仮 面 舞 踏 【 月 影 の ジ ル バ 】
第 1 曲
1・弾丸トークとバレーボール

 ――力を、感じた。
 一言で言えば、力。遠く、近く。強く、弱く。そんな不安定なその存在を細かく表現するなら、感情、魂、時間、空間、魔力、マナ……目に見えないありとあらゆるモノが、何かに反応しているのをは微かに感じたのだ。
 胸騒ぎのような嫌な何かを思い起こさせるそれを見定めるため、足を止めて感覚を研ぎ澄ませる。
?」
 急に歩みを止めたことに気付いたらしいマグナの怪訝な呼びかけにも答えず、その場に佇んだまま目を閉じて感じる力に集中する。――と、それらが全て一ヶ所に向けて流れていくのがわかり、目を開けてその場所へと視線を向けた。
 そこは、今自分たちがいるところの真横……眼下に広がる何の変哲もない荒野。
「どうかし――あ……」
 視覚的には何もない。けれど、徐々に大きくなっていく力。
 流石にマグナも気付いたようで、と同じように荒野に目を向けて感覚を集中させた。
 大きくなる力――それは、形を成していく。
 密度を増す力、悲鳴を上げる空間。呼ぶ声と応える――否、応えさせられた声。それは……
「これって……召喚術? サプレスの――かな?」
「……わかるの?」
「ああ、トリスが霊属性だったから」
 意外だ。
 ゼラムを発ってから一ヶ月程経ち、マグナは戦闘力、召喚術共に大分上達していた。それでも強いと言える程のものではない。
 その状況下で、かなり離れて行われている召喚術の属性を判断できるとは……実はかなり魔力感知能力に優れているのかもしれない。
「でも……コレ、何、喚(よ)ぼうとしてるんだ? かなり離れてるのに、これだけわかるなんて……」
「行ってみればわかるんじゃない?」
「そうだな――ってえ!? ちょっと待った!!」
 そのまま第一歩を踏み出したは、直後の待ったコールと共に腕を引かれて、不満気に振り返る。
「何?」
「何って、ココ!! 崖!! まさかこの崖をそれで滑り降りる気!?」
 蒼い顔でビシッと指差すマグナ。
 二人の現在地……それは、今日中にはサイジェントに辿り着けるという距離にある、峠道の頂上付近。片脇が崖のような急斜面になっており、実に眺めよく荒野が見渡せる場所。
 マグナが『それ』と称したゴム毬――ならぬ、ゴムボートを軽く叩いては言う。
「道形(みちなり)に歩いてったら何時間かかるかわからないじゃない。あたしたちを乗せて飛べるような召喚獣(コ)、マグナはまだ喚べないし? 幸い樹木が一本も生えてないから障害物もないし」
「障害物なくても危険だから!! それより、その空飛べる召喚獣と今誓約したほうが――」
「これだけマナが不安定な状況で召喚術使うほうが危険」
「じゃあ、それ、どこから出したんだ?」
 一時の沈黙。
 一ヶ月も共に生活していて気付いていないらしい彼に、先程の魔力感知能力優秀者の称号は取り消そうか――と。半ば呆れつつ考えていたが、目的を思い出してニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて。
「細かいことは気にしなーい♪」
「ぅわっ!?」
 マグナの腕を引っ張ってゴムボートに無理矢理乗せる。
「ちょ、俺、まだ、心の準備がっ!?」
 悪足掻き的行動を続ける彼が降りてしまう前に、問答無用でゴムボートを押した。ゴムボートが崖から出る前に自分も飛び乗って。

