最初に異変に気付いたのは、フィズを人質に取ったバノッサが武器を手放せと言ってきた時。
「……マグナ?」
すぐ側から、カランッと音がして振り返り、眉根を寄せた。
誰よりも先に武器を手放したマグナは、呆然とバノッサを――フィズとカノンを見つめていて。手放したというよりは、持つ力がなくなっただけに見えた。
大きく目を見開き穴の上を見ていた彼は、不意に俯いた。そして――
「――返せ……」
低い呟きと同時に、彼の身体から立ち上った魔力。
尋常ではないそれにすぐに気付いたけれど。
「マグナ、落ち着いて――っ!」
――バチンッ、と。マグナへ向けて伸ばした手は、彼が放つ魔力によって弾かれてしまった。
時、既に遅し。
マグナが放つ魔力が、この場に残留する魔力と交じり合って奔流となり、吹き荒れた。まるで竜巻だ。結界の存在が、そうさせたか。
顔を上げたマグナは、真っ直ぐに穴の上にいる人物を見据えている。
その眼差しに宿るのは――殺気。
「返せっ!!」
叫ぶ、その声が。そのまま呼び声となる。
上空で歪んだ空間。そこから現われたのは……
「聖鎧竜……スヴェルグ……どうしてっ!?」
マグナは使えないはずの、霊属性の召喚獣。それも、が知る限りでは最強の攻撃力を持つものだ。
「何なの、アレ!?」
「霊属性最強の召喚獣よ! あれが本気で攻撃したら、もうひとつクレーターができるってこと!!」
この場に残留していた霊属性の魔力が、サプレスへの路を開いたか。だとしても、本来はありえないことだ。
しかも――
「やめなさい、マグナ!! フィズを巻き込むつもりなの!?」
制止の声は、届かない。
マグナには今、理性がない。現実を、見ていない。そんな状態で行使される召喚術が、通常のもので済むはずがない。
このままでは、死者が出る。けれどマグナは止まらない――止められない。彼のまとう魔力が近付くことを拒んでいるし、仮に近付けたとしてもこの状態で術者の意識を奪ってしまえば暴発は確実だ。
死者を出さずに済む方法――今、自分にできること……!
は斜面を駆け上り、バノッサたちの許へできるだけ近付く。フィズを取り戻すためと、彼らの周囲に結界を張るため。
いくら魔力制御に長けているでも、この魔力の奔流の中で遠距離に結界を作ることは不可能だったから。
近付かなければ、無理だった――のに。
「お姉さん!!」
「きゃあっ!?」
危険を察知したのか、カノンがフィズをこちらへと投げてきて。
「トリスを返せえぇ――――――っ!!!」
「フィズ――っ!?」
抱き留める形になったは、反動で下へと転がり落ちてしまった。
その瞬間に、上空にいた霊界の竜は吠え。
白く――光が満ちた。
一体何が起きているのか、全くわからなかった。
急に吹き荒れた魔力の奔流に、上空に現われた巨大な竜。
「あれが本気で攻撃したら、もうひとつクレーターができるってこと!!」
わかったのは、のその言葉だけ。
このままではフィズもバノッサたちも死んでしまう、と。初めてここへ来た日、この穴の上にいた召喚師たちのようになってしまう、と。
「……駄目だ……」
そして、それをしようとしているのがマグナだ――と。
「駄目だ、そんなこと……っ!」
そんなこと、絶対にさせてはいけないと。そう思った。
でも、どうすれば――?
そう思った時、声がした。頭の中へ響くように。こちらへ来る直前に聞いたのと、同じ声が。
信じろ、と。そう言った。
自分の中の力を解き放て――と。
「うおおおおおお――――――っ!!!」
召喚術を使うためではなく、ただ魔力を解放した。
意外にもすんなりと出てきた魔力。それは、魔力制御訓練の成果だろうか。
そして、感じる。同じ力を。自分以外が放つ、その魔力を。
魔力を解放したのは、ハヤト以外の三人も同じで。
合わさった四人分の魔力が、その場に満ちる。そして、形になる。竜が放った攻撃と同じ形へ――そして、ふたつの強大な力が、ぶつかり合った。
轟音と、吹き荒れる強風に巻き上げられた砂がおさまると、それまでの嵐が嘘のように静寂に包まれた。
現状把握が追いつかず、誰もが呆然と立ち尽くす中で。
――ピシッ! ピキピキッ、パキィイイィィンッ!!
