「……巫女さん姉妹?」
新たに増えた仲間、シルターンのエルゴの守護者であるカイナの素性を聞いての第一声。それを聞いた幾人かがカクッと、首やら肩やらを落としている。
相変わらずノリのいい一団だと思う。
「うん、まあ、間違ってはいないよね?」
「間違ってはいないんだけど、何か変じゃないか?」
「間違ってないなら気にしな~い♪」
双子召喚師の言葉を、は明るく受け流す。
相も変わらず人の反応を楽しむ姿勢に呆れつつも、どこか安堵の表情を見せているトリスたち。暗く重い過去話を聞いた後だからだろう。ほぼ全員が似たり寄ったりの顔だった。
けれどそれは自身にも言えることだった。
自分の汚れを知っても尚、受け入れてくれた彼らに対して。そして、いつも通りに振る舞えている自分に対して。
表面には出さずとも、かなり安堵していたのだ。
特に後者に関しては、邪気を食べてくれたバルレルに大感謝ものである。
「で、行き先はトライドラだっけ?」
「いんや。正確な目的地はローウェン砦だ。そこにオレのダチがいるのさ」
確認で問えば、今回の行き先提案者であるフォルテが笑みをはいて答えた。心持かその顔は、どこか誇らしげに見える。
余程親しい――大切な友人ということか、と。
今はもういない自分の親友を思って、彼の話を聞きながらはやわらかな笑みをこぼした。
久し振りと言える穏やかな時間。できることなら長く続いてほしいと、誰もが願うこと。
けれど、もう歯車は回り出している。
止める術のない回転は、新たな戦いを運ぶ――……
「貴殿と俺の一騎打ちによって、この戦いを決したい!」
人工的に切り開かれた谷間に、威厳に満ちた声が響く。
他者の介入を一切許さぬ声。ただ一人にだけ向けられた言葉。
その主は、たちの良く知る者。赤紫の髪を持つ獅子――ルヴァイド。
そう……辿り着いた目的地ローウェン砦は、黒の旅団の侵攻を受けていたのだ。
「騎士の名において誓う。勝敗のいかんに関わることなく、砦の兵士に危害は加えぬ、と」
状況把握のために物陰から動向を見守っていた一行の中から、舌打ちなどが出てくる。そんな彼らの考えを代弁したのは、ネスティ。
「あれは嘘だ……奴らのやり口を考えれば、約束を守るはずがあるものか……」
不信に満ちた言葉に、ミニスが反論として前例を提示する。
「でも、湿原で囲まれたあの時には、黒騎士は約束を守ったよ?」
「確かにな……だが、今度もそうだという保証はねえ」
「そうかしら?」
反論に次ぐ反論。嫌々ながら事実を認めつつも拭いきれぬ不信の念。そんなリューグを見ることもなく、は呟くように言った。
仲間の注意が全て自分に向くのを感じながら、それでも視線は二人の騎士へと固定したままで。
「……?」
「ルヴァイドは根っからの騎士よ。騎士である自分に誇りを持っているわ。だからこそ、一度立てた誓いや交わした約束には重きを置く……自らそれを破棄することはないでしょうね」
断言。それは何の先入観もしがらみもないだからこそ得た確信。
けれど敵将を完全に擁護するようなこの台詞が、彼に深い憎悪を抱く者を煽ってしまうことは……まあ、予想の範囲内だったのだが。
「無抵抗の女子供まで殺して村ひとつ滅ぼすようなヤツが『騎士』なのかよ!?」
「だから、それはあたしの知るところじゃないって言ったでしょ」
「だったら何でそんな言い切れるんだよ! テメエに黒騎士の何がわかるってんだ!?」
「わかるわよ。少なくとも今はね。だって……」
一旦言葉を区切ってリューグへと目を向けると、促すように再び元の場所へと視線を戻す。
濠(ほり)に架けられた跳ね橋の上、既に始まっている白い騎士と黒い騎士の決闘へと――
「今のルヴァイド、本気であの人の相手をしているもの」
