仮 面 舞 踏 【 月 影 の ジ ル バ 】
第 1 曲
3・モーニングコールは鬼教官の囁き

「ごちそうさまでした」
 ナツミたちは全員、ほぼ同時にそう言った。トウヤなど、しっかり手を合わせて言うものだから、そういう習慣のないリプレやガゼルはきょとんとしたり怪訝な顔をしていて。
 は小さく笑う。
「朝ご飯、どうだった? 大したもの作れなくて、ごめんね」
「いやいや、おいしかったぜ」
「そりゃあ、タダで食うメシだもんなぁ。味の文句なんか言えるわけねえぜ」
 自分たちにとっては謙遜しているとしか思えないリプレの言葉。ハヤトが代表して素直な賛辞を返したが、ガゼルが突っかかってきては目を眇める。
「あら、いやだわ。人の賛辞は素直に受けなさいよ、ねえ、ナツミさん?」
「ええ、そうですわ。それともガゼルさんにとって今日の朝食は、文句を言いたいようなお味だったのかしら? ねえ、さん?」
「文句なんてとんでもないわ! わたくしには高級料理店でいただくお料理のようでしたのに!」
「わたくしもですわ。何故ここがお店でないのか不思議でなりません」
 うふふふ。おほほほ。
 お嬢様言葉で嫌味トーク×2。
 言葉を詰まらせたガゼルに追い討ちをかけるのは、当然といえば当然なリプレで。
「ガ~ゼ~ルぅ~? 私に何か言いたいことがあるのかしら~? 聞くわよ。聞くから、言ってみなさいよ?」
「い、いや! ない! ありません!!」
「だったら、憎まれ口たたいてないで薪割りでもしなさい!!」
「はい! そうさせていただきます!!」
 ガゼル、脱兎のごとく退場。
「ごめんなさね。あとで叱っておくわ」
「あ、ううん。気にしてないから、ホント」
「うん。むしろからかい甲斐があって面白いし」
 ナツミはともかく、後に続いたの言葉にはリプレも苦笑を返すしかないようだった。
 そうしながらも、手は使い終えた食器を片していて……アヤが席を立つ。
「あの、お手伝いします」
「あ、いいのいいの! あなたたちはお客さんなんだから。それに、これからのこととかを考える時間も必要でしょ?」
 断られても素直に引き下がれなかったアヤも、付け加えられた言葉には納得せざるを得なかったようだ。渋々腰を下ろした。
 ナツミは、この世界で生きていく気でいる。だから必要なのは、より詳しい知識と生きていくための技術。それはが教えるので然程難はなかった。
 問題なのは、アヤたち三人だ。
 帰りたい――と、思うのは当然のこと。けれど……現段階では、その方法はないに等しい。生き残りがいたとしてもそれは変わらないことを、は知っていた。
「何かわからないことがあったら、遠慮しないで聞けばいいよ――と、マグナの食事、どうしよう?」
「あ、あたしがあとで部屋にもってくから」
 片し終えた食器とは別にある、まだ料理の載った皿。それは、この場にはいないマグナのためのものだ。いない理由は、寝てるから。
「そう? それじゃあ、お願いね」
 言い残して、リプレは大量の食器を手に台所へと姿を消した。
「マグナは本当に起こさなくて良かったのかい?」
 そう問うてきたのは、トウヤ。
 夕べ、部屋へと案内された時、は彼にだけ言っておいた。――マグナは寝かせておいてほしい、と。
「普通の方法じゃ起きないからね。ナツミより手強いよ、マグナは」
「あたしは自分で起きれるよ、大抵は!」
 今日だってちゃんと起きたじゃん!
 の言葉に首肯で同意を示しているハヤトをひと睨みしてのナツミの主張。それを軽く流し、懐から一枚の折り畳まれた紙を取り出し広げる。
「いつもは起こしてる時間だけど、今日は大目に見ないとね」
「って、コレ、昨日の地図?」
「いや、違う。日本語で何か書き込みがある」
「えっと……『ソレルクの串揚げ、1本2b』……って、何ですか?」
 テーブルの上に広げられた、昨日と同じだけど違う地図に皆が疑問の眼差しを向けてきて。
「ファナンの名物。結構美味しかったのよね~。ちなみに『b』は『バーム』、リィンバウムの通貨で1バーム約50円前後――かな?」
「なんでそんな情報、地図に書き込んでるのよ……」
「え!? ご当地食材の名物食べ歩きが旅の醍醐味じゃないの!?」
 次に訪れた時のためのものに決まっている、と。至極当然に……ちょっと大袈裟に言ってみる。
 案の定四人の顔には呆れの色が濃く出てきた。
「いや……否定はしないけどね……この『月雫(つきしずく)、1本200b。辛口で串カツと良く合う』ってのは何?」
「お酒」
 しばし沈黙。
――――!?」
「あたしは飲まないってば!! 飲酒禁止令出されてるんだから!! マグナのだよソレは!!」
 ぐわしっ、と。物凄い勢いで肩を掴んで揺すってきたナツミに、慌てて注釈を入れる。――流石にちょっと、マジで怖かったから。
「飲酒禁止令って、なんで?」
 確かに未成年ではあるけれど、わざわざ禁止令を出されるとはどういうことなのか。
 そう問うてくる三対の瞳に、溜息をこぼしたのはナツミのほうだった。
「あたし、酔うと上機嫌で暴れる――らしいよ」
「昔……小学生の頃、ウイスキーボンボン一個食べただけで、その辺にある物投げまくってガラスとか割ってた前科があるの」
「あの頃は、ホラ、まだ子供で空手とかそういうものも一切やってなかったから、その程度で済んでたのよねぇ……今だと、数分でこの街壊滅できると思うよ」