「ジェットコースター的天然崖っぷちスライダーinリィンバウム! れっつゴー!!」
「ひっぎゃああああああああああっ!!」

 滑り出しましたゴムボート。まさに『落ちている』と表現するに相応しいスピードで滑っていきます。空気抵抗によって耳元を過ぎる風が、マグナの絶叫も一緒に連れて去っていきます。おーっと、眼前に迫り来るのは大き目の石。ハンドルなどあるわけのない――あっても役には立たないであろう――ゴムボート、避けることもなく突っ込んでいくぅー!
「ひっ……!?」
 最早絶叫を上げる余裕もなく息を呑むマグナを乗せて、ゴムボードは宙を飛んだあ――!! 滞空時間は僅か数秒! 見事な弾力で二、三度バウンドし、ゴムボートは更に斜面を滑り続けていく――と、実況生中継してみたり。
 にとっては楽しいだけのコレ。実はゴムボート自体かなり特殊素材でできていて破損の恐れは全くといっていい程なく、周囲に結界も張ってあるので落ちることもなかったりするのだが……涙まで流して気持ちいいくらいの叫び声を披露してくれたマグナにそれを伝える気は、彼女には全くない。
 理由は面白いから。
 そんな個人的愉悦のために、おっそろしい想いを強要された哀れな子羊ちゃん。流石に平地についてスピードも落ちてくる頃には、なんとか平常心を取り戻したようで。
「あ……暴発した?」
 突如膨れ上がった魔力に、ぽつりと言った――が。
「――あれ? 消えた?」
「事故った瞬間、傍観者の誰かが咄嗟に結界張って、周囲へ事故の事実がすぐさま露見するのを防いだ――ってトコロじゃない?」
 急に感じなくなった儀式の気配に対して、疑問を口にしたマグナと、推測を淡々と述べる
 完全に動きを止めたゴムボートから降りて、は儀式場があると思われる方向を厳しい表情で見つめた。
 暴発した瞬間、僅かにだが感じ取れた結界を張った魔力に、覚えがあったから。
「……行く?」
 同じようにゴムボートを降りたマグナにそう聞いてしまったのは、思い浮かんだ人物に会いたくないという気持ちの表れだったのかもしれない。
「行きたくないの?」
 だから、逆に問い返されて返答に詰まってしまった。
 旅に出てから、マグナに対してはほとんど『仮面』をつけて接してはいない。なので、今更つけてもピエロなだけなのはわかりきったことだから、余計にどういう顔をしていいのか判断がつかなくて。マグナの顔を見れずに前方を凝視する。
「………………半々」
「じゃ、行ってみようか」
 しばし保留していた答えを正直に言えば、あっさり決定は下されて。少々拍子抜けしてしまう。
 早々に歩き出しているマグナのあとを、ゴムボートを元に戻してから慌てて追った。隣に並ぶ寸前、彼は振り返って笑顔を見せた。
「何事もさ、やらないで後悔するより、やってから後悔したほうが後味いいと思わない?」
 曇りのない真っ直ぐなその笑顔。告げられた、同じく真っ直ぐな言葉。
 それによって思い出したのは、あの島での自分の行動。
 思い返してみれば……確かに。何も知らず、何もせずにいれば――今、自分はここにはいなかっただろう。そして、何もしなかった自分を責め続けていたに違いない。
 行動した結果の後悔にばかり目を向けていて、気付けなかった。
 気付いた今なら、素直に頷ける――けれど。
「さっきの崖っぷちスライダーみたいな?」
「うっ……アレはもう二度とやりたくないデス……」
 素直に認めてしまうのも、なんだか癪な気がして。
 内心では、知らず乱れていた調子を元に戻してくれたことに感謝しつつ、軽口を言いながら足を進めた。

 然して間もなく辿り着いた儀式場。それは、累々たる屍に囲まれた大きなクレーターだった。
 その光景を見た瞬間、は自分の心が酷く冷めていくのを感じて目を眇めた。そして、マグナへと目を向ける。
 戦闘経験も、自分と会うまではなかったマグナ。素の彼がのほほん気質であることも判明済み。
 そんな彼にとってコレは結構キツイのでは、と。そう思ったのだが……
 は肩の力を抜いて、死体の間を進み始める。マグナは、一言も声を出すことなく後に続いてきた。
 そうして、クレーターの中を覗ける位置まで来て、は眉根を寄せた。
「うーわー。メイメイさんの占い、大当たり~って感じかしら」
「え? ひょっとして、知り合い?」
 穴の中心……最も深いくぼみに倒れている四つの人影。表情とは正反対に明るい口調で口にしたそれに対する感想に、マグナが同じ調子で適切に聞いてきた。
 二人にとって、良くも悪くも大きな出会いと再会がある――と、メイメイにはそう言われていた。出会いがそれかどうかは、後々になってみないと判断はつかないだろう。ならば、再会のほうかと。
 その推測による問いに、是を返す。
「一人だけね。とりあえず、起こしましょうか、彼ら……」
「そうだね……」
 の提案にマグナは無表情で同意し、二人は斜面を器用に滑り降りた。


