仮 面 舞 踏 【 月 影 の ジ ル バ 】
第 1 曲
5・力の在り方

 かざした手の下、淡い光に包まれた傷口はまるで巻き戻しの映像のように見る見るうちに塞がっていく。
 僅か数秒。
 完全に癒えたことを確かめるように腕を動かしながら、それでも信じられない面持ちでいるガゼル。
「すっげ~……ホントに治ってるぜ。痛みもねえ」
「『ストラ』と似ていたようだが……」
「アレとは別物らしいですよ。ほかに怪我した人はいない?」
 レイドの疑問をあっさり答えて、ガゼルの腕の切り傷を癒した本人――は他へと目を向ける。
 ガゼルのほかは……それぞれに弱点を補いつつ戦っていたようだし、ナツミが呼んだセイレーヌのおかげで早く終了したこともあって、特に怪我と呼べるものを負った者はいなかった。
 ぶっちゃけて言えば、が一番重傷だった。傷自体はナツミとハヤトが魔力を暴走させている間に既に完治していたが。
 情けない話だが、やはり『守り』を前提とした戦いはかなりきつかった。
 アティとレックスは生徒四人を守りながらよく戦えたものだと、改めては感嘆した。
 とにもかくにも。
 怪我の治療も済んだことで、本題へと入る。
 議題は、オプテュスとの完全対立における今後の対策について、らしい。
「既に済んでしまったことを言っても仕方がない。問題はこれからのことだな」
「ああ、そうだな。いざ何かあった時に、ここにいるのがガゼル一人じゃ心細い」
 エドスの言葉に、ガゼルはなにやら企み顔。……何となく、何を考えているのかはわかるが。
「おいおい、エドス。一人じゃねえだろ? ここに六人もいるじゃねえか」
「……ほへ!?」
「おれたちか!?」
「他に誰がいるんだよ」
 案の定。とマグナは別段驚くこともなく傍観することにした。
 エドスは腕組をして異界人のほうを見つめて。
「むう……確かにさっきの戦いっぷりなら、留守を任せても大丈夫だろうな」
「だろ!? おまけに召喚術までついてるんだ。百人力じゃねえか」
「おいおい、みんな。彼らを困らせるんじゃない。彼らには元の世界に戻るという目的が……」
「何のアテもなしにか?」
 勝手に盛り上がる二人をたしなめようとしたレイドは、けれど逆に言いくるめられてしまう。
「帰る方法が見つかるまででいいんだよ。マグナだって急ぐ旅じゃねえんだろ? なあ、ダメか?」
 懇願の眼差し。
 護衛獣という立場上決定権を持たないは、何も言わずに主であるマグナに全てを委ねる。
 マグナは笑みを浮かべたまま、ガゼルに答えを返した。
「俺は全く構わないんだけどな、ハヤトたちに合わせるよ」
「決定権おれらなのか!?」
「当然だろ?」
 聞いてないとでも言いたげな四人に、マグナはあっさりと言い放つ。
「俺は君たちが帰るための方法を探すことを手伝うよ? 手伝うってことはつまり、助手ってことだろ? だから君たちの行動に合わせるのが当然だと思うんだけどな」
 にっこり笑って言われた言葉に、四人は顔を見合わせたあと天を仰いだり項垂れたり額を押さえたり。
 そして、彼ら四人の心情を代言したのはハヤト。
「マグナさ、たちにからかわれてる腹いせに、おれたちのことで遊んでるだろ?」
「あはは♪ バレたか♪」
 悪びれた様子もなくあっさり認めたマグナに、四人の口からは同時に溜息が出てきた。
「で? どうする?」
 楽しげに問うマグナは、恐らく既に彼らの答えを知っている。知っているからこそ、遊んだのだろう。
 まあ、自分たちの人生だ。決定権は他人に委ねるべきではないのだし。
 四人はそれぞれに視線を配り、お互いの意思を確認してからガゼルたちへと向き直って。
「みんなさえよければ、おれは構わないよ」
「いいのかな、あたしなんかで……」
「自信はありませんけど……できる限りのことはしたいです」
「でも、本当にいいのかい?」
 快諾の言葉は、笑みを呼び込む。
「ああ、問題ない。ワシは歓迎するぞ」
「ふふっ、子供たちに話したら、きっと喜ぶわね」
「よし、そうと決まればおまえたちも今日からオレたちの仲間だ。遠慮はなしでいこうぜ?」
 それは渋っていたレイドも同じことで。
「やれやれ……そういうことならば、改めて挨拶しないといかんな」
 皆が皆、あたたかな笑みを浮かべて、新たな仲間を迎え入れる。