「――はっ!?」

 さらりと爆弾発言投下すると、見事に全員が目を丸くして声をハモらせた。
「ま、まじで……?」
「うん。なんせ前回の時、『碧の賢帝(シャルトス)』装備のアティとレックス二人がかりでも止められなかったらしいし」
「君は、はっきり覚えているわけではないのかい?」
「お酒飲んだ瞬間から、アルコールが完全に抜け切るまでの記憶は全くないね!」
 えへん、ぷい。
 意味もなく胸を張って言ってみた。
「ま、そういう理由で、先生方と護人サンたちから飲酒禁止令が出されているのデス。なので、平和に過ごしたいなら、間違ってもあたしにお酒は飲まさないでね♪」
 にっこり笑って警告発信。
 魔剣のことを知らないハヤトたちも、何となくでも危険であることはわかったのか、心持ち蒼い顔をしてこくこくと頷いた。
 とて街を壊したくはないので、気を付けてくれる人は大いに越したことはないのだ。
 前回暴れたのもが進んで飲んだわけではなく、ヤッファの悪戯によるものだったため、お咎めのほとんどは彼に向いたのだし。自身は飲酒禁止令だけだ。
 ……まあ、その後三日も寝込んでしまうことを考えても、自ら飲む気は欠片もないのだが。
「ああ、そうだ……マグナに聞いたんだが、さんは一度この世界から向こうの世界に戻ったことがあるっていうのは本当かい?」
 『前回』の発言から思い出したのか、トウヤが言った。
「あ! そうだったよ! ひょっとして帰るための方法、知ってたりってことは」
「交通事故による臨死体験的にこっち来てた人間に何を求めるの」
 続いたハヤトの言葉を遮って、呆れを多大に含ませた声で答えた。
「あたしがはじめてこの世界へ来た時は、魂だけの状態でよ。肉体は向こうの病院にあったの。召喚術で呼ばれたわけじゃなかったから、帰るのも強制的だった。だから、召喚術で呼ばれた君たちの帰る術を、あたしは知らない」
 僅かに浮かんでいた希望を、一瞬で砕いた。
 酷なように思えるが知らないことは事実だし、何より変に期待させるよりも事実を事実として受け入れさせることのほうが、ずっと大切だから。
 受け入れなければ、前へ進むことも後ろへ退がることもできないから。
「……そうか」
 溜息と共にトウヤが呟いた。
「自分たちで探すしかない、ってことだな」
 その顔は、どこか吹っ切れた感じで暗い影はどこにもなかった。それは、ハヤトもアヤも同じで。
 前へ進むことを選んだ彼らを目を細めて眺めた後、己の心内を悟られないうちに地図へと注意を促す。
「本題に戻るけど、この地図。指先から指の付け根くらいの長さが大体一日で進める距離なんだけど……サイジェントの位置は覚えてる?」
 ハヤトとアヤが正しく指差す。トウヤは紙面に視線を固定したまま、口許に手を当てて考えていて。
「この街から一番近い……村? までは、最低三日はかかる――ってことかい?」
「大正解再び~♪ そ。最低三日は野宿ってコトなのね♪」
 野宿は、日本でのキャンプとは訳が違う。野盗や獣、さらにははぐれ召喚獣なんてものに襲われる危険が常に隣にあるのだ。だから眠るときも警戒していなければならない。
「ひょっとしなくても、昨日の夕方からが爆睡していた理由も?」
「ん~、近いかな。マグナって一度寝ると起こすまで起きないからさ、大抵見張りはあたしの役目でね。寝ないわけじゃないんだけど……一日二・三時間ってのが普通なのよ」
 護衛獣という立場上、未だ未熟なマグナを守るため警戒しっぱなしという理由もある。
 昼も夜も神経すり減らしているような状態が、街の外でのの姿。故に、安全性の高い街中へ入ると一気に緊張が解けて、不足している睡眠を体が補おうとするのだ。
 マグナと旅をした一ヶ月で、否が応にも身に付いてしまった生活リズムだった。
「以上が理由です。とはいえ、そろそろ起こさないと折角の料理が冷めちゃうわよねぇ……」
「あ、あの、地図……」
「見てていいよ。起こしてくるから」
 広げたままの地図を元通りに畳もうとするアヤを制して、はトレイ片手にマグナの眠る部屋へと向かう。
 広間のすぐ隣と言っていい位置にあるため、時間などかかるはずもなく、一応ノックのあと扉を開けた。――案の定というか、毛布にくるまって爆睡しているマグナがいて。
 溜息をひとつついて扉を閉めた。
 誰もついてきたりしていないのを確認してから、扉を離れてトレイを机に置く。それから真っ直ぐにマグナの元へと進んで。
「朝だよ、マグナ。起きて」
 一応普通に声を掛けて肩を揺すってみるが……全く効果がないどころか、身動きすらしない。
 溜息をつきたいのをこらえて、肩に置いていた手で顔にかかっていた毛布をずらす。ついでに髪の毛も多少払いのけて。
「起きなさい、マグナ」
 ふぅーっと。マグナの耳に息を吹きかけながら囁いた。途端に――

