「ねえ、マグナ……言ってもいい?」
言わないでくれ。言われなくても、身に染みてわかってるから。
そう思ってはいても拒否を伝えることもできずに、ただうずくまって頭を抱えるマグナに向けて、の言葉は放たれる。
「マグナ……弱い」
容赦なく突き刺さるその言葉に、マグナは更に身を縮める。
そんな彼らの周囲では、累々と積み上げられた野盗たちから出る呻き声が、実に耳障りなオーケストラとなっていた……
一体、何が彼らの身に起きたのか……全ての原因は半刻前に遡る――
一晩、謎の占い師メイメイの店でお世話になり、互いの昔話に花を咲かせた二人は、翌朝ゼラムを発った。
他の旅人もちらほらと見受けられる街道を景色や会話を楽しみつつ歩いていき、順調な滑り出しかに思えたのだが……
「なんかさ、さーっそく野盗に囲まれちゃってるんだけど?」
「すみませんごめんなさい注意を怠った俺のせいです」
背中越しに向けられた棘を多大に含んだ問いかけに、武器を構えて敵である野盗たちを見据えたままマグナは平謝りする。
――そう、これは完全に己の失態。
昨日に指摘された通り、マグナはずっと旅に出たいと思っていた。そのため、派閥を抜け出して街へ行くたびに、トリスに気付かれないように旅人から話を聞いたり、バイトをして貯めたお金で地図を買ったりしたのだ。
一人旅にも備えて、召喚術ではなく剣を取った。予備知識も最低限は蓄えたつもりだった。――が、現実に役立てなければ宝の持ち腐れである。
ようやく念願叶って出られた外に、完全に浮かれていた自覚はある。結果、ゼラムを発って最初の休憩所で、襲ってくださいと言わんばかりに無防備な姿を晒してしまったのだから。
自己嫌悪に深く陥っていたマグナは目前の野盗が立てた小さな物音にビクリッと肩を震わせて現実に戻った。その過剰反応を見て、野盗たちはせせら笑う。
「おいおい、ニイちゃんたちよぉ。有り金全部渡しゃあ、命までは取らねえっつってんのに、オレらとやりあう気なのかぁ?」
ニヤニヤと下卑た笑いをする野盗に眉根を寄せる。
野盗たちに従うつもりなど毛頭ない。折角派閥を出たというのに、自分を殺して他人の言いなりになるのはもうゴメンだ。
けれど……
この場を切り抜けるには戦うしかないのに、まともな戦闘経験はあの試験の時だけと言ってもいい。
数も多く、召喚獣よりも残忍さを醸(かも)し出す敵に、あの時感じた恐怖が蘇ってきて。
震える手を叱咤して、強く剣を握り締めた――その時。
「当たり前でしょう。何で自分より弱い相手に従わなきゃいけないのよ」
マグナの背後――背中合わせにして野盗と対峙していたの口から、溜息と共にこんな言葉が出てきて。
ピキッ、と。固まるマグナの前で、野盗は明らかに怒りを表し始める。
「オイ、ネエちゃん、強がるのも大概にしとけよ? この人数を相手に――」
「数で脅すしか能がないなんて、雑魚だっていういい証拠じゃない」
野盗の言葉を遮り、心底呆れきった声で言う。
前回は頼もしく見えた彼女の余裕も、今は不安のもと。
「、……それ、火に油――」
「オレらが雑魚だとォ? 雑魚かどうかその身で思い知りやがれ!!」
マグナの制止も時既に遅く、完全に頭に血が昇った野盗たちが一気に襲い掛かってきて。
「はッ、そっちこそ! 自分たちの実力の低さを思い知らせてあげるわ!!」
声の後を鈴の音が引き継ぐように余韻を残し、彼女の気配は背後から消え失せた。
思わず振り返ったマグナの目に映ったのは、敵の攻撃をかわしつつ自分の一撃を確実に入れて、次々と野党を地に伏せていくの姿。
「……すごい……」
彼女が強いというのはわかっていた。それだけ場数を踏んできたことも、昨日の店で聞いている。
だが、こうして目の当たりにしてみると、その凄さを実感せざるを得なくて。
見惚れるように戦闘を眺めてしまっていたマグナは隙だらけで、それを敵が見逃してくれるはずもなく。
「マグナ、余所見しないで!!」
突然のの叱咤で、不意に思い出した自分の置かれている現状。直感と反射だけで振り返った先には、今まさに振り下ろされようとしている凶器が陽光を反射していて。
確実に自分に襲い掛かるだろう、その剣呑な光から目を逸らすこともできず、また手にした剣で防ぐという思考も回らずに、マグナはただ立ち尽くしていて。
