御礼参りに来たオプテュスという犯罪集団を撃退し、正式にフラットの仲間として迎え入れられた翌日、朝食後。新メンバー六人は、庭で円を描いて座っていた。
以外、皆硬く緊張した面持ちでいる。特にその中の異界からやって来た四人の視線は、残りの一人に固定されていて。
その、一人・マグナは視線を空へと投げ、指でカリカリと頬を掻いた。
「本当は、一般人に教えちゃいけないっていうのが規則なんだけどなぁ……」
彼の口からこぼれたぼやきは、この場に集まっていた目的に対してのもの。
昨夜が予想していた通り、召喚術の制御法を教えるとのことで集まっていたのだが……教えると言った本人がそんなんでどうする。
出端を挫かれた四人を代表するように、トウヤが口を開いた。
「戻るつもりがないなら、律儀に守る必要もないんじゃないのかい?」
「それはそうなんだけど……」
同意を示しつつも、今ひとつ決意に足りない様子。
「それに、『一般人』じゃなくて『異邦人』だし?」
「のはただの揚げ足取りっていうか、屁理屈だよ」
いつも通りの予想通り、呆れて脱力気味のマグナ。
完全に傍観を決め込んで、楽しげに事の成り行きを眺めているは、この際考えないことにする。
こちらとしては、早急に制御法を知らなければならない身の上。とにかく教え手の気を向けさせるために、ハヤトも言葉を紡いだ。
「暴発事故、起こすよりはずっといいだろ。蒼の派閥はそれを防ぐことが役割みたいなこと言ってたんだから、ある意味規則違反じゃないと思うし」
「う~……」
これだけ言っても、まだ踏ん切りがつかない模様。
嫌いだと言っていたのに、ここまで悩んでしまうほど規則が厳しく身に染みついてしまっているのだろうか。
そんな考えが浮かび、却って悪いような気持ちになったハヤトの耳に、くすくすと笑う声が届く。
声の主は、言わずと知れた。
彼女は居心地悪そうにしているマグナへ、意味ありげな視線を向けて。
「授業サボりまくってたから、ちゃんと教えられる自信がないんでしょ」
「うぐっ」
まるで矢が突き刺さったかのように胸に手を当てて、実にわかりやすいリアクションを披露したマグナ。
の口から出た思いもよらなかった理由に、それまでの様々な感情も全てすっ飛び、きょとんと彼を見つめた。
「そう、なのか?」
「……その通りデス……」
項垂れてあっさり認めたマグナの姿は、はたはたと白旗を振っているように見えた。
昨日の昼間と夜、ならず者の相手をしている時の場慣れした様子などを見ると、やはり自分たちとは違うのだと思った。けれど、勉強が苦手だったり、妹の身を案じている姿には、親近感を抱くことができる。
そう思っていたのは、どうやらハヤトだけではないらしく。
「ああ、だから『修行を兼ねた見識を深めるための旅』なのか……」
少し表情を緩めたトウヤが納得といった体で呟いた。同じ感想を持ったハヤトも、彼に便乗する。
「半分は自業自得だってことだな」
「うぅ……っ」
反論できないらしいマグナが、いじけたように小さく縮こまっていく。
本当に、ただの小さな子供のような反応は、自然とハヤトとトウヤに笑顔を浮かばせた。
緊張が、解けていく。
少し前まで抱いていた不安や恐怖を、和らげてくれた。
「ねえ、それって何の話?」
ナツミから訝しげな問いが投げ掛けられたのは、ハヤトとトウヤが顔を見合わせてくすくすと笑い出した時のこと。
知らないらしい彼女――たちへ、笑顔のままに答える。
「マグナの旅の目的っていうか、名目上の任務内容のことだよ」
「……なにソレ?」
「実質追放命令」
「は? 追放? なんで?」
「だから、サボりの結果だろ?」
詳細説明を省いた端的な言葉は、理解するには少々難があったようだ。眉間に皺を寄せたナツミは睨むように見つめてきて――ややあって、口を開いた。
「サボりまくってたせいで旅という名の追放命令を出されたってこと?」
「そーいうこと♪」
「でも、サボりぐらいで追い出されるって……普通ない気がするんだけど……」
当然ともいえるナツミの疑問には、この世界での価値観――特に召喚師という存在について説明しなければならないのだが……その気はハヤトにもトウヤにも、そしてマグナ当人にもなかった。
