「ったく……なんでオレが付き合わなきゃならないんだよ」
リプレに街の案内がてらと誘われた買い物。その荷物持ちに半強制的に任命されたガゼルが不機嫌さも露に愚痴をこぼした。
全く乗り気ではなく嫌々だというのが一目でわかる有様だ。
それもののはず。
『召喚師嫌い』である彼にとって、ハヤトたちは忌み嫌うべき存在――召喚師だと思われているのだから。
――けれど。
「いいじゃない。どうせ特に用事があるわけじゃないんでしょ。ボディガードの代わりぐらいしてくれたって、バチは当たらないわよ」
「へいへい」
「それに俺としては、あえて危険なトコを知ってそうなガゼルがいてくれたほうが安心できるし」
「……嫌味かよ、マグナ」
「違う違う。マグナってね、何故か危険な裏路地とかスラム街とかに迷い込む癖があるのよ」
「う……」
「しかも、あたしがほんの一瞬目を離した隙にね」
「うう……」
「自分の身を守れるかも危うい時からずうっと変わらないの。何故かしらね?」
「ガキん時の習性じゃねえのか?」
「何気に酷いこと言ってないか、ガゼル……」
「事実だろーが」
「そうねえ」
「う゛うぅ……」
正真正銘の召喚師であるマグナに対しては、ガゼルから刺々しい雰囲気は出ていない。
「召喚師嫌いの割には、マグナに対しては普通に接しているように見えるな」
「そうですね……わたしたちには、怒って話も聞いてくださらなかったのに……」
「十中八九、が何かしたと見た」
そのことに対するハヤト以外の感想はこんなもので。
そしてナツミの予想に当たりを告げるような会話が出てきた。
「よお、っつったか? 確かにこいつからかうの面白えな」
「でしょお?」
「そこぉ! さり気なく結託しないでくれ!!」
「結託だなんて、人聞きの悪い」
「ただの素直な感想だぜ?」
「そもそも、面白い反応を返すからじゃないのよ」
「言えてる」
「う゛うぅ……」
完全に打ち解けている三人の姿は、古くからの友人同士にすら見えた。
だが、こうなるのに何事もなかったわけではない。それを、四人の中ではハヤトだけが知っていた。
庭での遣り取りの一部始終を、広間の窓から見ていたから。
「マグナは、すごいな……」
誰にも聞こえないほどの声で、ハヤトは呟いた。それは、素直な想い。
マグナは、すごい。目に見えるところだけで判断せず、その裏にある真実を見抜いた。即ち、粗野な態度の奥に隠されていた、ガゼルの優しさを見つけたということ。
自分には――できなかったこと。
彼の態度に怒りを覚え、それを外に表わさずとも、自分の都合だけを押し付け相手を知ろうとはしなかった。
育った環境の差だとか、そんなことが問題なのではない。
しようとさえしなかった、ということが――
――ベシッ。
「たっ!?」
いきなり後頭部を叩かれて思考が途切れた。
叩いてきた人物へと目を向ければ、手をそのままに横目でこちらを見ている従姉がいて。
「悪い癖」
咎めるような視線と口調。
ふぅっと、知らず力を入れていた肩から溜息と共に力を抜いて。
「わかってる……ありがとな」
「ん」
頷き、もう随分と先へ進んでいる仲間たちのほうへ歩き出すナツミを見送って、ハヤトはもう一度溜息をついた。
そうして気持ちを切り替えてから、自分も後を追って小走りに進んだ。
目の前に広がる光景に、アヤは言葉をなくしていた。
本来なら、決して目にすることがなかったものが、今、ある。そのことが、信じられないような、信じたくないような、そんな想いで。
「うっわ~……なんかホントにゲームの世界って感じだなあ……」
アヤの言葉を封じている光景に対し、彼女とは正反対に声を弾ませているのはハヤト。彼だけではなく、トウヤも、そしてナツミも興味津々といった体で、周囲を見渡している。
壁や棚に整然と納められている様々な形状の刃物――武器を。
