第 20 話
昔語り ~炎舞の戦巫女~

 パチパチと焚き火の中で枯れ木が爆ぜる様を、はぼんやりと眺めていた。
 トライドラに程近い位置にある森の中。時刻は夕刻を疾うに過ぎ、闇の支配下になっている。
 以外の者は、焚き火を囲むようにして思い思いの場所に横になっていた。――理由の大半は精神的疲労による。
 デグレアが次に狙うであろう物流の要となる都市・ファナンへ向けて出発はしたものの、夜通し歩き詰めで下手に野盗やはぐれ、最悪黒の旅団と遭遇して戦闘になるのは好ましくないと、一時休息を取ることにしたのだ。
 やはりトライドラでのことが、少なからず全員の心に尾を引いていたし。
 まあ、それは自身にも言えることなのだが、それでも他の者よりは軽いだろうと見張りを買って出たのだった。
 皆が横になって、しばらく。もそもそと動く影。
「……眠れないの、カイナ」
 起きて傍らへやってきたカイナに声量を抑えて話しかけると、彼女は是とも否とも返さなかった。
 代わりに隣へ座って、真っ直ぐに見つめてくる。
「どうかした?」
「あの、お尋ねしたいことがあるのですが……」
「……何?」
 改まった物言いに小さく笑って先を促す。……その先は、予測できていたけれど。
「名も無き世界にも巫女はいるのでしょうか?」
「いるよ。一応はね」
「では、さん。やはり、貴女は巫女なんですね?」
 カイナの、半ば確信を持った問いに、は薄く笑みをはいた。
 その存在を確認してから訊いてくるあたりは冷静で、いかにも巫女らしい。彼女こそが、本来の巫女の姿だと、そう思う。
「確かにあたしは巫女の家系に生まれた女だけど、残念ながら巫女としての能力なんてほとんど持ってないよ。正式な巫女でもないし」
「そう、なんですか?」
 一瞬、素直に納得しかけて、けれど引っかかる何かに疑問を返してくる。
 沈着冷静。感覚も鋭く、洞察力もよい。何よりも、その能力が本物だ。
 カイナこそが、本物の巫女。己は、紛い物。――否、紛い物ですら、ない。
「カイナは、シルターンの巫女さんなんだよね」
「あ、はい。鬼神様にお仕えしています、鬼道の巫女です」
「……『禍巫女(まがつみこ)』って、知ってる?」
「邪気に染まり悪鬼へと成り果てた巫女のこと、ですよね」
 人の心から生まれ、人に害為す邪な気。祓い、浄化しなければいけないそれを己の身に溜め込み、トライドラの者たちのように鬼へと堕ちた巫女。
 清さを保ち己を高めることを目指す巫女たちにとって、最も忌むべき存在。
「あたしは、その『禍巫女』だよ」
 正真正銘巫女であるカイナにとっては、きっとかなりの衝撃発言だったのだろう。大きく目を見開いている。
「そ、んな……まさか……っ。そんなはずはありません! だって……貴女は確かに正気でしょう!?」
「うん。でも、みんなそう言って、だから暗殺者まで雇って殺そうとしたよ」
「――っ」
 鬼に堕ちた巫女は、巫女としての能力をそのまま持っている分、ただの鬼より性質が悪い。己が身に溜め込んだ邪気を増幅して周囲に撒き散らし、多くの不幸を呼び寄せ、そして仲間を――鬼憑きを増やしていく。
 だからこそ、『禍巫女』は殺さなければならない存在。
 それは巫女として……現世(うつしよ)と霊世(かくりよ)の狭間で生きる者にとっての、常識。守らねばならない掟。
 全ては、人の世の秩序のために。
「鬼とか禍巫女とかは置いておくとしても、あたしが巫女じゃないのはカイナだってその目で見てるでしょ」
 パチンッ、と一度指を鳴らし、人差し指を焚き火に向かってちょいちょいと動かす。すると、火の一部が宙に浮いてこちらへとやって来て、人差し指の上で小さく燃え続けた。
「シルターンの巫女の定義は知らないけど、こんなことができる巫女はいないんじゃない?」