「もういいよ、その話は……」
疲れたようにマグナが呟いたことで、彼の身の上話はそこまでで終了。逸れてしまっていた本題へと軌道が修正された。
「腹括って頑張ることにするよ……」
ようやくやる気になってくれたところで何なのだが、ハヤトはあることに気付いて口を挟む。
「そんなに自信がないなら、に代わってもらえばいいんじゃないのか?」
実際に召喚術を使っていた。それに、自分たちが暴発させかけた時に、マグナと一緒に簡易的な制御法を教えてもくれたのだから、できるだろうと思ったのだ。
それは盲点とばかりに、マグナもぱっと表情を明るくしてへと目を向けた。
期待の眼差しを向けられたはにっこりと笑い、マグナが何か言うよりも先に――
「ムーリでーす♪」
一刀両断。
「なんでっ!?」
「あたし、誓約はできないも~ん♪」
「ウソぉっ!?」
「本当ぉで~すよ~♪」
「じゃあ、が持ってる石は!?」
「ぜ~んぶ、もらい物で~す♪」
……ハヤトたちには、が言っていることはよくわからない。けれど、両手を地面についてがっくりと頭(こうべ)を垂れているマグナの姿を見る限りでは、期待は大きく裏切られたということだけはわかった。
「ま、自分自身の復習がてら、頑張って教えてくださ~い♪」
「そうするよ……」
「そして普段のあたしの苦労を、身を以って知るがいい!!」
「うぅ……っ」
ああ、なるほど――と、ハヤトは思った。
が終始楽しげにしていた理由が、今の言葉でわかったから。
なんとなくこぼれ出た溜息は、マグナのものと重なった。気付いたマグナと目が合って――お互いに苦笑を交わす。
それからマグナは、手近に落ちていた小枝を拾い、草の生えていない地面へと移動した。
彼の後を追って全員が移動し、元の円形になったのを確認してマグナによる召喚術講座は開始した。
「え~っと……まずは、この世界での常識――召喚術に関する常識から教えるけど……サモナイト石、一色一個ずつ貸してもらえるかな?」
求めに応じてハヤトは紫の石を、トウヤは黒い石を、そしてナツミは緑色の石を出した。最後になったアヤは、三人の様子を見てから自分の持っていた赤い石を差し出す。
その様子を見て、彼女だけが『サモナイト石』について知らないのだろうことがわかったが、その説明も多分マグナがするだろう。
ハヤトはマグナへと目を向けて――軽く頷く彼に、その考えを確信に変えた。
「まず、今俺たちがいるここは『リィンバウム』……」
石が揃ったところで、マグナは中央にひとつの円を描き、中に何やら文字を書き込んだ。話からいくと『リィンバウム』と書かれているのだろうけれど……
「あっ、、これ名も無き世界の言葉で書いてくれないか?」
読めない、という事実を思い出してくれたらしいマグナが助け舟を求めた先は。
当然の人選。このくらいは手伝ってくれるだろう、と。
「名も無き世界の文字は、シルターンの文字と同じだって言ったでしょ。シルターン文字の復習復習♪」
「うぅっ」
その考えは甘かったらしい。
「う~……」と唸りながら、先程よりかなり時間をかけて、マグナは何とか『リィンバウム』とカタカナで書き上げた。
「よくできました♪」
からの合格の言葉で、あからさまに安堵を表すマグナ。
なんだか本当に、新米教師――というか教育実習生のように見えた。
「それで、えっと、このリィンバウムは、よっつの世界と隣接しているんだ」
「世界が隣接している?」
「そう……取り巻いているっていうか……実際に見ることはできないんだけど……つまり、干渉できる範囲にあるってことだよ」
言いながら、マグナはまた地面に円を描く。
はじめに描いた『リィンバウム』の円につくように、同じ大きさの円を四個。そのひとつひとつに『ロレイラル』、『シルターン』、『サプレス』、『メイトルパ』と文字を書き込んで。
「このよっつの世界はそれぞれ独立しているんだけど、密接な繋がりもあるんだ」
「……どんな?」
「魂が循環してるんだよ」
「――は?」
思いもよらなかった言葉。
『魂』――つまり、死んで肉体を失ったあとの『いのち』? それが、循環している?