響いた、何かが砕けた音。それが、止まっていた時間を――思考を、動かした。
「この、音は……っ、一体……」
レイドが顔をしかめて呟いた。かなり派手に砕けたので、多少でも魔力を持っていれば聞こえたようだ。
魔力というものに縁遠い彼でさえこうなのだから、をはじめ異界組とマグナにはたまったものではない。誰もが耳を押さえ、頭を抱え込んだ。――マグナだけは、立ち尽くしたままだったが。
「結界が、砕けたのよ……許容量オーバー……超過で」
耳鳴りのように残る余韻をやり過ごして立ち上がり、は答えを返した。
「砕けたって……なくなったってことか?」
「それでは、街にいる召喚師がここの存在に気付いてしまうのかい?」
「心配無用。さっきのスヴェルグ召喚で、ここに残っていた魔力全部綺麗に消費されてるから。今はもう、何も残ってないわ」
ガゼルとレイドにそう返して、はマグナの前へ立つ。
蒼白な顔面、虚ろな瞳、怯えたような表情。立ち尽くす彼の身体は、微かに震えている。
はそっと手を伸ばし、マグナの頬に触れた。――やはり、冷たい。
「マグナ、しっかりしなさい!」
触れさせた手で軽く頬を叩いて呼びかける。すると、びくっと肩を震わせてこちらを見た。
「あ……お、俺……は……っ」
「マグナ!! あたしがわかる!?」
「――っ、……、……」
見た、けれど、別の何かを見ているようなので、強く呼びかけ現実に引き戻す。
やっと自分の存在を認識してくれたことに安堵したのも束の間、マグナは俯き視線を落としてしまった。
「俺、が……やった、のか……また……?」
僅かに持ち上げた己の両の手を見つめて、呟いた。弱々しい、声。
「壊した……俺が、傷つけた……」
「マグナ、顔を上げて」
「なん、で……守りたかった、だけなのに……」
「マグナ! あたしを見なさい!」
「俺が、殺し――」
「マグナ!!」
また、現実から思考の中へ沈んだ彼の顔を、無理矢理上げさせた。マグナの瞳に自分が映っているのを確認して、真っ直ぐに見つめる。そして。
「マグナは、誰も殺してない」
はっきりと、断言した。
「……でも……」
「大丈夫。フィズも無事に、ちゃんとここにいる。上の連中も、誰一人として死んでないよ」
ハヤトたちの魔力が、スヴェルグの攻撃を相殺したから。余波で吹き飛ばされ意識を失っているだろうけど、直撃を受けた者はいない。
フィズも、かすり傷程度。同じく気絶してしまっているが、の腕の中でちゃんと生きている。
だから。
「大丈夫だよ。マグナは誰も殺していないから」
もう一度、今度は笑顔と一緒に断言した。
すると、ようやく受け入れることができたのか、マグナの目に涙が浮かんで――かくん、と。その場に座り込んでしまった。無理もない。
は溜息をこぼして、他の者を見た。
「一旦ここを離れましょう。レイドさん、フィズを」
「あ、ああ」
「エドスさんは、悪いけどマグナをお願いします」
「そりゃ構わんが……」
「暴走召喚は、生身の人間には負担が大きすぎるの。多分、自力で動けるだけの力は残っていないだろうから」
一般的に、誓約済みの召喚石に通常以上の魔力を注いで行なうものを暴走召喚と呼ぶが、今回のマグナは違う。石を使わず誓約も交わさず、ただ魔力のみでたった一度だけ召喚する方法。それもまた、暴走召喚の一種。
どちらにしろ、あれは肉体を持たない亡霊だからこそ使用・連用できるものだ。力の低い者が行使すれば悪くて暴発、良くても成功と引き換えに魔力そのものを失いかねない。
マグナは――魔力を失うことにはなっていないようだ。
やはり、素質か……技術面の強化を目指そうとした矢先に――早速トラブルを起こしてしまった。
は、溜息をついて気持ちを切り替える。
反省も後悔も後回し。今は安全を確保するのが先。
「ナツミたちは平気? 動ける?」
「うん……大丈夫」
「はい。少し、びっくりはしてますけど……」
疲労は見えるが動きに問題はなさそうで、胸を撫で下ろす。
今度はガゼルたち地元民に目を向けて。