「それは――そうですけど……でも、それではトライドラでのことはどうなるのですか? あの時、貴女はシャムロックさんの内に入り込んだ大量の邪気を、浄化したではありませんか!?」
「あたしにある巫女としての能力は、邪気を視ることだけ。祓うことも浄化することもできないよ」
 断言。それは確かなことだから。には、そんな能力はない。
 でも、それでもカイナは納得できないようで。
「ですが、確かにシャムロックさんの内から邪気は消えて――」
 事実を並べていたカイナの言葉は、途中で消えた。
 大きく目を瞠り、見つめてくる。――ようやく、気付いてくれたらしい。
「まさか……貴女は、邪気を浄化したのではなく、『吸収』したのですか……?」
 半信半疑――けれど、それが正解。
 は口端を持ち上げ、笑った。
「そう、周囲の邪気を吸収し己の力――魔力に変換することができる……それが、あたしが禍巫女とされた最大の要因だよ」
 今度こそ納得してくれたのか、カイナは言葉を失っている。
 そんなカイナから目を逸らし、は指先の日を焚き火に戻して言葉を続けた。
「あたし自身も知らなかったんだけどね。何せ、『体質』といっていいような能力だったからさ。周囲の邪気を勝手に吸収しては魔力にするから、あんまり邪気だらけの場所に行くと膨れ上がった魔力を抑えこむのに苦労するのよね」
「スルゼン砦での君の異変は、それが原因だったのか」
 降って湧いた第三者の声。
 驚くカイナの横では、身を起こしたその相手へ笑みを向ける。
「盗み聞きなんて、随分といい趣味してるじゃない、ネスティ」
「はじめから知っていたんじゃないのか?」
「まぁね。他にも聞き耳立ててるタヌキさんがいっぱいいるのにも気付いているし?」
 全く悪びれた様子もないネスティの切り返し。肩をすくめてあっさり認め、更にもうひとつ付け足すと、あからさまにびくっと震える芋虫が多数。
 その内のひとつ――焚き火の近くにいたフォルテが、ばつの悪そうな顔で起き上がって。
「んだよ、おまえのほうがよっぽどいい性格してるじゃねえか……」
「あたしの性格が小悪魔なのは、今に始まったことじゃないじゃない♪ それと、別に起きる必要はないよ。聞きたきゃそのまま聞いてればいいし、質問も受け付けるよ?」
「……もう、隠さねえってことか?」
 真面目な……けれど気遣いを含んだ眼差しに、苦笑を――否、自嘲になってしまったかもしれないが、とにかく一応は笑って見せた。
「大して面白い話でもないからね。聞いた後に気分を害しても責任は取れないよ」
「そりゃこっちの台詞だ。話すことでおまえがその傷深めちまっても、オレらはどうすることもできねえだろうが」
 沈黙。しばしの見つめ合い。
 ややあって、どちらからともなくふっと表情を緩める。
「お互い様ってことね」
「……だな」
 とりあえず、お互いに納得できたところでは楽な姿勢をとって、少し考える。
「さて、何から話そうか……とりあえず、カイナはあたしが『禍巫女』な理由を知りたいのよね?」
「……はい。叶うならば」
「で、起きてるお二人さんは?」
「現時点で僕が聞きたいのは、君が自分の能力をどこまで把握しているのかということだ。種類とその効果、そして君自身への負荷の度合いを」
「オレは……まあ、カイナやネスティと同じ内容だな。おまえがシャムロックにしてくれたことを、具体的に知りたい」
 それぞれの求めを聞き、更に考える。
 ほんの少しの迷いの後、決断はわりとすんなり下された。
「……やっぱり、初めっからのほうが分かりやすいかしらね……」
 ちょっと長くなるけれど。
 ファナンで、前へ進むと決めた。けれど、あの時はまだマグナの問いに答えることはできなかった。禁忌の森へ行った後も、全てを話すことはできていなかった。あれも事実ではあるけれど、そうなった本当の始まりを……