そして、剣はマグナの体を――傷つけることは、なかった。
「なんだっ!?」
自分に襲い掛かっていた野盗の困惑した叫び。その疑問に答える術を、今のマグナは持っていない。
マグナを傷つけるはずだった剣は、光をまとう二本の剣によって止められていた。しかもその剣には、使い手はいない……困惑しているのはマグナも同じだった。
「――ぐあっ!!」
使い手のいない光の剣が、まるで意志でもあるかの如く動いて野盗を吹き飛ばす。そうして自由になった剣はマグナを守るように、また野盗を牽制するように、マグナの両隣に移動した。
「これ、は……?」
「シャインセイバーよ」
呆然と呟いた疑問に、すぐさま答えが返ってくる。その聞き覚えのない女性の声に、肩を震わせ振り向く――と、シルターンの衣装をまとい白い尾を持つ、少女とも女性ともいえない不思議な人物が立っていた。
「ワタシは狐火の巫女と呼ばれるモノ。そのシャインセイバーと同じく、アナタの護衛にと喚び出されたの」
マグナが問うよりも先に、その者――狐火の巫女は答えをくれた。
それを聞いて、もう一度のほうを見てみると、先程と変わらず一人野盗と戦う彼女の周囲に、マグナの傍らにあるものと似た光の剣が三本動いているのが見えて。
シャインセイバーって、こんな風に扱えるものだったっけ? ――と思ったマグナの横で狐火の巫女が動く。
「……とはいえ」
「ぎゃああっ!?」
狐火の巫女――その名の通り、炎を操る彼女に火傷を負わされた野盗が醜い悲鳴を上げる。
「自分でできることはやってほしいんだけど?」
そうして投げ掛けられるのは、呆れたような冷ややかな言葉で。
「……ハイ……」
にも同じことを言われそうな気がして、酷く情けない気分になりながらマグナは剣を構えた。――が、残り僅かとなっていた野盗の攻撃を二、三度防いだだけで、自分の分を倒し終えたと彼女の召喚した者たちによって敵は倒され、結局マグナは一人も倒すことなく戦闘は終了したのだった。
そして冒頭の会話に至ったのである。
「出掛けのトリスの心配も、あながち大げさでもなかったってコトね」
一人打ちひしがれるマグナを他所に、てきぱきと野盗を縛り上げながらのの言葉。
反論の余地すらないのをわかってのことなのか、更に追い討ちをかけてくる。
「これじゃあ、本当に死出の旅になりかねないわねぇ……まあ、そんなことあたしがさせないケド」
後半の言葉は、情けなさと共に何やら気恥ずかしさも湧かせて。余計に頭を抱え込んだ時、「――よし、完成~♪」と、随分と満足げな、楽しげな声が聞こえてきた。
顔を上げて見れば、縛り上げられ一箇所にまとめられた野盗たちの前に、声音の示すまま心底愉快そうなの姿があった。
それ自体は大して珍しくもない。
問題なのは、彼女の上機嫌の理由――一人の野盗の首にさげられている『我々は強盗です。通りすがりの勇気のある方は騎士団に御一報を』と書かれた木札だった。
彼女は悪戯好き――というよりは、敵だと思うモノに大して容赦がないらしい。いろいろな意味で。
絶対にを敵に回すようなことは避けよう、と。呆れ半分恐ろしさ半分で、マグナは心に固く誓った。
そんなマグナの決意など知る由もなく……
「とりあえず場所変えて、新しく誓約するだけしちゃったほうがいいんじゃない?」
彼女は、こう提案したのだった。
野盗に出くわした休憩所から大分離れた辺り。街道脇の林の中の少し開けた場所にて。
新たに誓約の儀式を行うマグナを、は見守っていた。
休憩所や、街道から見える位置ではなく、街道からは完全に見えなくなるこの場所を選んだのは、あまり一般人に見られるのは好ましくなかったことと、万が一失敗・暴走した際、被害を最小限に抑えるためだ。
小さな結界ぐらいなら張れるにとってはどこでもいい気がするのだが、やはり派閥には派閥の規定等があるのだろう。
――それにしても……
順調に異界への路が作られていく様を眺めながら、そっと溜息をつく。
召喚師でありながら、マグナがとの石の他はひとつも誓約済みサモナイト石を持っていないと聞かされたのは、つい数分前のこと。
いくらなりたての新米召喚師とはいえ、旅に出るのに手ぶら状態……マグナ曰く、誓約済みの召喚石は実習の時にしか持たせてはもらえず、誓約自体が初めてだという。
