仮 面 舞 踏 【 月 影 の ジ ル バ 】
第 0 曲
1・出会いは元気な返事から

「古き英知の術と我が声によって、今ここに召喚の門を開かん」
 高くもなく、低くもない。少年の色を濃く残した青年の声に呼応し、室内に高密度の魔力が渦を巻く。
「我が魔力に応えて異界より来たれ」
 声の主は静かに目を閉じ、自らの手の内にある赤い石に意識を傾けて、覚えさせられた呪文を正確に紡いでいく。
 ここは、蒼の派閥本部の一室。見習い召喚師が正式な派閥の一員となるための試験を行う部屋。
 そして今は、その試験の真っ最中だった。
 室内にいる人物は三人。召喚術を行使中の紺色のくせ毛の青年と、彼の師範である初老の男。そして試験官。
「新たなる誓約の名の下にマグナが命じる」
 ゆっくりと目を開けた青年、マグナは手にした石を高く掲げた。
 赤い石が光を放つ。渦巻く魔力が、色を持つ。
 そして、ひとつところに集まる魔力――室内の変化。
 視覚的なものではないソレは、召喚師だけが知り得る感覚……異界への道が開いた証拠。
 マグナは、最後の言葉を紡いだ。
「呼びかけに応えよ、異界のものよ!!」
 光が爆発的に溢れた――刹那。

「はーいはいはい! 応えちゃいまーす!」

 響いたのは、場違いなほど明るい少女の声。
 光の収まった室内には、召喚術の成功を告げるように少女が一人増えていた。
 ――だが。
 成功したのはいい。けれど誰もそれを重要視してはいなかった。――否。できないと言ったほうが正しい。
 未だかつてこのように召喚に応じたものなど、聞いたことがない。
 前代未聞の登場でその場にいた全員を石にした少女は、彼らの困惑を知る由もなく――また、気にも留めず、己の目前にいる青年の持つ石を指差した。
「サモナイト石! ――ってコトは、ここは間違いなくリィンバウムねリィンバウムよねリィンバウムだよね!?」
「え!? あっ……うん……リィンバウム、だけど……」
 突然、詰問のように早口に問われて、マグナはたじろぎつつも肯定する。それを聞き、少女は体を小刻みに震わせたかと思うと……