「街のある方向はわかるよね?」
「上でバノッサたちがのびてる方角だろ?」
「うん。一応奴らの側は避けて戻ってて」
「は?」
「上の連中、診てくるよ。大事無いとは思うけど、念のため」
ナツミが代言した皆の問いに答え、ひらりと片手を振って上へと向かう。その背を追ってきた、心配性な言葉たち。
「一人になるのは危険だ」
「そうだよ、それなら、みんなで確認したほうが早いだろ?」
「上にいるのは二・三人で、他はその辺に転がってるだけよ? 転がってる連中は魔力に当てられて昏倒してるだけで、傷はさっきの戦闘でついたものだし」
「その、上にいるヤツが問題なんだろーがよ」
何も問題はないと言っても、誰も信じない。ガゼルはうんざりしたように言って、レイドも言葉を募る。
「バノッサが意識を取り戻した時、君一人だけで対処できるのかい?」
「できるわよ」
不信を払拭するには実力を示すのが一番。けれど今は時間も惜しく、また殺気を出せばそれで意識を取り戻される可能性もある。
だから、言葉で納得させるしかない。
「あたしは忍に――シルターンの暗殺者に戦い方を仕込まれている。忍術は使えなくても召喚術がある。帝国軍人仕込みの戦術もある。そして経験も――レイドさん。あなたと同じくらいには質的に積んでいるわ。あたしは、一人のほうが立ち回りやすいのよ」
背を向けたまま淡々と説明したあと、沈黙が返ってきた。
わかりやすい例を出せば、それが大体の実力を測る物差しになる。もう、これ以上は誰も否を唱えはしないだろう。
あとは、先を促がしてやればいい。
「それに、危険だというのなら尚のこと、この場所にこれ以上マグナを留まらせたくないの。あたしは、こんなことろでマグナの望みを消させるわけにはいかないのよ」
肩越しに振り返る――その眼差しは、ナツミへ。
「お願い」
視線の交錯は一瞬。ナツミは、小さく笑って。
「すぐに、追いつくよね?」
「もちろん」
「わかった。気をつけて」
「ええ、そっちも」
「うん」
短い遣り取りを他者の介入を許さずに済ませ、他の者を促すナツミの声を捉えながら、は斜面を登った。
途中に転がる下っ端連中の傷口を、塞ぐ程度には癒しつつ出口へ。
開けた視界。穴のすぐ近くに、件の人物たちはいた。数は――二。
カノンがバノッサを庇うような形で、同じ場所に倒れている。手当てが必要な外傷はほとんどない。こちらもかすり傷程度で、魔力に当てられて意識を失っているだけだ。
本当に死者を出さずに済んだことの確認を終えて、彼らから少し離れて立って目を閉じた。一人残った本当の目的を果たすために。
マグナが説明した魔力を辿れる理由……あれは正しくなかった。恐らくマグナ自身も気付いていなかったから、あのような説明になったのだろうけど。
本当は、あったのだ。地表付近に、たった一筋だけ。この儀式跡とサイジェントを結ぶ、魔力の道標が。
それは、ナツミとアヤの身体にまといついていた魔力……誓約という名の、鎖。
事故で呼ばれた者にも、誓約はかけられる。ただ、完全な形ではないだけで。最低限、言語理解だけはできるようにしなければならないから、術式にはその要素がきちんと組み込まれているのだ。
ハヤトたちも、そうだ。言葉が通じているということは、誓約を受けている証。それだけなら、問題はなかった。
問題なのは、儀式の規模。
これだけ大掛かりな儀式の失敗で呼ばれた彼らにかけられた誓約は、ひどく不完全で不安定なものだった。
そう……本来わかるはずのない誓約の魔力が、他人にはっきりと感じ取れるくらいに濃く太く巻きついていたのだ。
気付いたのは二人が走り去ったあと。それを追って走り、結界を抜けた時だった。
そのままにしては儀式の関係者に――あの男に、ハヤトたちの行動が筒抜けになる。それだけは絶対に避けたかったから、側にいたハヤトとトウヤにはすぐに結界を張り魔力を遮断した。そのため、二人の痕跡は途中で切れている。
だが、ナツミとアヤに追いつき結界を張れたのは、街に着いてからだった。だから、街まではしっかりと跡が残ってしまっていたのだ。
