「さあ、本格的に動き始めましょうか。あの日の真実を、手にするために……」
銀髪の吟遊詩人の呟き。美しくも妖しい……どこか戦慄すら覚えさせるその笑い声を聞く者は、誰もいない。
そして誰の目に留まることなく、その姿は人込みの中へと消えていった。
「え……決闘?」
面倒なことになったと言って、町に散っていた仲間を呼び戻していたマグナ――と、トリスもだったらしい。
その内容というのが、ミニスが探していたペンダントを巡る、ウォーデン家当主・ケルマとの決闘ということだった。
こちらの話など聞く耳持たず、己の目的しか見ていないケルマという女。そのため、まともに戦ったのは一度だけで、二度目は自滅したのだというが、それにしても……
「ミニスってば、そんな楽しいことしてたの!?」
「私は全然楽しくないよ!!」
思わず口にした感想は、即、全力否定されてしまった。
ミニス以外はというと……見事に呆れ返っている模様。まあ、の反応に対してだけではないようだが、元々のそれを増長させたのは確かか。
「うん……なら、そう言いそうな気はしてたけどね……」
実際に言われると力が抜けるのはなんでだろ。
皆の心を代弁してぼやいたのは、『元々』であるケルマに対する呆れが少なかったマグナ。そしてトリスが後に続いて口を開いた。それは、忠告というか、注釈のため。――けれど。
「でも、本当にが楽しめるかはわかんないよ? きんぴかの鎧着た兵士は数人いるけど、ルヴァイドみたく強いわけじゃないし……」
「いいのいいの♪ ルヴァイド並の相手とは一対一(サシ)で楽しめるけど、そこそこの相手は数で楽しむものだから♪」
「そ、そうなんだ……」
注釈も何のその。そんなもので落胆などするはずもなく、むしろ嬉々として答えたに、トリスのほうが肩を落とした。
久し振りのまともな戦闘の予感に、自然と笑みが浮かび鼻歌も溢れる。その姿にマグナの顔が引きつり、それは仲間へと伝染していく。
ケルマ以上の問題児を見るような、その眼差し。
だが、は気にしない。ストレス発散方法は十人十色、人それぞれだ。にとっては、戦闘がそうだというだけの話だから。
最近は特に、全力を出せる戦いに巡り合えていない上に、よくわからないことも多く、変に癇に障ることもあって……とにかく、欲求不満になっているのだ。
目の前に降って湧いたストレス発散の機会。期待してしまうのも、仕方ないだろう。
――それはそれとして。
「ねえ、その決闘って、いつ?」
「えっと……夕方、だけど……」
まだ少し時間がある。それを有効に使わなければ。
「じゃ、あたし、ちょっと買い物に行ってくるから♪」
「――は?」
「現地集合ってことで~♪」
「え、ちょ、!?」
くるっと回って方向転換。驚くマグナの声に片手を振り、呆気にとられる仲間たちを後に残して、は再び街へと足を向けた。
「存在理由、か……」
下町を歩きながら、は呟いた。その声は静かで沈んでいるようにも聞こえ、先程の道場での楽しげな様子は微塵も窺えない。
楽しくなるような内容であるはずがないのだから、当然といえばその通りなのだが。
レイムに問われるよりも前、シャムロックから向けられた感謝によって思い出していたことが、己の存在理由についてだった。
確かにはそれを知らないし、あの時、レイムとの会話の中で思ったことも、彼に言ったことも事実――だった。
けれど、違うのだ。思い出した、ことは……
「昔は、もっとはっきりと求めて……努力、してたのよね……」
物心ついた頃から、存在理由を探していた。存在を否定されていたからこそ、『居ていい理由』を捜し求めていた。小さな世界でしか生きることを許されなかったから、その中で見つけ出そうと――手にしようとしていた。
巫女として認められたかったのも、そのためだ。巫女であれば、親友と共に在ることができる……そう思ったから、存在理由をそこに求めた。