「それは……輪廻転生、ということかい?」
「そうだよ」
トウヤの、半信半疑の問いを、マグナはあっさりと肯定した。
また、ひとつ。明らかになった、違い。
輪廻転生という思想は確かにあるけれど、それは宗教の域のモノであって、信じるか信じないかは人それぞれだ。
ハヤトは――はっきり言って信じていない。というより『死』というもの自体を……身近なものとしては、捉えて……いないから。
でも、マグナは言った。常識を教えると。
常識――つまり、この世界の人たちにとって輪廻転生とは、信じる信じないという次元の問題ではなく、疑いようのない当然の現象である、と。
「ロレイラルからシルターンへ。シルターンからサプレスへ。サプレスからメイトルパへ。そして、メイトルパからロレイラルへと循環してるんだ」
説明と共に、円の間に矢印が描かれていく。そうして出来上がった『リィンバウム』を囲むひとつの円。
循環するよっつの世界の真ん中に、『リィンバウム』はあった。
「じゃあ、この世界はどうなんだ?」
循環の輪に加わっていない『リィンバウム』。そこにある魂は、どこから来てどこへ行くのか……
思い浮かんだその疑問は、輪廻転生を信じたからではない。
やはり、すぐに信じられるものではない。気分としては、物語の設定を聞いているようなものだから。
そんなハヤトの想いを知る由もないマグナは、変わらぬ口調で説明を続ける。
「リィンバウムには、この循環の輪から何らかの理由で外れた魂が集うって言われているよ。召喚師たちは『選ばれた魂』が集う世界だって認識してるな。だから『魂の楽園』とも呼ばれている」
「魂の……楽園……」
「実際に、そうだったと思うよ。大昔には、このよっつの世界に住む者たちが侵略してきていたからね」
「――えっ!?」
「その時に編み出されたんだよ、召喚術は」
詳しい経緯は省くけど。
「今は結界で守られているから、異界の者が自力でここに来ることはできない。来ることができるのは、召喚術によって呼ばれた者だけだ」
漠然としていた話が、一気に形を成した感覚。
召喚師が――召喚術が、何故恐れられているのかが、わかった。
それは、世界規模の力だから。
大きな流れ……歴史の一端を担ってきた力……世界の命運を左右するほどの力、だから……
――そんな力が、今、自分たちの内にあるというのか。
和らいでいた恐怖心が、再び大きくなって背筋が冷たくなった――その時、腕を軽く肘でつついてくる誰か。
それは、ナツミ。同じ立場で、同じ恐怖と戦っている従姉。
他の者に気付かせないように横目だけれど、自分へと向けられた強い眼差しが夕べの決意を思い出させてくれた。
ハヤトはほんの少しだけ笑みを浮かべ、震えそうになる体を叱咤して、再びマグナへと意識を傾けた。
「それで問題の召喚術なんだけど、使うためにはこの『サモナイト石』が必要となるんだ」
マグナが全員に見えるように、先程渡した四色の石を差し出して続ける。