 ――でも、今なら。
 今なら、大丈夫な気がする。
 怖いと思う気持ちはやっぱりあるけれど、でも小さな希望も見えたから。
 話して、みたいと思う。
 自分の心境の変化を不思議に思って、は小さく笑って。
「むか~し、昔……」
 まるで御伽話でも語るような口調で、己の過去を話し始めた。

 むかしむかし、今からそう遠くはない過去。名も無き世界のとある島国に、『』と『』という名のふたつの巫女の家系がありました。
 両家は、数ある巫女の家系の中でも五本の指に入る規模を誇る名家であり、また互いに競い合い、高め合う良きライバルでもありました。
 けれど、その輝かしい栄華の時にも翳りが訪れました。
 時は流れ、人々は自然と共に生き、目に見えぬ存在を恐れる生活から、科学による合理的思考や機械により頼むようになり、目に見えるモノだけを信じるようになっていったのです。
 当然のように、現世と霊世――目に見える世界と見えない世界の狭間に生き、その仲立ちや調停を役割としていた巫女の力は求められなくなっていきました。
 人々にとっては、もはや『巫女』とは力のないただの形式だけの過去の遺物となってしまったのです。
 時代の流れが、そうさせたのでしょうか。
 求められなくなった『巫女の力』……その影響が、彼女たちの身にも如実に現われ出したのです。即ち、力ある巫女が生まれなくなっていったのでした。
 数多くあった巫女の家系は次々に廃れて、消えていきました。
 自分たちが守り続けてきた不可侵の領域が急速に減少していくことに、も危機感と――恐れを抱きました。
 過去の栄華を忘れられなかった両家は、再びそれを手にするためにある決断を下しました。
 それは、両家の力ある者同士を交わらせ、生まれた者を当主として二家を併せたひとつの一族となること。
 まずは、最も力ある者同士――即ち、両家の当主とその伴侶を交換して子をもうけました。結果、生まれた子は、両家の思惑通りに強い力を持つ女児でした。
 一人目が成功したことで、両家はこれを一族中に広めていき、未婚の者は婚姻を結び、既婚の者はその関係のまま別の相手と、愛のない政略的な契りを結んでいきました。
 そうして生まれた二人目は、一人目の従妹に当たる女児で、一人目には及ばないものの強い力を持っていました。
 ところが、同い年に生まれた三人目。一人目の実の妹に当たるその女児は、巫女としての力をほとんど持たずに生まれてきたのです。しかも、その島国どころか世界中を探しても見つからないような朱色の髪と黄金色の瞳を持って。
 その後も次々と生まれた両家の子供たちは、力の差、性別の差こそあれ、概ね両家の狙い通りでした。三人目の子だけが違っていたのです。
 人間の姿をしていながら、人間には持ち得ない色を持つその子供は、『鬼の子』と呼ばれて一族中から忌み嫌われました。
 それでも、他の子供たちと変わることなく育てられました。
 けれどそれは愛されていたからではありません。成長によって能力が発現する可能性があったためと、もうひとつ。先に生まれた二人に万が一の事態が起きた場合、下の子供の中の誰かが当主となれるまでの代用品としてでした。
 忌み嫌われたまま、鬼の子は巫女としての修行を積みましたが、一向に能力が発現する兆しは見られず、それがより一層忌み嫌われる要因となりました。
 それでも鬼の子は生き続けました。孤独であったなら、とっくに死んでいたでしょう。けれど、そうではなかったのです。
 二人目に生まれた従姉だけが、鬼の子を人間として扱い、友と呼んでくれたのです。
 鬼の子は従姉の存在を支えとして生き続けたのです。彼女が側にいてくれるだけで、幸せでした。