「いよっしゃ――――――――!! 俺様執念の勝利ぃ――――――――!!!」

 ガッツポーズ付きの大絶叫。
 現われ方も然ることながらその後の言動も突飛過ぎるこの少女に、困惑を深くしつつもマグナの師範、ラウルが何とか事態を収束すべく問いを投げかけた。
「あ~……おまえさんは、リィンバウムを知っているのかね?」
「あたし、ココに来るの二回目!」
 少女は笑顔で答えた。その答えにもまた、三人は少なからず吃驚する。
 召喚されたものがその役目を終え、誓約を解かれて元の世界に戻ることは少なくはない。だが、そうして還ったものが再び召喚されるケースは、極めて稀なことだった。
 リィンバウムに生きる人間の内、召喚術を使える者はほんの一握り。それに対し、召喚されるものは四界全てに数多いるのだから……
「どうしても、もう一度ここに来たかったの! 喚んでくれてありがとう!!」
 最初の召喚の時、余程良い召喚主に会えたのだろう。
 マグナの手を取り大げさなほどその手を上下に振る少女の顔は、本当に嬉しそうなもので。
「や、あの……どういたしまして……?」
「あははは」
 思わずそう返したマグナに、少女はまた笑う。
 ひとしきり笑った後、ふと表情を改めて姿勢を正す。
 今度は何をしでかすのか――と。そんな空気が満ちる中、少女は軽く頭を下げて。
「私の名は。これより先、我が全ての力を以って貴方様をお守りいたします。マスター」
 マグナの片手を取り、手の甲に口を寄せた。
 ――それはさながら、姫君に忠誠を誓う騎士のように……
 数秒の間。
 自分の身に起きたことを理解したマグナは、一瞬で顔を真っ赤にして慌てて手を引いた。
「ぅわわわっ! マグナ! 俺の名前はマグナだから! 名前で呼んで! 頼むから!!」
 必死の形相で訴える召喚主に、と名乗った少女はくすくすとおかしそうに笑って了承の意を返す。
「おっけ。あたしは。大抵の人は『』って呼ぶわ。好きに呼んで」
「じゃあ、。これからよろしく」
「よろしく、マグナ」
 ようやくまともな挨拶を握手と共に交わし、マグナは胸を撫で下ろした。
 そのまま終わるかに思われたその場に、わざとらしい咳払いが出て注目を集める。為したのは試験管のフリップで。
「……ともあれ、おまえと共に試験を受けるべき護衛獣はここに召喚された。マグナよ。おまえの召喚した下僕と共に、これより始まる戦いに勝利せよ!」
「――へ?」
 試験管の言葉に、マグナは思わず間の抜けた声を出す。
 護衛獣を無事召喚できたら合格――と、そう思っていたから。
「おまえの戦うべき相手はこのものたちだ」
 マグナの思いを知ってか知らずか、心持ち楽しげに宣言し、そして室内の床に描かれた魔方陣が光を放つ。
 未だ光の消えきらぬ内に咆哮が響き、ややあって姿現す幻獣界の住人たち。
「……マジ?」
 現われた怪物ともいえるモノに、マグナの頬に汗が伝う。
 召喚術のことしか教えない派閥内で軟禁状態の生活を送ってきた彼に、当然ながら実戦経験などありはしない。
 恐怖に囚われかけていたマグナの肩を、が軽く叩いた。
「マグナは召喚術と剣、どっちが得意?」
「あ……一応、剣かな……」