「これは異界への路を開いて固定する要で、召喚した者の真名を刻むモノでもある」
「……まな?」
「真の名。魂に刻まれた名前とか言われてるかな? それを知ることができれば、その相手を支配することができる。つまり、召喚獣は召喚主に逆らえないんだ」
「それって……召喚された者は、召喚師の持ち物――と、いうことですか?」
沈んだ声で投げ掛けられた問い。それは、否定してほしいというアヤの想いが、ありありと伝わるものだった。
――けれど。
「だから、レイドさんたちが言ったみたいに、一般的な召喚師の認識は『偉そう』なんだよ」
願いも空しく、マグナは肯定した。……肯定、したけれど、当の本人の表情も、どこか苦いものになっていた。
「ちなみに怪しげな格好っていうのは、魔力増強や魔法防御効果のあるローブを好んで着る人が多いからだと思う」
「君が着ているものは違う……のかい?」
「ローブ、高いからね。貴族である召喚師用に作られているから、無駄な装飾も多いし。それに、動き難いから旅には不向きなんだよ。ぶっちゃけていえば、ローブも支配するのも俺は好きじゃない」
一瞬だけ嫌悪感を見せたマグナは、けれど溜息をつくことでそれも消し去った。
「話、戻すけど、サモナイト石に色がついているのはちゃんと理由があって、色ごとにそれぞれ繋がる世界が違うんだ。トウヤが持っていた黒い石はロレイラル」
言いながら、マグナは地面に描いた円の中に黒い石を置く。
「アヤが持っていた赤い石はシルターン。ハヤトが持っていた紫の石はサプレス。ナツミが持っていた緑色の石はメイトルパ。そして――」
黒い石と同様に、他のみっつも地面に置いたあと、自分のポケットを漁り始めたマグナ。取り出した、他のどれとも違う無色透明な石をこちらへと示して。
「この無色の石は、無属性。繋がる世界が定かではないもので、今のところ、ハヤトたちがいた名も無き世界もこれに含まれることになっている」
輪廻の輪の外側、少し離れた位置に新たに円を描いて、その中心にそれを置いた。
「名も、無き、世界……?」
初めて聞く、故郷を示す名。それを呟いたのは、自分だったのか、それとも別の誰かだったのか。
「それが……わたしたちが、いた世界……?」
「一応。輪廻にあるよっつの世界以外は、研究途中っていうか……はっきり言ってわからないんだ。だから便宜上の呼称だよ」
近付いたようで、まだまだ遠い故郷への道。それでも、ひとつわかった。
思わぬ収穫はひとまず脇に置いておき、今は召喚術の制御法を知るほうへ集中する。帰る方法を見つける前に、己が内に宿る力に潰されてしまうわけにはいかないから。
「召喚術は、サモナイト石に魔力を注いで異界への路を開き、繋がった先の世界にいるモノを呼び出す術だ。どんなものが呼べるかは、術者の力量と想像力による」
「想像力?」
「そうだよ。どんな能力を持っている者、どんな姿の者、どの種族……そういったものを、より詳細に思い描ければ、自分の望みに近い形で呼び出せるんだ」
それは、つまり夕べのような?
