瞬間にそれは消えた。
「!!」
ただ反射的に叫んだ。
危機を知らせるためだったその行為も、役に立ったのかは甚だ謎だ。は声と同時――あるいはそれよりも前に、振り向き様自分に襲いかかってきたモノを薙ぎ払っていたから。
「! 大丈夫――だな」
「おかげさまで。でも、ここで起こったことは、これではっきりしたわね」
駆け寄るフォルテに、何でもない風体では自分が倒したモノを見た。
――それは、先程まで地に伏していた兵士の屍、だった。
彼女に襲いかかった屍は見事首をすっ飛ばされたため、それ以上動くことはなかった。代わりに、他の屍たちが起きあがり、自分たちを囲み出す。
「なるほど、これなら『殺し合い』ってのも納得できるな」
「死んだ後の傷は、応戦した生者が付けたものだったってコトね」
「何、落ち着いてるのよ二人共! こいつら死体なのよ!」
弓を構えつつも後込みしているケイナに、怯むことなく屍人兵に斬りかかりながらカザミネが叱咤する。
「泣き言を言っている場合ではござらんぞ! 倒さなければ拙者たちも奴らの仲間入りだ!」
「そういうこと。それに、死体だからこそ気兼ねなく倒せるんじゃないの?」
『人殺し』にはならずにすむ、と。そう言ったの真意はわからなかったが、それを考えている暇もない。
次々に襲い来る屍人兵に嫌々ながらも皆、応戦する。しかし、屍人を相手にするなどという常軌を逸した状況を、そう簡単に割り切れるものでもないだろう。特に、純粋さを強く残す子供には……
「や、やだぁ……こっち来ないでよぉっ!」
ミニスの涙声が届いた。
完全に恐怖に囚われ集中力をなくしている今のミニスには、召喚術を使うことはできない。パニックを起こしてしまった彼女に、屍人兵が容赦なく襲いかかる。
「ミニス!!」
「――伏せろッ!!」
屍人兵の剣を槍を投げつけて弾いたが、ミニスを押さえつけるようにして伏せる。その上を銃弾が五発通り抜け屍人兵を貫いた。
倒れたまま動かなくなった屍に安堵し、二人は銃弾を撃ち放った人物を見た。見覚えのない男――恐らくこの砦の生存者であろう――が、トリスたちと共にいた。
「その死体は召喚術で操られているんだ! 操っている召喚師を何とかしないと、そいつらは何度でも襲ってくるぞ!!」
ネスティが叫んだ。
タネがわかれば何てことはない――ということもないだろうが、皆の顔に覇気が戻る。
それを確認して、はミニスに笑いかけた。
「だってさ。本当の敵がわかった今なら、ちゃんと戦えるね?」
「で、でも……」
「ミニス……あなたが彼らの立場なら、どうする?」
未だ怯えを秘めた瞳に怪訝な色を乗せて、ミニスはを見つめる。
は槍を手に戻しながら、周囲にいる屍人兵を見渡して、口を開いた。
「あなたがもし、その命を終えて……輪廻の流れに戻れるはずのその時に、無理矢理呼び戻されたら? そして、やりたくもないことをやらされたら……どう思う?」
大きく目を見開いているミニスに目を向け、その視線の先を屍人兵へと促して言葉を続ける。
「ねえ、ミニス。あなたには、彼らの嘆きの叫び……聞こえない? 彼らはこの国を守る騎士たちでしょ? そのことに誇りを持っていたはずよ。なのに今は、守る対象であるはずのあなたたちに剣を向けている……命を奪おうとしている。こんなこと、彼らが望んでいると、思う?」
「――……思わない」
ミニスの呟きとほぼ同時に銃声が響き、一本の柱の影から青白い肌の男が一人姿を現した。
自らを『屍人使い』と名乗るその召喚師こそ、この砦を壊滅させた張本人。
癇に障る笑いで、屍人を操り襲わせるその男をきつく睨んだまま、それでもはミニスの側を離れずに静かに諭す。
「彼らの夢も命もあの男によって奪われ、その誇りすら汚された。その彼らの嘆き……聞こえるよね?」