「じゃあ、あたしが先攻するからとどめ、よろしく」
 軽く言ってのけた彼女は、その声音が示すまま余裕顔で。笑みすら浮かべるその姿は、今のマグナには頼もしく映って。
 ――リン、と。
 鈴の音が聞こえた後、の両手には小太刀が逆手に握られており、構えを取る彼女に倣ってマグナも剣を握った。
「行くよ、マグナ!」
「ああ!!」
 力強い掛け声と共に二人は地を蹴った。
 宣言通り真っ直ぐ敵に向かっていく。正面から来る彼女に召喚獣も迎え撃とうとするが、速さはが上だったようだ。あっさり斬りつけられ、召喚獣は醜い悲鳴をあげた。傷つけられたその怒りを本人にぶつけようとした召喚獣に、しかしその機会は与えられない。そこには既にの姿はなく、いたのは大きく剣を振りかざしたマグナで。何の対処もできぬまま、その召喚獣は送還の光に包まれた。
 一匹目を斬ったそのまま、マグナはによって傷つけられ自分の側まで来ていた二匹目を薙ぎ払う。
 そして最後の一匹。己の正面にいるマグナを睨みつけている召喚獣は、気付いていない。召喚獣の背後に音もなく降り立ったと、一瞬のアイコンタクト。軽く頷き、同時に地を蹴る。突如、背後から斬りかかられたことで混乱と共に注意力の削がれた召喚獣に、マグナは渾身の一撃を叩き込んだ。
 視界を統べる緑色の送還の光。その先にの姿を見つけ、上がった息を整えながらも湧き上がる勝利の喜びに、マグナは笑みを浮かべた。
 も笑顔を浮かべた。そして――そのまま、マグナに向けて小太刀を投げつけた。
「ヴォアァァァ!」
 驚愕する間もなく聞こえた咆哮に振り返るマグナ。その目に映ったのは、半ば送還の光に包まれた、小太刀の刺さった召喚獣の姿……
「油断大敵――ってね」
 悠然としたの言葉に、思わずマグナはその場に座り込んでしまった。
 どうやら二匹目への斬り込みが甘かったらしい。確認を怠った自分のミスだ。
 大きく息を吐き出すと、マグナはを振り仰いだ。
「ありがとう、……」
 マグナの傍らに来ていたは、ぽすぽすと彼の頭を叩くように撫でて。
「初陣にしては上々でしょ。失敗は成功の母ってね」
 同じヘマは二度しないように。
 忠告は忘れずに、けれど優しく笑って褒めてくれたことが嬉しくて。同時にこそばゆくて。
 マグナは拳をに差し出し、意図を察したもまた拳を出して――コツ、と。二人は拳を合わせた。
 そのまま差し出された彼女の手を取り立ち上がったマグナに、ラウルが近付く。
「よくがんばったな、マグナよ。それだけの力があれば、もう一人前じゃろうて。どうじゃな、試験管のフリップ殿?」
「……フン! 見習い召喚師マグナよ。試験の結果を以って今よりおまえを、正式な蒼の派閥の召喚師とみなす!!」
 ラウルの言葉を受け、渋々といった感じでフリップは合格を宣言した。
 その後のラウルの祝辞で、ようやく実感の湧いたマグナが顔をほころばせた時、水を差すようなフリップの言葉が続く。
「なお、派閥の一員となったおまえには、相応の任務が命じられる。一旦自室へと戻り、呼び出しを待つがいい。以上だ!」
 この言葉で、本当に試験は終了を告げた。
 ただ、最後に見たフリップの意味ありげな笑みが、マグナとそしての心にしこりを残していたが。