「うわああああ――――――――――ッ!!」

 大絶叫。
 崖っぷちスライダーほどではないが、それでも充分に建物内には響き渡ったであろうソレ。事実を告げるように、ばたばたと賑やかな足音が聞こえてきて。
「何があった!?」
「どうしたの!?」
 名も無き世界からの異邦人四人組と、彼らの後ろにレイドとエドスまで雪崩れ込むように駆けつけてきた。
 やってきた彼らに目もくれず、顔を真っ赤に染めて壁にべったりくっついているマグナへと極上の笑顔を向ける。
「おはよう、マグナ♪」
……ッ、この方法で起こすの、やめてくれって、言っ……っ」
「文句があるなら自力で起きれるようになりましょう」
「う……」
「さ、早く着替えて朝食済ませちゃいなさい。折角の温かい料理、冷め切っちゃうわよ」
 苦労して見つけた一発で起こせる方法をやめる気は毛頭ない。……この反応も面白いし。
 満足げに言ってしまって、ようやくはやってきた面々に向き直った。
「お騒がせしてしまって。日常茶飯事ですので、お気になさらず」
 何でもない、と。わかって安堵を見せたり呆れていたり。
 そんな彼らを外へと促し、最後尾に自身も続いて扉は静かに閉められた。未だ真っ赤な顔で硬直したままのマグナを、一人残して。