金の瞳に映るのは、激しく剣を交える二人の騎士。一切のわだかまりなく、一人の騎士として全力で戦う、その姿――……
そして、静寂の中に剣戟のみが響いているということが、その事実を証明していた。
そう……黒の旅団も、砦の兵士も、誰一人自らの将を応援する声をあげていない――否。二人の戦うその姿が、その雰囲気……威圧が、見守る全ての者の言葉を奪っていたのだ。
「今のあの二人には、誰も声を掛けることすら許されないわ……」
それは、ここにいる自分たちにも言えること。
一度、それを目にしてしまえば――動くことはおろか、声を出すことさえできない。
動くのは、決着がついてから――
誰もがそう思わされた、その時。電流のように身体に走ったモノに、は勢いよく砦を見上げた。
ざわり、と。あの森で感じた嫌悪感と奇妙な懐かしさが胸裏に溢れて――はその場から駆け出していた。
胸中を占める高揚感。確かに感じる手応え。
朱髪の少女、と戦った時と同等の――否。それ以上の楽しさと、一人の騎士として正々堂々と剣を振るえることの喜びに、ルヴァイドは満たされていた。
敗北は許されない――それはわかっている。敗(ま)けるつもりもない。
けれど、例えどんな決着になろうと後悔することはない。そう思えるだけの戦いに出会えたことが、何より嬉しかった。
とはいえ、現実的に見て油断も陶酔もできる状況ではない。全神経を集中させて相手の動きを読み、攻撃を仕掛ける。先の先を予測し、先手を打つ。
一瞬の隙さえ許されない、その戦況に。
唐突に、終止符が打たれた。
――ギイィンッ。
響く金属音と、予測していたものとは違う反動。
弾き合うはずだった剣は、交わったまま止められていた。間に挟まれた一本の槍によって。
「はぁい、ルヴァイド、久しぶり。それと、あなたには初めましてね、シャムロックさん」
それを為した者――朱髪の少女は、場違いな挨拶を口にすると槍を捻って二本の剣を弾き飛ばす。
「った~……流石に二人分の剣を止めるのはキツイわねえ……」
「! どういうつもりだ!?」
あっけらかんと、しびれているのだろう手を振る少女、にルヴァイドは怒鳴るように真意を問う。
それは、決闘を邪魔されたという憤りであり、何よりもそうしたのが敵でありながら常に自分を騎士として認めてくれていただということに対する疑責(ぎせき)だった。
問われた本人は目を細めてルヴァイドを見た後、あからさまに溜息をついて。
「真剣勝負の邪魔して悪いとは思うけど、それどころじゃないみたいだからさ」
言いながら彼女は、高く砦へと手を伸ばす。
わけがわからぬまま、シャムロックとルヴァイドがほとんど同時にが指差した方向へと目を向けた――刹那。
「キャハハハハハッ! ねェねェ、いつまで遊んでるつもりなのォ、ルヴァイドちゃ~ん?」
妙に癇に障る、少女の甲高い笑い声が谷間に響き渡った。
「……ビーニャ?」
砦の上から自分たちを見下ろしている幼さを強く残す少女。それは、不本意ながらルヴァイドの良く知る顔――そして、そこにいるはずのない人物で。
「何をしている!? 貴様には、本隊と共に待機を命じたはず!!」
「だーってェ……ルヴァイドちゃんがあんまり待たせるんだものォ……」
およそ軍に従属している者とは思えない発言。子供だからということではない……ルヴァイドを上官――従うべき相手として認めていない故のものだ。
ビーニャは遠目でもわかるほどにんまりと、見る者に嫌悪感を与える笑みを浮かべて。
「だからァ……ほォらっ♪」
片手を伸ばした。
すると獣の咆哮が聞こえた後、人間の――断末魔の叫びが届いて。
ビーニャの隣に、血に染まった魔獣が立つ。その口に咥えられていた物体が、赤い飛沫を放って宙を舞い――そして、自分たちの間へと落下した。