残留魔力も消え、結界もなくなった今、その『道標』がどうなっているのか。
それを知るために、四人にかけた結界を解いて一人この場に残ったのだが――果たして。
「……不幸中の幸いってヤツかしらね」
目を開けて、呟いた。
結果は上々。この場所と彼らを繋ぐ鎖は、無事に切れていた。――というか、マグナが切ったと言ったほうが正しいのかもしれないが。
ひとつ、役目を終えたことに僅かに安堵を覚えたものの……すぐに打ち消した。
真っ直ぐに荒野へと向けた視線――それは、街の方角とは少しずれた方向。
「でも……もう手遅れかも……」
呟きと溜息をその場に残して、は走り始めた。
彼らに追いつくために。
目的地にのみ意識を向けていたは、気付かなかった。
己の背後で、人影が動いたことに……
「ここまで来れば、大丈夫だよね?」
「ああ、ここで彼女を待とう」
儀式跡から、少々迂回して街へと戻る途中。恐らく中間地点付近で立ち止まったナツミの言葉に、レイドが同意を返してくれて、この場で少し休憩することになった。
一人残ったを待つ間、現状確認をしておくことになって。
自力で走ってこれた者たちは、皆大した怪我もなく、多少の疲労があるくらいで無事だった。
問題は、マグナとフィズ。
「……ん……あ……」
「フィズ!? 気がついたか」
「ガゼル?」
意識を取り戻したフィズが、ぼんやりとした表情であたりを見渡す。人の顔を見ていた瞳に、周りの景色を映す。ここがフラット内でも街中でもなく、荒野であることを認識して――思い出したようだ。
目に涙が浮かび、顔には恐怖が刻まれて。
「あ、あたし……っ、ごめんなさいっ!!」
「フィズ……」
「ごめっ、うっ……ふえっ……っ」
謝る言葉も、やがて泣き声に変わってしまった。
本格的に泣き出してしまった彼女の頭を、ガゼルが少し乱暴に撫でる。
「泣くんじゃねぇよ。怒らねえから、な?」
「う、うん……っ」
珍しくやわらかな対応に面食らう形で、フィズは泣き止んだ。その、彼女を。
「フィ、ズ……」
呼ぶ、掠れた弱々しい声は。問題の人物の残り――マグナ。
見るからに疲労困憊した顔を少しだけ上げてフィズをその光の薄れた瞳に映し、彼女へと手を伸ばした――けれど。
「あ……っ」
「……っ」
怯えたように身を引いたフィズを見て歪んだ顔を隠すように俯き、伸ばした手も下へとおろして強く握り締める。
泣いて、いるのではと。そう思えるくらい、肩を震わせて。
「……ごめん、フィズ……っ」
ややあって、ギリギリ聞き取れるほどの声で、マグナはそう言った。
自分がしてしまったこと、犯しかけた過ちに対する後悔が、ありありと伝わってくる。
……何となく、わかった気がする。召喚術の制御法を教えてくれていた時に彼が見せた、痛みを持った表情の理由が。
召喚術は諸刃の剣。制御には心の強さが求められる。己の弱さを克服できなければ、大切なものすら傷つけてしまうのだ――と。
それを、誰よりも――身を以って知っていたからこその、あの言葉と表情なのだ、と。
今のマグナの姿が、そう思わせた。
かける言葉もないナツミたちの代わりに、動きをみせたのは……フィズだった。
怯えた様子でしがみついていたガゼルから離れ、そろそろとマグナに近付く。立つ力もなく座り込み、俯くことで更に低くなっている頭へ、そっと触れた。
顔を上げる、その動作で一瞬手を引いたものの、再びマグナの髪に手を埋めて。
「あたし、も……ごめんね……」
潤んだ瞳で伝えられた謝罪の言葉。
マグナの表情が、泣きそうに歪んで。フィズの手を両手で握り、まるで懺悔でもするかのように、俯いた己の額にフィズの手の甲を押し当てた。
泣いているようで、泣いてはいないマグナ。泣きたいだろうに泣かないその姿は、ナツミの心をざわつかせた。
自ら封じて見ないようにしていた記憶を、呼び起こしかけたから。
思い、出さないように。彼から目をそむけた、その時。
「無事だったようだね?」