「……かり…………おきて……」
 ――呼ばれている。
 そう認識すると同時に、意識は浮上した。
 瞼を持ち上げて、まず目に飛び込んできたのは、綺麗な青空をバックにした見慣れぬ紺色のくせ毛の青年。
「よかった、気がついて……」
「――え?」
 心底安堵した様子の青年に、ハヤトは困惑したまま身を起こす。
「なかなか起きてくれないから、どうしようかと思ったよ」
 普段は起こされる側なんで、勝手がわからなくてさ。
 苦笑いしながらそう言われても、未だ白紙状態の思考では何が何だかわからなくて。
「えっと……君は?」
「俺はマグナ。詳しいことは――みんな揃ってからでいいかな?」
 とりあえず、ひとつずつ疑問を消化しようとした質問に、返ってきた答えはひとつだけ。残りは保留にしていいかと逆に問い返されて、彼が指差す先へと目を向けた。
 自分から少し離れた位置に横たわる、同年代の少年。それから、青年の背後……少年との距離よりも遠くに倒れている二人の少女と、彼女たちを起こそうとしているらしい一人の少女。
「ああ……おれは、ハヤト」
 聞きたい気持ちの比重はかなりあったけど、抑えて頷きハヤトは名乗った。そうしてもう一人の少年を起こしにかかるマグナを見届けてから、その場に立ち上がって周囲に視線を巡らせる。
 上に向かって伸びる茶色い土肌剥き出しの斜面。所々に散らばる幾つかの色の石。そして、透き通るほどに綺麗な、蒼穹。
 見覚えのないそれらに疑問は増える一方。
 だが、答えを持ち、与えてくれると言った者がすぐ側にいる。その時まで疑問は考えないことにして、改めて倒れている――自分と同じ状況に置かれているであろう者たちを見た。――と。
「……ナツミ!?」
 視点が高くなったことで見えた少女の顔に、目を瞠りその名を呼んだ。
「樋口まで……どうして……」
「知り合い?」
 確信を得たくて駆け寄ってみて、もう一人の顔にも驚愕する。その様子に、二人を起こそうとしていた黒髪の少女に声を掛けられ、素直に頷いた。
「じゃあ、そっち起こすの任せてもいい?」
「あ、ああ……」
 指された茶髪の少女――ナツミの傍らに膝をつき、その肩を軽く揺すった。すると小さく呻いて、無意識だろうがハヤトの手を払い除けて寝返りを打つ。
 ひとまず、ただ眠っているだけの状態に安堵すると、今度は彼女の耳元に口を近づけて――

「わっ!!」
「うひゃあっ!? なにナニぃ!?」

 大声を出した。途端に飛び起きるナツミ。
 きょろきょろと周りを見回してこちらに気付くと、がしっと力任せに肩を掴んできた。
「いきなり何すんのよ、あんたは~」
「普通に起こしたって起きないんだから仕方ないだろ!」
「ってか、何でハヤトがいるのよ?」
「おれのほうが聞きたい」
 あっさり怒りをおさめて現状に気付いてくれたことに胸を撫で下ろし、掴まれている手をほどく。直後、影が差したので顔を上げてみれば、笑みを浮かべたマグナと不思議そうにしている黒髪の少年がいて。
「……橋本さん?」
「あれ? 深崎じゃん」
「みんな起きたみたいだね」
 顔見知りらしい二人の会話の後のマグナの台詞。それに全員が残りの少女へと目を向けた。
 こちらに背を向けている長い漆黒の髪の少女――樋口綾。軽く頭を振って眠気を払おうとしているのが、その長いサラサラの髪の動きでわかった。そして彼女を起こしたもう一人の漆黒の短髪の少女が、彼女の様子に安堵を浮かべて顔を上げた時、すぐ傍らで誰かが息を呑んだ。
「……うそ……」
 その誰かの呟き。
 声の主は確認するまでもなくわかりきっていたが、ハヤトは何となくそちらへ目を向けて――吃驚する。
 信じられない。でも信じたい。本当なら嬉しい。
 言葉にするならこんな感じの、見たこともない複雑な表情をしたナツミがいたから。
 ナツミにそんな顔をさせた少女は、こちらを――ナツミを見ると、やわらかく微笑んだ。
「まさか……み」
「きゃあああ! かわいい~♪」
 ……ように見えたのは錯覚だったのだろうか。ナツミを完全に無視して、少女はアヤに抱きついた。
 突飛な彼女の行動に、今度は溜息が誰かの口から出て。
「また始まった……」
「『また』って……?」
って……あ、名前はって言うんだけど。どうやら可愛いモノが好きらしくてね。俺の妹に初めて会った時も、同じことしてたよ」
 溜息をついた当人――マグナの言葉が終わるか終わらないかという時、ハヤトの隣にいたナツミは音もなく立ち上がって二人の少女の側へと歩いていく。
「や~ん、髪の毛サラサラ~♪ 日本人形みた~い♪」
「え……は……あ、あの……?」
 アヤを抱きしめたまま至福の表情で彼女の髪を梳く、と呼ばれていた少女、。その少女の肩を、指先で軽くつつくようにナツミが叩いた。
 そして、にーっこり笑って。
「あ~ら、さんったら。カワイイコならここにもいますわよ?」
「まあ、ナツミさんってば、自分でカワイイとか言うなんて。自意識過剰なんじゃありませんのこと?」
 双方共に満面の笑顔で。けれど言葉と、その背後に渦巻く気は真っ黒け。
 一触即発。そう表現するのが最も適切と思える中、が抱擁を解いたので、ハヤトは急いで――けれど二人を刺激しないように近付いた。
「樋口、樋口、こっちへ。今のうちに避難しといたほうがよさそうだぞ」
「新堂、くん? どうして……」
「話はあと。早く!」
 初めて他の人間にも気付いたらしいアヤが呆然としたまま疑問を口にしたが、すぐ側の暗黒オーラに当てられたハヤトは片手で自分の腕をさすりながらそれを制して後退を促す。
 アヤもハヤトの様子に尋常じゃない何かを感じたのか、それ以上は何も言わずに彼について後ろへと下がった。
 二人がマグナたちのところへと戻った、刹那――