形とか能力とか、そんなことは一切考えている余裕なんてなかった。ただ『傷つけずに守る力』を望んで、そうしてポワソが来てくれたように、ということか。
「想像っていっても、何もわからなかったり、自分が扱える属性と合わなかったら失敗するだけだから、ある程度の知識は必要だけど」
「昨夜のハヤトとナツミが成功したのは、運が良かったということかい?」
「う~ん……そうとも言えるかなぁ……属性的な相性の良さもあったと思うけど。霊属性と獣属性は、攻撃、回復、補助と系統的に揃ってたから」
失敗イコール暴発。そう思い浮かんで、体が強張った。
けれど、軽く深呼吸して恐怖心をやり過ごす。
「そういうわけだから、知識の部分を教えるよ。まず、黒いサモナイト石。ロレイラルは別名『機界』といって、その名の通り、機械仕掛けの生き物を呼べるんだ。系統は攻撃が主。あと、麻痺や毒を与える補助系統と……確か、僅かだけど回復系統もあったはず……」
今まで割とスラスラと説明してきていたのに、ここに来て急に足踏みになった。
地面に文字を書いているマグナの眉間には、深い皺が刻まれているし。
『常識』は大丈夫でも『知識』には自信がないということなのだろう。
「シルターンは別名『鬼妖界』で、人間の他に鬼とか妖怪とかが暮らしている世界で……から聞いた話だと、ハヤトたちの世界に似てるとか」
「そう、なのか?」
「うん。忍や侍、巫女とかがいてね、昔の日本と中国を合わせたような感じみたいだよ。食文化はまんま和食だからね」
名前を出された傍観者は、意外にもあっさり教えてくれた。
こればかりは、向こう――名も無き世界を知らないマグナには答えようがないからだろうけど。その証拠に、言うだけ言っちゃったあとは、また傍観体勢に戻っている。
マグナもそれはわかっているのか、先を続けた。
「で、系統は攻撃と補助で、回復はなし。次にサプレスは別名『霊界』。天使や悪魔などの俺たちよりずっと強い魔力を持った、精神生命体が生きる世界。系統はさっき言ったようにみっつともバランスよくある」
「……精神生命体って?」
「俺たちみたいに肉体を持ってないってこと。魔力によって実体化はできるようだけど……多分、そのせいもあるんだろうな。魔力が強いのは」
「見える、のか?」
「……? 見えるよ? 実体化してなきゃ触れないだけで」
幽霊みたいなモノだけど、とりあえず見えはするらしい。やはり、自分たちの常識や知識とは違うことが多い……
それでも、天使とか悪魔なら想像しやすい。
自分が一番気になっていた色の石に関することなので、ハヤトは特に注意して頭に入れた。
「メイトルパは別名『幻獣界』で、高い知能を持つ動物の『幻獣』や、人間と獣を掛け合わせたような『亜人』が暮らす、自然豊かな世界だ。系統はサプレスと同じだけど……補助系統が多め――だったかな?」
何となく、それはわかった。ハヤトが呼んだポワソもナツミが呼んだセイレーヌも同じ眠りの力を持っていたけれど、セイレーヌのほうが明らかに力が強かったから。
「あとは無属性だけど……一般的に無属性の石で呼び出せるのは、無機物だけなんだ。今まで誰一人として生物を呼び出せた人はいない」
最後に、そう説明したマグナの声は、明らかに暗くなっていた。
その声音が物語る、事実。
名も無き世界は無属性に分類されて入るけれど、普通の方法では命あるモノを呼び出すことはできない――と。
無情な事実。けれど、わかっていたことだ。簡単には帰れないだろうことは。
だから、いい。今は。
「……わかった。知識については覚えたよ。それで呼び出すことに成功したなら、次はどうするんだ?」
ハヤトと同じ思いでいたらしいトウヤが、先を促した。
「『誓約』をするんだ。本来は召喚対象の真名を探る儀式だけど、俺は無理強いする気はないから、少し話して、相手が承諾してくれたなら名乗ってもらうだけ。そうすれば、サモナイト石に真名が刻まれて、それ以後は魔力を注ぐだけで呼び出せるようになるよ」
「名前を、聞き出せばいいのか?」