静かな問いに、ミニスははっきりと頷いた。
「彼らを……助けてあげられるね?」
笑顔を向けられて、力強く頷くミニス。彼女の瞳にはもう、迷いも怯えも映ってはいない。
ただ強い光をたたえた瞳に勝気な笑みを激励代わりに返して、は前線へと戻った。
「お待ちどーさま」
戻ってくるなり軽く二、三人倒してそう言ったに、フォルテも不敵な笑みを向ける。
「よぉ、ようやくお戻りか。この数、オレらだけで抑えるにはちとキツかったぜ?」
「あらまあ、情けないお言葉ね」
軽口を叩き合っているが、現実問題そんなに余裕はない。
敵の数はこちらの二倍程度だが、相手は屍人。中途半端な攻撃では一度倒れても、再び襲ってくるものだから始末に負えない。
長期戦は疲労という限界の存在するこちら側が明らかに不利だが、だからといって焦りは厳禁だ。それは隙を生み、自滅を導く。
心に余裕を欠かないためには、必要な行為と言えなくもない。少なくとも、フォルテにとっては。
「しかし、上手いこと説得したものだな」
「……聞いてたの?」
「まぁな。――って、他の奴らもそうじゃねえのか? アメルとかトリスあたりもかなり不安そうなツラしてたのが、今は完全にいつも通りだ」
襲ってきた屍人兵の攻撃をフォルテが防ぎ、が確実にとどめを刺す。連携体制を取りつつフォルテは仲間の様子を盗み見て、もそれに倣い――長く息を吐く。
「こいつらの誇りを守り、奴の呪縛から助け出す――か。やることは同じなのに、言い方ひとつで随分変わるもんだな」
「……あたしは事実を言ったまでよ」
「事実……ねえ……」
確かにフォルテの知る限りでは、トライドラの騎士たちは精鋭揃いで皆誇りを持ってその任に就いている。だから、の言葉は納得できる。彼らは誰一人として今の状況を望んではいないだろう。――もっとも、あの屍人兵たちに生前の自我が残っているならば、だが。
自分たちに襲いかかってくる屍人兵の咆哮。それを『嘆き』と取るのは生者の身勝手だろう。死人に口無し。彼らが今何を思っているのか――否。その自我すらあるのかも、我々には知りようがない。
ただ、自分たちが楽なように捉えるだけ。
が言った通り、既に死んでいる彼らを倒しても人殺しにはなりえないだろう。だが、それでも人の形をして動くソレを仕留めるには良心が痛む。罪悪感を――覚える。それらを治めるための……自分を正当化するための戯れ言でしかない、と。フォルテには、そう思えた。
「――と、うおっ!?」
死角から振り下ろされた剣を、紙一重でかわす。
余計なことを考え過ぎていた。軽く反省し、目前の戦闘に意識を戻す。
屍人兵の数はあまり減ってはいない。比べてこちらの疲労は溜まる一方。精神的にも、女子供にはキツイ状況。やるべきことは屍人兵を操るガレアノという召喚師を倒すことなのに、屍人兵が邪魔でいまいち決定打に欠ける。
このままでは負けは確実。何とか突破口を見つけなければ……
そう思っていたのはフォルテだけではなかったようで。
「このままでは埒が明かぬ! 殿、お主の持つあの炎の力で何とかならぬか!?」
カザミネが叫んだ。
相手は屍。燃やして灰にしてしまえば、襲ってくることは完全になくなるだろう。の力ならそれも可能だろうが――
「無理。彼らを焼き尽くすまで、あたしの力が持たない」
案の定、長く息を吐き出し彼女は否定を示した。
屍人兵の攻撃を弾き返して作った隙に、相手を蹴り飛ばす。そしてまた長く息を吐き出すに、フォルテはようやくその異変に気付いた。
「おい、? 顔色が悪いぞ、おまえ」
ルヴァイド相手に長時間斬り結んでも息ひとつ乱していなかった彼女が、今は不自然な呼吸をしている。はじめは溜息かと思っていたが、そうではないようだ。顔色も悪く、疲労とは違い明らかに体調がおかしそうだった。