「誰が自意識過剰よ!? それは何その反応は何それが7年ぶりに会った親友に対する態度なワケ!?」
「そうだよ7年だよ! 7年間一度も会いに来なかったことに対するささやかな報復だ悪いか!?」
「悪いわ!! そう簡単に会いに行ける距離じゃないでしょうが!! 大体行ったのにいなかったのはそっちじゃないの!!」
「いつ来たってのよ!?」
「つい最近あんたが事故って入院してるって聞いてクソ忙しい中時間見つけて行ったっていうのに病室もぬけの殻な上面会時間終わっても帰って来ないってどういうこと!?」
「怪我は完治してるのに病室にじっとしてるなんてあたしには拷問だっつーか病院のメシは不味いんじゃ――――――――!!」

 ――がっしゃあぁん。
 と、見事にちゃぶ台返しを披露する。――というか、どこから出したんだちゃぶ台。
の知り合いって、彼女だったのか」
 唐突に始まった弾丸トークラリーに皆が呆然とする中、ふと耳に入った呟き。
 ナツミたちを気にしつつも、ハヤトはマグナへと視線を向ける。
「なぁ、マグナ……アレ、止めなくていいのか?」
「…………ハヤトって、確かあの茶髪の子と知り合いなんだよな? 止められる自信は?」
「ない!」
「俺にもないよ」
 何となく二人顔を見合わせて、同時に溜息を洩らした。
 この会話だけでマグナとはとても親しくなれる気がした。同じ苦労を背負う者として。
 それはひとまず横に措いておくとして、今は目前の弾丸トークがいつ終わるのかということが考えどころだった。
 ……まぁ、杞憂に終わるのだが。