「ガゼルっ!」
 呼ばれた名。直後に飛んで来た何かを一瞬手にしていた鉈(なた)で斬りかけたが、微かに耳についた音で体が咄嗟に受け取るように動いた。
 動かす度にじゃりじゃりと音を出す、大きさの割に重量のある袋。その中身は――
「――っ、これ……」
「俺たちの宿代。それだけあれば、全員分足りるだろ?」
 やはり金銭。
 投げ寄越したのは、昨日来た客人ということになっている人間の一人、マグナ。
 のほほんとした顔のくせに、片手には何故か剣を持っていて。ガゼルは訝しげに目を細めて警戒する。
「……何のつもりだ?」
「だから、宿代だって。寝床を貸してくれて、あったかい食事まで出してくれたんだ。それは当然の代価だろ? あとは……お礼、ってコトで」
「礼だと……?」
「ああ……すごく懐かしい夢を、見せてもらったから……」
 目を伏せて穏やかに微笑む様は、本当に嬉しそうで……そこに偽りはないように思えた。
 ――けれど……
 ガゼルはマグナから目を逸らす。
「ケッ、何でも金で解決するたぁ、流石は召喚師さまだよなあ?」
 彼が召喚師だと名乗っていたのを、密かに聞いていた。だから……だからこそ、認めたくはなかったのだ。
 マグナの好意が、優しさによるものではなく、優越感による自己満足である――と。そう思いたかった。
 なのに。
「うん、まあ、そう言われるような気はしたけどな……ココにとって一番必要なモノだろ?」
「てめえに何がわかるってんだ」
「わかるよ。俺も孤児院で育ったからな」
 予想だにしなかった告白に思わず振り返ったガゼルとは反対に、今度はマグナが視線を逸らしてどこか遠くを見つめた。
 高く天を仰ぐ彼は、どこか悲しげに見えて――酷く、戸惑う。
「何、言ってやがる……おまえ、召喚師だろうが!」
「平民出の召喚師だっているんだよ。そしてそのほとんどが、召喚師になりたくてなるわけじゃない……少なくとも、俺はなりたくなかった。あのまま……あの孤児院のみんなといたかった」
 風が吹く。
 髪を、頬を撫でていく。悲しみを……思い出を、運び去るかのように……
 ――迷う。惑う。認めたくはないのに。これ以上話したら、認めてしまいそうだった。
 いっそのこと、逃げ出してしまいたい。そうまで思い始めたガゼルにとっては、救いの手が伸べられる。
 不意に台所への扉が開かれて、黒髪の少女が一人顔を出した。
「マグナ、リプレの許可はもらえたよ」
 そう言ってきたのは、マグナと共に来た客の一人、
 彼女の登場に、マグナは何故か疲れたような顔になって。
「本当にやるのか、
「当たり前でしょ。時間も機会も無駄にはしません」
「だからって、こんな狭い場所でやらなくても……」
「狭いからいいのよ。如何に周囲に被害を出さずに戦うかの、いい訓練になるじゃない。この前みたいに崖っぷちで大技使われて自滅しかけるなんてこと、何度もやられちゃ命がいくつあっても足りやしない」
「もうしないって……」
「口約束は信用に価しないのよ。人間、実際にその状況におかれて取る行動っていうのは、過去の経験による咄嗟の判断と常日頃から考えていることによるんだから。『反魔の水晶』」
 反論を全て封じたは、最後に何かの名を呼ぶ。すると、ガゼルの前に昨日一瞬だけ見た巨大な水晶――魔障壁が光と共に現れた。
「この場所しばらく借りるわ。怪我したくなかったら、その水晶の前には出ないこと」
 こちらの許可など窺うこともせず忠告だけすると、は庭の中央へと進んでいく。諦めの溜息をついてその後に続く直前に、マグナは申し訳なさそうに言った。
「悪い。少しの間、貸してくれな」
 二人中央で向かい合うと、マグナは姿勢を正して頭を下げる。
「お願いします」
「お願いされます」
 くすくすと笑っている楽しげなと、真剣な面持ちのマグナ。マグナは手にしていた剣を構え、そしては――手ぶらで来たはずが、いつの間にか剣を持っていて。マグナと同じように構えた。
 しばし、睨み合う二人。
 思わず固唾を呑むガゼルの前で、マグナが先に地面を蹴った。

 振り下ろされたマグナの剣を、は下から斬り上げた剣で易々と弾いた。次の横薙ぎは縦に立てた刃で、下からの斬り上げには横薙ぎで防いだ。
 何度か斬り結ぶうちに、変化が現れる。
 はじめ、仕掛けていったマグナのほうが当然ながら優勢に見えた。易々と防いではいたがは防戦一方だったから、そう見えたのだろう。
 しかし、徐々にが斬り込む回数が増え、互角になり、そして今は完全に形勢は逆転していた。
 それを確定するかの如く、それまで斬り結んでいた場所からマグナが大きく吹き飛ばされる。
「――ッ、『クロ』っ!!」
 叫ぶように呼んだ名。光、歪む空間、現れた人に非ざるモノ――召喚獣。
 召喚獣、クロは手にしていた葉でできた団扇を大きく振った。
「『狐火の巫女』」

 ――バンッ!!