「手伝ってあげたよっ。キャハハハハッ! ほめて、ほめてェ?」
甲高い笑い声と、獣の咆哮が谺(こだま)する。
騎士としての自分を汚す、絶望の調べのように。
「……約束が違うぞ……ルヴァイド……?」
今まで放心していたシャムロックの呟くような声。その目は、落下してきた物体――食いちぎられた人間の腕へと固定されている。
この男にとっても、ビーニャの笑い声は絶望の調べとなっているだろう。
自分とは違う意味で、踏み躙られた者。
己の本意ではないにしても、彼の想いを踏み躙ったのは結果としてルヴァイド自身だ。そんな自分が、一体何を言えるというのか。
「キャハハハッ! みィんな、アタシの魔獣が食べちゃうよォ。キャハハハハッ!!」
「ルヴァイドォォォォォッ!!」
沈黙を虚偽肯定と受け取ったのか、それともビーニャの言葉が逆鱗に触れたのか。
シャムロックが怒りの眼差しを向けて斬りかかってきた。
その、間に。割り込んで剣を止めたのは、で。
「邪魔をしないでください!!」
「落ち着きなさい!!」
血走った目でごとルヴァイドに斬りかかろうとするシャムロックを制するように、彼よりも大きな声では言った。
「今あなたがすべきことは、ルヴァイドに剣を向けることじゃないでしょ!! このままアイツを放っておいたら全員殺されるわよ!! いいの!? あなたの部下でしょ!!」
「の言う通りだぜ。来い、シャムロック!」
「……え?」
恐らくビーニャの行動に気を取られている旅団兵の横を走り抜けてきたのだろう。聖女一行の一人、若草色の髪を持つ大柄な男が、少し離れた位置から声を掛けてきた。
知り合いなのか、その男へと注意を向けたシャムロックの剣を弾き返して、は安堵の息をつく。
「おっそーい、フォルテ」
「おまえが早すぎんだよ、。一言声掛けてから行けよな……」
「条件反射の行動にそんな細かいことを求めないで♪」
現状にそぐわないの明るさは、フォルテと呼ばれた男に呆れと脱力感を与えているようだ。それでも隙を見せないあたり、伊達に聖女を守り抜いてきたのではないことを窺わせる。
逆に、シャムロックには驚愕が過ぎたようで。
「一体……何故、貴方が……」
呆然とした呟きがフォルテへと向けられた。
フォルテは複雑な笑みを見せ、ルヴァイドを警戒しつつシャムロックへと近づく。
「何にもならねえかもしれないけどよ……部下の仇ぐらいはとってやろうや。手伝うぜ?」
差し出された手に、向けられた言葉に。大きく目を瞠るシャムロック。
そして、さらに増えた人影。
「俺たちも戦うよ」
「あいつのしたことは絶対に許せないもの!」
紫紺の髪を持つ少年少女。彼らの力強い眼差しと言葉とが、シャムロックの心を動かした。
「……わかりました。私に、皆さんの力を貸してください!」
剣を握り直してはっきりとそう言ったシャムロックは、ルヴァイドを振り返ることなく彼らと共に砦へと向かった。
他の聖女一行も後を追い、もう誰も砦へと向かう者はいなくなった中、ただ一人動かない朱髪の少女。
「……おまえは、行かないのか?」
思わず、そう訊ねていた。
彼女が残った理由は、旅団兵の牽制のためかルヴァイド個人に何か言いたいことがあるかのどちらかだと予想できる。
確率として高そうなのは、後者。
今回の騎士にあるまじき行為に対して、非難があるのではないか――と。
「……本気、出せるんじゃない」
そう思っていたルヴァイドの耳に、すねたような声音の呟きが届く。
「あの人と戦ってて、楽しかった?」
ルヴァイドに背を向けたまま、は問う。
約束の反古に関して一切触れてこないことに僅かばかり安堵を覚えながら、素直に頷く。
「……ああ」
「じゃあ、あたしの時は?」
「同じだ」
