仮 面 舞 踏 【 暁 闇 の ワ ル ツ 】
異世界へようこそ

 なんのことはない。
 学校の帰り道、青信号の下、横断歩道を渡っていた所に暴走車が突っ込んできただけのこと。
 素晴らしいスピードで突っ込んできてくれたから、これはもう即死だな――と。
 そう思っただけ。
 ――なのに。

「ここはどこ、あたしは誰――とか、真面目に言ってもいいですか?」

 気がついた時、周りに人間は一人もおらず、天使だの鬼だの獣人だの物語の中のみにいるはずの存在が自分を取り巻いていれば、こう言ってしまったのもわかっていただけるかと。
 まず、混乱。とにかく混乱。
 何がどうしてこうなったのか、考えるだけ考えてみるが、当然というかわかるはずもなく。
 ぐ~るぐ~る回っていたのは、思考も目も――上体も同じで。

「貴女、まさか記憶がないの?」
「いや、冗談。記憶はある。、16歳。進級試験も通って、春からは無事に高校二年になる、はず――だったん、だ、けど……」

 額や肩、露出している肌の一部が機械になっている女性の問い掛けに、回るのを止めて答えた。
 身体ごと回っていれば目が回るのも当然。けれど、それだけの理由で起こっているのではない眩暈のために額を押さえた手は、やがて力なく下へと落ちる。

「学校の、帰り……車に轢かれて……絶対即死だって思ったんだけど……ここは、どこ? 何で、あたしはここにいるの? あたしは――死んだの? それとも生きてるの?」

 半ば呆然とした問いには、しばしの沈黙が返ってきた。
 先程の半機械の女性と銀髪の鬼、そして縞柄の獣人が顔を見合わせている間の沈黙だ。
 ややあって、女性が口を開いた。

「ここはリィンバウムと呼ばれている世界よ。この世界には、召喚術という、異世界から生き物や物質を呼び出す魔法が存在するわ」
「あたしも、その力で呼ばれたの?」
「いいえ」
「あんたは召喚術で呼ばれてねえんだとよ」
「何故、どのようにして貴女がここに来たのかは、我々にもわからないのです」

 女性に続いて、獣人と鬼も答えた。
 わからない、と。そう結論付けて。
 結局は全部謎のままで終わるのかと思われたが、三人の後ろにいた大きな鎧の傍らに控えていた天使が進み出てきた。

「貴女が生きているのか、死んでいるのかということも、断言することはできません。ただひとつ言えるのは、今の貴女は肉体を持たない魂のみの存在だということです」

 は改めて自分の身体を見下ろしてみた。
 向こう側が透けて見えるということはないが、淡い光に包まれているように見える。座っているはずの地面――よくよく見れば洞窟のような岩に囲まれた場所だ――も、あまり硬いとか冷たいとかの感触もない。というより、何かに触れているという感触すらない。
 少し考えて、思い切って立ち上がってみた――が、すぐにバランスを崩して転んだ。……というよりは、地に足が着いている感覚がなくて立てなかったと言ったほうが正しい。
 更にいうなら、尻餅をついた時のそれは、完全に浮遊感というもの。
 再び座り込んだ姿勢のまま、今度は手を下に向けて伸ばしてみた。座っている位置よりも、下へ――何の抵抗もなく伸ばせて、そしてようやく僅かに岩に触れた感覚があった。
 は、自分が宙に浮いているということを理解した。同時に、魂のみであるというのにも納得する。
 今いる場所は、異世界リィンバウム。召喚術という魔法の存在する世界。そして今の自分は、肉体のない魂のみの存在。
 それらの事実から考えられることは――

「り、臨死体験先が異世界……?」

 自分がまだ生きているのか、それともやはり死んでしまったのか。その答えは自身にもわからない。
 ただひとつ言えるのは、自分は今、非常に類稀なる体験をしているということ。

「……仮に生きていた場合、貴女の肉体の傷が癒えれば戻れるという可能性が考えられます」
「帰れる、の?」
「可能性はゼロではないと思われますが、確証はありません。どちらにしろ、しばらくはここに留まらなければいけないわけですが……この島は、今の貴女にとって決して安全な場所ではないということを覚えておいてください」
「……ここに、いても、いいの?」
「カマワヌ」

 何となく、歓迎ムードじゃないのはわかったので聞いてみたのだが、それまで置物のように佇んでいた鎧が即答で返してくれた。
 他の女性や鬼にも僅かに笑みが浮かんで。

「ここは、この世界から弾かれた者たちの暮らす場所」
「行く宛のない者を拒む理由はありません」

 確かに、言った。ここにいてもいいのだと。
 胸中に広がる安堵は――スイッチ。


inワンダーランドぉ――――!! 不思議体験イエ――ィ!!」


 仮面装着、大絶叫。
 魂――つまり、霊体である己の声が他の者と同じなのかはわからないが、とりあえずそれなりの広さがある洞窟内に結構響いた。
 自由に動けないため立ち上がってポーズを決めれないのが非常に惜しいところではあるが、その場にいた全員を呆気に取られさせることには大成功。

「……は? あ、あの……喜ぶことですか?」
「これを喜ばずして何を喜ぶの? 滅多にできない不思議体験満喫しなきゃ損でしょ!?」
「いや、えーっと……そう言うことも、できますが……先程も申したように、ここは貴女にとって危険と隣り合わせな場所でもあるのですよ?」
「スリル満点ドキドキわくわくばっちこ――い!! 面白ければそれでよし! むしろ楽しむから無問題!!」
「た、楽しめるような次元の話ではないのですが……」
「そんな次元はぶっちぎれ~♪ 三途の川も星の海もぶっ飛んで~♪ それゆけ、~♪ 本能の赴くままに~♪」

 とうっ、と。浮いてるのをいいことに、水に飛び込むようにして身体を伸ばし、足をばたつかせてみた。
 すると、少しずつだが前進した。――かなり、本気で面白いかもしれない。
 横へくるくる回転してみていると、誰かの抑えた笑い声が聞こえてきて、背面泳ぎの状態で止まって目を向けた。
 笑っているのは、どうやら縞柄の獣人のようだ。その大きな手で口元を押さえて、小刻みに肩を震わせている。上に向いているシッポもぴくぴく動いているのが面白かった。

「……ヤッファ」
「いいんじゃねえか? 楽しめるんならそれでよ。変に落ち込んだり泣き喚く奴よかずっといいと思うがな。……面白え」
「まあ、それは確かに」

 同意を示した鬼も口元を押さえて咳払いをひとつ。
 とりあえず、この二人には好印象を与えられたようだ。作戦成功。
 鎧――は、表情なんかないのでわからないから除外。天使は呆気に取られたまま。残る女性は……ふう、と。肩からも表情からも力を抜いて。

「そうね。貴女、と言ったわね。とりあえず、何がしたいの?」
「まずはまともに動けるようになりたいでっす!!」
「それじゃあ、やっぱりしばらくはここで生活することになるわね。ファルゼン、フレイズ、構わないわね?」
「アア」
「……元よりその予定でしたから、異存はありません」

 二人の許可を得て、改めてこちらへと女性は笑みを向けてきた。

「ということよ。まずはこの『狭間の領域』での生活を楽しんでちょうだい」
「おっけいです!!」

 両手を上げて万歳姿勢。満面笑顔の仮面で了承を返した。
 異世界における臨死不思議体験の幕開けは、こんな始まり方だったのである。