「屍人に囲まれてて気分なんかいいわけないでしょ」
平然と返してきた言葉だが、真実は含まれていないような気がする。
――そうだ、おかしいではないか。は屍人兵を一撃で戦闘不能にできるだけの力を持っている。それは既に実証されているのに、今の彼女は防戦一方。常に勝てるようにしか戦ってこなかった彼女が、今はなにも考えていないようにさえ見える。ただ、目の前のことで手一杯――そんな風に見えて。
フォルテの推測を裏付けるように、屍人兵の攻撃を防いでいたが力で競り負けて吹き飛ばされた。
「! 大丈夫か!?」
追撃してきた屍人兵を倒して駆け寄ったフォルテ。
は俯いたまま長く息を吐き出して、告げる。
「ごめん……やっぱり燃やすわ」
「――って、おまえそんな状態で――!?」
「灼熱の炎に仮初の生命を宿せしものよ。今一度その姿現し、理に反せし器を土へ還し、哀れなる魂を捕えし縛鎖を焼き尽くせ!」
フォルテの驚愕も気にせず、懐から取り出した一枚の紙を掲げて言霊を紡いだ。
フロト湿原で見たときと同じように紙は燃え上がって鳥の形を取ると、真っ直ぐ屍人兵へと突っ込んでいく。カザミネをはじめとし数人が期待した通りに焔鳥は屍人兵を完全に灰にしながら、自分たちを囲うようにぐるりと飛んだ。だが、半分ほど進んだところで何の前触れもなく消え失せ、フォルテは慌ててを振り返った。
明らかに体調不良だった。その状態で苦手なはずの焔鳥を呼んだのだ。力尽きて倒れたのかと、そう思ったのだが。
「ん~、やっぱり半分しか行かなかったか」
予想に反してケロリとしていた。
「、?」
「ん? 何?」
「いや……大丈夫なのか?」
「うん」
あっさりきっぱり。
先程の不調さもどこへやら。顔色も完全に戻っている。呼吸も正常で……今までのことから思えば、異常ともいえる。
――何故、平気なのか。
それを考えている時間はなくなった。ネスティを中心に召喚師組が広範囲の召喚術を、ガレアノを含め残りの屍人兵に放ったのだ。
屍人兵はそれで全滅。残るはガレアノのみとなった。
「タイムアップだぜ。この世界の法律はよく知らねえがな、おまえさんのしたことは人としてのルールをはみ出しすぎだよ」
トリスたちがレナードと呼んでいた咥え煙草の男が、銃を向けたままガレアノに言った。
ただ一人となり負けは確定しているだろうに、ガレアノは余裕顔で笑った。
「カッカッカ……そんなことは知らんな。屍人に生者の理屈を唱えても無駄さあ。そもそも、まだ戦いは終わってないぞ」
言葉と共に召喚の光がいくつも現れ、形が残ったままの屍が再び動き出した。更に砦の奥からも新手が来る。
「あの野郎……!」
心底楽しそうに屍人を操るガレアノに、皆の顔には焦りと、それ以上の怒りが浮かぶ。
そんな中、唯一人アメルだけが悲しみに顔を歪ませて。
「ひどい……こんなの、ひどすぎる……っ!」
悲哀に満ちた呟きに、皆の視線がアメルに集まる。
アメルがふらりと、何かに取り憑かれたように一歩踏み出した。
「みんな泣いてる。ずっと苦しみ続けて、やっと安らかに眠れると思っていたのに……無理に起こされて、またいっぱい苦しんで……こんな……こんなこと……」
呟きながら一歩、また一歩と屍人たちに近付くアメルを、誰も止めようとはしない――否。できないでいる。
アメルの雰囲気が近付くことを阻んでいるようで、屍人たちすら攻撃できずに後退っていって……そして。
「やめてえぇぇっ!!」
叫びと共にアメルの体から光が溢れ、屍人兵を包み込んだ。
優しく暖かな聖なる光に、屍人兵の体はサラサラと砂になって崩れていく。歓喜にも似た断末魔の叫びが完全に消えると光も霧散し、アメルは糸が切れたようにその場にくずおれた。