 の周囲に発生しかけていた竜巻は、大きな火柱となって消えた。
 一瞬の出来事。
 余波の残るその場から駆け出したは、そのままマグナに斬り掛かる。
「クロ!」
 の剣を受けたまま、再び呼ばれた名前。けれど、上空に待機していたクロは戸惑いを見せたまま、首を横に振って。
「なんで!?」
「馬鹿ね。今のあの子の力じゃ、この状況だとマグナまで巻き込むでしょ」
 くすっ、と。笑って囁き、は力を加える。
 押し負ける前に、自ら退くマグナ。
「『ロックマテリ――』」
 次の召喚術を使おうとして、マグナは口を噤んだ。その隙を見逃してくれるほど、は甘くはないようで。
「『シャインセイバー』」
 降り注ぐ五本の光る剣を、地面を転がるようにしてギリギリかわす。そして、対なる召喚術を行使した。
「『ダークブリンガー』!!」
 現れ降り注ぐは、闇を孕む五本の剣。しかしは真っ直ぐに落下地点へと踏み込んで――

 ――ガガガガガッ! ギィンッ!!

 地面に突き刺さった剣は、一本だけ。それはマグナが手にしていた剣。
 降り注ぐはずだった闇の剣は、全て空中で光の剣によって止められていて。
 そして、ひたり、と。マグナの喉元に当てられている、の剣の切っ先。
 ――勝負、あり。

「ま、負けました……」

 白旗を揚げて、実戦は終了。切っ先がよけられたのを確認して、マグナはその場に座り込んで肩で荒く呼吸を繰り返していた、が。

 ――スパアァンッ!!