「でも、あたしたち昨日は……」
聞くまでもなく、何故かすんなりと口から出ていた。
「……昨日、二人が使った石は、ここにあるものか?」
「あ、ああ……」
声にならなかった言葉は、けれど昨日のことを思い出すことで伝わってくれたらしい。
マグナは地面に置いたままだった紫と緑の石を手に取ると、それを光に透かして見た。
「……確かに、誓約されてるな……」
「わかる、のかい?」
「誓約済みの石は未誓約のものより透明度が高くて、光に透かすとそれぞれの世界の文字で刻まれた真名が浮かんで見えるんだよ」
説明しながら渡された紫の石を、ハヤトはマグナがしたようにして見てみた。
確かに、光に浮き上がって、何やら文字らしきものが見えた。
――何故だろう……記号にしか見えないのに、『ポワソ』と読める気がするのは……地図を見た時には、こんなことなかったのに。
「ん~……とりあえず、誓約できてるし……本人たちも嫌がる素振りとかなかったんだろ?」
「ああ。なんか、むしろ喜んでたような……?」
「なら、いいと思うよ」
不思議と、心が落ち着いていく。
理由はわからないけれど……わからないことだらけだけれど……とにもかくにも、恐怖が和らいでいることに、何よりもハヤトは安堵した。
そんなハヤトとは反対に、何やら腑に落ちない様子でいるのはナツミ。
「あのさぁ、素朴な疑問、いいかなぁ?」
「何?」
「を召喚したのはマグナなんだよねえ? 誓約ってどうなってるの?」
「――えっ!?」
ああ、そういえば――と。昨日の庭での遣り取りを思い出したハヤトとは違い、初耳らしいトウヤとアヤの声が見事に重なった。
「ど、どういうことだい? 無属性の石では生物は呼び出せないんじゃなかったのかい?」
「えっと……お二人は召喚主と召喚獣の関係、だったんですか?」
「あれ? 言ってなかったっけ? あたしはマグナの護衛獣だよ」
動揺しまくりの二人に対し、はけろっと答えた。……心なしか、楽しんでいるように見える。
「護衛獣って……」
「護衛のために呼び出された召喚獣のことだよ。一人前になるための試験のひとつが護衛獣を召喚することでさ、それでが呼び出されたんだけど……俺も完全に騙されたんだ……」
その時のことを思い出してかひどく疲れた様子で、ポケットからひとつの石を取り出してナツミに渡したマグナ。
「これって……シルターンの石だよね」
「……あ、『』って刻まれてる」
ナツミの手にあるのは赤い石。そして光に透かして見る彼女の横からハヤトも覗き見たそこには、確かにカタカナで『』と浮かび上がっていた。
「シルターンの石で呼び出して、誓約したってことなのかい?」
「そういうことだよ。普通はそんなこと、成功するはずがないんだけどさ……何の異変もなく呼び出せたし、の服装もシルターンのものだし、俺が使えるのも鬼属性だけだし……の口から聞かされるまで、シルターンの人間だと思って疑ってなかったよ、俺……」
どこか遠くを見つめて話したあと溜息をこぼしたマグナの姿は、どこか哀愁を漂わせている気がするハヤトだった。
「それじゃあ、さんは元の場所に帰れるってことですか?」
「ん~、どうかなぁ? シルターンに行きそうな気がするケド……まあ、どっちみち帰る気ないからあたし的にはどうでもいいんだぁ」
彼女の口から出たそれは、ある意味爆弾発言だった。
妙に明るく楽しげに余裕綽々としていた。その理由は、帰れる保証があるからでも、帰れないことに自棄になっているからでも、二度目という経験のためでもなかった。
帰る気がない――つまり、永住するつもりだからこそ、ここでの生活を楽しんでいたのだ、と。
それは、ハヤトには理解できないことだった。多分、トウヤたちもそうなのだろう。
帰りたいと望んでいる自分たちには、故郷を切り捨てたの気持ちは全く理解できるものではなかった。
「でも、こうして改めて考えてみると、ホント、なんで無事に誓約できたのか謎だよねえ……ん~……無属性の特権、ってコトはないだろうし」
「……って、ちょっと待った、」