「でもコレ、どうやって選べばいいんだ?」
「大抵は予算内で自分に合うものなんだけど……ハヤトたち、真剣って使ったことないんだよな?」
「あるわけないって」
「銃刀法って法律があってね、刃物を持ち歩くこと自体が罪に問われるような国だったから」
マグナの確認にハヤトが頷き、トウヤが後を続ける。その言葉に、リプレは軽く瞬きを繰り返して。
「それって、平和だってこと?」
「そうだよ」
「少なくとも、今まで生きてきて命の危機を感じたことはなかったよ」
そう……確かに犯罪は多くあるし、交通事故などの危険なこともある。それでも、護身用に何かを携帯しなければいけないような、人為的な悪意のあることなど――普通に生活していればないことだったのだ。
「でも、ここではそうはいかないからね。街の外は勿論のこと、中でも安心はできないから。自分を守るのは自分だと思っておいたほうがいいよ」
ハヤトたち四人に向けて言ったのだろうの言葉は、アヤの上に酷く重くのしかかった。
「……で? 結局何にすればいいの?」
「ん~……無難なのは一番軽い長剣、かなあ?」
「ハヤトとトウヤはマグナに任せるよ。ナツミとアヤはこっちね」
の招きに応じるナツミの背を、アヤは見ていた。その後を追うことが、できなかったから。
置いていかれないように追おうとする気持ちは確かにあるのに、足がいうことをきいてくれなかった。
重くて……まるで床に縫い付けられたように、微動だに、できなかったのだ。
「アヤ?」
すぐ近くで名前を呼ばれ、ビクリッと顔を上げる。戻ってきたのかナツミとが自分を覗き込んでいて。そして、ナツミの手にある鞘に入った一本の短剣が目に映って、知らずアヤは胸の前で手を握り合わせた。
「アヤ、刃物が怖い?」
再び俯いてしまった顔を上げれば真剣な目をしたがいて、アヤは素直に頷く。
「じゃあ、コレね」
そう言って差し出されたのは、一本の棒。よく見れば、先端には水晶のような透明な球体がついている。いわゆる、杖と呼ばれるもの。
「これ、は……?」
「召喚師用の杖よ。別に召喚術を使う以外にも使い道はあるからね」
槍のように長さも重さもなく、刃もついていないから、女性でも扱いやすいもの。元々が大して体力・腕力のない召喚師の魔力の補助・増幅目的に作られたものだから、当然のことではあるらしい。
「杖術って聞いたことない? 遠心力を利用した武術で、力の弱い女性でも悪漢から身を守れる――とかって謳い文句だったような……?」
「あ……はい……聞いたことは、あります」
「うん。それと同じことよ」
「――え?」
「刃物を持つ者を相手に、如何に自分を守っていくか……他人を傷付けるためじゃない。相手もなるべく傷付けずに自分を守る術――それが、あたしが君たちに教える戦い方だから」
恐怖心をなくせとは言えないけど、そんなに怯える必要はないよ。
優しく、けれど力強い言葉に、受け取った杖をアヤは握り締めて。
「……はい……ッ! お願い、します!」
深く、頭を下げた。
さて、どうしたものかな――と。目前の状況をトウヤは眺める。
リプレたちの好意による自分たちのための買い物の後、一通り街を案内されて戻ってきた繁華街。そこで、この街の北側のスラムにいるというならず者にからまれてしまったのだ。
ドラマなどでよく見る演技と同じことを本当にやってるんだな、などと思っている間に、短気らしいガゼルがあっさり乗せられて。
あわや戦闘かと思われたその時――後方にいた二人のならず者が、短い呻き声を発してその場に崩れ落ちたのだった。
そして、視界を掠めた動く影。
最もこちら側にいた残りの一人が背後の異変に振り返った隙をついて、その影は先の二人と同様にならず者を地に伏させていた。
ほとんど一瞬の出来事。
戦闘体勢でいたガゼルも唖然として、ただ眺めている。