「そういう問題じゃない! 心配するほうの身にもなれ!!」
「ごめんっ!!」
「許すっ!!」
 が勢いよく頭を下げて、ふんぞり返ったナツミが許容する。
 そんなやりとりで、唐突に始まった弾丸トークラリーは唐突に閉幕したのだった。
「ホント久し振りね、ナツミ! 元気そうで何より」
こそ。奇跡の生還おめでとう!」
「あははは♪」
 先程とは雰囲気がガラリと変わって。笑いあう二人は極普通の女の子に見えて胸を撫で下ろしたのも束の間、未だ二人の世界にいる様子にどうしたものかと悩むハヤトに救いの手。
、感動の再会は終わった?」
 そう声を掛けられた二人が同時に振り向き、がぽむっと手を打った。
「そうだった。今日中にサイジェントに着かなきゃ、だったよね。とりあえず自己紹介だけ済まそうか。あたしは。ナツミの幼馴染み兼親友デス」
「橋本夏美。バレー部部長の17歳」
「俺はマグナ。一応蒼の派閥所属の召喚師。と一緒に見聞の旅をしてる途中なんだ」
 が名乗り、ナツミが後を継ぐ。そしてマグナへと回って、聞きなれぬ単語に疑問がまた増えた。それは前二人以外同じなのか、何となくその場の空気から読み取れたが、ハヤトはマグナの言葉を信じて自己紹介を引き継いだ。
「新堂勇人。バスケ部部長で、ナツミとは従兄弟同士だよ」
「……深崎籐矢。橋本さんとはクラスメイトになるよ」
「わたしは、樋口綾です。新堂くんのクラスメイトです」
 自分と同じ疑問派にいた二人の問いを封じるためだったその行動。ハヤトの目的通り、ひとまず問いかけを後回しにしてくれた。
 そのハヤトの思惑にマグナも気付いたのか、目が合うと微笑まれてしまった。
 ありがとう、と。そう言っているような笑みが、とてつもなく照れくさくて視線を泳がせた。
「詳しいことは、この近くの街に着いてから説明するよ。とりあえず、それでいいかな?」
 改めて――おそらくはトウヤとアヤのために言われた言葉。二人が頷いたのを見て、何故かハヤトまでホッとしてしまう。
 それじゃあ、と。踵を返し斜面を登りだそうとした、直前。
「あ、そうだ。ココ。覚悟してから登ってね」
 斜面の上を見たまま言われたの言葉。
 その意味は、登り切ってから――判明した。

 ようやく開けた視界。その眼前に広がる光景に、ハヤトは思わず口を片手で押さえた。
 自分たちがいた巨大なクレーターを囲むようにして倒れている多数のモノ。それが何なのか考えたら――認めてしまったら、吐き出してしまうそうだったから。
「なん、なのよ……これ……」
「どうして、みんな……死」
「何も考えないで歩いたほうがいいと思うけど」
 男であるハヤトでさえ直視できず半ば現実逃避しているような状態。女性には衝撃が強すぎたらしく目を逸らすことも叶わず呟かれた言葉に、ケロリとした声が掛かった。
 落ち着かせるためだったのかはハヤトにはわからないが、もしそうだとしても今は逆効果だったようで、ナツミはに食って掛かる。
「そんな状況じゃないでしょ!? だって何でこんなに人が死んで――」
 そこまで言って、ナツミは目を見開き、ではないどこかを見る。
 ハヤトも認めたくなかったこと――聞きたくなかったこと。自分で口にすることで、ナツミは認めたくなかった現実を見てしまったのだ。
 それは聞いてしまった誰もが同じで。
「死、んで……?」
「……やっ……いやっ!」
「やだっ、こんなの……いやだよぉ……っ!!」
 抱え込んだ頭を左右に激しく振るアヤと、涙を浮かべて虚空を見つめていたナツミ。二人はほとんど同時にその場から駆け出した。
「ナツミはともかく、アヤちゃん足速っ!」
「問題はそこじゃないから!」
 気を紛らわしたかったハヤトが入れた突っ込みは、見事マグナとハモって。顔を見合わせて、二人小さく笑った。
「あのまま真っ直ぐ走ってくれればサイジェントには着けるし……問題って、別行動?」
 小首を傾げて聞いてくる。本当にわかっていないというよりは、わかっていて問題視していないようだ。
 ただ単に危機感に欠けるのか、はたまた大物なのか……
「追いつければ問題ナシ! ってワケで、お二人さん、走れる?」
 首肯に対して返ってきた問いに、ハヤトは二度頷いた。の反応は現状を忘れさせてくれるものがあるけれど、できることなら早くこの場を去りたいと思っていたから。
 こちらの気持ちを汲んだのか、は踵を返して。
「マグナ、しんがりはよろしく!」
「ああ、わかってる」
「待ってくれ!」
 マグナの了承を受け駆け出しかけていた彼女は、突然の制止につんのめった。
 なんとか体勢を立て直した彼女に――彼らに、今まで黙っていたトウヤが問いを投げ掛ける。
「どうして、君たちは平然としていられるんだ?」
 と、そしてマグナに向けられたのは――不信。
 ハヤトが含まれていないのは、ただの現実逃避によるものだと気付いているからか。
 当然ともいえるその不信に、スッと目を細め無表情になった。今までのふざけた感じは微塵もなく、能面のように感情の読めないソレに、背筋が凍った。
「……初めてじゃないからだよ。こういう場面に出くわすのが」
 ぽつり、と。一言、それだけ言って彼女は走り出した。
 すぐには動けずにいると、軽く背を押されて反射的に走り始めてしまった。
 振り返れば、苦笑を浮かべたマグナがいて。
も、俺もね……場所も時間も違うけど」
 その言葉に、表情に。二人の心のキズを垣間見た気がした。
 ハヤトにとっては、それだけで充分だった。
 隣を走るトウヤを一瞥してみれば、少しバツの悪い顔をしていて。彼にとっても、答えは充分に得られていたようだ。
 ひとつの疑問は氷解した。ならば、今すべきことは、一番危険な状況にある二人の少女に追いつくこと。
 一度マグナに笑顔を向けて、トウヤの肩を軽く叩き、ハヤトは走る速度を上げた。