降って湧いた第三者の声。
勢いよくそちらへ目を向けたのは、マグナ以外の全員だった。
岩場の陰から姿を現わしているのは、ナツミたちと同じくらいの年齢の少年少女四名。
「なんだ、てめえらは!?」
見覚えもない、しかも一悶着あった直後の荒野という、通常他人に出くわす確率の低い場所に現われた相手に警戒を示したガゼルは、順当な反応だといえる。全員似たり寄ったりだし。
けれど、ナツミは――ナツミだけは、違った。
「……待って、ガゼル」
先程の、声。自分は確かに知っている。
あの声は――
「あの光を……魔力を使えって教えてくれた人――だよね?」
「なんだって!?」
確認する形の言葉でも、ガゼルたちに驚きを与えるには充分だった。こちらに一度向いた視線が、再び少年少女のほうへ集中する。
注目を集めた彼らの内、一番年上そうなギザギザマントを羽織った少年がゆるく頭を振って。
「いや、僕たちはただ、きっかけを与えただけにすぎない」
「現われたのは、その身の内に宿す力」
もう一人の少年が言った。
「引き出したのは貴方たち自身」
大人しそうな少女が後を続けて。
「あれは、キミたちの力だよ」
最後の一人、活発そうな印象を受ける少女が、そう締め括った。
彼らの言葉に――声に。目を瞠ったのは、ハヤトたちだった。
「この、声は……」
「おれが、聞いた声だ……」
「僕たちに語りかけていたのは、君たちだったのか」
ナツミと同じように、彼らは彼らで声を聞いたらしい。
「あんたたちは、一体?」
「僕の名前はキール。弟のソルと妹のクラレットにカシス。ナツミたちが、この世界に呼ばれた経緯を知る者だよ」
淡々と言われた言葉に、希望を滲ませたのはハヤトたち。
レイドの確認で召喚師だと名乗った彼らに過剰に反応したガゼルを、キールは半ば無視するような形でこちらを見て。
「ナツミ。僕の話を聞いてくれ」
真剣な顔でそう切り出した。……真摯、とは言い難い気はしたが、ハヤトたちの手前、頷いておく。
こちらの意思を確認して、キールは話し出した。――とても、端的に。
「結論から先に言えば、君たちが呼ばれたのは事故なんだよ」
「え!?」
驚いた声はハヤトのもの。ナツミは、別に驚くことはない。初めから知っていたから。――否、知らなかったとしても驚くことはなかっただろう。
何が理由であっても、それはどうでもいい。お陰でに再会することができたのだから。
「ある召喚の儀式が失敗して、その結果として君たちはこの世界に呼ばれてしまったんだ――っ!?」
話を続けるキールにも構わずに、ナツミは走り出した。驚き身構えた彼らの横を通り抜け、待ち人へと抱きついた。
「ぅわっと……ナツミ?」
驚きつつも抱きとめてくれたに、ぎゅっとしがみつく。
色々な感情がごちゃ混ぜになっていて……とにかく、彼女の側にいたかったのだ。
「……おかえり、」
「ただいま、ナツミ」
とりあえず、それだけ言って身体を離した。
「それで、見慣れない人がいるけど?」
「儀式の関係者だって。やっぱり関わってこられたみたい」
「そう……」
仲間たちからも、キールたちからも遠い位置。小声で行なう内緒話。
視線の先では、こちらを見ている者はおらず、またガゼルの怒鳴り声も聞こえることから話は続行しているようだった。
「……どうするかは、ハヤトたちが決めることだから、あたしは口出ししないけど……マグナは、どうしてる?」
「意識はあるよ。動けないみたいだけど、さっきフィズに謝ってた」
彼らの許へと戻りながら、情報交換。
近付くことで彼ら側の会話も聞こえてきて。
「彼らを帰す方法が見つかるまで、僕たちに行動を共にさせてほしい」
「どういうことかな」
「君たちと一緒に、しばらく生活させてほしいということだ」
やっぱり、そうくるらしい。姿を現わした時点で、予測はついていたけれど。
「なぁんだとぉぉっ!?」
思いっきり嫌そうに叫ぶガゼルを完全無視して、キールは戻ってきたナツミへと目を向けて。
「聞いていた通りだ。ナツミ、アヤ、ハヤト、トウヤ。君たちの返事が聞きたい」