ならず者をのして、この場の全員から言葉と動きを奪った張本人たちはというと……
「マーグナ。鳩尾(みぞおち)より首に手刀落とすほうが顔見られずに済むし楽だって言ったでしょ」
「加減が難しいんだよ、首は……」
然も当然といった体でこんな会話をしつつ、気絶させたならず者を引きずって通行人の邪魔にならない壁際へと運んでいっていた。
その場慣れした様子に、ある意味この二人自身トラブルメーカーなのかもしれないな、と。
トウヤは今後に対して、僅かばかり不安を増していた。
「しかし、まずいことになっちまったな」
「ああ、そうだな」
夕食後、昼間の出来事を聞いたエドスとレイドが渋面で呟いた。それを聞いたガゼルは悪態をつく。
「ケッ! あいつらがオレらを目の敵にしてるのは、今に始まったことじゃねえだろ?」
「だが、今まではそれだけで済んでいた。恐らく連中は、今日のことを口実にして直接手を出してくる気だろう」
「ワシらだけが狙われるのならまだいいが」
「え……まさか?」
よく事情がわからず傍観するしかなかった客人六名だが、エドスの言葉にはつい口を挟んでしまう。当の本人は客人たちを見渡し、苦々しく答えた。
「ああ、奴らは女子供であろうと容赦はせん。そういう連中なのさ」
異界から来たばかりの四人は、皆一様に表情を曇らせた。
『安全』というカゴの中で暮らしてきた彼らにとっては、慣れるまで時間がかかるだろう。けれど、それを待っている時間も、今はない。
「あの……その人たち、『オプテュス』って、どんな人たちなんですか?」
四人の中では恐らく一番早くに覚悟を決めたらしいナツミが、意を決したように訊ねた。
レイドたちは顔を上げ、順番に説明してくれた。
曰く、頭目の名前はバノッサといい、繁華街を中心に活動している犯罪集団であること。スラムの支配者を気取り縄張り拡大のため、以前からここ『フラット』にちょっかいを出してきていたこと。狡賢さと執念深さは半端ではなく、とにかく相手にするには面倒だということを。
説明を聞き終えて、の口からは嘆息がこぼれ出た。
「この手の奴らってのは、どこ行っても消えないものよね……」
「こういう奴らが出てきたり、取り締まれない治安体制も悪いんだけど、結局それで苦しむのは、いつも最も弱い者たちなんだよな……」
街を治める者たちには、一番下にいるものは見えないことが多い。また、見ようとしない者や、見て見ぬ振りをする者もいる。
すべては自分の利益のためだけに。
悲嘆を多大に含んだマグナの言葉が、広間に静寂を呼んで。
「マグナ……」
誰かが彼の名を呟いた、刹那――
「ち、ちょっと!? あんたたち、一体何のつもりよっ!!」
静寂を割って響いたリプレの叫びが、オプテュスの襲来を告げた。
「うわっ、ネスより白い人がいたよ……」
外へ出て真っ先に目に付いた人物に対して思わずこぼした感想は、幸いにも相手には届かなかったようだ。
白い男――件のオプテュス頭目・バノッサはレイドたちに目を向けたまま話を進めている。
「聞けば俺様の子分共を、随分とかわいがってくれたそうじゃねェか」
「話が誇張されてるわね」
相手の言い様にが呟く。
喰らわせたのは一撃だけな上、自分たちの顔は見られてはいないはずだ。だからフラットのメンバーがやったという証拠はないはずなのだが。
「因縁が付けられれば何でもいいってことだろ」
僅かに嫌悪感を含ませたマグナの言葉通り、こちらの言い分など全く聞く気のない対応。……誤魔化そうとしないあたり、ガゼルの根の素直さが出ているのは割愛して。
「……何が望みだ?」
「事の張本人を俺様に引き渡しな。今ならそいつの始末だけで勘弁してやる」
……嘘八百。
それで本当に終わらせる気など毛頭ないのがわかりきった言い方に、マグナとは同時に嘆息した。
「断る、と言ったら?」