「は、橋本さん……待って……」
 無我夢中で走っていたナツミは、後方から聞こえた声に我に返る。
 気が付けば街の中に入っていて、どうやってここまで来たのかもわからない状況。
 自分より少し離れた位置にいるアヤは苦しそうに肩で息をしていて……全力疾走の己によくついてこれたものだと思う。
「ごめん。少し休もう?」
 流石にもう答えるだけの体力はないのか、弱々しく頷いただけの彼女を近くの木箱に座らせた。
 アヤの体力が回復するのを待つ間、改めて周囲を見回してみる。
 崩れた壁。散乱する瓦礫。木片やゴミもあちこちにあり、元はレンガ造りだと思われる道も大部分が土肌剥き出しになっていた。
 スラム――と、呼ばれる場所に近い気がする。
「あの、橋本さん……」
「ナツミでいいよ。あたしもアヤって呼ばせてもらうから」
「あ、はい」
 呼吸が正常に戻り声を掛けてきたアヤを一瞥し、また周囲に目を向けながら先を促した。なんとなく言われることは想像できたけれど。
「新堂くんたち……大丈夫でしょうか? 置いて、きてしまいましたけど……」
「それは平気。がいるし。問題なのはあたしたちのほう――かな」
 案の定な内容に即答を返して、視線を一ヶ所に定める。
 先程――我に返ってからずっと感じている、嫌な視線を出所へ。
「そこにいるの、あたしたちに何の用なの?」
 自然と低くなった声音。ナツミの問いにアヤが同じ方向を向いたのと、建物の陰から数人の少年たちが出てきたのはほとんど同時だった。
「へえ、いい勘してるじゃねえか、あんた?」
 リーダー格……と言っていいのだろうか。背の低い少年が嫌味たらしくそう言った。その横に並ぶ上半身裸な男――唯一の大人が後を続ける。
「ついでにワシらの目的もわかってくれると、手間が省けていいんだがなあ」
「お金なんか持ってないわよ」
 この状況から見て裸男の言う目的とは金銭だろうが、向こうの都合なんか知ったこっちゃない。
 即答してやれば、リーダー少年が見るからに不機嫌になって。
「ないわけねえだろ! てめえら旅人だろうがよ!!」
「あるわけないでしょ! ついさっきこの世界に来たばっかなのに!!」
「あ゛あ!? 何わけわかんねえこと言ってやがんだ! ――おい、おまえら。ちょっと遊んでやれ!」
 リーダー少年の一言で周囲にいた不良少年たちが動いて。
「人の話を聞けバカあ――――!!」
「ナツミっ!!」
 叫ぶナツミへ襲いかかろうとしていた一人の少年は、何かに激突してうずくまった。その前に名を呼んだ聞き馴染んだ声の主を振り返ろうとした矢先――
「上よっ!!」
 示された方向を反射的に見て――目に映った白い球体。
 見慣れたソレに、体が自然に動く。落下地点まで走って、迎えるように跳ぶ。丁度良い位置にきた球体に向けて、思いきり右手を振り下ろした。