「……なのに、あたし相手だと本気は出せないわけね。理由は、あたしが女だから――」
「それは有り得ん」
「うん」
の言葉を遮って返した否定は、当の本人によってあっさり肯定される。
僅かに目を瞠ったルヴァイドを、はようやく振り返って見た。
「名乗りをあげてくれた時点で、それはないのはわかっているわ。だから理由は別のこと……あたしが女だとか子供だとか、そんなことじゃない。もっと根本的に違うものよ」
真っ直ぐにルヴァイドの姿を映す金の瞳。
曇りのないそれは、まるで現実の中に潜む真実まで映し出すようで。
「早くそれに気付いて、そして認めちゃってよね」
目を細めて笑うその姿が――ルヴァイドには、少し辛かった。
「……おまえは、何故それにこだわる?」
だからこの問いには、僅かな逃避願望と仕返しの意味も、含んでしまっていたかもしれない。
大人気ないこととは思うが、それほどまでに彼女の率直さは眩しかったのだ。
そんなルヴァイドの心情を知る由もないは、笑みを浮かべたまま短く問い返してくる。
「ん? どれ?」
「何故、本気の俺と戦うことにそこまでこだわるのだ?」
「名乗りをあげたのにそれを聞くの? あなたは騎士として、全力で戦り合いたいとは思わないわけ? そうできる相手がいるのに」
望まないわけがない。望んでいたからこそシャムロックとの決闘は、本当に心踊るものだった。
確かに、初めてと剣を交えた時にもそう思えた。だからこそ名乗りをあげたのだ。
――けれど。
「おまえはそれだけではないだろう」
それはルヴァイドの心理だ。は騎士ではない。
彼女の内に騎士に近い性質があるのは確かに認めるが、どうしてもそれだけとは思えなかった。
あの、月夜の大平原でのことが、引っ掛かりを与えている。
「ふぅん……流石にそこまで愚かじゃあないか……」
僅かな間、ルヴァイドを凝視したが、今までとは違う意地の悪い笑みを刻んで呟いた。
そして、軽くステップを踏み、距離を取る。
「でも教えない。本気で相手してくれたら、その時に教えてあげるよ」
そのまま砦のほうへと駆け出しながら、顔だけ振り返って。
「今日はアイツ止めるから、また今度ね。楽しみにしてるから」
軽く手を振り戦場へと向かう後ろ姿を見送るルヴァイドの胸には、何とも言えないざわめきが満ちていて。
きつく手を握ることで、強制的に現実へと意識を向けて、己の立場を思い起こしてそれらのものを奥へと押し込めた。
ビーニャの暴虐を止めるために砦に登った聖女一行は、思いの外(ほか)苦戦を強いられていた。
原因はビーニャが召喚した大量の魔獣。
油断があったとはいえ、砦の兵士を食い殺しているのだ。小さなミスが命取りになりかねない。
しかも、はぐれを相手にしているのとはわけが違う。はぐれの多くは生きるために争うため、勝てない戦いを続けることはない。けれど、誓約に縛られた魔獣は主の命じるまま無意味に戦い続ける。
戦意喪失したかに見せかけて牙をむくことが良くあるのだ。
はぐれにしろ魔獣にしろ、『命』を奪うことを良しとしない聖女一向には、非常に加減が難しかったのだ。
そして、精神的疲労は実際以上の体力を奪う。
それが逸早く顕著に表れたのは、元々体力に乏しい召喚師であり、また人一倍物事を深く考え過ぎる傾向を持つネスティだった。
仲間の幾人かはそれに気付いていたが、あまり気に掛けられるほど彼ら自身の余裕がないのもまた事実で。
誰もが打開策を求めていた、まさにその時。
一筋の炎が地面を這って、魔獣と聖女一向との間を隔てた。
「大丈夫、みんな?」
身も軽くやってきてそう言ったのは、一人敵将の元に残っていた。
彼女の参戦に皆が安堵を浮かべる中、当の本人は手にした槍を魔獣に向けて一振り。すると炎が真ん中辺りで分かれて、魔獣を二分した。