「クククッ、言われなくても手前ェならわかるだろう? それなりの覚悟はしてもらうぜェ」
チラッと、目を向けてきたに、マグナは軽く頷く。
そして二人同時に手を上げた。
「はーい、あたしが手ぇ出しました~」
「右に同じく」
「! マグナ!?」
驚いて振り返るエドスの横を通って一番前へと進み出る。すると、はじめて自分たちに気付いたらしいバノッサが品定めでもするような視線を向けてきて。
「ん? 見かけん顔だな」
「そりゃそうよ。昨日この街に来たばかりの旅人だもの」
「で、たまたまここで宿を借りてただけって話なんだよな」
「だから、お礼参りするならちょーっと相手が違うんじゃないかしら?」
余裕綽々の態度が気に入らないのか、バノッサは不機嫌そうにしばらく睨んできたが、やがてニヤリと嫌な笑みを浮かべて。
「いいだろう。手前ェらがそう言うなら、そういうことにするさ。さあ、来てもらうぜ!」
ざっとバノッサを中心にしているならず者たち。彼らの中心へと一歩踏み出した時、ぱしっと力強く掴まれた腕。
「……待てよっ! 何を三人で勝手に話を進めてんだよ!!」
「ガゼル……」
腕を掴んで引き止めたガゼルとは反対側から、今度はエドスが一歩前へと出て守るように大きな片腕を伸ばす。
「こいつらはな、ワシらの大事な客人なのさ。無断で連れて行かれるわけにはいかんな」
「私たちはまだ、おまえの要求に従うとは言っていない。付け加えるなら、従うつもりもない!」
さらにレイドも後を続けて……そして後から肩を叩かれる。
「おれたちとの約束、忘れたわけじゃないだろうな?」
「僕たちが帰る方法を探すこと、手伝ってくれるんだろう?」
ハヤトとトウヤがマグナに囁く。
「わたしに傷つけない戦い方を教えてくださるんですよね? その前にいなくなられては困ります」
「いくら平気だってわかってても、こんな形で離れるのは絶対イヤだからね!」
そしてアヤとナツミがに言った。
マグナはと顔を見合わせて、ふっと苦笑した。
「平気なのに、お人好しがいっぱいだなあ……」
「人のことは言えないけどね」
皆が決意を固めた丁度その時、バノッサが吠えて戦闘開始の合図となった。
「アヤ、怖くても目を逸らさないで相手の動きを良く見てね。他の三人も、相手を倒すことよりも、攻撃を避けることを考えて。そして一人だけに絞らないで周囲をよく見て。死角をなるべく減らすようにして」
戦闘初心者の四人組にとりあえずの指示を出す。
初戦が乱戦というのはかなりきつい。本人よりも、それを援護する者のほうが。
ばらばらにならずにいてくれればいいのだが、相手もかなりの頭数を揃えてきているから楽観はできない。
しかも……
「、俺、アレ試してみたいんだけど」
頭痛の種を増やしてくれる、この召喚主にして現生徒。
「いきなり実戦は無茶が過ぎるわよ」
「でも、この数でこのメンバーじゃあ、必然的にレイドさんに頼りっきりになっちゃうだろ?」
流石に一人では体力的にも無理がある。おまけに……
「バノッサって、二剣使いみたいだしな」
二刀流は修得できれば大きな戦力になることは、自身がそうなので良く知っている。敵がそうであった時の厄介さももちろんのこと。
迷いは数秒。
「危険だと判断したら手を出させてもらうからね」
「りょーかい」
大きく溜息をついて、前線へ向かうマグナを見送った。
そして、すぐに思考を切り替える。戦闘はもう始まっているのだから。
得物を手にし、向かってくるならず者を一人ずつ確実に沈めていく。
とにかく、アヤたち四人の元へ行く敵の数を減らさなければならない。けれど、召喚術は――最後の手段。街中での召喚術の使用は、後々面倒なことになるから。
となると、体ひとつで減らせる数など高が知れているのだが……
「トウヤ、左!」
「わかってる!」