「でも……ダメ、だった……求める理由そのものが、消えてしまった、から……」
最も大切な、共に在りたいと願った者が消え、巫女としての自分を求める理由もなくなった。存在理由は再び手の届かない位置に、形すら不明瞭となって浮いてしまった。
だが、それだけではない――それだけでは、済まなくなったのだ。
独りとなって、新たに存在理由について考えたことはあった。だが、考え出すとどうしても親友を殺めた事実に行き着いてしまう。最も大切な者の命を奪ってまで生きるような価値が、己にあるのだろうか……そう思い至り、遂には死にたくなってしまうようになったのだ。
しかし、死ぬわけにはいかない。親友の望みを叶える――約束を、果たす。それが唯一の贖罪方法だから。
「だから、考えないようにして……いつの間にか、求めていたことすら忘れていたのよね……」
忘れることでしか、生きてこれなくなっていた。そのことを――思い出したのだ。
今は、随分と状況が変わった。己の心も、変わった。前へ進むと決めた今、存在理由を再び求めてみようと思うことができた。
でも、それでも己の罪が消えたわけではない。
最も大切な者の命を奪った炎の力。それを生み出す動力源ともいえる邪気吸収体質。『破壊』と『略奪』……罪に穢れた力が為したことに、感謝など受けていいはずがないのだ。
それが、シャムロックの感謝を受け取らず、からかうという形で誤魔化して逃げた理由。
罪に染まった己の存在理由が、良いものであるという保証はない。それでも、約束を果たす手段として求めてみようと思うのだ。
『巫女』――は、違うとわかっている。巫女としての能力はないに等しいのだから。それでも、認めてくれたから……今は求める理由も変わっていたかつての存在理由、『巫女』としての己を認めてくれたカイナの想いには応えたいと思う。例えそれが、ただの自己満足だとしても……
悪循環に陥る思考を断つためにも、今できることをしたい。そのために必要なものを、何とかお祭りが始まるまでに手に入れたいと、街に出てきたのだが。
「……あんまり気は進まないんだけど、他にアテも、時間もないしね……」
溜息をひとつつくと意を決して、一番ありそうな場所へと向かった。
「すみませーん」
店内に響いた思いがけないその声に、店主であるメイメイは本気で驚いた。
エクスを見送り、砕けた水晶を片付け、ようやく一息ついたばかりの今。直前まで思いを巡らせていた渦中の人が現われれば、無理からぬことかと。
けれどメイメイはその驚きをすぐに消し、来客用の笑顔を浮かべて入ってきた人物・を迎える。
「あら~? ちゃんじゃない。お久し振りねえ♪ 今日のご用はなぁに~?」
「あの、扇子と鈴のセットを二組、お祭りが始まるまでに欲しいんですが、ありますか?」
思いがけない来客の口から出た思わぬ用件に、きょとんとしてしまった。
「鈴?」
「なければ、入手できそうな場所を占ってもらえないかと……」
その反応をないものと思ったのか更に続いたの言葉だったが、メイメイの耳には入っていなかった。
今までの状況、これから訪れる未来、様々な可能性……急に高速回転しだした思考の中にどっぷりと浸かっていたから。
そして、導き出されたひとつの考え。
「そうよ、その手があった!!」
思わず叫んだメイメイに、今度はがきょとんとする。
「――は? どの手?」
「にゃははは、こっちの話しだから気にしなぁ~い♪ それより鈴の大きさはどのくらいがいいの?」
堂々とはぐらかせば怪訝な顔をしたものの、求める物の話に戻すとすぐにそちらへと意識を切り替えてくれて。
「扇子の要につけたいので、大きすぎず小さすぎずといったところでしょうか」
「りょ~かぁ~い♪ ちょっと待っててね~♪」