「魔獣とはいっても獣であることに変わりはないようね。火は苦手みたいだから、炎系の召喚術あるなら使ったら楽よ」
示された打開策に、ぽむっと手を打つ召喚師組。
早速実行に移す彼らとは別に、ネスティは眉間に皺を刻んでを見る。
「それはいいとして、君は平気なのか?」
ネスティの視線の先にあるのは、彼女の手にある槍。それ自体は別段心配するようなものではない。
問題なのは、その槍を包んでいる紅蓮の炎だ。
それは禁忌の森で、封印されていた悪魔たちの攻撃からトリスを庇った際に彼女が見せた技。
元々魔力に弱いと自己申告し、使用後はほぼ毎回といっていいほど倒れているだ。明らかに長時間の使用を目的としていそうなそれは、彼女にとって負担はどれほどのものなのか――と。
そう訊いたネスティに、はけろっとして答える。
「ああ……焔鳥出すよりはこっちのほうが大分楽みたいなのよ。形を安定させる必要が大してないからかしら? ま、このことがわかっただけでも、あの森へ行った意味はあったってことね」
目を瞠るネスティ。それから、肩の力を抜いて少し笑う。
「そうか……」
彼女は言った。森へ行った意味はあった、と。彼女にとっては辛いだけだったと思われるような一連の出来事を、仮に演技だとしても笑えるだけの余裕を持って。
その言葉を、その笑顔を。知ることができただけで、少し肩の荷が下りた気がした。
「フォルテとシャムロックさんは上?」
「ああ。トリスとマグナ、それにバルレルも先に行っている」
「ここ、任せても平気?」
上へ――ビーニャの元へ行く気のの問い。
否と答えたならばここに残ってくれる気はするが、生憎と彼女の信頼を裏切る気はない。
ネスティは笑みと共に力強く頷く。
「大丈夫だ。、トリスたちのことを頼む」
「頼まれるわ」
くすくすと軽やかな笑い声を残して、は砦を更に上へと駆けていく。
彼女を見送って、ネスティは新たなサモナイト石を取り出した。
未誓約のそれは、新たに炎の力を持つ召喚獣と誓約するためのもの。できれば広範囲に攻撃可能なものが望ましい。
早くこの戦闘を終わらせることが、仲間たちを守る一番の方法。
との約束のために、何よりも自分にとっても大切なものとなっている仲間たちのために。
ネスティは、ありったけの魔力をサモナイト石に注いだ。
炎で魔獣を牽制しつつ上へと向かったは、難なく前線組を見つけた。
やはりこちらも魔獣に苦戦していて、なかなかビーニャに近付けずにいるようだ。
槍にまとわせてる炎の量を多くして、トリスたちの傍らへと跳躍し、着地と同時に地面に槍を突き立てて炎の壁を作った。
「!」
「大丈」
――ドンッ。
喜色を浮かべて名前を呼んだ双子に応えかけた時、声にかぶさって響いた轟音に背後を振り返って一言。
「派手にやったわねぇ、ネスティ……」
「ええ!?」
「あれ、ネスなの?」
「他に誰がいるの?」
最上階にいる自分たちとほぼ同じ高さに浮いているのは、どう見ても鋼の身体を持つ者――ロレイラルの召喚獣だ。
仲間内で機属性の召喚師はネスティしかいない。
「そ、そうだよな……ネスしかいない、よな……」
「なにか気に触ることでもあったのかなぁ……」
右腕がライターのようになっているその召喚獣は、結構な広範囲を炎に包んでいる。
その様子を眺めて彼の弟妹弟子は、引きつってみたり呆れてみたり。
とりあえず、下はもう心配はなさそうだ。あとは、この事件の元凶を倒すだけ。
「あーあ! つまんないなァ、あともう少しで壊せたのにさァ」
同じように階下の様子を窺っていたビーニャの言葉を聞きながら、ざわめく想いを押し込めてはシャムロックとフォルテの側へと行く。
「、おまえ、それ……」
「平気よ。それより、シャムロックさん。あたしが道を作るから、アイツ、ぶちのめしてきていいわよ」