「右後方です、ハヤトくん!」
「おう!」
ナツミとアヤが全体を見渡し、ハヤトとトウヤの死角をカバーしていた。
どうやら彼らは彼らなりに最善と思える方法を見つけたようだ。
少しは心配事が減ったことに僅かばかり安堵し、もうひとつのほう――マグナの様子を窺おうと、向かってきた男を手刀で沈めて視線を向けた。
レイドが周囲の敵を散らし、マグナが一人でバノッサの相手をしているのが見える。今のところは問題はなさそうだ。
けれど、油断も楽観もできる状態ではないのは変わりがないので、とにかく一刻も早く敵を一掃しよう、と。
また一人、やってきた男の攻撃をかわそうとした、その時。
「な……ッ!?」
足を、掴まれた。
先に倒した一人への攻撃が甘かったのか、もう意識を取り戻してしまったらしい。
かなり強い力で掴まれているため、簡単にははずせそうにない上にその時間もなかった。
「ひひひ、死ねえ!!」
「誰が!」
迫る剣を交差させた小太刀で受け止める。だが、力は明らかにこちらが下。通常でさえいつまでも持つものではないというのに、今は片足も封じられていて。
その、封じられていた足を。
「しまっ……!?」
思い切り引っ張られ、体制を崩されてしまった。
「さん!?」
アヤの悲鳴。浮遊感。狂気に歪んだ男の顔。きらめく刃。
「だめええぇぇぇ!!」
「やめろおぉ!!」
そして、二人分の叫びと共に、まばゆい光が周囲に満ちた。
――何故だ。
バノッサは思う。
手下と戦り合い体力の削れたレイドという騎士崩れに止めをさしてやろうとした時、それを止めた旅人だという少年。
小手調べに遊んでみたところ、不可解なことが起きた。
相手の得物は大剣一本。大して己は二剣。
片手で繰り出した攻撃を受け止めれば、もう一方の剣を相手はかわすしか道はない。そうやって今まで相手を翻弄してきた。
なのに、今、目の前にいる少年はかわさなかったのだ。
かわさなかったのに、バノッサの剣は少年を傷つけることはできなかった。
確かに相手の武器は片手で封じていて、少年はそれを動かしてはいないのに。
何かに、弾かれた。
一度や二度ではない。何度やろうとも同じ結果なのだ。
理由がわからず、苛立ちが積もる。
「手前ェ……一体何しやがった!?」
「さあ……なんだろうな?」
悠然と笑みを浮かべて少年は言った。
その態度が、余計に癇に障る。
さらに幾度か、少年の手の内を暴こうと斬り結んでいた時――急に、強烈な光が目を灼いた。
「なっ……」
「ダメだ……」
その、光に。少年は完全にバノッサに背を向け、斬ってくれと言わんばかりに無防備を晒した。
けれど。
バノッサにとって、今はそれはどうでもよかった。
「これは、まさか……!?」
この光を、バノッサは知っていた。
自然の光でも、人工の光でもない、それ。
魔力の、輝き。
それを発しているのは……またも見覚えのない少年少女。
「ダメだ。このままじゃ、暴発する!」
――何故だ。
少年の言葉を確かに聞きながら、湧き上がる憎悪の中でバノッサは疑問を抱いていた。
「何よこれ!」
自分の体から放たれている光に、ナツミは叫ぶように言った。
体の芯が酷く熱い。
アヤが発した光を浴びた時よりも、もっと熱くて、そして今にも爆発してしまいそうだった。
「うああ、あっ!」
近くでは、自分と同じように光を発し、そしてそれを持て余しているハヤトがいて。
「なんで!?」
熱をやり過ごしたくて胸元を掴んで、初めてその存在に気付いた。
自分の体の内と同じように熱くなっている、小さな石に。
「どうして……どうすればいいの!?」
方法もわからず意志だけで押さえているのは、もう限界だった。
このままでは……
「二人とも落ち着いて! 心を乱さないで! 持っている石に意識を集中させて!!」
最悪の予感が脳裏を過(よ)ぎった時、それを打ち消すようなの声が響いた。