大きさを確認し、メイメイは奥の――物置として使っている部屋へ向かう。古い記憶を頼りにして、何とか鈴と……そして扇子を見つけ出した。
古い、古い物だ。大昔に、全く別の目的で作った物。まさかこれが役に立つ時が来るとは……いや、まだ役に立つかはわからないが、それでも今の自分にできることなのは確かだ。
望まぬ未来を回避するため、忠告を与えて見守る以外に、できることがあったのが本当に嬉しい。
それらを胸に抱き祈りを込めてから、再び来客用の顔を作って元の部屋へと戻った。
「はぁ~い、あったわよ~♪ これなんだけど、どう?」
テーブルの上に、持ってきた物を置く。金色の小振りの鈴と、光沢のある黒い骨に白い和紙が張られたシンプルな形の扇子を、それぞれふたつずつ。
は扇子を手に取り、広げ、閉じ、じっくりと品定めをしている。次に鈴を手にすると、一振り。響くその音色に目を細めて。
「うん、すごくいい感じ♪ これ、頂けますか?」
満足げに笑って、テーブルの上に酒瓶を置いたに、メイメイにも本気の喜色が浮かぶ。
「にゃはっ♪ うんうん、持ってって~♪」
「ありがとうございます。それじゃ……」
「は~い、また何かあればいつでも来てねぇ~♪」
酒瓶に頬擦りしながら片手を振り見送っていたメイメイは、その背が完全に見えなくなってから真顔に戻った。酒瓶をテーブルに戻し、が去っていったほうを見つめたまま、静かに願いを唇に乗せる。
「どうか、暗い運命に抗うひとつのきっかけに……自分を、見失わないで……」
それは、傍観するしかできぬ者の、切実な祈りだった……
目的の物を無事に入手できたは、真っ直ぐに決闘が行なわれる中央大通りへと向かった。だが少々時間を使いすぎたらしく、既に多数の野次馬がいて容易に近づけない状態だった。
それでもまだ決闘は始まっていないようで、派手な音は聞こえてこない。ほっと胸を撫で下ろし耳を澄ませると、妙に修羅場っぽい会話を拾えた。一体何がどうなっているのやら。
このまま野次馬に埋もれていては、折角の久々なお楽しみに参加できない。
何とか人垣を抜けた先、目に飛び込んできたのは――ひとつの果物が宙に舞う光景。重力に従って落下する果物の周囲で閃いた銀の刃。そして、用意されていた皿の上に落ちた時には皮と実は綺麗に分かれて、食べやすい大きさに揃った状態となっていた。
「おいおい、冗談だろ。あんた、こんな特技を隠してたのかよ……」
驚きと呆気に取られるマグナたち。その中で、少し冷や汗を浮かばせたフォルテが、果物空中剥きをやってみせた人物へと愚痴のように言った。
言われた橙色の服の女性は、皿をハサハへと差し出しながら答える。
「別に隠してませんよー。ギブソンさんたちから聞いてないんですか? 私の一番長い職歴って、暗殺者稼業なんですよ。てへへ……」
のいる方向からは、女性の顔は見えない。けれど特徴的な衣服や、髪と声でそれが誰かはわかりきっている。
そして会話と、彼女の立つ位置を見て――の口許は笑みを刻んだ。
「結局あの時、砦からお給金が回収できなくなっちゃってー。予定していた貯金額に足りないもので、臨時にこうして昔のお仕事を再開したわけです。というわけで……みなさん、申し訳ないですけど、覚悟してくださいねっ♪」
「ほーっほほほほ! いきますわよおぉ!!」
両腕に随分とゴツイ籠手のようなモノを着けた金髪の女性の声を皮切りに、敵も味方も全員が構え、また動き出す。
もまたそれを合図にして駆け出して――件の元暗殺者の女性へと、槍を突き出した。
「ぅひゃあっ!?」
間一髪。気付いた女性が悲鳴を上げながら飛び退り、こちらへと向き直る。その顔は――案の定。
「、さん!?」
「こんにちは、パッフェルさん♪」
「どこから湧いてきたんですかぁ!? 姿が見当たらないから安心してましたのに!」