 けれど、そのささやかな幸福も、終わってしまいました。
 初めに生まれた鬼の子の姉が、正式に当主となり――そして、事件が起きたのです。
 いつも通りに修行をしていた鬼の子の周囲に、真っ黒な靄が突然に現われ、向かってきました。それがとても強い邪気であることは鬼の子にもわかっていたので、必死に逃げました。
 邪気を祓うことも浄化することもできない鬼の子にとって、邪気に捕まることは『自分』が消されてしまうことを意味していたからです。
 けれど、逃げ切ることができないということも、わかっていたことでした。
 だから鬼の子は助けを求めましたが、助けてくれる者はいません。誰もが見て見ぬ振り――いいえ、それどころか笑いながら鬼の子が逃げ回る姿を見ていたのです。
 たったひとつの望みだった従姉は――その日、運悪く出掛けていて不在でした。
 ……いいえ、悪かったのは運ではありません。それら全てが仕組まれたことだったのです。
 新たな当主が現われひとつの一族となった巫女の家系にとって、鬼の子は唯一の汚点となってしまったのです。そう……代用品として生かされている期間が、終わったのでした。
 だから、消そうとしたのです。鬼の子を正真正銘の鬼に仕立て上げ、大義名分の下で抹消するために、姉がその力を以って仕組んだのでした。
 果たして、力を持たない鬼の子は邪気に捕まり呑まれてしまいました。
 自分の内に入り込んでくる、自分以外の負の感情の嵐に、鬼の子は必死に自我を保とうとしましたが、心構えだけでどうにかなるのなら巫女は必要とはされません。
 鬼の子の自我も、邪気に溶けようとしていた時のことです。鬼の子は、自分の鼓動が大きく跳ねたのを感じました。次の瞬間には、自分を飲み込もうとしていた邪気が、急速に減っていったのです。
 そして、自分の内の、深い深いトコロで眠っていた何かが目覚めたことを、知りました。
 目を開けた鬼の子の前に広がっていたのは、視界一面を埋め尽くす紅蓮の炎でした。
 鬼の子を抹消するために仕組まれた事態は、鬼の子の内に眠っていた力を目覚めさせました。姉たちは予期せぬ事態に戸惑いましたが、すぐに気付いたのです。鬼の子を『鬼』とするには充分すぎるほどである、と。
 その場で鬼の子に抹消命令が下されましたが、誰一人として為せる者はいません。鬼の子の周囲で荒れ狂う炎に妨げられたからです。
 そのことに鬼の子は安心などはしていませんでした。むしろ、そんなことを考える余裕もほとんどなかったのです。
 今まで一度も使ったことのない力、しかも無理矢理目覚めさせられたそれを制御することなんてできなかったからです。
 自分の内から止め処なく溢れる力を抑えようと必死に努力しましたが、一向に変化は現われません。凄まじい勢いで流れていく力に、鬼の子は自分の力に殺されるような気持ちになりました。そう思われるほどに、力が抜けていったのです。
 誰にも、どうすることもできなかった事態を治めたのは、従姉でした。
 胸騒ぎを感じて急いで帰って来てくれた彼女はすぐに事態を察し、なんと荒れ狂う炎の中へ躊躇うことなく飛び込んだのです。
 炎に身を焼かれながら、彼女はに伝わっていた禁術を用いて、その命を以って鬼の子の力を抑え込みました。
 周囲にあった炎はすべて従姉の下へと集束し、彼女の体を焼き尽くして消えました。
 鬼の子は、何もできませんでした。大切な者が死にゆく姿を、ただ見ていただけです。自分の一番大切な者を、自分の手で壊してしまったのです。
 けれど、鬼の子は壊れるわけにはいきませんでした。従姉が焼き尽くされる直前に残した幾つかの言葉と、その命を無駄にするわけにはいかなかったからです。
 だから、鬼の子は戦いました。炎が消えたことで己を殺そうとする一族の者たちを、薙刀で斬り裂きました。