無事だということが安堵を呼び、素直に彼女の指示に従う。
手にしっかりと石を握って集中すると、体の熱と石の熱とが溶け合うように一体化した。
そして、より一層膨らんでいく熱――けれど、爆発してしまうそうな危うい感じはない。
「呼びかけるんだ! 石を通して繋がる先の世界へ! 来て欲しいと願うものを強くイメージして呼びかけるんだ!」
今度はマグナが教えてくれた。
強くイメージする、欲する力を持つものを。
――力を。
「ちからをかして!!」
傷つけるためではなく、守るための力を。
「応えてくれ!!」
何かを、守れる力を――……
声に応え、ふたつの光の球が中空で弾け飛ぶ。
その、中から。現れた、異界の者。
ひとつは、三角帽子をかぶった可愛らしいオバケ。それはに襲いかかろうとしていた男の周囲をぐるりと回り、なにやら霧のようなものを作り出した。その霧に包まれた男はその場に倒れこむ。
もうひとつは、美しい乙女の姿をした人魚。彼女が手にした竪琴を弾き鳴らし澄んだ歌声を響かせると、バノッサ以外の立っていたならず者がすべて地面に倒れ伏した。
驚き、仲間たちは倒れた者たちの様子を窺うが、全員ただ眠っているだけだった。
「……これが、あなたの力……?」
眠っているだけ、と。そう聞いて、ナツミは宙に浮く人魚に問いかけた。人魚はやわらかく微笑みを返してきて。
――そう、貴女が望んだのでしょう? 傷つけることなく、大切なものを守りたい、と……――
音として耳に聞こえるのは全く理解できない言葉なのに、不思議とそう言っているような気がした。
もう一度周囲にいるならず者を見渡し、ナツミは頷く。
「うん……そうだね……あたしが、望んだんだ……」
そうして人魚を振り返り、笑った。
「ありがとう、『セイレーヌ』」
何故かすんなりと出てきた名前を口にすると、人魚は笑みを浮かべたまま緑色の光に包まれ、そして消えていった。
ハヤトのほうも同じようにオバケは光と共に消えていって。
手の中には、透明度の増した石が残っていた。
「召喚術……」
人魚の歌声によって妙な脱力感に襲われながらも、必死に抗いながらバノッサは苦々しく呟いた。
そして渾身の力で、今度こそ背を向けたままの少年に斬りかかる。
気付いた少年が振り返るが、間に合う距離ではない。斬れる――と、思ったのだが。
――ガキィン。
バノッサの剣は二本共、光り輝く五本の剣によって止められていて。使い手のいないそれに、バノッサは体ごと弾き返されてしまう。
「それが俺様の剣を止めていたものか!?」
「そうだよ。もっとも、俺が使ってたのはこっちの黒い剣一本だけだけどな」
少年の言葉通り、夜の闇に紛れるようにして漆黒の剣が一本、彼の傍らに浮いていて。
「それも召喚術だな……手前ェ、召喚師か!!」
「……一応な」
キラリ、と。光を放って使い手のいない剣がバノッサへと向く。
自分の置かれている状況を理解できないほど愚かではない。
「退け。勝負はついた」
五本の剣の奥で、少年は言った。酷く冷めた眼差しを向けながら。
バノッサは唇を噛み締め、近くで眠りこけている手下を蹴り起こすと、一言「退くぞ」と言った。
最後にもう一度少年を睨みつけて。
「忘れねえぞ。俺様に盾突いたこと、絶対に後悔させてやるからなァ……!!」
相手の言葉も聞かずに、その場を早足で立ち去った。
眠っていたならず者も全ていなくなった南スラム。
全員が安堵の息をつく中、魔力の使い過ぎによる疲労から座り込んでしまっているナツミとハヤトを見てマグナは呟く。
「危なっかしいなあ、もう……」
それを聞き咎め、は一蹴する。
「……言っておくけど、人のこと言える立場じゃないからね、マグナは」
「うぅ……」
その普段通りの遣り取りに、一難去った安堵も相俟って、笑い声がその場に響いた。