「どこからでも来ますよぉ♪ やぁ~っと、手合わせしてもらえるチャンスなんですから♪」
数で楽しむそこそこの相手だけだと思っていたら、思いがけない好敵手と戦える機会。うきうきと弾む気分をそのまま表わした笑みと声音で答えるに対し、パッフェルは先程のフォルテ以上に冷や汗を浮かべて口許を引きつらせている。
「いやぁ~あのぉ~……できればさんとは、戦り合いたくないんですけどぉ~……」
「この状況で、それが通じるんですか? お給金もらえなくなります――よッ!!」
会話の途中、飛んできた矢を薙ぎ払う。直後、袖口に隠し持っていたナイフを投げて、弓兵の持つ弓の弦を断ち切った。
邪魔者を早々に片し、はにっこりと笑って見せる。パッフェルはより一層冷や汗を流しつつ「う~ん……」と唸って。
「それは困りますね~……でも……うー、仕方ありません!」
無敵のアルバイターは、やはり金銭に弱かった。
覚悟を決め短剣を構えたパッフェルへと、は改めて踏み込んだ。
大剣と短剣、力ではなく素早さ。やはり、ルヴァイドとは全く違うタイプの強さだ。元暗殺者であるパッフェルとの戦いは、懐かしさを覚えさせるモノ。
繰り出した攻撃をかわすついでに背後――ないし死角へ移動し、反撃してくる。それを避けながら薙ぎ、体勢を整えて次の攻撃に備える。
テンポよく続く攻防は、端から見れば踊りか組み手のようだろう。
それもそのはず。お互い本気など出してはいないのだから。まだ、力量を探り合っている状態なのだ。
これはこれで面白いけれど、やはり物足りないというのが本音。
いい加減に探り合いを切り上げて、は本気で踏み込んだ――が。
――ガキィンッ。
派手な音を立てて宙を舞った短剣に、の目が丸くなる。
「いたた……やっぱり強いですね~、さん。私の負けです」
利き手を軽く振って痛みをやり過ごし、あっさり敗北宣言をかましたパッフェル。は半眼で彼女を眺め――むくれる。
「なんで本気出してくれないんですか?」
「冗談やめてくださいよ~。私まだ死にたくないんですから。さんだって、それを望んでるわけではないでしょう?」
返ってきた思いがけない言葉には、不満も一気に引いていった。
ただ驚いてパッフェルを見つめる。
「……気付いていたんですか?」
「あなたが、初対面で私の元の職業を見抜いていたのと同じですよ、暗殺者殺し(アサシンキラー)さん?」
「そう……そうよね。同類を見分けられなきゃ、命とりな世界だものね」
「そういうことです」
それは、納得するしかない事実。
暗殺者が生きる、裏社会。暗殺者の元へ暗殺者が差し向けられることも、決して珍しいことではない。だから同業者の気配には敏感でなければ生き残れないのだ――と。戦い方を仕込んでくれた老人が教えてくれたのを思い出させた。
ましては、対暗殺者用の戦い方に重点を置いており、自分に襲いかかってきた暗殺者を全員殺してきた者だ。不用意に本気を出せば、それこそ本当に命を失くすことになる。
としても――望むのは『全力を出せる戦い』であって、『殺し合い』ではない。ならば、パッフェルとは本気で戦り合うわけにはいかないのだ。
「ものすっっっっごい残念だけど、ここまでってことか……」
ストレス発散はできないまま、却って消化不良な気持ちが増えてしまった。でも、これ以上は無意味なのだ。どうすることもできない。何故なら――
「はい、ここまでです」
独白に同意して己の雇い主へと目を向けたパッフェルに、も倣う。主役であったミニスとケルマの決闘に決着がつき、戦闘が終了していた。
諦めの溜息がこぼれる。やはり、何の気兼ねもなく楽しめる戦闘は、黒の旅団を待ったほうが良さそうだった。それまでは、モーリンとの稽古で我慢するしかない、と。
「約束よっ? これでもう、私のことを付け狙うのはやめてもらうからね」