その体を、いつの間に移動したのかが優しく抱きとめて。
「こ、この力……っ、それに先程の炎……そうか! そこの娘たちがあの方の求める……」
「くたばりやがれっ、この外道があっ!!」
呆然と、けれどどこか苦しげに呟くガレアノに、レナードが銃弾を浴びせた。
弾丸に貫かれ、ガレアノは醜い叫びを残して砦から転落していき、ようやく悪夢のような戦いに終止符が打たれて、一時的とはいえ皆に安堵が浮かんだのだった。
「……少し、いいか?」
スルゼン砦から少し離れた木の根元、砦内から失敬してきた毛布の上に座るにネスティが声をかけた。は膝枕をしているアメルを起こさないように、了承の意を以って自分の隣を示す。
「埋葬は終わったの?」
促されるまま毛布に腰を下ろしたネスティに問いかければ、否定が返ってきた。
「分はわきまえてるつもりだよ」
要は、体力切れで邪魔になるから休みに来たということ。
砦のほうを見てみれば、まだ半分ほどしか終わっていない。ネスティは根っからの召喚師だし、先程の戦闘もある。これからファナンに戻らなければならないことを考えれば、無難な選択だ。
あの戦いの後、マグナたちは砦の兵士たちを簡単にでも弔おうと決め、砦内からスコップを見つけ出してきて砦の外に穴を掘り始めた。その間、レナードとトリス、そしてバルレルがガレアノの死体を確認に行った他、気絶したアメルと焔鳥を使ったは大事を取って強制的に休まされていた。
血臭満ちる砦内にアメルを寝かせるわけにもいかず、かといって外は雨上がりで草むらも濡れている。仕方がないので砦内にあった乾いた毛布を何枚か木の根元に敷き、その上に寝かせたのだった。
「それで? どうかした?」
「ああ……、今回は平気なんだな?」
「うん。余力残して消したからね」
ネスティの聞かんとしていることがわかり、あっさり返す。
ネスティは目を丸くしてを見てきて、その珍しい様にはおかしくて笑った。
「自分の魔力で出した分なら、好きな時に消せるんだよ?」
ファナンの時は、火事の炎を包んでたから無理だっただけ。
そう言うと、得心がいったようだがすぐにまた思案顔になる。
は木の幹に背を預け、のんびりと彼が話すのを待った。
「、焔鳥を呼び出す際に使用している紙は何だ?」
ぽつり、と。呟くようにネスティが言った。
召喚師としての気質なのか、それとも彼自身の質なのか。とにかく召喚術とは違うの力が気になるらしい。ネスティの性格から見て、はっきりと原理を解明させたいのだろう。
自身、はじめて己の能力を知ってから向こうでは一度も使用していなかったから、全くと言っていいほど何も知らない。こちらに来てまともに自分から使おうと思った時に、不思議とその方法がわかっただけで。
回を重ねるごとに使用方法、制御方法のコツは掴めてきているが、原理等は謎のまま。
解明できるのなら知りたいと思うのはも同じこと。
上着の内ポケットに常備しているソレを、ネスティに手渡した。
「これは……普通の紙、か?」
「そう。ただのメモ帳」
ネスティの手の中にあるのは、真っ白なただの紙束。名も無き世界では、その辺の店で安く簡単に手に入る代物。どういう理由からポケットに入れていたのかは忘れたが、こちらに来てから焔鳥の核には適材だとわかったので常備しているソレ。
実は炎を出すだけなら何もなくても出せるのだが、核となる物があったほうが楽だということが判明したのだ。特に焔鳥のように形を固定して操るには。――まあ、これもこちらに来てから知った情報だが。
「何枚か貰っても構わないか?」
「別にいいよ」
焔鳥の核としては何もわからないだろうが、名も無き世界の物としては多少調べる価値はあるかもしれない。