ナツミにとってはどうでもいいことだった。がそう言ったように、ナツミにも口を出すつもりはない。
これは、帰りたいと望んでいるハヤトたちの問題だから。
悩む彼らが答えを出すより先。
「おやおや、こんなところでお喋りとは余裕だなァ?」
また出た第三者の声。今度のは知っている相手――バノッサだ。
溜息をついたが、マグナの側に屈んで何事かを耳打ちした。
「まだ、やる気なのか?」
「当たり前ェだろうが! 覚悟しやがれ!!」
「……お断り。今日はもう、君たちに付き合う気はないの」
血気盛んなバノッサをが一蹴した。当然それは、バノッサの神経を逆撫でするだけのもので。
「手前ェにはなくても俺様にはあるんだよ!!」
「引く気がないなら相手にはなるわ。あたし一人だけ」
「!?」
キールたちも含め、全員を庇うように前へ出た。ぎょっとしたのは、ほぼ全員。
「無茶だ!!」
相手が意識を失っていた先程とは事情が違いすぎる。いくらなんでも多勢に無勢だった。
――けれど。
「同じことは何度も言いたくないの。エドスさん、よろしく」
「しかし……」
「足止め程度なら時間はかからないわよ」
全く動じることなく言い放つに、バノッサの喉が笑い声をこぼす。
「クックックッ。随分な自信だなァ、オイ? 女子供だからって容赦はしねェぞ」
「結構よ。必要ないから」
「ほざけ、女ァ!!」
いきなり振り下ろされた二剣を、は小太刀で受けた。
「はッ、手前ェも二剣か。だがな、そんな短ェもんで、しかも女の手前ェが俺様に勝てると思ってんのか!!」
片手でを押したまま、もう一方を引いたバノッサ。そして振り下ろされた剣は――
「何っ!?」
「体力・腕力で劣る分は、別の力で補えばいいだけの話でしょ」
光の剣・シャインセイバーが止めていた。
「手前ェも召喚師か!?」
「残念。召喚術は使えるけどね、あたしは召喚獣のほうよ。あの夜、あんたと戦った召喚師の護衛のために呼ばれた者。だから――」
シャインセイバーが、バノッサの剣を弾く。空いた腹部にが滑り込んで。
「主より強くなくちゃ、護衛獣なんて務まらないのよ!!」
バノッサを、蹴り飛ばした。
そして、倒れたバノッサへと五本の剣が降り注ぐ。
「バノッサさん!?」
「『ダークブリンガー』!!」
バノッサの許へ行くためだろう、へと剣を向けたカノンへは暗黒の五本の剣が。そして。
「『狐火の巫女』!!」
「うわぁっ!?」
周囲にいたならず者には炎の壁が襲って。
「今の内よ!!」
あまりの手際のよさに呆気にとられていたレイドたちが、その声で我に返る。
わたわたと走り出す者たちの中、返事をもらえていないあの四人はというと……条件反射のようなものだろうか。ハヤトたちが、それぞれに声を聞いたであろう者の手を引いて走っていた。
ナツミが声を聞いたキールは……他の弟妹を追って走っている。結局、全員お持ち帰りとなったようだ。
「ねえ、バノッサたちは?」
と共に最後尾を走りながら、ナツミは問い掛けた。
「直撃はさせてないよ。服を縫いとめただけ」
「ワタシの炎も足止め目的だしね。自ら突っ込んでこなければ火傷もしないわよ」
答えはと、そして狐火の巫女だろう不思議な姿の少女(?)から返ってきた。
巫女のほうはいいとして、気になったのは珍しく息が上がっているだ。
「……大丈夫?」
「流石に召喚術みっつ同時制御はキツイかも……」
弱音を吐きつつも、やってしまえるのだからすごいと思う。
「自分で言ったことだから、やり通すけどね」
「素直にみんなの力、借りればよかったのに……変なことろで意地っ張りだよね、って」
「全くだわ」
ナツミだけではなく巫女にまで言われて、は拗ねたように唇を尖らせてそっぽを向いた。
「余裕ぐらい見せとかなきゃ、やってらんないわよ」
「……強情っ張り」
「見栄っ張り」
「ほっといて!」
拗ねっ気全開のが何だかおかしくて、ナツミは笑った。それに感化されたのか二人も笑い出して。
三人は笑いながら荒野を走った。