「チーム『フラット』へようこそ!」


 賑やかな広間を抜け出して、ナツミは廊下へと出た。
……」
 自分より先に抜け出してきていた親友は、呼びかけに応えて振り返る。
 その、瞳は。悲しみにも似た色を映していて。
「あたしは、本当の意味ではわかれないよ」
 彼女の言葉は、ナツミが呼び止めた理由を既に知っているが故。
 多くを語らずとも、彼女はわかってくれる。けれどそれは、本人にとっては時に悩みの種となるのだ。
 それは、今回のような時。
「うん……の力は、人を傷付けられるものじゃないもんね……」
「あたしの場合、物心つく頃から使えたからあるのが当然で、ないことが『普通』だなんて思わなかった。だから『化け物』呼ばわりされる理由がわからなかったもの」
「……うん」
 が先程使ってみせた治癒能力をナツミが知ったのは、小学校へ上がるよりも前のこと。一緒に遊んでいた男の子が転んですりむいたのを癒した時だった。
 ナツミは素直にすごいと喜んだが、癒された当人は怯えた表情で彼女に向かって『化け物』と言い放ったのだ。
 それからだった。がよく笑うようになったのは。
 いじめと呼ばれる類の行為を受けても決して怒ったり泣いたりせず、また嫌な顔すらしなかった。
 それが自分自身を守るための偽りの顔……仮面だと気付いたのは、いつだっただろう。
「ナツミがいてくれたから、あたしは自分をなくさずにすんだ……そのことにようやく気付けたのに、あたしは何も返せない……今ナツミが抱えている不安をわかることはできないの……」
「あたしだって、あの時の辛さなんてわかってなかったよ? ただ、あたしが嫌だっただけ。の本当の笑顔を見ていたいと思ったのは、あたしのワガママだから」
 人が、どういう想いでいるか。何を悩んでいるか。
 それを知ることはできても、理解することができない。力に、なることができない。
 それが、にとっては負担に感じるのだ。
「だからこれもあたしのワガママなの。の言葉が聞きたい。例え嘘でも、ただの慰めでも、の口から聞きたいの」
 の口から出た言葉であれば、それだけで支えになるから。
 だから、待つ。彼女の口が開かれるのを。
 二人見つめあったままその場に佇んで、どれだけの時が経っただろう。
 不意にはナツミから視線を逸らした。そして。
「ナツミは、知ってるでしょ? あの島でのことを」
「……うん」
「結局のところ、全ては本人の心次第だと思う。その人の心次第で世界は優しくなるし、残酷にもなる」
「うん」
「多分、明日にでもマグナが正式な召喚術の制御方法を教えてくれると思うから……だからその力がどうなっていくかは、ナツミたち次第……あたしが今言えるのは、それだけだよ……」
 最後まで視線を合わせないまま言い切って、は踵を返す。そして、自分たちに割り当てられている部屋へと姿を消した。
「……ありがとう、……」
 扉が閉まる前に、ナツミは呟くように言った。届いたかは、わからないけれど。
 彼女にとっては大きな負担であるとわかっていて、それでも通した我侭。聞き入れてくれたことに対する礼を……
 ふぅ、と。大きく溜息をつくと、ナツミは真っ直ぐ前を向いて。
「帝国領内にある地図には載っていない島で、世界を天秤にかけた戦いがあったの。その中心にいた二人の元帝国軍人……彼らは世界を滅ぼすために作られた魔剣を、そうとは知らずに手にしてしまった」
 広間には届かないほどの声量で、淡々と語りだした。