 巫女としての修行には鬼や妖怪との戦いのために、武術も含まれていました。力のなかった鬼の子はせめて武術だけは劣らぬようにと鍛錬を重ねていたのです。その結果、武術においては、鬼の子の右に出るものはない程になっていたのでした。
 そして今や、邪気すら吸収してしまうため、それによる足止め・捕獲もできない一族を振り切って、鬼の子は家を飛び出しました。従姉が消えた後に残った抑制の証である勾玉だけを持って逃げ続けたのです。
 やがて暗殺者が追っ手として差し向けられるようになった時はもう駄目かとも思いましたが、何の因果なのか元暗殺者だという老人に助けられました。そして、対暗殺者用の戦い方を身につけ、他にも様々な生き抜くために必要なことを教えられて、鬼の子はたった一人生き続けてきたのです。
 そうして、五年の月日が流れ――

「ある日、頭の中に響いてきた救いを求める女性の声に導かれ、鬼の子は異世界への門をくぐり炎に染まる村へと落とされ――現在に至る、というわけです」
 語り終えて、は息をついた。
 今まで誰にも話したことがなかったから気にしたこともなかったが、改めてこうして語ってみると結構な長話になった気がする。
 これでも大分端折ったつもりだが……もしかして、自分は説明の部類が苦手だったりするのだろうか――とか。
 少々ずれた思考で周囲を探ってみたが、とりあえず狸寝入り組の人数はそのままだった。
 起きている三人もそのままで。
「『禍巫女』ぶっ飛ばして『鬼』になってたけど、とりあえずの経緯はこんなところよ」
 ひとつ目の質問、『禍巫女』については、そう締め括った。大体説明したと思うから、他に疑問もないだろうし。
 様子を窺ってみたが、やはり沈痛な面持ちで下を向いたまま言葉が出ないでいる。
 やっぱり、そういう反応になっちゃうよなあ……とか。妙に落ち着いている自分を奇妙に思いつつ、次の質問に答える。
「能力については……大きく分ければ、話した通りふたつだけよ。『炎を操ること』と『邪気吸収』。炎のほうは能動的だから、自分の意志でどうにかできるけど、邪気吸収は受動的だから。本当に体質って言ったほうがいいモノなんだよね」
 実は、まったくもってどうにもならないのだ。吸収率を下げることは勿論のこと、上げることも自分の意志ではままならない。
「制御不能、ということか?」
「うん。ただ、対象物に触れていれば、その面積分だけは吸収率上がるのは確かよ」
 「ああ、それでか」と納得したフォルテとは対照的に、ネスティの眉間には皺が寄っている。
 察しのいい彼は、言葉に含まれることの全てがわかったのだろう。
「……つまり、君の抱きつき癖といっても過言ではないような行動は全て、邪気吸収を目的としてのものだったということか?」
 見事正解を言い当てたネスティへ、ニヤリと笑って見せて。
「否定はしないよ。でも、全部ってわけじゃないわ」
「例外がいると?」
「からかい目的が一名。名前を挙げれば、リューグ」
「なん――ッ!?」
 の言葉で勢いよく起き上がりかけたリューグ。その眼前に、ピッと槍の切っ先を向けて、いっそ無邪気なまでの笑顔を向ける。
「タヌキはタヌキらしく、静かにしていましょう」
 切っ先と、笑顔と。引きつった顔で交互に見て、しばし後、舌打ちを残して再び横になった。
 リューグが大人しくなったのを確認して槍を下ろし、続きを口にした。
「あと、具体的にじゃないけどトリスには不思議体質持ちだって話したことあるから、トリスのほうはソレが目的かなあ?」
「……マグナは?」
「ん~……マグナは、また別じゃない? トリスに話した時、マグナも側にはいたけど、釣りに集中してたっぽいから耳に入ってても頭に残ってなさそうな感じがする……」