そんなことを考えていたの耳にミニスの声が届き、何となくそちらへと近づいてみた。
例のゴツイ籠手の金髪女性・ケルマは立ち上がって服を払うと、敗者とは思えぬほど堂々とミニスを見下ろして。
「わかってますわ。約束は約束ですもの。でも、間違えないで! この勝負に負けたのは私個人の未熟さのせいであって、ウォーデン家がマーン家に劣っている証明にはならないんですからね!?」
「わかってるわよ。そんなこと、わざわざ言わなくても当たり前のことじゃない」
「――は?」
あくまでも家のことを持ち出すケルマの言葉を、ミニスはあっさりと肯定した。完全に予想外だったのだろう。拍子抜けした様子のケルマを前に溜息をこぼしたミニスが、一瞬だけのほうを見て――は小首を傾げる。
ミニスの視線の意味はわからぬまま、彼女の話は再開した。
「あのね、ケルマ? 私は最初っからそんなこと気にしてなかったよ。どっちの家が偉いとか優れているとかそんなこと考えるよりも先に、私はまず一人前の召喚師になりたいのっ。それだけなのっ!」
はっきりと自分の気持ちを告げたミニスの姿は、の胸に懐かしさを呼び起こした。
――ひとつの一族となる道を選んだとだったが、その中においても優劣を決めたがる者は多くいた。特に、片方の血しか持たない大人たちが。
常に比較対照し合う家の中で、親友でもある従姉だけが全くそれらを気にすることなく、前向きに生きていたのを覚えている。
両方の血を持つからこそ両家の特性を生かして、早く一人前になりたいと頑張っていた従姉。
ミニスの気持ちは彼女のそれとよく似ていて――は目を細めた。
「ペンダントを渡そうとしなかったのも、貴女たちにイジワルしてたせいじゃないわ。あの子が、最初に私の声に応えてくれた友達だから、離れ離れになりたくなかった。それだけなの……」
「友達、ですって? 誓約の力で服従させただけの召喚獣がァ?」
首に提げたペンダントを握り締め、素直に本心を吐露したミニス。それは、ケルマにとっては考えもしなかった未知の見解らしく、呆気にとられた様子で呟いている。やがてそれは笑い声へと変わって――バカバカしい、と。
「バカバカしいですわ。子供じみたそんな理由にも気付かずに、家名のことばかり考えて躍起になっていた私たちがおバカさんだと言ってるんです!」
初めて、だろう。ケルマの口から主観的ではなく、客観的な言葉が出てきた。それはつまり、己の非を認めたということ。
「それじゃあ!?」
「仕方ありませんわ。小さな子供から友達を力ずくで奪い取っても、ウォーデンの名に泥を塗るだけですもの。チビジャリに、くれてさしあげますわっ!」
「あ……ありがとう、ケルマっ」
「……ふんっ! 本当にバカバカしい!」
ミニスの心は、やっとケルマに伝わった。輝くばかりの笑みをもって礼を告げたミニスを見て、苦笑を浮かべたケルマが悪態のように呟いて踵を返す。
「わ、待ってください! わわっ、私の日当はぁ、どうなるんですー!? お客さんっ!? ケルマさぁーん!?」
去っていくケルマの後を、パッフェルが慌てて追いかけていき――入れ違うようにミニスが駆けてきて、その勢いのまま飛びついてきた。
小さな体を抱きとめたへと、ケルマに向けていたのと同じ満面の笑みをミニスは向けて。
「ありがとう、! のお陰だよ!!」
全力の感謝。理由がわからずには天を仰いで考えてみる。
今日までケルマの存在すら知らなかった。決闘への手助けといっても、単に自分のストレス発散のためにパッフェルと手合わせしていただけだ。
むしろ、マグナたちのほうがしっかりミニスを護り、補佐をしていたのではないだろうか。
やはり思い当たる節がなく、本人に聞くことにした。
「お礼を言われるようなこと、何かしたっけ?」