こちらの衝撃など気付いていないのか、一人考えモードで呟きだしたに対して、急にマグナが片手を伸ばして待ったをかけた。
その行為で思考の海に沈んでいた意識を現実に戻されたのは、ハヤトたちも同じ。全員がマグナへと注目した。
「、さっき誓約『は』できないって言ったよな?」
「言ったねえ」
「でも召喚術は、普通以上に扱えてるよな?」
「そうだねえ」
「……それってさ、誓約方法を知らないって意味じゃなくて、知っててもできないって意味だったってことなんじゃ……っ」
伸ばしたままの手が、わなわなと震えている。
その先にいる少女は目を細めて、にんまりと意地の悪い笑みを浮かべて。
「ご名~答ぉ~♪」
「やっぱりが教えれたんじゃないか!? なんでやってくれなかったんだよ!?」
「さっき言ったでしょ? 教える側の苦労を身を以って知ってもらうため。あたしの苦労が少しでもわかったなら、戦闘訓練のほうをもう少し真面目にやってくれるかなあ、って」
「真面目にやってるじゃないか!?」
「じゃあ必死にやって。一ヶ月以上やってて、なんで未だに型の応酬が最後まで続けられないのかしらねえ? これじゃあ、基礎指導が終わるのいつになるかわからないじゃないの」
「う゛う……っ」
種明かしから抗議へと移行した遣り取りは、またもあっさりとのほうに軍配が上がった。
もう何度も目にした光景だが、完全に立場が逆転している気がしてならない。
その勝者・は、打ちひしがれているマグナに構わずひとつ溜息をついた。
「それはそれとして。誓約できないのは本当のことだからね、実践は教えられないもの。だったら、一人が通して教えるほうが混乱しなくていいでしょ」
……一応、ちゃんとした理由があったらしい。
けれど。
「それを先に言ってほしかった……」
「言ったじゃない。言語理解能力に乏しいご主人様ねえ」
「だ、だからっ! その呼び方やめてくれって言ってるのにっ!!」
「おほほほほっ♪」
どうやっても必ずマグナをからかう方向へと行き着いてしまうようだ。
彼女がマグナとセットでいる時に話をするには、自分たちで脱線した流れを戻す必要があるということがよくわかった。
なので、ハヤトは軌道修正に入る。
「『誓約』はできなくても『召喚』はできるってことなのか?」
「あ、うん……まあ……誓約済みの石は、魔力さえ使えれば扱えるから……でも、それは他の人には秘密にしといてくれないか?」
軌道修正のための質問にはマグナが答えた。けれど、その視線は泳いでいて。
――何故、と。ハヤトが口に出すよりも先に、トウヤが言った。
「貴族である召喚師たちの立場がなくなるから禁止されている――って、ことかい?」
その言葉で、思い出された。
召喚術は、ほんの一握りの人間たちが持つ特権。魔力は血により、方法は家々で受け継がれてきたものだと、マグナが言っていたことを。
それ故に、召喚師は『貴族』たりえるのだ――と。
「多分、召喚師たちの本心はそうなんだと思う。派閥では、外道召喚師――犯罪に召喚術を使うような者を増やさないためだって、大義名分掲げてたけどな。でも、俺は……やっぱり危険だから……」
俯いてしまったマグナの視線は、地面に置かれたサモナイト石に注がれている。
「一番の危険は誓約だけど、でも魔力の制御には訓練が必要だ。知識もなく訓練も受けていない人じゃ、誓約済みの石を使っていても暴発や暴走事故を起こしかねないから……」
俯いたままだけれど、前髪の間から見える彼の顔には、悲痛さが滲んでいるのがわかる。
――彼は、知っているのだ。暴発事故の恐ろしさを……
マグナの言葉には虚栄心も損得勘定も含まれてはいない。ただ、悲劇を繰り返したくないという願いが込められているだけだった。
その、願いは。ハヤトの胸に、確かに届いた。
やはり召喚術は、決して軽々しく使っていいものではないのだ。
「あの……それではさんは、魔力制御の訓練を受けられたのですか?」
「あたしの場合、召喚術云々って以前の問題として、魔力制御ができなきゃなぁ~んにもできない状態だったからね」