「ちなみに、いつの話だ?」
「フロト湿原にピクニックに行く前日。ネスティが書庫にお籠もりしてた時♪」
 楽しげに即答すると、ネスティの眉間の皺が深くなった。心持ち頬が赤い気がするのは、当時の己を思い出して含羞でも感じているのだろうか。
 なかなかに面白い反応を眺め、はくすくすと笑う。
 ネスティはというと、そんなの姿に更に皺を深く刻んで――ややあって溜息をついた。
「負担は……?」
「ん?」
「他人の邪気を吸収して、君に負担はないのか?」
「生者の邪気は大した量じゃないからね、負担って程のことはないよ。大変なのは死者の放つ邪気。肉体は勿論だけど、理性っていう膜がないから、感情がストレートでね。恨みつらみだけじゃなく、死ぬ間際の痛み、苦しみ、生者への妬みっていうものがかなり強烈で重いのよね」
「……スルゼン砦の時か」
「そう。今回のトライドラみたいに生きていても理性を奪われてしまっている状態も同じことね。で、増大した魔力は当然だけど消費してしまえば元の状態に戻るわ」
 こんな風にね。
 呟き、再び指を鳴らした。焚き火の一部を空中でくるくると回して、元に戻す。
 このくらいのことは、難なくできるようになったようだ。
「大分、制御には慣れたようだな」
 同じようなことを呟いたネスティへ、は苦笑を返した。
「まあね。でも、抑制された状態だからこそできることなのよね」
「……従姉の術は、今も?」
「勿論、健在よ。ほら」
 服の下から引っ張り出し、いつも首に提げている勾玉を示した。
 禁術により生み出されたモノ。触れることはできても物質として在るわけではなく、術を固定しておくための楔。――術の要。
 勾玉が存在する限り、の魔力を抑制し続ける。
「これ、外したら多分暴走間違いなしね」
「魔力関係に弱いと言った本当の理由は、強大な魔力を制御できないから……か」
 呟かれた言葉は、独白の色が濃かった。だから、あえて返答することもしない。それは、正解だったから、尚のこと。
 ――本当は、一生使わずにいられればいいと、思っていた。
 ただでさえ大きすぎて制御できやしないのに、生きている限りどこにいても己が体質によって更に増幅されていく。
 上澄み程度を使えたとしても、根本は決して手に負えぬまま。
 『救い』にはなり得ぬ『破壊』の力。
 使えば、いつか必ずまた大切な何かを壊してしまうだろうから。
 ――けれど、使わなければ己にできることを残した上で更に多くのものを失っていた。
 使えば使っただけ、制御には慣れて色々な形をとることもできるようになった。それでもやはり、手に負いきれていないのは事実。
 常に、ふたつの恐怖と隣り合わせ。その、想いは。誰にも悟らせるつもりは、今のところない。
「これで大体答えたと思うけど、他に何かある?」
「いんや、オレはないぜ」
 いつもと変わらぬ態度で、フォルテが真っ先に返してきた。ネスティは……小さく頷いた後、眉間の皺を消して視線を向けてきて。
「ああ、充分だ。……ありがとう、話してくれて」
「いえいえ、こちらこそ。今まで黙秘しちゃってすみませんでしたねぇ」
 軽い調子で返すと、真面目な彼はまた眉根を寄せたが、すぐに相好を崩した。
「変わらないな……君は君、か」
「そう簡単に何が変わるっていうのよ。そんなんだったら、誰も苦労しないでしょ」
 ネスティの言いたいことはわかっていたが、あえて少しずらした答えを返してみた。
 半分は照れ隠し、もう半分は……本当にそうなのか、まだわからなかったから。
 複雑な想いの含まれた返答を、どう受け取ったのか。ネスティは、穏やかな笑みを崩すことはなく。
「そうだな。簡単には変われないからこそ、皆足掻いて生きていくんだろうな」