フォルテの問いを皆まで聞かずに答え、不機嫌さも露に言った。
言われた当人は目を瞠ったあとフォルテに目を向け、彼が頷いたのを見てからの横に並ぶ。
「お願いします」
シャムロックの言葉を受け、はビーニャの前に残る魔獣へ向けて駆け出した。向かってくる魔獣を炎をまとわせた槍で薙ぎ払い、そして思い切りその場に槍を突き立てる。
「『烈火円舞陣』!!」
言霊によって槍から地面へと移った炎が、魔獣とビーニャを分けるように、更にビーニャの元への道を確保するように、四方へ走り、そして円を描いて燃え上がった。
その、道を駆け抜けて。
シャムロックが大きく剣を振りかぶって、ビーニャへと斬りかかった。
――だが。
「無駄よォォォッ!!」
笑みを刻む唇。高まる邪気。集められた魔力。殺意と共に撃ち出された力。
一瞬の、出来事。
「ぐああああっ!」
ビーニャの放った力が直撃したシャムロックの身体が、宙を舞った。
「シャムロック!」
「シャムロックさん!!」
地面に倒れた彼の元へ駆け寄るフォルテ。
同じように駆け出しかけたの目の前に、ビーニャが立ち塞がった。
「ねェ、アンタさァ……なんで力抑えてるのォ?」
「――え?」
構えを取りかけていた時に、ビーニャが言った。
その内容は、の動きを止めるには充分で。
「思いっきり使っちゃえばいいじゃん。わざわざ苦労して抑え込む必要なんかないでしょォ?」
無邪気な子供の姿で、残酷さを映し出す昏い瞳を持って少女は誘う。
――力を解放せよ、と。
押し込めたはずのざわめきが、大きくなる。
にとって大切な仲間を、使い捨ての玩具のように扱おうとするビーニャへの嫌悪感。憤りすら感じるほどなのに、森で感じたような心地好さと懐かしさも湧き出てきていて。
ざわめく。乱れる。心が、乱される。
「ぜェーんぶ燃やしちゃえばいいのよォ。人も、獣も、建物も……魂も、ぜェーんぶ灰にしちゃえばいいのよォ。ねェ? 『あの時』みたいにさァ?」
昏い、暗い瞳の中に、紅蓮が映る。
はそれを……全てを拒絶するように、槍を薙ぎ払った。
難なく避けたビーニャは、元の位置へと戻る。
「……それ、いつの話?」
この少女が、自分の何を知っているというのだろう。何かを知っている口ぶりだった。けれど、知らないはずなのだ。
知られているはずがない。――なのに。
「ふーん……『何のこと』ってとぼけないってことはァ、心当たりがあるんだァ?」
自分の返答が、失言であったことに気付かされた。
認めてしまったようなものだ。まんまとビーニャの思惑にはめられた自分に腹が立つ。
――けれど。
「キャハハハハハッ! やっぱりアンタ変わんない! アンタは何も守れない! だってアンタの力は、全てを壊す力だもんねェ!? キャハハハハハッ!!」
それ以上に、ビーニャに対しての怒りが大きかった。
――何故、何も知らない少女にこんなことを言われなければならないのか。何故自分の力の在り方を他人に決め付けられなければならないのか。
何故――前へ進もうとする決意を、踏み躙られなければならないのか。
湧き上がる怒りが、押さえてきた力のたがを外す。力が――溢れ出す。
「それ以上喋るな」
紅蓮に染まる視界で、ビーニャが歓喜の声をあげる。
「そう……その力だよォ……もっと、もっと解放しちゃってさァ、みィんな真っ赤に染めよーよォ!!」
「黙れ!! 貴様に指図されるいわれはない!!」
「!!」
――ぐきょん。
呼ばれると同時、思い切り髪を引っ張られて首が奇妙な音を立てた。
痛みの中で見えたのは、逆さの悪魔の少年――バルレル。
そして、額に感じるぬくもりと共に、急速に怒りは消えていって。
「安い挑発に乗ってんじゃねェよ」
呆れたような声が掛けられる。