「初めて会った時、言ってくれたよね。素直な気持ちを忘れなければ大丈夫だって。シルヴァーナのこと、夢のこと……私の本当の気持ち、ちゃんと素直に言ったらケルマに伝わったんだもん。だから、のお陰だよ!」
……古い、話だ。あの時はただ、余分な邪気を吸収するためにミニスを抱きしめた。そして、それ以上邪気を生み出させないために、『不安』以外に目を向けさせようとして言っただけのこと。
たったそれだけの言葉を、ずっと覚えていたなんて……先程の視線は、この証だったのか。
返ってきた答えの意外さに、は恐ろしさを覚えた。
何気なく言ったこと、何の気なくした行動……自分という存在の持つ影響力を、初めて知った。確かな目的を持って――結果を狙ってしてきたこと以外の、その影響を……
こんな罪にまみれ、血に穢れた者の影響が良いものであるはずがない。真っ直ぐに歩む彼らの道を、自分が歪めてしまうかもしれない。けれど己の願いのためには、離れるわけにはいかない。
ならば、どうすればいい? 悪影響を与えないようにするには、どうすれば……
――そのままで、いいのよ。目を開けて、ちゃんと見なさい。
不意に聞こえた親友の声が、恐れから生まれた思考を断ち切った。
そして現実へと戻った意識が、ミニスの満面の笑顔を認識して――
「本当にありがとう! これでずっとシルヴァーナと一緒にいられるよ!」
感謝の、言葉が――目を、覚まさせた気がした。
悪い方向にばかり、考えていた。それは、自分を許せなかったから。良いものを受ける資格などないと、自分で制限していた。
確かに己には罪がある。己の能力が『破壊』と『略奪』の力であるのも事実だ。
――だが、それは一面。
シャムロックやミニスが言ってくれたように、他の誰かにとって『救い』となるのも事実なのだ。
先程のケルマと同じだ。主観的にしか物事を見れていなかったから、他の事実を認められなかった。少しそこから離れて見ることができれば、真実は案外簡単に見えるのかもしれない。
罪悪感という霧を生み出し、真実から目を背けていたのは自分自身だったのだ……
「……そっか……」
呟いて、そっとミニスの頭を撫でる。するとミニスは嬉しそうに、少し照れくさいように笑った。
その笑みを見ていると穏やかな気持ちになり、自然と笑みがこぼれて――気付いた。『影響』とは一方向だけではなく、互いに作用し合うものだ、と。自分もまた、仲間たちから沢山の影響を受けてきたのだ――と。
そうだ……だからこそ、変われた。前へ進む力と、過去を受け入れる勇気をもらった。そして今、自分の大きな過ちに気付かせてくれた。
本当に、ただただ感謝するしかない仲間たちへ、良い影響を返していくためにはどうすればいいのか。その、答えは……
――無理して笑うのも、自分を嘲るのもやめて? そういうのって、見てるほうが辛いから……――
蘇ってきた記憶、ケイナの言葉が教えてくれた。
あの時は気付くことができなかった、真の意味。それは――良い影響を与えたいなら、自分を無下に扱うべきではない、ということ。
自分を認めないということは、自分を受け入れてくれた人の存在をも認めないということ。自分を大切にしないということは、自分を想ってくれている人を裏切るということ。
こんな当たり前ともいえる真実も、罪悪感に囚われ独りで生きてきたには気付くことができなかったのだ。
やっと真実を見つめることができた今、それまでのことを思うと仲間たちに対して――最近では特にシャムロックに対して――悪いことをしてしまったという後悔が湧いてくる。
だが、同じ過ちはいらない。別の形で償いを――否。感謝を伝えればいいのだ。
だから、は笑みを返して。
「ひとつ、問題クリアおめでとう。でも、一人前への道はまだ先でしょ?」
「もちろん、頑張るよ! シルヴァーナと一緒に!」
「うん、頑張って。あたしも、応援してるから」
「――うん!!」
ミニスの体を、ただ抱きしめた。