必要最低限の召喚術の知識のみを与えただけで、無期限の見聞の旅に出す。フリップとか言う試験官を見た時から思っていたが、マグナは余程蒼の派閥にとって目障りな存在らしい。
ようやく乳離れした赤子状態の彼を外に放り出したのは、召喚術が暴走しないようにした上で、目の届かない場所で死んでくれ、と。派閥の意図などこんなものだろう。
――どうして、人間はこうも身勝手で欲深い、残酷な生き物なのだろう……
マグナが厄介者扱いされる理由をは知らない。けれど、マグナの心にある望みは知っている。
――自分の存在を認めてほしい……たったそれだけの願いを……
かつての自分と同じ想いを抱く彼……全く同じその望みを、潰させはしない。
決意を新たにした刹那――無事に開いた門から、赤い光と共に一羽のカラス天狗が現れた。
「はぁ――……なんとか成功したよ……」
まだ誓約は済んでいないというのに、マグナは肩から力を抜く。そんな彼の『普通の』召喚師とは違う態度にか、カラス天狗は可愛らしく小首を傾げて。
「アナタが召喚主ですか?」
そう尋ねてきた。姿と同じように、高めの声で。
問いかけられたことに驚いたのか、はたまた声を掛けられたことで儀式が途中だったことを思い出したのか。マグナは顔を上げると、笑って答えを返す。
「あ、うん。俺の名前はマグナ。応えてくれてありがとう」
マグナの言葉に、カラス天狗は目を瞠った。おそらく、礼を言われるなどとは考えもつかなかったのだろう。
が知る中でも、自分が喚び出したモノに礼を言っていたのは護人ぐらいだ。マルティーニ四兄弟――も、含めていいかもしれないが、他は見たことがなかった。
道具や下僕としては見ていなかっただろうが、友として見てもいなかった気がする。
召喚獣にとって良い例でもそんなものだ。マグナはかなり特殊と言っていい。
対応に困ったらしいカラス天狗は、どこということなく視線を彷徨わせていて。
「いえ……その……ぼくは、聞こえた不思議な声の主が気になっただけです……」
「『不思議な声』って……」
ピクリ、と。マグナが反応を示す。――否。ギクリ、のほうがいいかもしれない。表情、固まっているし。
「その、声って……どんな?」
聞きたいような、聞きたくないような……そんな矛盾する想いからか、固まった表情のまま問うマグナに、カラス天狗は答えない。どう言うべきか言葉を探しているような彼に、は面白半分に助け舟を出す。
「そのまま言っていいんじゃない?」
助言を受けて、それでも逡巡したあと、ようやく口を開いて出てきた言葉は……
「『俺の声が聞こえたなら、応えて……俺のもとへ来て……力を貸してくれ』――と」
――予感的中。
彼の聞いた声は、と同じくマグナの魂の声。救いを求める、叫び……けれど、内容が少し違っているのは、自分と出会うことでマグナの中で何かが変わった証拠だろうか。
だとしたら、かなり嬉しい。
そんなの想いなど知る由もないマグナは、また顔を覆ってうずくまっていて。
「あ、あの……?」
「気にしないで。自分の不甲斐なさに打ちひしがれてるだけだから」
「はあ……」
召喚主の行動の意味がわからず対応に困っているカラス天狗に、は満面の笑みで教えてあげる。
それでもまだ、よくわかっていないらしい彼は、ふと顔を上げてこちらを見た。
初めて、カラス天狗は真正面からの姿を、そのつぶらな瞳に映し出した。
「……アナタは?」
「あたしはマグナの護衛獣。くのいちモドキのよ♪」
満面の笑顔で自己紹介。また小首を傾げるカラス天狗。
「『モドキ』……ですか?」
「そ。師匠は忍だけど、あたしは忍になるために教わっていたわけじゃないからね。忍としての戦術を持つ者――ということで、くのいちモドキ」
「……いろんな人がいるんですね……」
「だから面白いんじゃない? 人との出逢いって……変わった人であればあるほど、ね」
言いながらマグナへと視線を向ける、カラス天狗も、つられるようにして目を向けて――笑った。
「そう、ですね……そうかもしれません。ぼくは……」
「ちょっと待った!!」
場の流れからして、おそらく名乗ろうとしていたカラス天狗を、先程までうずくまっていたマグナが制した。
何故か焦っているような彼に、もカラス天狗もきょとんとして。
「君は、このまま俺と誓約を結んでしまっていいのか?」