 本部と宿舎を結ぶ渡り廊下のある中庭に、一人の少女が座り込んでいた。
 どちらかといえば暗い表情をしている彼女は、時折中庭を吹きすぎる風に短い紫紺の髪を弄ばれても気にした風もなく、ただじっと足元の草を見つめている。
 不意に少女は顔を上げ、本部の建物を見た。
 ――よく知る気配と近付く足音。
 待ち人の姿を見つけると同時、少女は顔をほころばせて駆け出す。
「お兄ちゃん!」
「トリス……うわっ!?」
 呼びかけに気付いた少女の兄、マグナは勢いを殺さず抱きついてきた妹、トリスをほとんど条件反射で抱きとめた。――が。トリスの勢いが強すぎたらしく、踏ん張りきれずに後方に傾いだ。
 一瞬の浮遊感。
 双方共に、転ぶ――と。そう思ったのは、数秒にも満たない刹那の間。
 傾いだマグナの背を、彼の後ろにいた人物が支えたことで転倒は免れることができたようだ。
「あ、ありがと、
 安堵の息と共に出たマグナの言葉。
 興味を惹かれたトリスは、抱きついたまま兄の後ろを覗き見た。
 兄の背を支えていたのは、自分と同じ年頃の一人の少女。黒髪に薄茶の瞳。まとう衣装はシルターンのもの。白、若草色、桜色と、どこか春を思わせる色合いの衣服だ。両手首についた赤いブレスレットと付属の白銀の鈴が、何故か目を惹く。
 少女のほうも、マグナの陰からひょっこり顔を出したトリスに興味があったらしく、お互い観察するように見た後、目が合う。そして――
「その子、誰?」
 二人の少女の声が重なった。
 マグナは苦笑をこぼすと、二人の少女を引き合わせて言った。
「トリスは俺の双子の妹で、は俺の護衛獣だよ」
 二人は同じように目を瞠る。含まれるものは全く違うが。
「護衛獣ってコトは、お兄ちゃん合格し……」
 兄を振り仰いで紡いだ言葉は途中で切れた。その理由は……暖かい何かに拘束されたからで。その何か、は……
「かわいい!」
「にゃあああ!? 何なにナニぃ――!?」
 耳元で聞こえた声に慌てふためく。
 よくよく見る……までもなく、どうやら兄の護衛獣だという少女に抱きしめられているようだ。
 混乱するまま暴れてみても、びくともしないどころか、かえって強く抱きしめられて。
 信じられなかった。初対面の者にこんなことをする少女が。そして、何より……
「いいな~、マグナ。こんなカワイイ妹いて」
「ひょっとして、って一人っ子?」
「一人っ子ですともさ!」
「っていうか一人娘!? うわっ、俺、今すぐ送還すべき!?」
「心配ナッシング! 前もって手紙書いといたから!!」
「準備いいね、……」
「話し込む前に助けてよ、お兄ちゃん!!」
 見るからに困っている妹を差し置いて、常識はずれなことをしている護衛獣を諌めるでもなく普通に話す兄が、何より信じられなかった。
 しかも、微妙に性格が違うような気がするのは、気のせいだろうか。
 自力脱出を試みようと、トリスが無駄ともいえる努力を続けていると、不意に馴染んだ気配が増えて。
「一体何をしているんだ、君たちは……」
 心底呆れ返った声が掛かった。
「ネス!」
「誰?」
 双子の声が重なり、少女の問いが後を追う。
 トリスが現れた兄弟子に救いを求めようとしたその矢先、彼の視線は自分からはずれ少女へ向いた。
「マグナ、彼女は君が召喚したのか?」
「そうだよ。――と、。紹介するから、トリス放してくれないか?」
 兄弟子に救いを求めるより先に、マグナの一言であっさり解放される。
 こんなに簡単に放してくれるなら、もっと早く言ってほしかったのに。
 そんな想いが胸中を満たしていって、トリスは頬を膨らませて兄を睨むように見た。気付いたマグナは苦笑して、妹の頭を撫でる。その、いつも通りの仕草に安堵が広がって、ようやくトリスは二人に向き合った。
「兄弟子のネスティに、妹のトリス。そして、彼女は。俺の護衛獣だよ」
「初めまして。彼の護衛獣を務めさせていただくことになりました、と申します。以後、お見知りおきを」
 改めての紹介に少女、は恭しく一礼して名乗った。
 その、先程の行動とのあまりの差に、トリスは目を丸くせずにはいられなかった。
 ――何なんだ、この少女は。
「見たところシルターンの者のようだが……サムライではないな。君はシノビか?」
 に不信感を抱いたのはトリスだけではないらしく、ネスティが素性を問う。
 サムライは通常男性のみで、特有の武器である刀も彼女は帯びていない。――というより、何を持っているのかもわからず、動きすい服装であることからシノビかと。
 しかし、その推測はあっさり否定された。
「いいえ。確かに私の師は忍ですが、私自身は其に属しません」