は三分の一ほど切り離してネスティに渡し、残りを元に戻した。
再び木にもたれかかり、軽く息をつく。
ネスティももう気が済んだのか、隣に座ったまま何も言わない。
別段、居心地が悪いということもない沈黙。夕暮れの色付いた陽射しが雲間から射し込む中、土を掘り、あるいは埋めるその音だけが静かに聞こえている。
目を閉じ耳を澄ませていたは、近付いてくるひとつの足音に気付いた。
「嬢ちゃんかい? 俺様と同じ世界から喚び出されたってのは」
声を掛けられて目を開く。ベージュのコートと、その下に黒い背広を着た男が立っていた。パッフェルを追っていったトリスたちが出会ったこの砦の生存者、レナード。
「同じ世界――と言われても?」
「あ~……ステイツのロスって知ってるか? 俺様はそこで刑事(デカ)をやっていたんだが」
「アメリカのロサンゼルス? ロス市警ってやつですか?」
「おお! そうそう、その通りだよ!」
「しぃ――っ!」
の回答に嬉々として声を上げたレナード。その声の大きさには慌てて、人差し指を口に当ててそれを制した。
恐る恐るアメルの様子を窺えば……まだ目覚めてはいないようで、ホッと胸を撫で下ろす。
自分以上に今回アメルは無茶をした。恐らくは無意識だろうが……がやりたくてもできなかったことをしてくれたということもあり、今はゆっくり休んでいて欲しかったのだ。
「悪い悪い。つい嬉しくてな」
「悪いついでに、煙草も控えて頂けると有難いんですが」
の申し出に、レナードは携帯灰皿で煙草をもみ消した。それからしゃがみ込んで、じっと見つめてくる。――否。観察と言ったほうが正しそうだ。
彼のその行動の理由……言いたい事は、容易に想像できて。
「時に、嬢ちゃんはどこの国出身だ? その髪と瞳……天然だよな?」
やはり。
慣れているとはいえ、言われて気分のいいものではない。しかし、前へ進むと決めたのだ。このことも、いつまでも引きずるわけにはいくまい。
は溜息をひとつついてレナードを見据えた。
「あたしは。こんな姿(ナリ)してますけど日本人です。まあ、異端児なのは見た通りですけどね」
「確かに。ジャパニーズどころか俺様と同じ世界の人間には到底見えんわな」
「……はっきり言いますね」
本人を目の前にここまで言い切った人は初めてなので、かえって気持ちが良かった。悪気や嫌味の類が含まれていないからかもしれないが。
レナードはじっとの様子を観察して、そしてにっと笑った。
「だが、この世界じゃ違和感ないな。おかげで特徴教えられるまで気付けんかったよ。ま、同郷人であることに変わりはねえし、仲良くやっていこうや」
告げられた言葉に、は目を丸くした。それはふたつのことに驚いて。
ひとつは、言われるまで気付けなかったということ。この世界でも、召喚術ではない力を持ち異邦人である自分は異端だと。そう思っていたから……端から見て違和感なく溶け込めているのだと、初めて知らされた。
もうひとつは……変わらぬ彼の態度。状況が状況とはいえ、異端と知っていて好意を示してきた相手など今まで親友ただ一人だけだったから。――この世界の人間は別として。
だから、驚いたけれどそのふたつともがにとっては、すごく嬉しくて。
「ええ。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
穏やかに笑って、はレナードと握手を交わした。
悪夢のような出来事に包まれていたスルゼン砦。けれど、にとっては嬉しい収穫のあった場所。
大分流れていった雲のおかげで増えた光に照らされた砦は、赤い光と濃い影をまとい不気味な様相でファナンへと戻る聖女一行を見送っていた。