「自らの意志を持っていたその魔剣は、世界を滅ぼすために彼らの意識を乗っ取ろうとしたけれど、彼らは魔剣の意志と戦いながら、その力を大切なものを守るために使い続けた……そして一度は負けそうになりながらも仲間たちに支えられて、とうとう彼らは自分たちの強い意志でその剣を作り変えることに成功したのよ」
 一度目を閉じて、息をつく。
 それからゆっくりと後ろを振り返った。
「これが、あたしがに教えてもらったこと……この世界で、本当にあった出来事よ。そして、さっきのの言葉に含まれていたことの全て」
 広間との境には案の定、自分と同じ立場にいて同じ不安を抱えているであろう従弟の姿。
「……どうしてそれをおれに?」
 わかって、いるだろうに。
 それでも聞かずにはいられないといった体で、ハヤトは問いかけてきて。
 ナツミは真っ直ぐにハヤトを見つめる。
「ハヤトだって気付いているんでしょ? あたしたちの中にある力が、元々持っていたものじゃないことに」
 のような特殊能力を、自分たちは持って生まれたわけじゃない。
 今までは何もなかったはずの内に、今は強大な力が宿っている、その意味。
「ああ……例えるなら、『借り物』って感じがする。自分の内にあるのに、おれ自身と馴染んでいないっていうか……本当に、ただ『在る』だけって感じだ」
「だから、不安に思っちゃう……制御できるかもわかんないもので、誰かを傷付けかねないから」
「……ああ」
 今日は、とマグナがいてくれたから大事に至らずに済んだだけ。
 そのことを、誰よりも自分たちが一番わかっているから。
「不安だし、怖いよ……正直な話……でも、『恐怖心』はなくしちゃいけないものだとは思う」
「うん……誘惑に対するブレーキだからね」
 強い力だからこそ、安易に頼ってしまおうとする誘惑。力で全てを解決してしまおうとする誘惑。自分が優位だと思い込む誘惑。
 それらに対する抑制装置が『恐怖心』。
 誘惑は良い面ばかりを見せるもの。逆に恐怖心は悪い面を見せ付ける。
 物事には必ずある二面性を、きちんと思い出させてくれるものだから。
「でも恐怖に囚われちゃうと、ホントに悪いことばっかり起きてくる」
 人は心に思い描いたものを呼び込む生き物だから。
「だから、あたしは負けたくない。弱い自分に負けたくないのよ。誘惑に陥るのも恐怖に囚われるのも嫌なの」
「……ああ、そうだな……」
「あたしはあたしでありたい。例えこの身に宿る力が災いをもたらすものだったとしても、あたしとしてそれに打ち勝ちたい」
 は言った。どうなるかは自分次第だと。
 これが、その答え。
「そうだよな……おれ自信がどうなったとしても、力に負けることだけはないようにしたいな……」
 静かに、けれど決意を持ってハヤトも言った。
 ナツミは小さく息をつき、ハヤトの後ろ――広間へと目を向ける。
「これがあたしたちが今言えることです。これで満足ですか、レイドさん?」
 立ち聞きしていたと思われるここの保護者、レイドは真摯な顔で頷いたあと目を細めて。
「ああ……充分だよ。すまなかったね、盗み聞きしてしまって」
 優しく笑った。
 ハヤトもナツミも笑みを返して、そしてそれぞれに踵を返した。即ち、レイドとハヤトは広間へ、ナツミは自室へと。

「あたしは、負けないから……と、ずっと生きていきたいから、負けないよ……」

 既に眠りの中にいる親友へと語りかけて、ナツミもまた布団へと潜り込んだ。

第1曲 であいはうんめいのはぐるま・完