「――なら、君は何だというんだ?」
「何にも」
 言明を避けたような物言いに、ネスティもトリスも眉をひそめる。
 あからさまに不審の眼差しを向ける二人に、はただ微笑をたたえて。
「思い違いなきように。この地でもそのように、シルターンに生きる者の半数は戦いに携わることなく、平穏な日常を送っているのですから」
 それは召喚師たちが――否。リィンバウムに生きる人間たちが持つ、召喚獣に対する認識を覆すには十分な言葉で。
 召喚獣は『戦う』能力を持ったモノ。それ故『はぐれ』は恐れられる存在。
 それが一般的に浸透している『召喚獣』のイメージ。
 だが、それは召喚師がそういうモノを選んで呼び出しているだけのこと。彼女の言うように『普通』のモノがいてもおかしくはない――否。いるのが当然。
 失念されている事実……けれど。
「君もまた。その『平穏な日常を送っていたもの』だということか?」
 召喚する側にとっては、はっきり言ってどうでもいいこと。
 重要なのは、呼び出したモノが召喚主にとって益となるか否か。それだけだから。
 そしての場合、求められているのはマグナを守れるだけの戦闘力。
「その枠から、一歩はみ出したもの――ですよ。師が忍だと先程申しましたが?」
「しかし、君はシノビではないのだろう?」
は強いよ。彼女のおかげで合格できたようなもんだし」
 依然、厳しい表情のままのネスティにマグナが弁明するが、彼は全く納得してはいない様子で。
「……お二方」
 一歩進み出ては呼びかける。
 それに応えた、というよりは条件反射で彼女を見たネスティとトリスは、同時に目を瞠った。
 この場にそぐわない、明るくさわやかな笑顔を見せたは、一瞬でそれを険悪なものに変えたのだ。
 二人が見ることができたのは、たったそれだけ。
 次の瞬間には彼女の姿はその場にはなく、あるのは背筋が凍りつくような殺気と首筋にひたりと当てられた冷たい金属の感触だけ。
「これで納得いただけましたか?」
 背後から掛かった残虐さをはらんだ問い。
 もしここでノーと答えれば、このまま首を掻っ切られるのではないか――と。そう思わせるほどの、声音で。
 生唾を飲み込むことすら躊躇われ、二人はようやくといった体で肯定を示した。その途端に殺気も金属の感触も消え、安堵の息をつく。
「やりすぎだよ、……」
「失礼しました、マスター」
 リン、と。鈴の音がした後、今度はゆっくりと歩いて元の位置に戻り、たしなめの言葉を告げた召喚主には頭を下げた。
 その彼女の態度にか、言葉にか。何故か顔を真っ赤にしたマグナに、けれど言葉は発せられず。
「おお、まだこんなところにいたのか」
 代わりに出たのは、第三者の声。
 本部から顔を出したのは、穏やかな笑みをたたえた男、ラウルで。
「ほっほ。ネスティもトリスも、マグナの試験が気がかりじゃったか」
「いえ、そういうわけでは……」
「当たり前ですよ! だって、お兄ちゃんだもん!」
 ラウルの問いに二人は全く正反対の反応を示して。ラウルは笑った後、マグナに向き直った。
「さて、護衛獣の顔見せもすんだのじゃったら、そろそろ戻りなさい。呼び出しが来ているといかんからな」
「はい、師範」
 ラウルに促されて宿舎へと去っていく兄とその護衛獣の背を、トリスは無言で見送った。
 何故かついて行くことができず、その場に佇む。
 何か、気持ち悪い感じがした。もやもやとしてすっきりしない、濃い霧の中に立たされたような……
 それは、あのという護衛獣のせいだ、と。ぼんやりとそう思った。その理由はわからないけれど。
「ネス……お兄ちゃんの護衛獣、どう思う?」
 既にラウルも去り、自分と同じように佇む兄弟子に問いかけた。
 突然の問いに驚いたのかネスティがこちらを振り返った気配がしたが、トリスは宿舎のほうを見たまま答えを待つ。
「実力は確かなようだが……手放しで安心はできないな」
 しばらくして、ポツリとネスティが言った。
 珍しく、嫌味も含みもない素直な意見。それはきっと、あの殺気のせいだろう。
 一瞬で自分たちの背後を取った実力と、それだけで動きを止めるほどの殺気。それらが『平穏な日常を送っていたもの』にできるとは、到底思えなかった。
 それに……あのギャップのありすぎる行動。
 ――自分たちは、あの少女の本当の姿など一欠片も見ていないのではないだろうか。
 そんな気がして。
「あたし……なんか、嫌だな。あのって子……」
 呟いた言葉に、ネスティは否定も肯定もしなかった。
 トリスの中でのの第一印象は、『理解不能』。そして――