問いに対しては半ば呆れて、カラス天狗は一瞬目を瞠ったあと笑って言った。
「構いません。呼び声に応えたのは、ぼくの意志ですから。何より、ぼくは今、アナタのことをもっと知りたいと思っていますので」
この答えに納得したのか、マグナは満面の笑みを浮かべて。そしてカラス天狗が名乗る。
「ぼくは、カラス天狗のクロ」
魔力によって描かれていた魔法陣がほのかに輝き、そしてそれはマグナの手にある召喚石へと集い、形を成す。シルターン文字の『クロ』――カラス天狗の真名。
無事誓約は終了。
己の周囲にまとわりつく魔力を感じてか、虚空を見つめて目を細めていたカラス天狗――クロは、改めて頭を下げた。
「まだまだ未熟者ですが、ぼくの持ちえる全てのものがアナタの力になるよう努力しますので、これからどうぞよろしくお願いします。ご主人様」
召喚主に忠誠を誓うべき言葉に、けれど言われた当人は再びうずくまる。
その反応が理解できずに大きな疑問符を頭に飾るクロと、くすくすと笑う。
助け舟が期待できないことを悟ってか、はたまた今後の自分の平安のためか。おそらく後者だろうが、何とか顔を上げてマグナは懇願する。
「あのさ、クロ……早速で悪いんだけど、俺のことは名前で呼んでくれないか?」
「……? マグナ様?」
「様付けもやめてくれ……」
なんだかよくわからないが召喚主の『頼み』を断る理由もなく、結局『さん』付けで呼ぶことにしたらしいクロを送還して、これで本当に誓約の儀式は終了した。
送還と同時に魔方陣も消え去り、また魔力の残留も全くなく、そこには来た時と変わらぬ風景が広がっていて。ただ、マグナの手の中にある透明度を増した赤い石だけが、誓約の事実を示している。
これで少しはまともに戦えるようになる、と。胸を撫で下ろしたとは対照的に、何故かマグナは不安そうな沈んだ表情で召喚石を見つめていて。
「なぁ、」
「……なに?」
「俺に戦い方を教えてくれないか?」
は思わず目を瞠った。一瞬、止まってしまった思考を叱咤して、言われた内容を吟味する。
教えるのは構わない。むしろ、そのほうが両者にとっては都合がいいだろう。
『守る』ということが――戦えない者、戦いの未熟な者を守りながら戦うということがどれほど難しいか、実例を間近で見て知っている。
同時に『教える』ということが、半端じゃなく大変だということも聞かされていた。まあ、その大変さを楽しさに変える、ということも知っているのだが。
ただ、少々問題があるといえば――
「守られるだけじゃなく、守れるようになりたいんだ。……ダメか?」
「いや、教えるのは別にいいんだけど、あたしが知っている剣術は帝国式なのよ。それでもいい?」
の最も得意とする形式は、小太刀二刀流。女性にも扱いやすい重さの小太刀、そして両ききということで師が教えてくれた型だ。
この自分の基本形を完全に身につけたあと、島で教師になった元帝国軍人から興味本位で剣術を学んでいたりもする。
だから教えるための知識と技術に不足はない。問題なのは、ここが聖王国だということ。
幸い、帝国は旧王国ほど聖王国との国交は悪くはないが、いらぬいざこざを招かないとは限らない。しかも、マグナは派閥から厄介者扱いを受けた身だ。なるべく諍いのもとは避けるべきではないか、と。
「いいよ、何でも。大切なものを守れるようになるんだったら!」
の心配は些細なことだと、強い意志を秘めた瞳が言っていた。
何を言っても己の主張を曲げる気のないそれに、諦めにも似た想いが湧いてきて。ふっと肩から力を抜く。
「言っておくけど、手は抜かないからね」
笑いながら片手をあげれば、応えるように同じ仕草をしてきて。
「ああ、望むところだ」
――パンッ、と。互いに叩き合わせたあと、力を込めて手を握る。
これから忙しくなるなと、どちらかといえば高揚していく気持ちの中で、自分の師匠もあの時こんな気持ちだったのだろうかと思った。
――キュウマさん、あたしに戦い方を教えてください――
――強く……強くなれるように。足手まといになりたくないから!――
かつて、そう言った自分。
先程の真摯な眼差しを向けてきたマグナの姿に、それが重なって見えて。
以前とは逆の立場にいる面白さを抱えながら、師の想いをほんの少し理解できた気がした。
第0曲 ようきなプレリュード・完