 ――バシッ、ドゴオッ。

「殺人スパイクきまったあ――! 不良少年、二人ともダウーン! 起き上がりません! どうやら脳震盪を起こしている模様です! 流石名アタッカー、ナツミ選手! すさまじい破壊力です!!」
「いえ――――ぃ!!」
 白い球体――バレーボールを投げて不良少年の動きを止めた張本人であるは、今度はマイク片手に実況解説。それに対し、ついノリノリで返してしまった。
 久し振り……というのもあるが、楽しいからというのが実のところ。
 どんな状況下にあっても、といれば楽しめるのだ。大抵は。
「ふざけやがって……これならどうだ!?」
 ナツミとの行動は、当然というかリーダー少年のお気に召さなかったようで。青筋を浮かび上がらせて彼は懐から取り出したナイフを投げてきた。
 その標的は――アヤ。
「樋口っ!!」
「きゃああぁっ!!」
 ハヤトの鋭い呼び声でナイフの存在に気付くも、動くことはできずにただ叫ぶしかないアヤ。
 誰もが傷付けられたアヤの姿を覚悟した。――だが。
「――え……?」
 アヤの体から光が溢れ出し、飛来したナイフを弾いた。
 それだけではおさまらず、膨れ上がっていく光に、ナツミは自分の体を抱くようにしてその場に座り込んだ。
 アヤが発した光。それに当てられたのか、心臓――というか胸の奥が酷く熱くて。光が膨れ上がっていくのに比例して、ナツミの体も熱を帯びていって……気を抜いたら、何かが溢れ出しそうだった。
「な……っ!?」
「まずいっ!!」
「ヤバッ……『反魔の水晶』ッ!!」
 限界まで膨れ上がった光は、風船が割れるようにして爆発する。それを一瞬早く悟った裸男がリーダー少年をかばって、自ら光へと身をせり出す。ほぼ同時に、同じく危機を察したが喚だ魔障壁が、彼の前へと現れて。
 ほとんど真っ直ぐに不良グループへと進んでいた光は、魔障壁によって真っ二つに割れた。
 直撃を免れて安堵したのも束の間。
 ――ピシッ、と。
 何かがひび割れたような音が届き、そして……

 ――パリィィィンッ。

「ぐわああァッ!!」
 完全に砕け散った魔障壁。吹き飛ばされて壁に激突する男。
 呆然と、立ち尽くす少年たち……
「い、今のは……?」
! 大丈夫か!?」
 恐怖と混乱とで小刻みに震えるアヤの呟きに我に返ったのか、マグナは何故かへと声を掛けて。はそれに応えて片手を上げる。
「あぁ、うん。サモナイト石が砕けたわけじゃないから。反魔の水晶自体、時間が経てば元に戻るモノだし」
 言葉通り、彼女の手の中には無色の石が傷ひとつなく輝いていた。
 あからさまに安堵するマグナを横目に、「でも……」と呟くように続けられるの言葉。
「反魔の水晶を魔力で砕くなんて……聞いたこともないわ……」
 『魔力』――その単語が、ナツミの中に重く響いた。
 今まで縁などあるはずもなかったモノ。使い方はおろか、その存在自体意識したことなどなかった。
 それが、今、ものすごく身近に――ある。
 先程の光を発したのはアヤだけれど、同時に感じた己の中の熱。今は、まるで何事もなかったかのようにおさまっているアレが、ひょっとして魔力なんだろうか……
 自分の中にもあるかもしれない、今まで知り得なかった力。制御できるとも知れないそれは、さながら爆弾のようで。

 ――スパアァンッ。

 思考の中にどっぷりと浸かっていたナツミは、実に小気味良い音と共に来た衝撃で現実に戻された。
 見上げた先には、ハリセンを持ったがいて。
「ぃったいじゃないの! いきなり何するのよ!?」
「いやあ、どこに意識飛ばしてるのかと思って」
「だからって普通声も掛けずに叩く!? 本当に意識飛びかけたじゃない!!」
「あはははは♪」
「笑って誤魔化すな!!」
 笑い止まないを相手にすることを早々に切り上げて立ち上がる。足が震えたりしないか、と。少し心配したが、何の障害もなく立ち上がれて胸を撫で下ろした。
 そうしてあらためて周囲へ目を向けて――見慣れぬ男が一人増えていることに気付く。
「お詫びとお礼にって、これから彼らの家に招待されたんだけど……」
 覚えてる? ――と。そう耳打ちされて、溜息をこぼした。
 全く覚えがない。本当に意識を飛ばしてしまっていたようだ。
 そんなナツミの心情を知っているは、やはり小声で問う。
「異存は?」
「……ないよ」
「それじゃ、行こっか?」
 差し出された手を見つめて、笑みと共にそれを取る。
 ――大丈夫。一人じゃない。
 何よりも、心強い味方がいる。
 湧き起こった不安や恐怖を押し込めて、ナツミは歩き出した。