「そういうことね。さ、そろそろ寝ないと明日に響くんじゃない?」
「おー……って、おまえはずっと起きてる気か?」
 起きたついでに見張りも代わるか、と。言外に含ませた確認に対し、は笑顔で返す。
「あたしは一晩くらい寝なくたって平気だからね。大平原を渡った夜もずっと起きてたもの」
 だから、心配御無用。
「そっか……じゃあ、甘えさせてもらうぜ」
「どうぞどうぞ。おやすみ」
 「おー」とか「おやすみ」とか。それぞれに答えて、フォルテとネスティは再び横になった。
 あとは……過去を語ってからずっと動きのないカイナ。
 やはり、純粋な巫女である彼女には受け入れ難いことだったようだ。
 世界が違うとはいえ、ふたつの巫女の家系がとった行動……巫女であっても人間であるという事実。世の欲望に冒され、清純さを失ってしまった巫女の成れの果てを。そして、今目の前にいる、大切な者の命を喰らい多くの人を殺めて生き続ける禍巫女の存在を。
「カイ、ナ……?」
 とりあえず、この場をどうしようかな――と。思っていたら、先手を打たれた。
 振り返りかけていたその首に、腕を回される。優しい、その手つき。
 姉たちのように命を狙ってくることはないだろうが、避けられるようにはなるだろうなと。そう思っていたから、正直かなり驚いている。
 まあ、このまま首をロックされれば死ねるだろうが、それはありえないことだ。彼女が己に密着している限り、悪意も敵意も殺意も全て吸収し、奪い取ってしまうから。
 そんなわけで。危機感もなく、ただカイナの行動の真意を、待つ。
「……カイナ、泣いてるの?」
 微かに震える腕、少しずつ増えていく魔力。
 何となく言葉にしてみると、きゅっと腕に力が加えられて。
「貴女は、禍巫女などではありません……」
 搾り出すような、けれどはっきりとした断言。
 は一瞬返答に詰まって……少しの間が空き、言葉を紡ぐ。
「そう、だとしても……血に汚れた者であることは、変わらない。巫女としても人としても、穢れ人であることは事実、なのに……どうして、カイナが泣くの?」
 純粋な巫女にとっては敬遠すべき存在であって、決して同情心を持つことはないはずなのに。
 何が理由で泣いているのか、珍しくもは察することができなかった。
 それを教えてくれる唯一の人物からの回答は――
「貴女の心が、あまりにも強く、儚く……清い、ものだから……」
「……それは違うと思うけど……」
「ご自分で、気付いていないだけです」
 的には、自分は最も汚れた存在で、カイナたちこそが強くて清いものだと思ってやまないのに。
 でも、カイナは自分の思いを撤回する気はないらしく、引き下がることはしなかった。
さんは、鬼でも禍巫女でもありません」
 再度、繰り返された断言。そして。
「強く、気高く、炎と共に戦場に舞う巫女……貴女は、『炎舞の戦巫女(えんぶのいくさみこ)』です」
 ――小さな、希望があった。
 元いた世界では、決して叶わなかったこと。
 ただ親友である従姉と共に生きていたかった。同じ位置に、立ちたかった。彼女が死んでしまったあとはそんなことを思うこともなくなっていたけれど、この世界に来てからかつての願いが蘇ってきた。
 それでも、可能性は限りなくゼロに近かったのだ。
 世界が違っても、きっと定義は変わらないだろうから。
 小さな、小さな、微かな希望は――今、実現した。
 ――自分は、『巫女』として認められたかった。
さん……」
 目からこぼれ頬を伝った雫が、カイナの腕を濡らした。
 そっと、首に回されている腕に手を添える。
「……ありがとう……」
 本当は、他にも言うことがあったのかもしれない。でも、胸がいっぱいになっていて、上手く言葉にならなかった。
 だからその一言に全てをこめて、は静かに涙を流した。