アヤの問いに、は「あははっ♪」と笑った。
彼女の言葉が示すものが全くわからないハヤトたちは、ただ首を傾げるばがり。マグナも――知らないらしく、同じ反応でいる。
答えをもたらすことのできる唯一の人物は、にんっと笑みを作って。
「あたし、初めてこっち来た時は魂だけでだって言ったでしょ? つまり、サプレスの住人と同じような状態だったのよ。宙にフワフワ浮いててさ、移動するどころか立つためにも魔力を使わなきゃならなかったの」
アレはかなり楽しかったケドね~♪
笑顔で語られた言葉。楽しんでいるの姿が目に浮かぶ。――というか、それはちょっと体験してみたいかもしれない。
「ってコトで、魔力制御はばっちりできるようになったってんで、身を守る方法のひとつとして召喚術を教えてもらったんだけど……なんでか誓約――ってか、未誓約の石を使うと必ず失敗することが判明したのですよ」
「失敗――って、暴発!?」
ぎょっとして言葉を挟むと、途端には呆れ顔。
「あのさぁ、失敗する度に事故るようじゃあ、今頃召喚術はロストテクノロジーになってるよ~?」
「……あ」
言われてようやく気付けた。暴発はあくまで事故であって、失敗の事例のひとつであり、恐らく最悪の形なのだ。
昨夜、気をつけようと思ったばかりなのに、どうやら見事に恐怖の虜になってしまっていたらしい。
「ろ、ろすく……?」
「ロストテクノロジー。失われし技術って意味よ」
「テクノロジーは科学技術を指す言葉だから、この場合は少し違う気がするんだが……」
「気にしな~い気にしない♪」
ハヤトが軽く自己嫌悪に陥っている間に、こちらにはない言葉らしく頭に疑問符を飾ったマグナへとが説明して、トウヤがそれに少々異議を唱えたりもする遣り取りがあった。
そのあとのこと。
「事故じゃない失敗例、見せてあげようか?」
言いながらは、地面に置かれている赤い石を手にとって目を閉じた。――と、途端に周囲の空気が張り詰めたような感覚がして。
「古き英知の術と我が声によって、今ここに召喚の門を開かん。我が魔力に応えて異界より来たれ。新たなる誓約の下にが命じる」
紡がれていく呪文と思われる言葉に呼応するように、の手の中でサモナイト石が光を放ち、彼女の周囲に陽炎のような赤い光が現われた。そしてそのふたつは、ひとつに溶け合って。
「呼びかけに応えよ、異界のものよ!」
強く輝きを増した光は、上へと勢いよく飛んで――弾けた。と、はその場から飛び退った。刹那。
――ガコォン、ガラララララン……
「……え……?」
全員の視線が音の出所――空から降ってきた物体に集中している。
先程までがいたその場所にあるのは、金属でできた円い入れ物。それは……
「タライ……?」
「そう。他にも長靴とか下駄とか木片とか色々あるけど、あたしの場合は必ずタライが落下してくるのよね」
これが、召喚術の一般的な失敗例。他に不発で何もでてこないっていうのもあるとか。
「な、なんで……?」
「知らな~い。単に素質とか体質とかの問題じゃないかって、ディラ姉には言われたけど」
しれっと答える彼女の手の中で、サモナイト石がサラサラと砂になっていく。
「誓約しない限り、サモナイト石は使い捨てだから注意してね」
マグナが言わなかったことを補足するかのように付け足して、またも見事な笑顔を見せた。その向く先は、彼女の召喚主で。
「ってコトで、次は実技ね♪ 頑張って教えよう、マグナくん!」
「魔力制御ならのほうが得意じゃないか!?」
「ご主人様は何度同じことを言わせれば気が済むのかなぁ?」
「その言葉そのまま返す!!」
「返された言葉を受け流す~♪」
「流さないでくれよ!!」
……やっぱり、こうなるらしい。
目の前で繰り広げられる不毛な遣り取りに、これからのことを思って、己が内に宿る力に対するものとは別の不安を抱かずにはいられなかった。
それはどうやらハヤトのみではないようで。
何となく目が合ったアヤとトウヤと共に、深く溜息をついた。