「いったあ!!」
 響くハリセンの小気味いい音と、悲鳴。
 悲鳴はマグナのもの。とくれば、当然ハリセンを持っているのはで。彼女は手にしたハリセンで、ビシッとマグナを指す。
「型は覚えたくせに、なんで実戦で崩れるのよ!!」
「そんなこと言ったって……え~っと、応用?」
「応用すべき基本がなってなくて何をどう応用するっての!!」
「うわっ。ネスと同じこと言う」
「当たり前でしょ! 常識よ常識!! 基本を保てば型の応酬で押されるなんてことはないのよ! そういう風に相手してるんだから!!」
 ――スパァン、ともう一音。
「それと状況判断が甘い! 建物の側にいたあたしに向かってロックマテリアル呼ばなかったのは、まあ合格にしてあげてもいいけど、本来は言葉に出す前に気付かないとダメよ。理由は……わかってる?」
「隙ができるから?」
「それもある。でも、もっと大切なことは、相手――即ち敵に、自分が気にかけているものを気付かれないためよ。それは地形だけじゃない。守るべき相手、仲間も含まれる。マグナがもし戦えない者を守りながら戦っている時に、それを敵に知られたらどうなると思う?」
「――戦えない者が、狙われる?」
「そうよ。フェアに戦ってくれる敵なんて、まずいないと思って間違いはないんだからね。マグナは守るための強さを求めてるんでしょ。だったら尚のこと、巻き込まない戦い方をしなくちゃいけない」
 おどけた調子は消え、真摯に頷くマグナ。
 それを満足げに見て、はさらに続ける。
「それから召喚術だけど……まだまだタイミングが遅いわね。シャインセイバーはかわすんじゃなくて、ダークブリンガーで相殺しなきゃ。あたしが自在にシャインセイバーを操れるの知ってたのに、送還したのかどうかの確認もしないからああなるのよ」
「うぅ……」
「クロもよ。召喚獣も含めて仲間の実力把握も重要で不可欠。それと、用が済んだ召喚獣はすぐに送還しなさい。通常召喚で呼び出したものをこの地に定在させるには、時間に比例して魔力を消耗することになるんだから」
 今現在、この場にいる先程呼ばれた異界のモノは、マグナが呼び出したクロとダークブリンガーのみ。他は既に、いた形跡すら残さず消えている。狐火の巫女など、その姿すら見せることはなかった。
「うん……それは、わかってるんだけど……」
「けど?」
「それって、なんか、クロたちを道具扱いしてるみたいでイヤなんだ」
 とりあえず、ダークブリンガーだけは送還したマグナの言葉に、は盛大な溜息をついてクロを手招きする。
 招きに応じたクロを腕に抱き、座り込んでいるマグナと視線を合わせるように屈んで。
「あのね、マグナがあたしたちのことを道具だとか下僕だとか思ってないことは、みんなちゃんと知っている。だからすぐに帰されたって道具扱いされたなんて誰も思わないよ。ねえ?」
「はい。むしろ、自分の力不足が原因でマグナさんが不利になったり……傷付いたりすることのほうが辛いんです」
 ついさっき、実際あまり役に立てなかったクロに言われ、マグナはじっと彼を見つめたあと。
「……ごめん」
 小さな、けれどはっきりとした謝罪の言葉。
 安堵したように微笑むとクロ。
 流れた暖かな雰囲気のまま、終わ――らないのがという人物。
「二度とこんなおバカなこと言い出さないように、お仕置きは必要よねぇ……」
 ニヤリ、と。意地の悪い企み顔になった彼女の言葉は、瞬時にマグナを石化させた。
「な、な、な、なに……?」
「ん~、今回一番心労を被ったクロりんに頼もっかな~♪」
「マグナさんに術はかけれませよ」
「そんな力技じゃないから安心して♪」
 だりだりだりと汗を流すマグナの前で、はクロに何事かを耳打ちする。クロはきょとんと小首を傾げて。
「それだけ、なんですか?」
「そそ♪ 試してごらん♪」
 抱っこから解放され、クロは身も軽く己が召喚主の傍に降り立つ。そして、上目遣いにマグナを見上げて。
「今度からはちゃんと、ご自分の安全を第一に考えてくださいね、ご主人様」
 マグナ、撃沈。
 突っ伏して地面と交流を深めている彼が、がばりと身を起こす。その顔は、見事に真っ赤。
! なんで教えるんだよ!!」
「だって、本人が徹(こた)えることじゃなきゃお仕置きにならないでしょ? ね、マスター?」
「わあ――!! わかったからもうしないからやめてくれ――!!」
 耳を塞いで完全降伏体勢。
 何故ここまでするのか……その理由を知っているのは、本人の他はだけだろう。クロは大きな瞳を更に丸くしている。
「ホントに効いてる……」
「ね、言った通りでしょ♪」
「はい……確かに、ちょっと面白いかも……」
「クロぉ――!?」
 涙目になってマグナが叫ぶ。
 あまりにも情けなく、哀れなその姿に、とうとうガゼルは耐えられなくなって。

「あはははははははははは――――――っ!!!」

 大爆笑。
「信じらんねえ! 自分の召喚獣にコケにされてる召喚師なんて、聞いたこともねえよ!!」
 笑いは止まる気配を見せず、腹を抱える。腹筋が痛い。
「笑われたじゃないか!?」
「マグナが面白すぎるからでしょ」
「俺のせい!?」
「あははははっ、ひぃー、腹いってえっ!!」
 もう本当に笑うしかない状況。
 意地を張っていた自分が、馬鹿らしくてしょうがない。
 一頻り笑ったガゼルは、改めてマグナに向き直る。
「信じてやるよ、マグナ。おまえは、オレの知ってる召喚師とは、全っ然違うみたいだからな」
 きょとんと間抜け面で見返してくる青年は、ガゼルの知る『召喚師』の姿とは全く異なっている。変、ではあるが、偉そうに他者を見下したりはしていない。
「おまえが辛くないってんなら、いたいだけいればいいさ」
 マグナなら、ちゃんとわかっている。大切なことは何で、何が必要であるかを。
 知っているからこそ、裏切らない。
 それは、確信。
 ふにゃ、と。マグナはガゼルに向かって嬉しそうに笑って。
「ああ。ありがとう、ガゼル」

 自分と、同じ『におい』をまとう青年。
 それが、ガゼルが初めて信じた召喚師――