 『信用できない』――……


「ごめん!! !」
「何が?」
 部屋に着くなり両手を合わせて謝る召喚主に、はけろりと訊き返す。
 あまりにもあっさりそう言われ、マグナは目をぱちくりさせた。
「え、えっと……ネスとトリスの態度が……怒ってたんじゃないのか?」
「……ああ」
 言われたことに、ぽむっと手を打つ。そして、くすくす笑いながらベッドに腰を下ろして、マグナを見上げた。
「別に怒ってたわけじゃないよ。言葉で説明するよりも、実力を示したほうが手っ取り早そうだったからそうしただけ。むしろ、あの二人がどれだけマグナのことを大切に想ってるのか、すごくわかったよ」
 やわらかく微笑まれて、ようやく胸を撫で下ろすマグナ。
 あの場にいたマグナも、当然あの殺気を感じた。しかも、ネスティとトリスの背後から二人の首筋に小太刀をあてがうの姿を、思いっきり正面から目の当たりにしたわけで。
 あの時はかなり冷や汗ものだった。
 ――ただ、あれが本気ではないこともわかっていたのだが。
 それでも怖いと思ってしまったことは事実で。
 マグナは、ふと首を傾げる。
「なあ、って今が地?」
 ネスティとトリスが感じたように、マグナもまた今までのが作りもののような……演技とかいうレベルのものではなく、本当の自分を隠すためのもう一人の自分というか、本物ではないけれど偽者でもない……そんな風に思えて。
 けれど、今の彼女からはそういった違和感を一切感じなくて。
「うん。コレが地」
 これまたあっさりと正解を告げられた。
 どうやら元の彼女は、かなりさっぱりした性格のようだ。
 それはそれで疑問が残る。何故、その性格でもう一人の自分を作る必要があったのか、と。
 まあ、これから共に過ごすことを考えれば、かなり付き合いやすい性格ではあるが。
 至った思いにマグナはピタリと動きを止めた。
「……マグナ? どうかした?」
 急に硬直したマグナを不審に思ったのか、が声を掛けてきて。
 マグナは視線を泳がせて、口を開く。
「えっと……は、本当に俺が召喚主でいいのか?」
「マグナってバカ?」
 かなりの不安と共に訊いたことは、呆れた辛口で返され、マグナは思わず壁に頭を打ち付けた。
「な、なんで~!?」
「あたし、自分の気に入らない奴に大人しく従うほど、出来た召喚獣じゃないよ」
 ――確かに。
 の実力なら召喚主を倒してでも自由を手に入れるだろう。
「それに、言ったでしょ? あたしはここに来たかったんだって。当分、帰る気はないよ」
 気に入らない奴には従わないということは、逆に言えばマグナは気に入られたということ。
 そして当分帰る気はないということは――マグナに付き合うということ。
 それを実感すると同時、頬が緩むのがわかって……抑えきれずに、マグナはにぱっと笑った。――と。

 ――コンコン。

 響くノック音。
「あ、呼び出しが来たみたいだ。はここで待ってて」
「おっけ。部屋の中、見てていい?」
「好きにしてていいよ」
「――マグナ」
 答えながら扉を開けてそのまま出て行こうとするマグナに、の呼び声が掛かる。
 振り返った先には、笑って手を振るの姿。そして……
「いってらっしゃい」
 目を丸くするマグナ。その後、すぐに破顔して。
「いってきます!」
 言葉を返してマグナは部屋を後にした。


 閉じられた扉をしばし見つめ、は室内を振り返ってざっと見渡した。
 ベッド、机、本棚、タンス。必要最低限しかない殺風景な部屋。
 は真っ直ぐ机に近づくと、一番下の引き出しの一番奥を漁る。そして、迷いなく一冊の本を取り出すとそれを開いた。その本に挟まっていたモノを見て、嘆息する。
 何回かに折りたたまれた結構な大きさの一枚の紙――それは、地図。
 旅人の必需品であるソレは、こと細かに書かれた聖王国全土を印すもの。
 ぼんやりと地図を眺めた後、おもむろに窓へと視線を投げた。
 小さな窓に区切られた青空を見るともなしに見て、再び嘆息。そして……

「本当、嫌になるくらいそっくりよね……」

 本当の彼女が発した小さな本音。
 誰に聞かれることもなく、その呟きは静寂に消えていった。