いつも通りのその様子が、に冷静さを取り戻させた。
「ありがとう、バルレル……助かったわ」
完全に冷えた頭で周囲を探って、余計な被害を出してないことに安堵する。――と。
「またアンタなのォ!? いっつもいっつも邪魔ばっかりしてェ!!」
「……てめえらの都合なんざ、知ったことか」
「アンタこそ、関係ないくせにでしゃばんないでよねェ!!」
何故か異様なほどバルレルに対して怒りを燃やし始めたビーニャは、辺り構わず召喚術を撃ち出した。
――と、そこへイオスとゼルフィルドが姿を見せて、ビーニャの牽制に乗り出した。
「とばっちりを受ける前に脱出するぞ!」
レナードの号令で、聖女一行は旅団兵を避けるため別ルートから砦を脱出し始める。
「いくぞ」
最後尾となったも、バルレルに手を引かれる形で血煙の舞う砦を後にした。
ビーニャの言葉が、深く胸に突き刺さったまま……
「ここまで離れれば大丈夫だろう」
砦から大分離れた街道で、ネスティが言った。
とりあえず重傷を負ってしまったシャムロックの手当てがてら、僅かな休息となった中、マグナはの姿を探す。
どうしても訊きたいことがあったから。
「!」
最後尾をバルレルと共に走ってくる姿を見つけて駆け寄った。
その様子が尋常じゃなく見えたのかはきょとんとして、バルレルは完全無視でトリスの側へとそのまま走っていく。
「どしたの?」
「いや、その……大丈夫か?」
何となく、ありきたりな訊き方をしてしまった。
は余計にわからなくなったらしく、小首を傾げて。
「うん、まぁ、首は少し痛いけど……大丈夫は大丈夫よ」
「そ、そう……」
視線が、泳ぐ。
訊きたい、けど訊きづらい……訊きたくないような……訊いたら後悔しそうな。
でも訊かなきゃ気になって仕方がない。
「で、何? それだけ、じゃないよね?」
にも促されて、マグナは心を決めた。
「あの、さ……その……あの時、何されたの?」
「……どの時?」
「髪、引っ張られたあと……俺たちがいたとこからじゃ、よく見えなかったんだけど……その、さ……キ、キス、されてるように、見えたんだけ、ど……バルレルに」
ビーニャの挑発に乗ってしまった彼女を止めに入ったバルレル。丁度、の背後にいる形だったマグナにははっきりと見ることはできなかったのだが、姿勢的に上を向かせたにバルレルが後から口付けているようだと思ったのだ。
その割りに、は特に取り乱すことも赤面することもないままで。
見間違い、若しくは気のせいと思おうとしたのだけれど、もしかしてバルレルとそういう仲だったりするんだろうか――とか。そんな考えも浮かんでしまって。
結構泥沼化していたのだ、思考回路が。
「ああ……アレね……」
それを正常化できる当人は、何でもない風に呟いて。
「バルレルがあたしの邪気を食べてくれたんだけど」
あっさりと、そう言った。
「じゃ、邪気? ……を、『食べた』って……?」
「悪魔の糧は人間の負の感情――って、知らないの? あの時ビーニャの挑発で頭にきちゃってたあたしの『怒り』の感情を、バルレルが食べてくれたことで冷静になれたってコトよ」
「そ、そうだったのか……」
恋仲とかそういう意味ではない――と。そう聞いて、物凄く安堵した。
思いっきり肩の力を抜いていたマグナにとって、次の言葉はある意味不意打ちの爆弾だったが。
「それに、デコチューぐらい騒ぐようなことじゃないでしょ。あたしだってマグナにしたことあるんだし」
正確には『舐めた』のだが。
その時のことを思い出したマグナは、一気に顔が歩くなって。
「じ、じゃ、それだけだからっ!」
絶対赤くなっているだろう顔を隠しながら、仲間の元へと戻ったのだった。
ほんの少し、情けないような悲しいような気持ちを抱えて。